マレニアさん大好きガチ勢褪せ人が王になって自由に好き勝手に。
最近、噂になっていることがある。
誰が言い始めたのか、どの程度広まっているのか、そもそも真実であるのか、誰も知らぬ程度のことではあるが。
しかし遠い島の諺にもある。「火のないところに煙は立たぬ」と。つまりそういうことだ。
曰く、鎧の亡霊が現れると。
日時も場所もてんでバラバラ。共通性は皆無。目撃情報があった東の海へ向かえば、その数日後に北の海で目撃される。あるいは、マリージョアの辺境にて見かけたとも、深い海の底にある魚人島で見かけたとも。
しかし見かけたものは大抵、視界の端にふっと現れた後はハッキリと視認する間もなく煙のように消える、と言う。金属の擦れる重厚な音から、きっと鎧を着込んでいることは間違いない。しかし正確な背格好は分からない。男か女か、生者か死者かさえも。消える時、黄金の粒子が微かに舞っているそうだが。
だから、噂になった。
曰く、鎧の亡霊が警告をしているのだと。
世界の滅亡か、はたまた時代の変革か。世界のあちこちに現れる理由は、きっと何かを知らせるためだろうと。
勿論、噂をまともに信じる者など皆無であった。当然である。ただの噂なのだから。そもそも目撃情報のあった鎧の亡霊が全て同一人物であるかすら疑わしいし、目撃者が本当に目撃したのかさえも不確か。その程度の噂で楽しめるのは遊び盛りの子供だけだろう。誰もまともに取り扱わなかった。
ただの噂だ。下らない。
男は、半ば現実逃避の様にそう考えていた。
立ち上る白い煙、鼻が曲がりそうな程の血の匂い。燃える死体と、遠くの悲鳴。足音。恐怖。
がしゃり、と音がなった。
男の目の前にある死体の山を積み上げた張本人が、男の方へと足を向けたのだ。ひ、と喉が引き攣る。最早形振り構わぬと手足を動かそうとしても、恐怖からか震えるばかりで全くの役に立たなかった。
男がこの場所に居合わせたのはただの偶然でしかなく。或いはこの惨状を罰として体験しなければならない程の罪を犯した訳でもなく。
綺麗な風景を思い出に残そうと、自前のカメラを両手に抱えてフンフンと鼻歌を歌いながら散歩をしていただけで。行先の人集りの中心に天竜人を見つけ、これは堪らんと慌てて引き返そうとしただけで。
あれこれと言い訳を思い浮かべても、状況が良くなる筈もなく。
ガシャ、がしゃり。鎧の擦れる音が耳に入る度、男の正気度は下がっていった。自分もあの死体の仲間入りをしてしまうのだろうかと。
それだけは嫌だ。巫山戯るな。
プツン、と男の理性が切れ、恐怖と入れ替わるように怒りが沸いてきた。腹の底からマグマの様に煮え滾るそれは男に激情を与え、衝動のままに行動させた。
何故死なねばならぬのだ。何も悪いことはしていない。
男は運がなかったが、知恵はあった。閃きをすぐさま実行する胆力もあった。ただの悪足掻きだと理解していても、この理不尽に抗わぬという選択肢を取ることはなかった。
咄嗟に持っていたカメラを構える。長年愛用してきた、己の大切な相棒だ。
鎧の亡霊はそれを武器と誤認したのか、先程のゆったりとした歩みとは打って変わって男に向かって駆け出していた。
鎧の亡霊の焦りを気にせずレンズを覗き込み、ピントを合わせ、シャッターを切る。一連の行為は一切の無駄がなく、鎧の亡霊がその剣で男を斬り捨てる頃には、カメラを遠くまで投げることが出来ていた。趣味様々である。薄れゆく意識の中、男の目にはカメラを横目に踵を返す鎧の亡霊の姿が。
ざまあみろ。これで己の勝ちだ。
それが男の最期の思いであり、死に顔は随分と安らかであったそうだ。
男は、運はなかったが、知恵と胆力があった。
今の今まで鎧の亡霊のはっきりとした目撃情報がなかったのは、鎧の亡霊がその目撃者を皆殺しにしていたからということに気づき。
最近になって世界各地で増え始めた犯人不明の大量殺人と関連付け。
目撃者を皆殺しにすることで追っ手の来ない悠々とした生活を送っているであろうことに腹を立て。
ならばと全てを己の相棒に託したのだ。
相棒よ、どうか壊れてくれるな。壊されてくれるな。天竜人が殺されたのだから、海軍や世界政府が文字通り飛んでくる筈なのだ。それまで、どうか。
男は既に死んでしまったが、その遺志は見事成し遂げた。男が殺されてから僅か数時間後に海兵が慌てふためきながら現場に訪れ、その惨状に息を飲み、しかし悲鳴一つ零すことなく対応し始めた。
最近になって頻繁に発生する、犯人不明の大量殺人。今回も手がかりなしかと諦めたいところだが、遂に天竜人が殺されてしまったがために、犯人の証拠を血眼になって探す。そして、見つける。路地裏に投げ捨てられたぼろぼろのカメラを。
