「なんで…いつもこうなの!」
「ひ~め~。カリカリしたって、補給は短くならないよ。何かやるとしても、それはこれからを考えることじゃない?」
「そうね。冷静に努めないと」
エヴァ弐号機を操るアスカは大健闘を見せたが、残念ながらそれは届かなかった。第壱拾参号機の遅延戦術によってエネルギー切れに追い込まれ、現在はスペアを使っての補給作業である。その間に第壱拾参号機はリリスの骸の登頂を果たし、2本の槍を引き抜いてしまった。その直後、骸は形態を維持することが不可能となって大崩壊を開始した。土台が崩れたことで落下するかと思われたが、なぜかエヴァは落下しない。槍を持つ第壱拾参号機とサードの贄にされた哀れなMK-6は仲良く浮遊していた。疑問に対する答えを考える暇なく、MK-6からはパターン青を検出し、サード後潜伏していた第十二の使徒が活動を再開する。すぐに撃破を狙うも、MK-9がMK-6の首を切断したことで事態は予想外の方向へ向かってしまった。
要は、全てNERVのシナリオ通りに進んでいたのだ。
「全身がコア…撃破は無理ね」
目の前には巨大な赤い球体が存在している。球体にしては表面が畝っていて、もう気味が悪くて笑えない。球体からは強烈なエネルギー反応を観測していることや、その見た目から察するにこれは巨大なコアだと考えられる。コアは基本的に小さいもので、心臓部だから一番の急所だ。しかし、とんでもなく大きくて全部がコアとなっている。そこまでのモノだと、まず撃破は到底無理だ。よって、補給作業中は見ているしかなかった。
そうしていると、突如として収縮を開始する。でっかくなったり、ちっちゃくなったり忙しない。収縮に収縮を重ねた先には、第壱拾参号機の口元。あんぐりと大きな口を開けた第壱拾参号機は、徐に何千分の一にまで収縮したコアをかみ砕いた。今まで感知していたパターン青(第十二の使徒)は消失する。
どうして共食い、同士討ちのようなことを?
答えはすぐに分かった。
「こいつ…疑似シン化形態を超えている!」
「第十二の使徒を吸収して、無理やりショートカットしたわけか」
浮遊状態だった第壱拾参号機は全身白色に輝き始めて、形態を変化させる。両肩からボコボコと何かが出て来て、芸術作品のような見た目に変化した。その見た目からは、相手がエヴァの範疇を飛び越えて限りなく神に近い存在になっていることが明白だった。大きな咆哮をあげて、セントラルドグマ内部から一気に地上を超えた上空へ向かう。
「あっちゃ~。フォースインパクトが始まちゃった」
「追うしかないわ。あのエヴァは私が止める、マリは援護をよろしく」
「合点!」
セントラルドグマ内部でアタフタしている余裕なんかない。今すぐにでもフォースインパクト発動を阻止しなければ。相手みたいな超常的な力は有していないので、自力でクライミングするしかない。極めて面倒なことだが、だからなんだと言おう。少年を取り戻すためなら、どんな険しい道でも歩んでやる。足が千切れてでも。
同時期、フォース発動を招いてしまった元凶は。
~第壱拾参号機~
「これが…僕が希望を望んだ結果か」
「フォースインパクト。してやられたよ。シンジ君の父にして、全てのリリンの王。碇ゲンドウに」
「父さんは…父さんだった。こんなことになるなら、僕は死んだ方がよかった」
隣同士で座っている少年が2人いる。一方は絶望に染まった表情をしていて、全くと言っていいほど生気が感じられない。もう一方は「痛恨・悔恨」の気持ちを、言葉からも、表情からも、雰囲気からも察することが出来た。エヴァに乗っている2人は、外の状況を嫌ほど知ることになる。空中には赤いバウムクーヘンが生じていて、地上は赤く染まっている。また、瓦礫が浮いていて物理法則を考えさせられる光景だ。この景色、絶望に包まれた少年には見覚えがありすぎた。なぜなら、過去において自分が引き起こした災厄だったから。
それを受けて、少年はより一層死への執着を強めた。今までのことを思い出して、もう何もかも全てが嫌になったのだ。真実を知ったことで、少年は酷く打ちのめされていたのに、こんなダメ押しなんて。真実は如何なる凶器よりも鋭くてダメージも大きい。彼のメンタルはズタボロ、いや再起不能にまでなっているだろう。
巨大な衝撃を感じる。後方を見れば、自分が軟禁されていた巨大戦艦が特攻を仕掛けているではないか。しかし、神と同等のエヴァに通じるはずがない。しかも、護衛に来たエヴァMK-9(覚醒)の砲撃によって、相手は致命的な損害を被っている。神の執政官と化したMK-9は神殺しを許さなかった。
「君をエヴァに乗せてしまったのは、完全に僕の責任でしかない。君は悪くない。だから、自分を責めないで。シンジ君」
「でも」
「ガフの門は僕が閉じるよ。だから、君だけでも生きるんだよ。ありがとう、そしてさようなら」
言ったことは行動に移された。両手×2で握っていた2本の槍を腹部に突き刺した。パイロットが搭乗している以上、フィードバックによるダメージが伝わる。メンタルが機能していなくても、痛覚はちゃんと生きているのだ。強烈な痛みが全身を駆け回り、少年は盛大に苦しむ。
「君が安らぎの中で生きられることを切に願おう。僕の分も生きてね…シンジ君」
「カヲル君っ!」
