俺が《六花》で二つ名で呼ばれるのは間違っている。 作:萩月輝夜
「はぁ…居ないなぁ。」
「最近、溜め息をついてばかりねシルヴィ。」
アスタリスクに存在する六つある内の一つで唯一の女子高である聖クインヴェール女学院の生徒会室にて自分の座席に座り溜め息をついている少女こそ校内序列一位《
そんな様子を見かねたこの学園の理事長であるペトラが話しかけていた。
「うん、ようやくウルスラが見つかったけどいなくなっちゃってさ…」
落胆の表情がシルヴィアの顔を覆っていた。
「見つかったけど何者かに操られていた、と…しかも市街、歓楽街と再開発エリアにですか…出来ればそちらにあまり出向いて欲しくないと言うのが本音ですが」
「あはは…でもそれは無理。見つかったんだ…絶対に取り戻すよ」
シルヴィアからその話を聞いて頭を痛めた。
クインヴェールの象徴がそんな不良の溜まり場に向かうのを止めなければならないのだが彼女とは上下関係は無い。
命令する権限も立場もない、と言うことだ。
そしてそのシルヴィア本人の意思が固いと言うこともありそれをやめさせるのも出来ない。
「はぁ…仕方がありませんね。私には貴女に命令できる権限はありませんので。ですが十分に気を付けてください。貴女は《偶像》なのですから。でもそれだけでないでしょう?もう一つの頭を悩ませているのがシルヴィアを救った少年、と…」
「うん…」
その整った表情を少し赤くして俯いているシルヴィアに対して少しあきれた表情を浮かべいるペトラ。
「はぁ…重症ね。見た目と使用している純星煌式武装は分かってるんでしょう?それなら在名祭祀書で確認すれば良いじゃない」
その事を提案すると地団駄を踏むように発言したシルヴィア。
「だって~!在名祭祀書を使ってもその純星煌式武装がヒットしないんだもん…。見た目も一瞬しかみてないから特徴しか分からないし…。」
普通使用する武装を登録しているのだが《
基本的に蜂也は序列入りしている生徒でも通常のバスターソード型の煌式武装を普段使いしている。
なおかつ《
それを知らないシルヴィアは頭を抱えていた。
それを見かねたペトラがアドバイスを掛ける。
「各校の試合状況とかは確認したの?噂だと星導館の序列一位が一度新たに取って変わった序列三位の男の子に破れたって言うのが流れてきてたわね。」
「試合…盲点だった…!ね、ねぇ!ペトラ。その試合の映像ってある?」
強い圧で聞いてくるシルヴィア。
「え、ええ。でも公式序列戦じゃなくて一般生徒が遠巻に撮影したものをネットにアップしているものだから画質が悪かったけど…。」
「それでも良いから見せて。」
端末を操作して生徒会室にあるモニターに数週間前の映像が映し出される。
技術進歩はしてはいるがやはり映像は手ぶれが酷く映像が乱れてはいたがそこには序列一位だった《疾風迅雷》とマトモにクロスレンジで試合をしている少年が映し出されていた。
「今《疾風刃雷》と試合をしているのが名護蜂也という少年よ。しかしスゴいわね…あの《疾風刃雷》とマトモにクロスレンジで近接戦闘をするなんて」
映像に映る少年の手に握られていた武装の発動体はあの時自分を救ってくれた黄金色の大剣ではあったがそれを振るう少年の見た目…特徴的な瞳と髪が跳ねている部分をみて確信した。
思わず声が漏れ出してしまう。
「…けた。」
「シルヴィ?どうしたの。」
すっかり黙ってしまっていたシルヴィアに不思議に思ったペトラは声を掛ける。
次の瞬間その反応に驚いていた。
「…見つけたペトラ!この人だよ!私を助けてくれた男の子は!」
「え、まさか星導館の序列三位《戦士王》だったの?」
「うん、間違いないよ!…そっか《戦士王》って二つ名なんだ…ちょっぴり嬉しいかも…。」
シルヴィアは興奮気味に肯定した。
その勢いに少し引き気味になっていたペトラだったが次の行動に思わず真顔に戻ってしまう。
