報告によれば、その島は一夜にして腐り落ちたという。
腐った、という言葉は適切ではないのかもしれないが、そう形容することしか出来なかった。その"腐れ"は島付近の海まで影響しており、周辺で捕獲した魚は骨や目玉が飛び出ていたり、肉が不自然に膨張していたりと、総じて異形と化していた。
原因を調査すべく、世界政府は海軍の出動を要請。近隣の島で相次ぐ"鎧の亡霊"の目撃情報もあり、"大将"の位に着く藤虎、もといイッショウが任に当たった。
何日にも及ぶ航海の末辿り着いた島は、距離があるにも関わらず腐敗臭が軍艦まで届く程に腐っていた。
熟れ過ぎた果実のような、酷く甘ったるい臭い。嗅覚は使い物になりそうにない。
島に近付く程に臭いは酷くなっていき、体調不良者が続出。イッショウは部下のために引き返すことも考えたが、島の対処を遅らせる程に被害が拡大していくと予想し、留守番を任せた部下達になるべく船内で待機するように指示を出した。
半面を覆う防護マスクで臭いは防げるが、数に限りがある。そのためイッショウは、今回雇った科学者と、自身と、数人の部下のみで上陸することとした。
軍艦から小船を出し、それに乗って島へ上陸。砂浜を踏みしめたはずが、ぐにゅりと変な感触を足裏で感じた。
「…こいつァ、ヒドイ」
イッショウの耳に部下のえずきが届く。彼の目は最早光を映さぬが、もし見えていたとすれば、部下と同じ反応をしていたかもしれない。
見渡す限りの朱、朱、朱。
目に見えるものは全て朱く染まっており、元の形を保つことなく腐り落ちていた。大抵の生物が耐えられる環境ではない。その"腐れ"は万物を急速に腐敗させていき、ぐずぐずに溶かし、侵していた。
ワン、と犬の鳴き声が聞こえた。
イッショウはその方角へ"見聞色の覇気"を集中させると、数十m離れた箇所に数頭の犬の群れを確認した。だが感じ取った形は彼の知っている犬のものではない。頭が肥大化し、あちこちに瘤のようなものが出来ていることが解った。
双眼鏡で観測していた科学者が顔を引き攣らせる。曰くその犬は、体毛を殆ど失い、皮膚が部分的に朱く染まり、飛び出た目で此方を見ているとのこと。
遠くから此方の様子を伺うだけで襲って来ないのは、イッショウという圧倒的強者がいるからであろう。
腐りきった大地を進む。
ぐしゅ、だとか、ぐにゃ、だとか、凡そ通常の地面からは発せられない、いやに粘着質な音を踏み付ける。腐敗が進んで液状化しかけているのだ。
「地面が腐る、なんてこたァあるんですかい?」
「地面そのもの、というより、土に含まれる植物、虫や動物の死骸などの有機物が腐るんです」
ほォ、と素直に感心する。知り得ぬ知識を知るというのは、実は貴重な体験である。
新たな知識を脳にインプットしたところで、科学者が困惑していることに気が付いた。
「でもこの腐り方、異常です。腐る速度がやたらと早いんです」
「はぁ、そんなことも解るんですかい」
「僕、専門なので。でもこれ、本当に"腐敗"と言っていいものでしょうか?僕には違うように見えます。まるで、」
───何か別のものに生まれ変わらせるような。
本来腐敗とは、有機物が微生物の働きで不完全分解を起こす現象を指す。腐敗が進めば腐敗臭を放ち、更に進行すれば溶け始め、そうして土に還る。
だがこの島全体を覆う腐敗は、全く別の効果を齎しているそうだ。腐る速度が異常に早く、その過程で体組織を別のものに作り替えているのでは、と科学者は仮定した。現に、この腐敗に侵されているであろう生物は皆、原型を殆ど留めていない。
その仮定を後押しするのが先程見た犬だ。頭が肥大化していた理由として、最初は体内で腐敗が進んだことにより発生したガスが溜まり風船のように膨らんでいたと分析したようだった。しかしよく観察すると頭蓋骨が歪に変形していたことが解り、そもそも大前提として生きている生物は腐らない。
「へェ。となると、益々解らねェもんだ。……すいやせん、少しだけ動かないでくれやせんか」
「へ?」
キン、と僅かに音を鳴らして抜刀。その勢いのまま彼らの後ろの影を斬り、他の者が異変に気付くより早く、イッショウは刀を鞘に収めた。
唯一、イッショウの実力をよく理解している部下達は何が起こったのかは見えずとも理解した。
「流石ですね大将ってなんだこれ!?」
イッショウが斬り捨てた影は胴から真っ二つになり、地面に音を立てて崩れ落ちた。
見るに堪えない異形。表面が腐り、瘤ができ、凡そまともな生命体には見えなかった。だがそれは確かに、イッショウに斬り捨てられるまで、二本足で歩いていた。シルエットだけ見れば間違いなく人間そのものであったのだ。
「………まさかこれ、」
「早くそれから離れましょう。目視できるガスが出てます。まず間違いなく有害でしょうから」
マスク越しとはいえ、どんな影響があるか解らない。急いで風上へ回り込む。