激痛が走ろうとも、シンジは仲間の最期は見届けた。しかし、逆に自分を痛めつけることになってしまう。隣の少年は穏やかな笑みを浮かべ、直近まで自分を縛っていたDSSチョーカーの起動によって、死へと誘われた。最も残酷な方法で。互いの姿を見ることは出来ても、透明な障壁によって阻まれている。シンジは障壁を殴って、己を呪うしかなかった。
「もう…なんなんだよ!」
そんな中で、地上ではWille側のエヴァ2機は分かれて行動していた。本当なら共同して敵機を止めたかったが、母艦にアダムスの器がとりついていた。母艦がピンチなので、やむを得ず二手に分かれざるを得なかった。マリの八号機は母艦ヴンダー救援に向かい、アスカの弐号機は公的にも私的にも目標であるエヴァへ向かった。
幸いにも、向こう側の少年との約束は果たされていた。2本の槍が目標に突き刺さっていて、一応の活動は停止している。また、敵機から感じる生体反応が1体になっていることを鑑みれば、取引相手の少年は己の命を引き換えにしたらしい。しかし、それを以てしてもガフの門は閉じておらず、エヴァの発色も解除されていない。
「シンジがSEELEにとってもゲンドウにとっても保険ということね。碇ゲンドウ、あいつはどこまで卑劣な男なのよ」
込み上がる怒りを封じ込めて、まずは一番の目的を達成することを目指す。敵機は自由落下中で捕捉は容易い。変に浮かれているよりも、圧倒的にやり易かった。その点でも、命を引き換えにした少年には感謝しなければならない。
「シンジっ!聞かなくてもいいから、せめて自分の命は大事にして!」
「(無)」
やはり反応がない。生体反応より生きていることは間違いないが、本人の心が壊れてしまっていると読めた。今までの経験と反省から、アスカは怒ることは絶対にしなかった。それが逆効果にしかならないことを、やっと理解したからである。少年の気持ちを考えれば、不条理な怒りを向けられることが如何に辛いことかは理解できる。フォースを引き起こしてしまったことについて、彼女は怒るべきかもしれない。だが、それで何になると言うのだ。
「私は、あなたに酷い仕打ちをしてしまった。それは謝っても、許してくれないかもしれない。それでもいいから、私はシンジに」
「…」
「また会いたいの。あなたに!」
アスカはシンジ救出を始める。疑似シン化形態を超えたエヴァは、その見た目通りのアツアツで、機体を掴めば火傷を超える熱傷の痛みが走る。思わず手を放しそうになったが、この程度の痛みで彼を取り戻せるなら安くてお得である。歯を食いしばって、掴んでいる手に力を集中させる。そして、そのまま一気に力任せにプラグを引き抜いた。プラグが緊急脱出したのと同時に、自身の弐号機も離脱に移る。落下する第壱拾参号機と地面まで付き合うのは御免被りたかったのだ。
保険であるシンジもいなくなったことで、覚醒状態だった第壱拾参号機は本体だけでなく、インパクトのトリガーとしての機能をも喪失した。これにより、ガフの門は急速に閉じられる。重力を無視していた有体物は次々と従うようになって、地下深くから姿を現していた黒き月も盛大に着地した。
弐号機は自然落下でも、華麗な空中機動をして軟着陸する。母艦の方を見れば、極めて痛々しい姿をしているが何とか動けているようだった。相棒マリの八号機がMK-9の殲滅に成功し、ヴンダーを救っていたのだろう。アスカは弐号機の位置を簡易的な信号で伝え、マリに弐号機の回収を頼んだ。思う所があって、敢えて自分は母艦に戻ることを選ばない。周囲に敵反応は無く、NERVはフォース未遂で壊滅的な損害を被っているだろうからまず動けない。弐号機を相棒に任せてしまっても大丈夫だろう。
弐号機から降りたアスカは、生体反応を頼りにしてシンジがいるであろうプラグへ走って向かった。
「あった!」
文明の利器は素晴らしいもので、時間をかけずに見つけられる。プラグ自体は無事であるが、扉が開かれていない。少しだけ不安になったため、一目散に駆けつける。プラグは外からも開けられるようハンドルが付いているから、開けられないことは無い。残り少ない体力を振り絞って、目いっぱいの力で外から開けた。
「シンジっ!」
「(廃人状態)」
「ダメか。無理やりにでも連れて行くからね。わたし(とマリ)はシンジの傍にいる。もう…苦しまなくていいの」
完全に意識を放棄した少年を少女は介助しながら連れ出す。意識どころか、全身から力も抜けきっていて、もう生きていると表現することが微妙なラインだ。変に怪我されては困るため、支えながら携行式の計器を取り出し操作する。
「やっぱりL結界密度が高すぎる。これじゃリリンは来れない。まぁ、その方が都合がいい」
計器をポーチにしまって、周囲を見回す。すると、見覚えがある少女がこちらに向かっている。見覚えはあるにはあるが、実際に過去で接した者とは違う。ただのソックリさんである。NERV側の人間だが、相手に敵意は無いと見える。
「アヤナミシリーズの一体。ちょうどいい。シンジを連れて行くから、あんたも手伝いなさい」
「わかった」
随分と物分かりが良いようで、素直に言うことを聞いてくれた。何があって彼女が生存しているかは不明に尽きてしまうが、気にするだけで無駄。今はとりあえず、ここの地域を離脱することが最優先だ。せめて協力者が迎えに来れる地域まで移動しなければならない。
「私は…昔のように。シンジと一緒に生きたいから」
生気が見えない少年の手を持って、半ば強引にも引っ張っていく。
その少年は、どこか嬉しそうな顔だった。
かもしれない。