お弁当…また食べたいから   作:5の名のつくもの

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一緒にいて【前編?】

夜が終わりを迎え、朝が来た。第三村では人々が活動を開始する。各々が自分に割り当てられた仕事をしに所定の区画へ向かう。第三村では必要最低限のインフラこそあれど、昔のような超高度都市ではないのだ。食料生産も懐かしさを覚える手作業を基本とした畑作となっていた。当然ながら、それは人間の手によって行われてる。大多数の人は農作業に従事していて、一部の人々は農業とはまた別の事を行っていた。例えば、医療ではシンジの旧友の鈴原トウジが、インフラの維持等その他の機能維持はもう一人の旧友の相田ケンスケが携わっている。

 

では、肝心のシンジはどうするのだろうか?

 

「ありがとうね。ヒカリ」

 

「いいのよ。碇君がどれだけ辛いことを経験してきたかを考えれば、これぐらいしてあげないとね。そっくりさんはこっちで、ちゃんと預かっているから心配しないでね。とにかく。あなたは、碇君のことを労わってあげて」

 

「えぇ。言われなくても、そうするつもりだから」

 

ケンスケの家には鈴原ヒカリ(旧姓洞木ヒカリ)が訪れていて、とある医療用の器具をアスカに譲渡している。医療用器具を渡すのであれば、専門家である鈴原トウジ先生が訪問するべきだろう。しかし、彼は第三村で最も重要な機能の一つである医療を担っていること鑑みるに、ちょっとした短時間でも医院を空けてしまうことは避けたい。そこで、彼の代理としてトウジの奥様であるヒカリが来てくれた。

 

「ここは舗装されていない道が殆どだけど、歩くより少し遅い程度なら安全に動かせるはず。それに衝撃吸収もしてくれる。うん、大丈夫そうね。それじゃ、私は病院に戻るから」

 

鈴原医院へ戻ろうとするヒカリに改めて感謝の言葉を告げたアスカは、早速譲り受けた医療器具をゴロゴロ動かす。動かした先では、簡易的な寝台の上でお利口さんに座って待つ少年がいた。その少年の前に停め、動くように手と言葉で促す。

 

「ほら、行くわよ。せめて、お日様の光を全身に浴びないと不健康。外に出ないと、心がしんどいままだから」

 

「(コクコク)」

 

言葉は発さずとも、頷きで了承の意を示した。そして、ゆっくりとした動きで医療器具に座った。ちゃんと座ったことを確認したら、アスカは彼の後方に立って、彼ごと再びゴロゴロと運搬し始めた。ここまで来れば、もうお分かりだろう。そう、シンジを医療用車椅子に乗せて運ぶのである。シンジの精神状態は極めて酷いかもしれないが、身体だけに限定すると全く問題ない。外傷はなく、体内部の異常も診察で見られなかった。しかし、そうは言っても、心が辛いと体がはついて来てくれない。心と身体は一方通行の関係にあって、心がダメだと体もダメになってしまう。

 

まだ完全に心を回復し切っていない状態にある彼が、第三村内を自分一人の力で動き回るのは少々怖い。第三村の外と比べれば危険性は低くても、十分にに用心するに越したことはないだろうて。しかも、愛しの少女が付いてくれているだったら。もう、これは怖いものなしに尽きる。誰が2名を脅かせるだろうか。いいや、誰もいない。

 

「ケンケンは仕事で夕方まで帰らないはずだから、鍵をかけておかなきゃね」

 

3人で暮らす自分たちに家に鍵をかけて、防犯対策を徹底してから出発だ。空き巣など違法な行為を敢えてしようとする人はここで暮らしないだろうが、一応でも鍵をかけておけば安心である。

 

「朝の内に言っておいたけど、今日は第三村内をグルグル回る予定。ここは平和な土地だから。シンジが過ごしていた、あんなNERV本部と比べたら数百倍、数億倍は過ごしやすい場所よ。ゆっくりとした時間の流れを楽しんで」

 

車椅子はゆっくりと第三村の内部を進んでいく。脱力したままでも周囲をくまなく確認するシンジ。彼は教科書や資料映像でしか見たことが無い、どこか懐かしさを覚える世界を見て、表現し難い新鮮さを感じていた。人々は機械ではなく、手作業によって稲を植え、畝を作り、野菜を収穫したりなどする。まさに、『田舎』を感じられるのだ。超高度な大都会で過ごしてきた彼にとって、第三村における全ての事物が美しく見えた。ズタズタに引き裂かれ、完膚なきまで打ちのめされた心には、純粋な人の営みと言うことが恐ろしく美しく見える。疲れた時に、アスファルトの道端で力強く芽吹く草や花を見た時に感動を覚えることと一緒だと言えよう。

 

そんな感じで動き回ると、チラチラと2人の方を見る者が一定数いた。こればかりはやむを得ない。普段見かけない少女が、謎の少年を車椅子に乗せて歩いているのだから。否が応でも見てしまう。

 

いや、厳密に言えば少年の方は比較的は謎でなかった。なぜなら、第三村内でも著名な鈴原トウジと相田ケンスケの両名が『外の世界』で保護した者がいるとことを報告していたからだ。両名はその者についてを軽く説明しており、皆はある程度を把握している。具体的には「早くに母親を亡くし、父から捨てられた。家族がいない孤独な彼と数少ない心を通わせていた少女がいたが、ニアサー時に助けようとするも叶わず。辛うじて生き抜いたニアサー後の世界で、孤独を紛らわせてくれる友に出会うも、己の目の前で散った。少年のキャパシティーを遥かに超える悲劇に次ぐ悲劇によって、完全に心の扉を閉めてしまい、ありとあらゆる事象から意識をシャットアウトした」と説明している。なるほど、何も言えなくなるほどキツイ経験をしている。

 

よって、こうして車椅子で移動していることは、特段訝しく思わなかった。反射的にチラチラと見てしまうだけだ。その行為に悪意は無い。

 

「大丈夫。誰もシンジを害しようとしないわ」

 

「…」

 

シンジはともかくとして、アスカも周囲の人々から注目を集めるだろう。見たことが無い少女が急に現れて、例の少年を運んでいるのだから当然だ。もし、昔のアスカだったら今すぐに逃げ出すか、反抗心を滾らせることだった。今は違う。愛する少年を守れるのは自分しかいない。今までの自分は捨てた。この少年を守って、一緒に生きる事だけを願う。

 

(それ以上は望まない。だから、一緒に生きよう。時間がある限り)

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