生きている生物にも影響するとなれば、腐敗というより病気や毒に近いものだろうか。
イッショウは悔しそうに口を結んだ。
あれは紛うことなき人間であった。ただの人間であった筈だ。だが朱く染まる腐れは人間を朽ちた獣にまで堕としたのだ。イッショウが守るべき無辜の民を。
遠くから犬の群れが此方に駆けてくるのを感じた。きっと先程のイッショウの攻撃を見て、攻撃本能を刺激されたのだろう。他にも鳥と思しき群れや、人間のようなシルエットの群れが此方に向かっていた。
以前は無辜の民、無害な家畜であっても、今は有毒の害獣でしかない。イッショウは歯噛みしながら部下に迎撃の命令を出し、自身も刀を抜いたのだった。
◇
腐敗した生物の包囲網を抜けて暫く。
腐り切った大地を進む。誰もが言葉を発しない。この島の生命体の変化に、ショックを隠しきれないのだ。
粘着質な音を発する足元に注意しながら、イッショウは島全体を"見聞色の覇気"で詳細に観察した。
動物としての本能か、腐敗した生物は基本的に群れを形成していた。割合としては、動きの遅い元人間の群れが1番多いだろうか。
1番警戒すべきは鳥や犬の群れだ。先程理解したが、奴らはやけに俊敏に動き凶暴性を増していた。しかもやたらと巨大化している。簡易的にでも解剖して腐敗の解明を進めたかったが、如何せん死体は有毒のガスを大いにばら蒔いた。応戦もそこそこ、イッショウの斬撃で牽制しながら、こうして撤退してきたのである。
「……俺達も、此処に留まり続ければああなるんでしょうか?」
部下がポツリと零した弱音にも、イッショウは強く言えなかった。
そして皆が口を噤む中、唯一科学者が怯えたように答えた。
「恐らくは。今は防護マスクで影響はありませんが、これはあくまで簡易的なもの。いつ汚染されても文句は言えないです。ですから、その、装備をしっかりと整えた方がよろしいかと、」
科学者がイッショウの顔を窺う様に視線を寄越した。指示を仰ごうとしているのだろう。皆が望む様な指示を。
「………船まで戻りやしょう。これ以上は危険だと、無知のあっしでも流石に解ります」
誰かが、或いはイッショウ以外の全員が、安堵の溜め息をこっそりと吐いた。
事実、この異常な光景のせいで部下や学者の精神は異常をきたし始めている。常に周囲への警戒のため緊張感が張り詰めており、加えて自身がいつ腐敗した生物の仲間入りをするのかという恐怖が心をすり減らしていた。
サンプルは少量だが既に採取済みだ。後は周辺の海で腐敗の影響を受けた魚類を釣り上げれば、研究対象として十分だろう。
踵を返し、沖に停泊したままの軍艦へと向かう。本来なら帰還する旨連絡したかったのだが、電伝虫は置いてきてしまっていた。電伝虫用の防護マスクがない為仕方のないことではある。
この際、イッショウの超高精度かつ超広範囲の"見聞色の覇気"は重宝する。
危険な動物の群れを遠くからでも感知し、最小限の労力で最も安全なルートを弾き出す。おかげで帰路は腐敗した生物と一切邂逅することなく、目的地である海岸の傍までたどり着くことが出来た。
「学者さん、あと少しですよ!」
「ひぃ、ひぃ、インドア派にはキツイ運動でしたよ、げほ、それにしても、はぁ、皆さん息切れ1つ、しないなんて」
「鍛えてるので」
どうやら、軽く雑談する程度には気力も回復してきたらしい。先頭のイッショウは、良かったと安堵の笑みを浮かべた。
後は砂浜に出て、停泊させている小舟で軍艦に帰投すれば良いだけ。
「では帰還を。その前にやることがありやすが」
「え……うわ」
正面。彼らの行く手を阻むかのように、腐った人間が立っていた。
だがこの程度であれば、大した問題ではない。動きは遅く、攻撃の動作も分かりやすい。斬り捨てた後に風上へ回り込んでしまえば、簡単に終わる程度のことだった。
「周囲に他の生物はいやせん。あれ一体だけ………」
「え、でも他は群れてましたよね。何故あの個体だけ孤立しているのですか?」
おや。
刀を抜こうとしていた手がぴたりと止まる。科学者の言う通りだ。何故他と違い、単独行動をしているのか。
それは立ったまま手をゆっくりと上げ、
「おぉい」
とこちらに呼びかけた。
これにはイッショウですら度肝を抜かれた。
腐った生物は例外なく理性を失っており、それは人間がより顕著であった。微かに唸るだけで、意思疎通などまるで期待できなかったのだ。
若しくは呼び声の様に感じただけで、ただ呻いただけではないか。
「お前さん達、少し話をしないか?」
だがしかし、ここまで流暢に言葉を話してしまえば認める他ないだろう。
「……あんた、喋れるのかい?」
「もう儂だけだがねぇ。昨日までは、もう何人かいたが」
「此処が如何してこうなったか、知ってるんですかい?」
「それを話したいんだ。着いて来てくれるかい?」
