俺が《六花》で二つ名で呼ばれるのは間違っている。 作:萩月輝夜
クローディアが《
「王竜星武祭に、ですか?」
クローディアは父の言葉に、リンゴのコンポートを口に運ぼうとしているのをやめてその話に耳を傾けた。
王竜星武祭に誘われたのはイザベラのようだったが両親は丁度良いタイミングだと思ったらしく観戦に誘ってくれたのは娘の将来を思っての事らしく無下に出来ないため困ったクローディアであったが家族で出掛けることなど記憶しているなかで一回、二回有るか無いかだった筈だ。
それに朝食に家族全員が揃うなど珍しい。
イザベラが忙しく働いているのだから仕方がない、それに母は”銀河”の最高幹部の席が確定しているためさらに”余計なことに”時間を割いている暇はないだろう。
観戦に乗り気ではないクローディアにニコラスがやや押し付けがましい感じではあるがイザベラもクローディアの為に言っているのだと理解できた賢しい少女だったわけだ。
そんな自分を愛してくれている両親の思いを無下にするほど愛に無関心ではなく同じく二人を愛していた。
「ありがとうございます」
そういってクローディアはにっこりと笑ってその申し出を受け入れることにした。
実際にクローディアは迷っているわけではなく、単純に自らの進む道であろう未来に対して何の憤慨も執着も無かっただけなのだが。
《王竜星武祭》の会場にて。
シリウスドームのVIPルームにて観戦をしていたクローディアはその身が雷に打たれたような衝撃に貫かれた。
控え室からステージへ出る花道、そこから現れた星導館学園の少年の姿を見て観客席がどよめいていた。
あからさまに足元はふらつき、目は堕ち窪み、スクリーンに映る表情からは生気が感じられないほど最悪なコンディションであることが窺える。
しかし、それよりもクローディアにはその人物が持つ二振りの双剣が目に入ってしまう。
戦う意思はあるのかゆっくりと歩みを進めて起動した純星煌式武装の装飾、目玉のような部分に見られているような。
自分を見てニタリ、と笑ったような。
「……!」
思わず立ち上がりその光景をニコラスが訝しげな目で見つめる。
「どうしたんだいクローディア?」
「いえ、大したことでは…」
クローディアは全身を襲った奇妙な不快感の一瞬口ごもったがすぐに落ち着きを取り戻し柔らかな笑みを浮かべて首を横に振る。
「…なにかあの純星煌式武装に感じるものがありましたか?」
そんなクローディアの心を見透かすような視線をイザベラは向けてくる。
「…感じるもの、とは?」
「純星煌式武装には時折そう言うことがあるそうですよ?使い手が純星煌式武装を選ぶのではなく、純星煌式武装が使い手を選ぶ…その際にまるで純星煌式武装が笑い掛ける時がごく稀に…感じるときがあるそうです」
「……」
クローディアは自分に微笑み掛けるイザベラの笑みをじっと見つめていたが不意に立ち上がりくるり、と踵を返しVIPルームの扉のほうへ歩き出した。
「…少し外の空気を吸ってきます」
そういってVIPルームの外へ出る。しかし、その日の事は良く覚えていない。
それが《パン=ドラ》との出会いであり、運命の始まりだった。
◆ ◆ ◆
「…なるほど、報告ご苦労。」
聖ガラードワース学園の執務室にて会長であるアーネスト・フェアクロフは溜め息を一つ吐くと目の前にいる三名の顔を仮面で覆った男達を労った。
目の前にいる三名の男達は聖ガラードワースに存在する諜報機関である《
今その者達からもたらされた報告にアーネストはその端正な顔立ちを少し歪ませて頭痛を覚えていた。
「おはようございます。入りますわよアーネスト。」
そんな最中、執務室の扉が開き副生徒会長であるレティシア・ブランシャールが入り続いてもう一人の副生徒会長であるケヴィン・ホルスト、生徒会書記であるパーシヴァル・ガードナー、生徒会会計であるライオネル・カーシュが姿を見せた。
この場にいる全員が聖ガラードワースの《冒頭の十二人》でありチーム・ランスロットのメンバー、生徒会役員達でありこの五名が聖ガラードワースを実質的に仕切っているのだ。
「………。」
レティシアが室内に入り顔を隠した幾何学模様の仮面を被る《情報審問官》の姿を視て露骨に顔をしかめた。
