甲板を駆けてから暫くして地面が途切れるタイミングで跳び、そして大きく自分の体を広げた。人類は空を飛ぶことを長年の夢としてきたが、それは実際に叶うことは無かった。飛行機と呼ばれる道具の力を借りて間接的に空を飛ぶことは実現するも、結局のところ自身の力のみで飛ぶことは出来ていなかった。
であれば、人間を捨ててしまえばよろしい。そうすれば、空を飛ぶことは現実のことになるであろう。
(こんなにL結界密度が強いとまともな人間は立っていられないや)
滑空状態で一路南極の爆心地にある旧NERV本部に向かって飛んだ。作戦内容の詳細は事前に知らされており、アスカとマリが何をするかの予定は全て頭の中に叩き込まれていた。旧NERV本部にて再起動が進められるエヴァンゲリオン第壱拾参号機を未来永劫にかけての強制停止プログラムを仕込むことで、最後のインパクト発動を不可逆的に阻止する。
だが、その仕事に碇シンジが関わらないことは大きなミステイクと言えよう。彼が全てを始まらせて、全てを終わらせるべき鍵であったから。
彼が行う穢れ無き世界でのスカイダイビングは危険がいっぱいだった。時折、物理を超越した瓦礫などのデブリが飛んできて進行を邪魔してくる。また、恣意的に彼の侵入を防ごうとするのか、生き残りの量産型エヴァMk-7がスクランブル発進で迫った。何をどう見ても、NERVは碇シンジを拒絶しているようだった。
「僕の邪魔を…するな!」
奴らに逐一構っていてはいたずらに時間を浪費してしまう。かと言って、強行突破を図ると要らぬダメージを貰うかもしれない。したがって、一気に殲滅して突破口を開くことが最善手だ。最善手は導けても、「言うは易く行うは難し」と古人が戒めたように、言うだけならタダで労力は何も無い。対して、実行に移すとなれば途方もない労力を必要とするだろうに。
ただ、それもまた人間であればの話だった。見かけ上は満身創痍である彼は辛うじて使える左眼をカッと開き、光の線を作り出していく。その線は恐ろしく長大であり、彼の周囲を取り囲もうとしたエヴァMK-7を続々と切断した。おや、どこかで見られた光景だ。そして、目的には多少の差異あれども、終着点は一緒のことでもある。
そう、1人の少女を助けるため。
彼の侵入を阻もうとしたMK-7は一瞬にして爆発四散した。MK-7は所詮量産型エヴァだった。武器も持たない究極の簡素化がされた機体である。それ故に各種性能は継ぎ接ぎの改修を繰り返したWilleの機体よりも劣り、防御力については紙切れ同然だった。数多の脆弱さを補って余るのが圧倒的な物量であろうが、第十一の使徒を経て限りなく神に近い存在から、もはや形容しがたいとなった碇シンジには無意味を極めた。彼の一撃は如何なる兵を以てしても耐え切れないのである。
「早く…早くっ!」
何かを感じ取ったのかシンジは滑空による移動から推進力を持った移動にシフトした。壮絶なる覚悟で人間を捨てた彼に不可能なことは無い。第十一の使徒の力をフル活用して背中から大きな光の翼を展開し、物理が適用されない南極を飛んだ。
~旧NERV本部~
「数が多いっ!」
本部にたどり着いたアスカとマリの2人だったが、MK-7を撃破した後は装備を使い切ってこれ以上の戦闘は難しい。そんなこと露知らないNERVはMK-7用に生産した腕パーツを簡易的な本体にくっ付けた、腕エヴァを投入して迎撃する。腕しかないため単騎の戦闘力は小さいが、敵機に纏わりついて本体に搭載した爆薬による自爆攻撃を行うのが厄介だった。腕を使ったトリッキーな動きで、且つ自爆前提の行動のため戦いにくいことありゃしない。アスカを第壱拾参号機の所へ向かわせ、マリは最後まで温存しておいた鞭で対応する。鞭ならばリーチと横範囲に優れるため、大勢相手には効果的だろうと。しかし、今までの戦いで装備に加え、体力や集中力も消費したことが致命的となる。NERVはWilleに対して物量で対抗し、消耗戦を強いたのだ。
「ぐっ!こりゃヤバイかもぉ!」
数も多くてちっこい腕エヴァに鞭を直撃させることは難しく、死角の背面や側面から飛び付かれて自爆を受けることが増える。1機当たりの自爆は極めて強力であり、各種増加パーツが破壊された。このまま戦えば間違いなく全部が破壊され尽くされてしまう。碌な装備が残っていない現状で、疲れ切った頭脳で打開策を思いつく余力は全くない。だが、ここで無意味に斃れるわけにはいかない。せめてアスカがアナザーインパクト発動のキーであるエヴァを強制停止させることが出来れば、こちらの勝利は確実となるのだ。せめて、勝ちを拾ってから斃れたい。
いいや、そうは問屋が卸さない。
「え?勝手に?」
見れば次々と上でエヴァが爆発四散していった。欠陥で自爆したかと思われたが、それにしては奇怪が過ぎる。爆発時に光の十字架を形成しており、自爆にしては芸術的で品があった。こんな技ありの芸当が出来るのは彼一人だけだろうて。
「遅れました。マリさん」
「わんこ君、あんたってやつは」
疲労困憊のマリは眼鏡越しの両目を以て、碇シンジの姿を捉えた。彼は右目と左腕を失っていたが光の翼を格納して頭上に天使の輪を浮かべていることを鑑みれば、人間で把握できる範疇を超えた存在を己の物としたのだと推測される。マリは彼にどうやって来たのかとか、どうやって撃破したのとか、そんな野暮ったいことは一切聞かない。すぐに切り替えて急報を告げた。
「君は早くアスカのとこへ行って!多分だけど…アスカは自分を」
「わかりました。マリさんはここにいてください。僕について来るとかえって危険です」
「そうね。わんk…シンジ君、アスカを頼んだわよ」
「はい」
シンジはマリが操るエヴァ八号機に会釈してから、本部の施設に向かって飛んでいった。その場に残された彼女は頼もしい以外に言いようがない碇シンジの姿を見て懐かしさに耽った。
「やっぱり、においが違ったからかなぁ。ユイさん…ユイさんのシンジ君は誰よりも立派になりました。もう、大丈夫でしょうね」
その表情はとても爽やかだった。
続く