「私…星導館に行ってくる!」
「へ?ちょ、ちょっと待ちなさいシルヴィ!」
思い立ったが吉日、と言わんばかりに行動を始めたシルヴィア。
その制止の声も聞かずにシルヴィアは生徒会室を出ていく手には家電量販店のビニール袋を携えて。
「行っちゃった…。もう、今日は楽曲収録の予定があったのにしょうがない子ね…全く。」
一人残された生徒会室で溜め息をついた後に端末を取り出して収録会社に謝罪の一報を入れたのだった。
◆ ◆ ◆
場所は変わって星導館学園のアリーナ。
その場所では《
ユリスは得意の膨大な星辰力を使用した威力の高い技を向かってくる蜂也にぶつけている。
発動スピードも威力も最初の頃に比べると向上していた。
ユリスが更なる技を繰り出す。
「咲き誇れ!『
炎のチャクラムが十個程生成されて一斉に襲いかかると同時に素早く切り替え技を発動する。
「終わらせる!咲き誇れ!『
時間差で襲いかかる攻撃に蜂也は冷静に大剣を何時ものように構え地面を蹴りあげ炎の大群へと突っ込む。
炎のチャクラムたちを『巣籠』『花橘』『比翼』で切り裂き続く炎のロケットを『青海波』『風車』で切り裂きその間を抜けていく。
前回の試合のように再び剣を突きつけられるのか…と思いきやエリスが手に持ったレイピアが炎を纏い片手剣の大きさまでに膨れ上がり蜂也の《
「くっ…まさかあの数を切り捨てて此方に向かってくるとは…更に強くなっていないか!?」
「気のせいだ。俺が使用した『連鶴』は不完全だしな。いくらでも隙があるぞ?」
「お前に剣術を教えた刀藤を恨むぞ私は…!」
エリスが防戦一方になっているのは明白で次第に押し込まれていく。
「つぅ…!」
「はっ!!」
ついに押し込まれ体勢が崩されてしまったユリスは大きく後ろに弾かれてしまい蜂也はその隙を見逃さず大剣を振り下ろす。
前回の再現か、と思われたがそこで諦めないのがエリスの信念であり素早く詠唱して対応した。
「っ…!咲き誇れ!『
大剣が当たる直前に炎の波が放射されて衝撃を殺していくがその程度では《
「良い判断だが…甘いぞ。」
未完成の『連鶴』を用いて炎の波を切り捨てて星辰力を極限にまで押さえた殺傷能力がゼロの刀身でユリスを切り裂いたのであった。
◆ ◆ ◆
「多少はやるようになったが俺に膝をつかせるのはまだまだだなリースフェルト。」
「くっ…更に手が付けられなくなったのではないか?」
膝をつき汗だくになっているリースフェルトへタオルとスポーツ飲料のボトルを手渡すと丁寧な動作で受け取り水分補給と汗を拭う。その動作は美しかった。
一息ついたところでその試合を観戦していた二人が近づいてくる。
「ずいぶんと苦手な近接戦もこなせるようになってきたのではないですかユリス?」
「お義兄さんの重い一撃を捌けるようになっているのはリースフェルトさんの星辰力の振り分けが上手になっている証拠ですよ。」
「む…しかし現に試合には負けてしまっている。この程度の進捗で喜ぶようでは《星武祭》では強者たちとは渡り合えない。」
先程の試合の結果を踏まえた上でクローディアと綺凛ちゃんがリースフェルトへ率直な感想を述べるがアイツは受け取ろうとはしなかった。
努力家のリースフェルトらしいと言える反応だったが自らを否定するだけでは成長はできないので補足説明をしてやった。
「レイピアに星辰力を回して近接防御に回せるようになったのは大きな成長だろ。それにそれを維持しつつ技を出せるようになったんだからな。」
「むぅ…」
俺がそう告げるとリースフェルトが虚をつかれた表情を浮かべた後に顔を赤くしていた。
その光景をみた後にいつの間にか隣に立っていたクローディアが俺の脇腹を摘まみ綺凛ちゃんは俺の制服の袖をにぎって上目使いで此方を見ていた…ってこの光景をどっかでみたことがある気がした既視感に襲われた。
流行ってるのかそれ?