彼女は彼ら達を嫌っており露骨に顔をそらし視界にもいれたくないようでそっぽを向いていると用件は終わったのか彼らは執務室から退散し扉が閉まるとレティシアと残りのメンバー訝しげにアーネストへ視線を向ける。
「…こんな早朝に情報審問官が三名揃って執務室にお出ましとは、一体どう言った用件でしたの?」
早朝も早朝。
今しがた朝日が東の窓から顔を出し気持ちの良い風と小鳥の囀りが聞こえ始める時間帯であったがアーネストは寝癖一つ無い、疲労を顔に浮かべずに柔和な笑みを浮かべている。
「まぁ、それは良いじゃないか。それより報告を頼むよパーシヴァル」
「かしこまりました」
男装の麗人であるパーシヴァルはまるで、というより彼専用の執事のような立ち位置で今日予定されているスケージュールを読み上げる。
膨大な、それこそ一企業の重役が行うような仕事量にイヤな表情を浮かべずに淡々と聞き入れるアーネストであったがケヴィンが大あくびを噛み殺していたのを見て食って掛かる、いや嗜めるようにライオネルが注意するとそれを見ていたレティシアが「また始まりましたわ…」と呆れた表情を浮かべアーネストはそれを微笑んでみていた。
現に騎士然とした規律を保とうとするライオネル、”聖ガラードワースらしくない”…言えば少し語弊があるかもしれないが美人美少女と浮名を流す何かと話題の尽きない騎士らしい騎士、であるケヴィンの軽い性格を気に入っていた。
がそれも何時までも行っていると雷が落とされる、いや”発砲された”というべきか。
「…お二人とも私の話を聞いていましたか?」
不意に言い争いをしている会話の最中に銃声が鳴り響く。
その発生源はパーシヴァルが短銃型の煌式武装を抜き放ち天井に向けて発砲していたからだ。
「次は当てますからそのつもりで。」
銃口が二人へ向けられると「「これはマジな奴だ…」」と理解し両手を上げてギブアップ、満足したパーシヴァルは普段の調子で淡々とスケジュールを読み上げる。当然、銃は握ったままで。
一方でレティシアは天井に穿たれた銃痕を見てげっそりしていた。
「どうしてあの子はこんなに引き金が軽いんですの……はぁ、修繕の手配をしなくては…。」
「まぁまぁ…それが彼女の良いところだよ。だからこそ【聖杯】に選ばれたのさ。」
パーシヴァルによってスケジュールを割り振られ其々が自分の部屋へ帰っていくと執務室に残ったのはアーネストとレティシアの二人だけになった。
だが、最後の一人であるレティシアはじっとその場に立ち止まりアーネストをじっと睨み付けている。
「どうしたんだいレティシア。そんなに怖い顔をして。君らしくもないな。」
「誤魔化さないでくださいまし。情報審問官からどのような話があったのか聞かせていただきますわ。」
ああ、やはりその事か。とアーネストは額に手を当てて暫く考えた後重い口を開けた。
「…キミには一番知らせたくなかったんだがね…仕方がない。銀河が動いたそうだ。上からの情報を至聖公会議が確認したらしい。」
「銀河が…?」
「ああ。実働部隊が六花に現地入りしたらしい。」
「まさか…!」
その言葉にレティシアは顔色を変えた。
「状況から考えるに、狙いはミス・エンフィールドに間違いない。」
「そんな…!いくらなんでもこの時期に…!」
レティシアの発言にアーネストは同意だった。
理由は不明だがクローディアが《翡翠の黄昏》の件で母体である銀河とコトを構えようとしているのは知っている。
だがその程度で銀河がクローディアを消しにこれほどまでの強行手段に出ようとしているのが信じられなかった。
他の統合企業財体が虎視眈々と目を光らせているタイミングで運営する学園の生徒会長であるクローディアを消しにかかるのは逆効果であり不利益を産み出しかねない。
時期をずらせば穏やかに処理することだって出来るはずなのだが”強行策を取ってでも止めなければならない”情報が握られている、他ならない。
(ミス・エンフィールドが銀河が無視できない情報を握っている…ということか。)
アーネストは思案する。此方の運営母体は静観を決め込む筈だ。
相手が弱みを見せてくれれば労せずに利益を得ることが出来る以上行動しないのが最善手であった。