ゆっくりと手招きしながら何処かへ歩いていく。歩く度、動く度に表面がポロポロと崩れていた。
罠かもしれない。着いて行く義理もない。だが大きな手がかりになるやもしれないと、イッショウ達は大人しく歩き出した。
よく観察すると、彼はイッショウ達の風上になるべく立たないようにしている。自身を侵す腐敗を感染させないようにだろうか。
イッショウ達が着いて来てくれていることを確認し、手招きを止める。数分無言のまま歩き、腐敗があまり進んでいない岩陰に辿り着いた。
「此処が、今の島で1番綺麗な場所だぁ。岩に座っても問題ない」
「……有難うごぜェやす」
不安がる部下達を宥め、イッショウは彼に倣って腰掛けた。海のさざめきが心地好く響く、良い場所だ。
「……さて、本題に入ります。初めまして、僕は微生物が齎す効果、及びプロセスを専門に研究している科学者です」
「へぇ、科学者さんかぁ」
科学者が、軽く咳払いをして果敢に切り出した。雑談に興じている時間はない。彼の言葉を信じるなら、いつか彼も腐敗によって正気を失うだろう。その前に原因を突き止めなければいけない。
此処からは専門家の土俵だ。イッショウは部下に、彼が正気を失って襲ってこない限り手も口も出さない事を命じた。
「単刀直入に言います。この朱い色の腐敗は何です?何が原因でこうなったのですか?」
「あぁ、"鎧の亡霊"がこうしたんだよぉ」
「………えぇ!?」
科学者は叫び声を上げ、部下は後ろにひっくり返った。イッショウは役に立たなくなった目をこれでもかと見開く。更に即座に"見聞色の覇気"を最大限まで解放。島中をくまなく探し、探し、探し───、
「儂達が、殺してくれって頼んだんだぁ」
息を、飲む。
全員が絶句する中、彼は間延びした声で語り出した。
「この島はなぁ、小さいし、住む人も少ないがなぁ、周囲の島と併せてなぁ、政府加盟国だったんだぁ」
曰く。
この島は、周囲に点在する他の島と併合して1つの国を成していた。群島を1つの国として扱うのは、この海域では珍しい。
そして政府加盟国であるから、天上金を納めなければいけない。群島の中心地である島の王族は、課せられた天上金を分配して対処していた。
王族は特産物や人口を頻繁に調査し、納めるものを島ごとに細かく決めていた。決して天上金で苦しまないよう配慮し、無理なく納められるように。
この島は中心地の島から1番遠くにあり、かつ人口も年々減ってきていたために、納める天上金は群島の中で1番少なかった。それでも島民全員で毎日頑張らなければ、到底納められない程だった。
だがこの島の住人は、それを苦に感じたことはなかったと言う。
王族は皆とても心優しく、第一に群島に生きる人を考えていた。年に1回、1番遠くにあるこの島を楽しそうに訪問してくれていた。住人の意見は嫌がる素振りもせず聞き入れ、有用と感じたならば政治に組み込むことも検討してくれた。
決して豊かとは言えない生活だが、それでも心は満たされる。あの王族と共にこの島を活性化させることが、住人の夢だった。
「でもなぁ、つい最近、流行り病がなぁ」
原因、感染経路共に不明の病。
丁度10日程前、この島で唯一の医者である男が最初に発症し、1日と経たずに死んだ。
決して多くない人口からか、医者の発症を基に感染が即座に広まった。僅か2日足らずで全員が発症。全身の痛みと止まらない咳、酷い発熱に誰もが絶望した。
1番近くの島に連絡し医者に来て欲しい旨を懇願したが、生憎と中心地の島に研修に行っており、後10日程は戻ってこないそうだった。
そしてその島から此処まで、最短でも丸1日の航海が必要だ。
さらに最悪なことに、病は発症すれば最長でも7日経てば死んでしまう(この発見は死んでしまった医者の唯一の成果だ)。到底間に合わない。
最前を尽くすと言われたが、それが慰めの言葉でしかないのは誰の目から見ても明らかだった。
症状のあまりの辛さに自ら命を絶つ者もいる。懸命に生きようとしても、身体も心も持たないのだ。
痛い、苦しい、辛い。
誰か、助けて欲しい。
「そしたらなぁ、『声が聞こえた』って、鎧の亡霊が来たんだぁ」
病が発症してから3日目。つまり今から5日前。
鎧の亡霊は身に纏う鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら、黄金の粒子と共に現れた。
鎧の亡霊の悪名高さは知っている。住人は勿論警戒しようとしたが、症状の辛さからまともに動く事さえままならない。
暫くは双方共に様子を窺うのみであったが、突如として鎧の亡霊が高らかに声を上げたと言う。
───助けを求める声が聞こえてやって来た。だが済まない。殺すことしか能のない私では、この病を治すことは出来ない。
そう、頭を下げたと。
「可笑しいよなぁ。鎧の亡霊が、謝ったんだよぉ」