カメラに彫られた名前は安らかな顔をした死体のもので、ならば証拠が撮ってあるはずだと直ぐに写真を確かめ、現像する。かすかなピンぼけさえ無い、完璧な写真であった。
海兵は現像した写真を電伝虫にて本部へと送り、現場の惨状を報告。直ぐに天竜人の遺体を清めて本部まで運べ、という指示を最後に、通信は切れた。それを聞いた海兵はとことん嫌そうな顔をしたが、命令なので仕方がない。大人しく従うことにはしたが、仲間と共に天竜人の死体をこっそり一蹴りだけしておいた。その拍子に内臓が飛び出てしまって吐いた。南無三。
世界政府は泣き喚く天竜人を宥めながら、海軍より送られた写真を元に手配書を発行。報告からわずか20分後の出来事である。
手配書のデータは世界中の印刷所に送付され、手配書の発行から数分後に全国へと配られた。
手配書を見た者は多種多様な反応を見せたが、共通して誰もが驚愕に目を見開いた。
きっと明日の朝刊はこの手配書に関する事柄でぎっしりと埋め尽くされるだろう。
天竜人殺し。
前代未聞の大罪だ。
そして手配書に映る写真は、見る者全てにあの噂を想起させた。
曰く、鎧の亡霊が時代を終わらせに来ると。
兜にあしらわれた白毛は狼の鬣の如く。
ボロボロの風体は幽鬼の如く。
こちらに向かって駆ける様は戦士の如く。
ただの噂でしかなかった筈のそれは、遂に世界へと正体を暴かれたのだ。
"『天竜人殺し』狼幽・鎧の亡霊
ONLY DEAD
懸賞金:望む額・天竜人の末席への招待"
時代が、大きくうねり出した。
◆◇◆◇◆
ふわりと上空へ飛び立つ様は、優雅に羽ばたく鳥の如く。
相対した者は呆気に取られ───次の瞬間、神速の乱舞により肉片へと成り果てた。振るわれる長刀は最早目で追えず、軌道のみを僅かに残すだけ。逃げようとする思考すら間に合わない。数秒も経たずに、鎧の亡霊を囲んでいた山賊は全て斬り刻まれてしまった。
使い手の無骨な見た目とは裏腹、美しい舞と例えても遜色ない跳び上がり。瞬間に展開される熾烈なまでの剣閃。
『水鳥乱舞』。敗れを知らぬ、また癒しを知らぬ女神の技であり、全てを殺す業である。
ジュラキュール・ミホークはその技の名も、宿痾も、誉も、由来も、忌みも知らない。
故にただ、思うままを口にした。
「うつくしい」
心からの賛辞。殺すことのみを極めたそれは、究極の芸術である。思わず感嘆の声を漏らすと同時、ミホークは自身の脈拍が速くなるのを感じ、口角を僅かに上げた。
呟きに、鎧の亡霊はゆっくりと振り返った。未だ血の滴る長刀を振るい、真新しい肉片のこびり付く鎧をがしゃりと鳴らす。
手配書の印象通り、幽鬼の様な風体である。
生者にしては存在感が薄く、だが幽霊にしてはあまりにも血腥い。
先程の技の通り、鎧の亡霊は人を殺し慣れている。ミホークとて命を奪う行為は数え切れぬ程してきたが、きっとそのの比ではないことが伺い知れた。
ただ斬り、ただ殺す。鎧の亡霊は、人が息をするのと同じ様に当たり前にやってみせたのだから。
チリチリとした殺気が肌を刺す度、己がどんどんと高揚していくのを実感した。久方ぶりの強き者。それも、過去に類を見ない程の。
組んでいた腕を解き、背負っていた愛刀『夜』の柄に手をかける。一瞬たりとも隙を作るまいと、覇気を研ぎ澄ませる。
己の持つ全てを賭けて。
「いざ、尋常に───」
斬り結ぼうではないか。
鎧の亡霊は、既に臨戦状態のミホークを然と捉え、何も持っていない左手を上へと持ち上げた。
『夜』を掴む右手に力が籠る。集中力が極限まで高まる。僅かでも挙動を見逃せば、転がる肉片の仲間入りになると理解しているのだから。
ここでミホークは後手に回ることを選択した。相手が長刀を振るったと認識した瞬間『夜』で弾き、体勢を崩させ、勢いのまま横薙ぎを繰り出す…と、ここまで考えて、鎧の亡霊の殺気が随分と萎んだのを察した。
「…、」
鎧の亡霊はミホークを殺す気をすっかり失くしたらしい。持ち上げた左手は頭の後ろを(兜と篭手越しではあるが)掻き、すこしばかり肩を竦めていた。
数瞬、呆気に取られる。先程まで大気を充たしていた刺すような殺気はなりを潜め、何事もなかったかのように鎮まった。どころか、ほわほわとした、何やら妙に生ぬるい空気になった様な。
ふと、思い出す。
ミホークが気紛れに参加した王下七武海の定例会議、その帰り。"英雄"ガープに馬鹿でかい声で褒められていた海兵が、今の鎧の亡霊と同じ動作をしていた。
つまり今、鎧の亡霊は照れているのだ。
そう、照れている。
何故か、照れている。
「…思っていたよりも、」
随分と人間臭い。
感情のない殺戮兵器とばかり思っていたのだが。