が、しかし。
「そんなの…絶対に認められませんわ…ッ!」
レティシアはグッと拳を握りしめナニかを決意し制服のポケットから端末を取り出し連絡を掛ける。
恐らくはクローディアに掛けたのだろうが苛立ちながら携帯を耳から離した。
「…ああもう!どうして出ませんのっ!」
「レティシア。どちらにせよ通常の回線では至聖公会議に傍聴される可能性が高い。別の手段を用意するか控えた方が良いだろう。」
「くっ…!」
アーネストにそう窘められて悔しげに爪を噛む。
その瞳は怒りに溢れているがそれは”銀河”なのか”クローディア”なのかは分からないが恐らく後者なのだろうな、と邪推し提案した。
「…まぁその件に関しては僕の方でも探ってみるとしよう。」
「えっ…で、ですが勝手に動くのは貴方の立場上…」
「それは分かっているとも。だが【聖騎士】の名を賜っている以上レディの危機を見過ごすわけには行かない。それにそんなことをすれば【
「…なにか、手がありますの?」
すがるような視線を向けられ苦笑するアーネスト。今この言葉を言えば非難が来るだろうなと覚悟をしていた。
「いいや、残念ながらキミの言うとおり僕の立場で手を打てる策はないよ?」
「…なんですの、それ」
呆れたような不満げな表情を浮かべるレティシアを手で制した。
「まぁ、待ってくれレティシア。落胆するのはまだ早い。”僕の立場で出来ないのなら出来る立場の人間に頼めばいい”ということだ。」
「…?」
「ふふっ分かっていないという表情だが考えてみてほしい。チーム・エンフィールドに再戦したいと強く願う君…それ以上にそのチームメンバーの《戦士王》の実力を見たいと渇望している人間が一人いるじゃないか」
「あ…!」
「理解したようだね?」
「で、ですがあの方ならば統合企業財体の意向を無視して動くことが出来るでしょうが…そう簡単に事が運ぶでしょうか…?」
「先の学園祭で貸しを作ったんだ。今回の件で返してもらうだけさ。」
そういってアーネストは執務机にセットされてるビジフォンを起動した。
◆ ◆ ◆
「ほほう?それで儂を利用しようというわけか。いやはや、思うていたより胆が据わった男じゃのう…《聖騎士》殿?」
『気分を害したのならお詫びするよ、公主』
ビジフォンに映る端正な顔立ちに冗談めかして睨みつつ、范星露は笑って見せた。
界龍第七学園黄辰殿、謁見の間にて朝の鍛練を丁度終えアーネストとの会話をしている。
そんな脇すぐ近くで膝を折り心の中で虎峰はどうかこの気まぐれな師がまた要らぬことに首を突っ込んで余計なことをしてくれるなよ、と強く、強く念じていた。
「確かに《聖騎士》殿にはグラン・コロッセオで貸しがあるとはいえ今回の件、それと差し引きするのは些か釣り合わぬと思わぬか?」
『そうかな?聞くにミス・リューネハイムが参加するのを決めたのは、僕の参加を知ってということじゃないか。となれば序列一位二人分の価値があると評価してもいいのではないかな?』
「…ほう?…一理あるかもしれんのう。」
『とはいえ突然の非礼だとは僕も重々承知している。そこでどうだろうか公主、今度聖ガラードワースの公式序列戦に招待するというのは。あ、もちろん観戦に。という意味でだがね?』
「ほう!」
星露の反応に隣に控えている虎峰の胃がキリキリし始めた。
公式序列戦は目玉の対戦、すなわち《冒頭の十二人》達が戦う場合中央都市のステージで行われるのが通例ではあるが逆に知られていない一般生徒の試合は学内で済ませられる。
当然これは学外には知られず配信がされない限り学外の生徒が見る機会はない。これを利用し手の内を知られないようにしている学園もあるそれが今まさに話している星露がそうしている。
また、無名の学生同士の闘いがメインとなるが、逆に言えば間だ見ぬ新人を発掘するのもこれ以上ない場所であり一部熱狂的な《星武祭》ファンには此方のほうがメインに据えているのもいるくらい注目度が高い試合なのだ。
実際に星導館学園での《
それはさておき。
膨れ上がる不安を抱えた虎峰の精神状態を知ってか知らずかアーネストは言葉を続ける。
『それに何より、公主もチーム・エンフィールドと愛弟子のチームとの対戦を楽しみにしていたのでは?このままでは彼らは重要な戦力を失うことになる普通ならば喜ぶ所だろうが君は違うだろう?』