噂と違う理性的な言葉に、住人は当然困惑した。そもそも、何故頭を下げられているのかすら理解が出来ない。
済まない。
あまり感情の込められていない声で謝り続ける鎧の亡霊を、どう表現すれば良かったのだろうか。
その内、ある1人が乾いた喉を無理矢理引き絞って声を出した。
───もう苦しみたくない。殺してくれ。
その言葉に、病に侵された住人は次々に賛同した。
この病気を治せない、医者も直ぐ連れて来れない、何かを為す術もないのなら、どうか殺してくれ。一思いに殺してくれ。
既に自身で動くことすらままならない者が殆どだ。自害することも出来ない。追い詰められた住人にとって、鎧の亡霊は漸く縋り付ける希望となったのだ。
そして、鎧の亡霊は力強く頷いた。
───全ての罪を被ろう。
「そうして、朱い花が咲いたんだ」
◇
鎧の亡霊によって甚大な被害を被った場合、政府加盟国に限り、世界政府からの助成金と天上金の免除が与えられる。
「綺麗な綺麗な、朱い花だったよ」
それ程までに鎧の亡霊の被害は甚大であったのだ。前代未聞の天災。斬り捨てられた生命は数知れず。
「大きくて朱い花が、島を覆って、みぃんな腐らせてな」
最近の噂では、あの"四皇"の一角たる"赤髪"とも互角に殺し合ったという。
強者に挑み続ける様は勇敢な戦士を幻想するが、実際は血に塗れた世界を形作る狂気の沙汰。政府が破格の報酬を設定するのも肯ける、恐ろしい死神そのものであった。
「痛くないんだ。苦しくないんだ。後はもう、みぃんな焼くだけだ」
鎧の亡霊による被害は、国を存続させることにも強く影響した。従って世界政府は、政府加盟国に限り、また確かに鎧の亡霊からの被害であると確定した場合に、可能な限りの援助をすると制定した。
「……あんた、あっしらが此処に辿り着くまで、耐えようとしたのかい」
「そうさねぇ。何年でも耐えるつもりだったよぉ」
部下も科学者も声をなくし、彼の嗄れた言葉を黙って聞いていた。
全てを急速に腐敗させる朱い腐れに侵されながら、5日という期間を正気を失わずにずっと耐えていたという。世界政府、或いは海軍が、この島で起こった悲劇が鎧の亡霊の仕業であると確信するまで。
そうすれば、国には助成金と天上金の免除が与えられるのだ。
死に体の己達でも、想ってくれた王族に報いることが出来たのだ。
ただ病で死ぬより、ずっとずっと、良い結果だった。
気付けば彼は泣いていた。
朱く染まった粘つく涙だ。枯木のように皺だらけになった瞼から、時間をゆっくりとかけて流れていく。
「謝りたいんだ。鎧の亡霊に。利用してごめん、嫌な思いをさせてごめん、罪を背負わせてごめんってなぁ」
「鎧の亡霊は、それを承諾したんじゃあないので?」
「寧ろ提案してきたんだぁ。それで、儂達がやってくれって、言ったがなぁ。みぃんな謝ってたよ。勝手に利用して、見ず知らずの儂達の命を背負わせて、」
びゅうと風が吹いた。
それを感じた彼は、緩慢な動きで涙を拭って立ち上がった。
「そろそろ、この島みぃんな焼き払う頃だぁ。行ってくれ、海軍の人に科学者さん」
この島の惨状やその原因を、ありのまま報告するのは簡単だ。病に侵された島の住人が鎧の亡霊と結託し、世界政府からの援助を得る為の工作をしたと。つまりこれより先の結果は、イッショウと、立ち会った数人の部下、科学者の良心に委ねられる。
それを知った上で、彼は全てを話した。鎧の亡霊の仕業だと言えばそれで済むものを、態々経緯まで詳細に話した。それはきっと、彼の内にある罪の意識からだろうか。
「お前さんら、ありがとうよ」
「…いいえ、此方こそ、話してくれて有難うごぜェやす」
座っていた岩から立ち上がる。裾の汚れを軽く払い、彼に背を向けて歩き出した。
部下や科学者はイッショウの後を慌てて付いていき、しかしチラチラと後方の彼に視線を遣っていた。
彼は話の礼だけしていったイッショウに何も言わず、きっと笑顔を浮かべながら、ゆっくりと手を振っていた。未練はないだろう。心置き無く死ねる筈。
「あの、大将、どうしますか?」
「どうもこうも、ありのままを報告します。あっしは嘘が下手なもんで」
腐りきった大地を進む。
ぐしゅ、だとか、ぐにゃ、だとか、凡そ通常の地面からは発せられない、いやに粘着質な音を踏み付ける。腐敗が進んで液状化しかけているのだ。
その内、炎に包まれるだろうけども。
小舟に辿り着き、部下と科学者を先に乗せる。自分がやると言う部下を制し、小舟を海側へイッショウが押そうと力を込めた。
その時、"見聞色の覇気"に僅かに引っかかった気配が1つ。イッショウ達がいる浜辺より南側、島の中央。切り立った崖の上。
たった1人、強者。
じっと此方を観察している様だ。動こうとせず、また理性を失った害獣に気を配りながら、ただ。
イッショウも、その者も、攻撃どころか会話が出来る距離でもない。