きっとミホークが先程零した「うつくしい」という呟きが褒め言葉であると思ったのだろう。あながち間違ってはいないのだが、ミホークとしてはそのつもりがなかったため、鎧の亡霊のそれは奇行でしかなかった。
溜息を吐く。今にも踊り出しそうな程に機嫌の良い鎧の亡霊を一瞥して、このままでは消化不良だと『夜』を抜刀した。
「御相手願おうか」
こうすれば相手も戦う気になるだろう、とミホークは構えた。無駄を削ぎ落とし、最速で得物を振るうことが出来る構えは一分の隙もない。
鎧の亡霊も漸く長刀を構え、ミホークを見据えた。ただし先程の殺気は一切なく、純粋な手合わせをするかのように伸びやかだ。些か拍子抜けではあったが、戦う気にさせただけましである。
鎧の亡霊が足を肩幅に広げ、重心を落とした。ぐちゅりと肉片が踏み締められ、その潰れる音を合図にミホークは駆け出した。
◇
鎧の亡霊との斬り合いは、2分と経たずにミホークの勝利で終わった。
神速の乱舞も初動の飛び上がりで対処の判断がつき、またミホーク程の実力者であれば剣閃を見切るのも容易かった。2度目までは皮膚を僅かに撫でていったが、3度目になるとコートの裾にすら引っかからなくなった。
そして4度目、飛び上がろうとした刹那に、『夜』で首を跳ね飛ばした。
「……はぁ、」
黄金の粒子となって消えていく死体を横目に、土埃を払いながら愛刀を背負い直す。
思い描いていた通りにはならず、期待外れとばかりに顔を顰めた。それも当然、ミホークは己の軽率さを大変後悔した。
結論から言えば、鎧の亡霊は長刀を使いこなせていなかった。
長刀を振るう度に遠心力で僅かに重心が揺らぎ、刃先がよくぶれていた。文字通り武器に振り回されており、ミホークにとってそれは明確な隙でしかなかった。ただしそれは自他ともに認める"世界最強の剣士"から見れば、であり、威張り散らしているだけのゴロツキ程度であれば問題なく圧倒できる。だからこそ、山賊を切り刻んだその動きの美しさに目を奪われ、傍観していただけのミホークはその隙を見誤ったのである。
薄い黄金色をしている、文字のような模様が刻まれたその長刀。鍔も柄もないそれは奪ったのか譲り受けたのかは知らないが、鎧の亡霊にとって使用頻度はかなり低い、若しくは初めて振るったことが容易に想像できた。
そしてもう1つ。
長刀を振るう度、右腕の動きが妙におかしかった。まるで刀ではない得物、それこそ諸刃の、とりわけ重いものを扱う様な。
空いている左腕も、きっと普段は別に得物を握っていただろう動きをしていた。長刀に添えてみたり、身体のバランスをとるために広げてみたり、とにかく忙しない。
全体的に動きがもどかしく、しかし長刀を振るうことは止めず、あの熾烈なまでの剣閃を舞い切って見せた。ミホークが「うつくしい」と称したそれを。
その技が褒められたのが嬉しかったのか、長刀を振るい、ミホークの剣を避け、神速の乱舞を執拗なまでに舞い続けた。子供が覚えた事柄を繰り返し見せてくる様に。
故にミホークは己の軽率さを恥じたのだ。「うつくしい」とさえ言わず、無言のまま『夜』を構えていれば、鎧の亡霊はあの刺すような殺気を纏ったまま、己の本来の得物でミホークに斬りかかってきただろうに。
鎧の亡霊に踏み荒らされた肉片は、最早血の海に溶けるように潰されていた。
真っ赤に染まる大地を一瞥し踵を返したミホークは、取り敢えずと電伝虫を取り出す。王下七武海に所属している身として、気は進まないが世界政府に鎧の亡霊との交戦を報告するためだ。ついでに、次に寄る予定である島にある馴染みの酒場に、良い酒をとっておけと一報を入れるため。どちらかと言うと後半の方がメインであるのだが。
歩みは自然と速いものになる。少し離れた場所にある棺船にいち早く戻り、この島から出ていってしまいたかった。特に理由はない。ないのだ。
決して、此方に手を振りながら駆けてくる鎧の亡霊を見たからではない。
見ていないったら見ていない。
何故死体が消えたのだとか、如何して首を跳ね飛ばしたのに生きているのだとか、疑問は次々と沸いてくる。が、それらを全て無視してミホークは歩く。近付いてくる、がしゃがしゃと喧しい鎧の音を聞かなかったことにして、棺船に向かってとうとう走り出した。
余談ではあるが、この後ミホークによる政府への報告の内容から、鎧の亡霊の手配書への記載は"ONLY DEAD"から"ONLY ALIVE"に変更になった。
『首を跳ね飛ばしても平然と生き返り、その後5回ほど殺したがピンピンしていた』
つまり、鎧の亡霊は"不死人"なのだと。
マレニアさんの技を褒められてご満悦な褪せ人。