「ふむ…確かに《パン=ドラ》の娘は《戦士王》と並ぶあのチームの要…仮に削がれるとなれば興醒めじゃのう」
『興を削がれる原因が分かっていて手をこまねく、というのは公主の趣味に合わないのでは?』
「…ほほう?随分と煽ってくれるではないか?あまり調子に乗るでないぞ?小僧。……じゃがまあいい。乗ってやろうではないか?」
星露の纏う気配に剣呑な色が混じる…がそれはすぐさま霧散し不敵な笑みを浮かべた。
この返答を聞いた虎峰は思わず頭を抱え意見具申をする…が年の功?で言いくるめられてしまう。
実際に星露が今一番注目している全力の《戦士王》と戦うのは虎峰の望みでもあったしそんな《戦士王》にたいしてジェラシーを持っていたのは確かだ。…あの《戦律の魔女》と懇ろな関係という噂も聞いているのでファンとしては問いたださなくてはならないと思っていた。
しかし、そんな火中の栗を拾いに行く真似は界龍に所属している生徒として「ハイそうですか」と首を縦に振るわけには行かなかった。
「と、とにかくもう少し熟考を…」
「いんや、もう決めた。」
星露は無邪気な笑みを浮かべ玉座の近くにおいてある鈴を鳴らしその音を聞いた虎峰は心からの感嘆を漏らす。
「あぁ…」
もう手遅れだ、とその鈴の音色を聞く虎峰だったが直ぐ様玉座の近くに人が立っていることに気がつきアマガミする。
今だかつて”彼女”の存在を、気配を感じとることが出来ない。
『あいよー、お呼びかな星露ちゃん?』
そこに現れたのは猫のような見た目で背は低いが身体のラインは女性らしい豊かさに恵まれているが身体の所々に傷跡がついている。
界龍第七学園が誇る特務機関所属の元第一序列のアレマ・セイヤーンだ。
アーネストとは顔馴染みらしく気安く会話をして「勝負しない?」と持ちかけたが隣に控えたレティシアに怒られ「ケチンボー」と少しふてくされていた。
『それで?お仕事ってのは?』
「その前にアレマ。昨日この六花に銀河の手の者が入り込んだ話はヌシの耳に入っておるかのう?」
『いいや?全然知らない。』
「ガラードワースの至聖公会議が掴んだ情報だそうです。随分とのんびりとしているんですね?」
皮肉たっぷりに虎峰がそういうとアレマは悪びれた様子も見せずに頭を掻いた。
『うちとそっちじゃ情報網の広がせ方が違うんだよ。比べないでほしいなぁ』
「まぁそれは良い。それよりも儂はその者達に好き勝手にされとうない。これが此度の仕事じゃ。」
星露の瞳に一瞬鋭い光を宿ったのをアレマは見逃さずに不敵な笑みを浮かべた。
『ふぅ~ん?それで相手、って言うのは?』
「《聖騎士》殿の話によれば《
『へぇそいつはいいねぇ!俄然やる気が出るってもんだ!夜吹の当主は相当に強いんだろう?』
「さて、あいにく当代の当主の腕前は分からぬが…何代か前の当主と殺合ったのは覚えておる…おおそうじゃった!腕の1本も持っていかれたのう」
『そいつはいい!楽しみだねぇ』
盛り上がる二人を見てアーネストは割って入った。
『盛り上がっているところ済まないが一先ずこの話はそちらにお任せする、ということで問題ないかな?』
「うむ良かろう。で、そちらはどうするつもりじゃ?」
『無論。ただ見ているわけには行かないからね。此方でできる限りのことをしてみるつもりだけど…ねぇレティシア?』
突然声を掛けられて戸惑うレティシア。が、それは釘を指すための声掛けであったことを理解したのかばつの悪い表情を浮かべていたのを見て星露が笑う。
「はははっ、それもそうじゃな。」
『ではよろしく頼むよ公主』
そういって通信を切ったのだった。
「アーネスト…」
「さて、レティシア。僕たちが出来ることをしよう…と思ったが既に”彼”は動いているかもしれない。心配は要らないさ。」
「彼…?あっ…!」
レティシアが自分の言いたいことを理解し”連絡を取ることが出来る人物へ端末を取り出しコールを始める”のを見ていた。
「ああ。彼女の隣にいて危害が加えられるようなことがあれば…”それこそ”だろうね」
クローディアの隣に何時も立つ少年の姿を思い浮かべアーネストは薄い笑みを浮かべていた。