故に、結局は無視して海へと小舟を動かした。気付いたのはイッショウだけで、つまりイッショウが何も言わなければ誰も認識出来ない。
「全く、どうすりゃあいいんですかねェ」
イッショウの呟きは風に消える。近付く軍艦に、何故か全員が溜息を吐いた。
軍艦に辿り着けば消毒作業、サンプルの保管、帰還の準備と大忙しだ。先程の無言は何処へやら、全員が声を出して応答や指示をしていた。
「あ、た、大将!!」
甲板から見張りをしていた部下が大声を上げ、島を指さしていた。つられて全員が視線を向ける。イッショウだけは"見聞色の覇気"すら使わず静観していた。見えずとも、すぐ理解出来たためだ。
朱い腐れに侵された島から紅い炎が上がっていた。
ごうごうと、太陽に負けないくらい燃えている。獅子の鬣の如く揺らめくそれは、無慈悲に全てを包み込んでいた。
或いは、それが慈悲か。
熱気が伝わる。
こんなに離れていても、なお熱い。
「行きましょう」
イッショウの静かな指示に、留守番だった海兵たちは難色を示した。だが有無を言わせぬ力強さに、結局は誰もが従った。
「本当に、どうすりゃあいいんですかねェ」
この悩みすら、獅子の紅い炎に焼かれてしまえばいいのに。
それから数日後。現地に赴いた海軍の証言に基づき、とある国に多額の助成金の付与と天上金の一部免除が認められた。国を成す群島のうち1つが、鎧の亡霊による住民虐殺、及び土地を再起不能なまでに汚染されたためである。王族は憤り、世界政府に鎧の亡霊の確実な誅伐を強く望んだという。
だが奇妙なことに、その発表がされたとき、島の外部に持ち出された朱い腐敗は突如として紅い炎に包まれて燃えてしまった。結局、その朱い腐敗が何であったのかは、鎧の亡霊以外誰も知ることが出来なかったのである。
鎧の亡霊によって滅ぼされた島は、今なお紅い炎が燃え盛っている。
ごうごうと、轟轟と。
◆◇◆◇◆
その日、赤髪海賊団は小さな無人島に上陸していた。
いくら海に生きる男達と言えど、狭い船内での生活はそれなりにストレスが溜まる。また衛生面から見ても、定期的に陸に降りて洗濯や掃除をすることは必須であった。
たどり着いたのが無人島であったため、本日やることは洗濯と船内の掃除だ。
シーツや衣類を洗うために川の水を確保し、その後は屈強な足で踏み洗いをする。洗剤は有人島でしか使わない。適切な処理をしないまま化学薬品で汚染された水を流してしまえば、それは容易に自然を破壊するからだ。残念ながら赤髪海賊団の船である"レッド・フォース号"には浄化装置がないため、次の有人島まで良い香りのシーツはお預けだ。
船内の掃除は殆どの船員が総出で行う。ゴミや埃を掻き集めて燃やす者と、船体を掃除する者に分かれ、各々が自身に与えられた仕事をテキパキとこなす。特に船体を掃除する者は、船底にへばりついた貝や海藻を出来るだけ落とす重要な役割がある。これらは船の航行速度を遅くし、いざと言う時に大きな障害となり得るからだ。
そういったことは本来はその道のプロに任せたいのだが、"海賊"である彼らの船のメンテナンスを拒む職人の多いこと。また彼らも、大事な船はなるべく信頼のある人間に任せたいと思っている。故に、メンテナンスは大抵、無人島にて専門知識のある船員が行うのだ。
これらが全て終わって初めて、船員には自由時間が与えられる。
「ベック、俺ちょっと向こう行ってるから」
「おう、気ぃつけろよ」
「止めろよ、ガキじゃねえんだ」
さて、例外が一人。
赤髪海賊団が船長、"赤髪"のシャンクスは、渾名の由来となった燃えるような髪を靡かせて砂浜を歩く。目指すは目の前の鬱蒼とした森。歳を重ねていたとしても冒険心を忘れない男は、意気揚々と足を踏み入れた。
◇
シャンクスが一斉清掃に参加しない理由は2つ。"船長であるため"と"片腕しかないため"である。
船長、つまり赤髪海賊団のトップである彼が雑事をするとなれば威厳に関わる。シャンクス本人としてはあまり気にしていないのだが、周囲から見たときの評価は威厳に直結する場合がある。上下関係はハッキリと示しておかなければ、船員の命を預かるトップとしてあまりにも情けない。
そして片腕がないため、単純に作業効率が下がる。両腕だった頃の記憶が今も蘇り、当時の自身と比べてしまうと、効率の悪さに思わず舌打ちも出るもの。
従って、一斉清掃のときのシャンクスは、自身のシーツや衣類を干し、自室を軽く掃除した後に、ベン・ベックマンに指揮を任せて1人で島の探索に出ることが多かった。
今日は天気がとても良い。船員の気分も晴れやかで、これならば全員直ぐに自由時間を迎えられる筈だ。
水を求めて川を探した時にざっと辺りを確かめたが、この島はそれ程広くない。散歩をする様にゆっくりと歩いても、1日とかからずに外周を周り切れるだろう。
島が小さい為か、巨大な猛獣の気配もない。小動物の楽園と称しても問題ない程だ。