「蜂也は節操と言う言葉を覚えた方が宜しいですよ?」
「お義兄さん…。」
「?いきなりディス受けたんだけど…まぁ良いけど。」
『はぁ…』
《
「そう言えば…。」
思い出したかのように俺にクローディアは言ってきた。
「?どうした。」
「明日、転入生が来ますのでよろしくお願いしますね蜂也。」
「ああ、もうそんな時期か…。」
「ええ。あと、そろそろ《
今シーズン最初の《
「あ、やべ…。」
「もう、しっかりしてくださいね蜂也。で、どなたと?」
「誰と、って言われてもな一人じゃダメなのか?」
「それは甘く見すぎでしょうに…」
呆れた表情で言われてしまった。
「そうだな…組むなら…」
「あ、あの!お義兄さん…」
「ん?どうしたんだ?」
不意に隣に俺の袖を掴みながら上目使いでみている綺凛ちゃんが決心したように感じで俺に話したそうにしていたが緊張しているのかなかなか二の句が告げない、落ち着かせるために空いた片手を頭に乗せて優しく撫でると落ち着いたのか口を開いた。
「わたしと…《
「え?俺と?」
「は、はい!だ、ダメです、か?」
今にも断られたら泣きそうな表情を浮かべる綺凛ちゃんに苦笑を浮かべる俺は最終確認がしたかった。
「俺じゃなくとも綺凛ちゃんなら引く手数多でしょ?本当に俺で良いのか?」
「お義兄さんじゃなきゃ…嫌です。」
その言葉を聞いた《
『主よ。綺凛殿とペアを組んだ方が得策に見えるぞ。』
星辰力を通じて脳内で会話をする。
『いや、俺が綺凛ちゃんと組んだら足引っ張らねぇか?』
『主の技能でなければ綺凛殿についていけないであろう。逆も然りだがな。それに覚悟を決めて申し込んでくれた女性の覚悟を無下にするのは如何なものかと思うがな。』
『くっ…耳の痛いことを。…まぁ、綺凛ちゃんなら気兼ねなく話せるし、逆に俺から申し込もうとしてたところだしな。断られなくて本当に良かったよ。』
『(綺凛殿…の想いは本当に届くのであろうか…。我は心配になってきたぞ)』
脳内での会話が終了し俺は目の前にいるぷるぷると震えるかわいい妹を落ち着かせるために声を掛ける。
「こっちこそ宜しくな綺凛ちゃん。足を引っ張らないように気を付けるよ。『望み』叶えような。」
綺凛ちゃんのお願いを受諾すると嬉しそうに頭に乗せていた手を取って嬉しそうに頷いた。
「はいっ!よろしくです!お義兄さん。」
その光景をみていたクローディアは若干不満そうな表情を浮かべていたが自分で飲み込んだのかある程度踏ん切りをつけてペア結成に満足していた。
「当校の《疾風刃雷》と《戦士王》が組むのは順当ですしね…まぁ良いでしょう。優勝は確実でしょう。」
「優勝できるかは知らんけどな。」
「勝ちますよ。私の蜂也ですから。」
「だからお前のじゃないんだが…」
「むぅ…。」
「だからお前達は私がいるところでイチャイチャするな…!」
背後にいたリースフェルトに怒られてしまった。
別にイチャイチャしてるわけじゃないんだが…ってこれを見てそう思えるのはお前がおかしいと俺は思う。
どう見ても妹が兄に構ってほしいだけに見えるのだが。
『そう思っているのは主だけだぞ。』
うるせぇ。
そんなこんなで俺と綺麗ちゃんのペアで《
綺凛ちゃんの願いを叶えるためにも絶対に優勝をしなくてはいけない。
◆ ◆ ◆
「う~ん…他校の生徒が学校に入るのってなんか緊張するなぁ…。」
クインヴェールの校舎から飛び出したシルヴィアは星導館の校門まで二の足を踏んでいた。
校門付近で紫髪の美少女がましてや世界の歌姫が自分の学園の門の前にいることで視線を集めてしまっていた。
「お、おい彼処にいるのってシルヴィア・リューネハイムじゃないか?」