島の大部分を占めている森は、当然だが整備されておらず、大柄なシャンクスは僅かにある獣道を頼りに進んでいた。
垂れ下がる蔦を払い除け、覆い被さる枝は切り落とす。ただし伐採は最小限に。
森の中は少しだけ薄暗かったが、隙間から射す木漏れ日が幻想的だ。ひっきりなしに響く鳥と虫の声は耳障りで、しかしシャンクスにとっては些事でしかなかった。
未開の地を探索することの、何と心弾むことか。
人の手が一切加わっていないこの島に宝物などある筈もないが、冒険や探検なぞそんなものである。ウキウキとした心持ちのまま進み続けると、やがて広々とした場所に出た。
「お、此処は広いな。木も生えてねぇから滅茶苦茶明るい」
恐らく島の中心地に程近い場所だ。背の高い植物は生えておらず、太陽の光が惜しげも無く降り注いでいた。
ポカポカと暖かい陽気が眠気を誘う。猛獣がいないことと船からそれ程離れていないことを加味して、シャンクスが下した判断は1つ。
「よし、寝よう!」
5分だけ、という言い訳を誰に聞かせるでもなく零し、野原の真ん中を目指す。サクサクと草を踏む音が耳に入り、自然と口角も上がる。
気持ちの良いそよ風も相まって、きっと快眠できるだろう。
そう思いながら地面に手を着き───シャンクスはその表情を、突然険しいものに変えた。
野原の所々の植物が不自然に潰されている。視線だけでその箇所を辿ると、一定間隔であることが分かった。つまりそれは足跡であり、もっと言うなら人間のような二足歩行の動物のもの。シャンクスが目を凝らしてやっと解る程度には隠されていたが、気付いてしまえば簡単だった。
誰か船員がここに来たかと考えたが、未開の地で行動する際は、幹部とシャンクスを除いて複数で行動することを義務付けている。そして足跡は、どう見ても1人分だ。船員ではない。川から水を調達した際も、誰も川の奥にあるこの場所には来ていない筈だ。
では幹部の誰か、とも考えたが、彼らはこの島に着いてから船を離れていない。
ということは、つまり。
「俺たち以外に誰かいる、ってか?気配を気取られずに」
先程とは違った、好戦的な笑みを浮かべる。
この島に原住民は住んでいない筈。もしそうであれば、シャンクスが通ってきた獣道に人の痕跡が残っていただろう。恐らくは島の反対側に辿り着きこの野原に来た。踏み潰された植物の様子を見るに足跡はごく最近のもの。30分も経っていない。
衰弱しきった漂流者の可能性も視野に入れ、膝を着いたまま愛刀『グリフォン』に手をかけ、"見聞色の覇気"を解放するべく力を込めた。
と、その時。
ただ偶然、『グリフォン』を鞘から抜くために一瞬だけ前屈みになった瞬間、背中を何かが撫でていった。
その感覚に驚いたシャンクスはその場で軽く前方に跳躍。直ぐに体勢を整え、後ろ向きに着地した。視界の端に捉えたマントは綺麗に裂けており、斬られたことを漸く察した。
全くもって気付かなかった、と心中で悪態をつき、眼光を鋭くして前を見据えた。
「あ?」
そこには、黄金の長刀で血振りをした、全身を鎧で固めた人間がいた。
いや違う。ただの人間ではない。
兜にあしらわれた、狼の鬣の様な白毛。幽鬼の様なボロボロの風体。
生者か死者か、或いは人間かですら知られていない、それは。
───狼幽・鎧の亡霊。
海賊を差し置いて、世界で最も危険視されている存在である。
「おいおい、此処でお前みたいな奴に会えるとはな!」
今朝届いた新聞に、2日前に"鷹の目"と"南の海"で交戦したと、更新された手配書と共に見た。この島は"偉大なる航路"の"新世界"、"北の海"に程近い所にある。とても2日で辿り着ける距離ではない。十中八九、超長距離の瞬間移動が可能となる悪魔の実の能力者だろう。
噂を聞いた時から1度は戦ってみたいと思っていたが、まさかこのような無人島で出逢えるとは。シャンクスの気はかつてない程に高揚している。強者との戦いを悦ぶのは、最早男の性であるのだから。
『グリフォン』は既に抜いている。何時でも来いと顎をしゃくると、鎧の亡霊は苛立った様子で長刀を薙いだ。空気を切り裂くように振ったその所作はひどく美しい。
そのまま長刀を肩の高さまで上げ、真一文字に構える。
来るか。ごくりと唾を飲み込む。
"鷹の目"にも匹敵する程の緊張感。久しく体感出来ていなかった純粋な戦闘。きっと今のシャンクスの表情は、好戦的を通り越して獰猛と形容するのが適切だろう。
空気がシンと静まり返る。
鳥も、虫も、風すらも、この時ばかりは何も耳に入らない。ただ一点、黄金の長刀に集中し───、
ぱっ、と長刀が鉄塊に変化した。
「…へぁ?」
これにはシャンクスも思わず声が漏れた。
一瞬たりとも目を離していなかった筈なのだが、急に長刀が鉄塊に変化したように見えた。それはもう鮮やかに。手品か。
そして鉄塊と見紛うそれは、諸刃の大きな剣であった。
ただ実直、ただ無骨。何の飾り気もなく、相手を斬り潰す為だけに生まれた殺しの武器。見るだけで超重量であることが解るそれを両手で抱え直し、刹那。
「うおおおお!??」
鎧の亡霊は跳躍し、落下と共に鉄塊の如き剣を振り下ろした。
シャンクスはそれを受けることなく横に避ける。あの超重量を下手に受け止めれば『グリフォン』が欠けるか右手首を痛める。瞬時に"武装色の覇気"を纏い直し体勢を整えれば、鎧の亡霊は直ぐ様斬りかかってきた。
「こ、のォ!!」
ギィン!!と甲高い音を立てて無理矢理剣を止める。やはり凄まじく重い。右腕だけでは支えきれなかった為剣を受け流し、鎧の隙間に『グリフォン』を滑らせた。しかし後方へのステップで避けられてしまう。ステップの際に一瞬姿が掻き消えたが、それも先程の手品の延長線だろうか。
相手の得物は超重量の鉄塊。故に振りは遅く、軌道もそれなりに読みやすい。剣術で言えば世界最強の剣士である"鷹の目"とも平気で渡り合える程の実力を持つシャンクスであれば、本来なら簡単に圧倒出来る。
しかし決め手に欠け、攻めあぐねているのが現状だ。シャンクスの攻撃はしっかりと掻き消えるステップで危なげなく回避し、攻撃直後の、明確に隙だと言えるタイミングでしか攻撃してこない。ならばと態と隙を晒せば、ステップで直ぐ様死角へと回り込まれ、鉄塊を振り回すのだ。
非常にやり辛い。戦闘経験があまりにも豊富と理解出来る立ち回り。少しずつ少しずつ、じわじわと相手を追い詰める堅実かつ確実な戦法だ。シャンクスにとって最もストレスの溜まる戦法であり、気の早い彼はあと少しで冷静さを欠こうとしていた。
暫くは剣戟の音が響く。シャンクスが鉄塊を受け止め、『グリフォン』を振り、鎧の亡霊がそれを避ける。
草を踏みしめる音が耳に入り、風が隙間を吹き抜ける。鳥や虫の声は、もうしなかった。
傍から見れば互角、僅かにシャンクスが押しているか、という有様だった。
戦闘のための技量で言えば、実はシャンクスの方が上である。鎧の亡霊は、何とか互角で戦えているように必死で立ち振る舞っているのだ。
このまま戦い続ければまず間違いなくシャンクスが勝つだろう。その確信があった。
だが残念ながらこの勝負、勝つのは鎧の亡霊の方であった。
シャンクスには鎧の亡霊にとって致命的な欠点がある。
"片腕しかないこと"だ。
鎧の亡霊が相手でなければ全く問題ない、欠点とも言えない欠点。だが鎧の亡霊は、"人型"かつ"片腕で武器を振るう"相手であれば、戦闘経験にものをいわせてある戦法を取ることが出来るのだ。
不意に鎧の亡霊が見せた隙に、シャンクスは罠だと知っていても躊躇無く乗った。
上段から袈裟斬り。
背後に回るか、後ろに避けるか、それともまだ見せていない方法を取るのか。
鎧の亡霊はその攻撃を視認した後、刃が当たる寸前、手品(仮)により鉄塊をぱっと消してしまった。
己の武器を自ら手放すとは。或いは隙を更に誘い出すためか。ともかくシャンクスは、鎧の亡霊の突飛な行動に僅かながら動揺した。
隙とも言えない僅かな時間。
あ、と声を漏らす間もなく、鎧の亡霊は素手で『グリフォン』を大きく弾いたのだった。
それは"パリィ"という、攻撃を弾く戦法だ。
相手の攻撃を、刹那程しかない隙を見極めて、絶妙な力加減でいなす技法だ。下手を打てば隙だらけになるのは自身の方であり、リスクが非常に大きい。だが成功してしまえば、相手は確実に隙を晒す。
とある地、或いは想像もつかない程の太古に、殺し合いが日常であった環境にて編み出された戦士達の智慧である。
確実に弾ける攻撃、確実に弾けるタイミング、確実に弾ける力加減。鎧の亡霊は、豊富な戦闘経験に基づきシャンクスの攻撃を確と見極め、平然と成して見せた。
力の流れが、本来向かうべき目標点から大きく逸らされたことにより、シャンクスも大きく身体を傾かせた。右腕は握った『グリフォン』につられて外側に広がり、まるで胴体をさらけ出す様な体勢になる。
鎧の亡霊は、今度は右手に短剣を握っていた。『慈悲の短剣』と呼ばれるそれは固く鋭い刺突刃を持ち、人体の急所を容赦なく貫くだろう。
これは不味いぞ、死んだかもしれん。
走馬灯のように全ての景色がゆっくりと流れていく中、シャンクスの妙に冷静な理性がそう零した。
鎧の亡霊は強敵であった。技量では確かにシャンクスが勝っていたが、それだけだった。
異常なまでの殺し合いの上手さ。
あと少し、もう少し自身が冷静でいられたのなら、攻撃を素手で弾くなんて馬鹿げた戦法は取られなかった。単純に相性が悪い。
命の取り合い、心踊る戦い。
とても楽しかった。だからこそ、此処で終わってしまうのは少し勿体なかった。
「悪りィな」
短剣がシャンクスの胸に突き刺さる寸前。シャンクスは笑みを浮かべてそう零した。
◇
───ドォン!!!
大きな銃声が響いた。
同時に、鎧の亡霊の頭が横に弾かれた。金属のぶつかる音は聞こえなかったが、恐らく側頭部を撃たれたのだろう。
兜のお陰で致命傷には至らなかったが、十分な隙である。
シャンクスは漸く体勢を立て直し、鎧の隙間に目掛けて躊躇いなく『グリフォン』を突き刺した。途端に広がる鉄の臭い。上手く心臓を斬り裂いた様で、引き抜くと同時に大量の血が噴き出した。
ふらりと鎧の亡霊が倒れ込んだ。此処で漸く、鎧の擦れる音が一切していないことに気付いたが、既に終わったことであったため大して疑問に思わなかった。
「ありがとなベック。あと少し遅かったら死んでた」
「あれだけ殺気出してれば分かるだろ。というか、そいつ」
「ああ、あの"鎧の亡霊"だぜ!って、うおぁ、」
鎧の亡霊は、残る力を振り絞ってシャンクスの足首を思い切り掴んだ。
這い蹲いながら、身体から血を失いながら、しかし力強くシャンクスを見上げる。兜により顔は良く見えなかったが、きっと忌々しげに歪んでいることだろう。
「悪りィな。まだ死ぬ訳にはいかないんだ」
シャンクスは少年のように笑って見下ろした。
握る力が強くなり、兜の奥にある瞳が黄色く──────、
とうとう命尽きたのか、足首を握り潰す勢いであった手から一気に力が抜ける。兜の中は真っ暗で何も見えず、そのまま黄金の粒子となって風に乗って消えていった。
「って消えた!?」
「おいおい手品師か?鎧の音だってしてなかっただろコイツ」
「武器だって一瞬で刀からでっけー剣に変わったんだ。移動系の能力者かと思ったが、もっと訳の分からん能力なのかもな」
だが心臓は確実に貫いた。鎧の亡霊は生者であれば、生きてはいないだろう。
「噂通り幽霊だったとか?お頭が殺したお陰で成仏したとか」
「お、ヤソップ。ルウも。ていうか皆来たのかよ」
「当たり前だろ。あんだけ殺気も覇気も垂れ流しだぜ。気付かない方が可笑しいだろ」
「それもそうか」
『グリフォン』を鞘に納め、シャンクスは皆を引き連れて歩き出した。
「随分と機嫌が良いな」
「勿論だ。何なら歌ってもいいぞ」
「別に構わんがそのマントは自分でどうにかしてくれよ」
「げ、」
嗚呼、楽しかった。一時の夢の様な時間であった。大きな怪我もない。
…マントを裂いたことだけは許さないが。
鎧の亡霊が本当に幽霊であったのなら、是非とも成仏せず、もう一度だけ化けて出てきて欲しいものだ。
シャンクスはそう考える程に上機嫌になり、本当に歌いながら船に向かった。幹部の合いの手はご愛嬌。本日も賑やかである。
この後赤髪海賊団は最寄りの有人島に向かうため、洗濯物が乾き次第出港した。ありがとう鎧の亡霊。いい暇潰しが出来た。滞在時間は半日もなかったが、実に充実した時間であった。
◇
さて、赤髪海賊団が去って暫く。
砂浜。既に船影も見えなくなった頃。キラキラと夕日の光を反射して輝く砂を、ボロボロの鎧が踏みしめた。
今度はがしゃりと音が鳴る。潮風をものともせずに海へ近付き、船が去っていった方角をじっと見つめていた。
触れられる。物を持てる。血が出る。殺せる。鎧の亡霊は、紛うことなき生者である。
では何故、心臓を斬り裂かれた筈であるのに生きているのか。
答えは明白、"不死人"であるためだ。
そして"不死人"とは、元来より執念深いもの。
目標を定め、確実に。
さあ、報復を始めよう。
褪せ人は執念深い。
褪「マレニアさんと同じ髪色!キィ!許さん!!」