「マジかよ…俺、映像以外で初めて見た…。」
「《
「ホントにキレイ…。」
視線を受けていることに気がついたシルヴィアは此方を遠巻きに見ている星導館学園の生徒に控えに手を振ると歓声が上がっていた。
「(これだと目立っちゃって仕方がないな~…変装してくれば良かったかも…あ。)」
一度戻ろうかと思った矢先に目的の人物が現れた。
左右に異なる美少女と共に校門へと続く道を歩いているのを見て少しムッとしてしまった。
シルヴィア自身は良く分かっていないが。
その姿を見てシルヴィアは星導館の校内敷地内へ足を踏み入れたのだった。
そろそろ完全下校の時刻となり三人で寮への道すがら会話をしていた。
「ユリスは何時になったらパートナーを探すのでしょう…あまりエントリーまで日が無いのですが。」
「リースフェルト先輩の実力者ですから…。合わせられる人が想像がつかないです。」
二人はリースフェルトへの実力を高く評価…と言うよりかはクローディアがお母さんみたいなことをいっており綺凛ちゃんに至ってはこの星導館の生徒では合わせられないのでは?と感想を述べている。
「時間は二週間ほどあるんだろ?まだ大丈夫だ。まぁ、初めに会ったときに比べれば大分技量向上しているとはいえまだ遠距離からの火力で敵を倒すスタイルだからな…接近戦が出きる奴が好ましいが…俺と綺凛ちゃんが組んだときは悔しそうな表情をしてたな。」
その事を告げると隣にいる綺凛ちゃんが俺の上着の裾を掴んでくる。
「お、お義兄さんのペアは私ですからね!渡しません!」
「いや、そんなにむきにならんでも…ペア組んでるのは俺だし。」
「私も蜂也とペアを組みたかったですわ…。」
隣にいたクローディアが何かを呟いたように聞こえたのだが良く聞こえなかった。「ペア」と言う単語だけは耳に入ってきたが。
「なんかいった?」
そう聞き返すと普段通りの微笑を浮かべていたが目は笑っていなかった。
「なんでもありませんよ蜂也。刀藤さん、蜂也と共に《
「はい!会長。わたしとお義兄さんで制覇して見せます。」
「結構。…それと刀藤さん。私の事は『会長』では堅苦しいので名前でお呼びください。」
「え?で、でも…」
「もう知らぬなかではありませんし私も刀藤さんの事を名前でお呼びしますね。」
「…分かりましたクローディアさん。」
「結構、綺凛さん改めてよろしくお願いしますね。」
何だかんだで仲が良くなった二人を見て微笑ましい気分になっていたのだが遠方、つまり校門の方から声と歓声が聞こえてきた。
「なんだ?」
「いったい何があったのでしょうか?」
「騒ぎです?」
校門の方に目をやるとそこには星導館の生徒の制服ではない生徒が此方に駆け足で此方に走り寄ってきていた。
その姿を視認したクローディアが「どうして?」という表情を浮かべている。
「どうしてクインヴェールの生徒会長が当校へ…今日は会談の約束はなかった筈ですけど。」
そのコメントに俺は聞き返す。
「クインヴェールって…女子高じゃないかなんでここに?ん、今生徒会長って…言ったかクローディア。」
「ええ。」
「その生徒会長って誰だっけ?」
「クインヴェール女学園の生徒会長にして序列一位《
「は?」
その事を聞かされたときには件の少女は俺たちの前に既に立っていたのだ。
「やっと見つけた…。」
件の少女が俺に近付こうとしたときに隣にいたクローディアが質問する。
「『
直球でクローディアから「アポ取らずに来るのはめちゃくちゃ失礼じゃね?」と言われれば並みの生徒であればブルってしまうだろうがそこは生徒会長、臆せず回答する。
「ご、ごめんなさいどうしても用事があったもので。…そこの彼に。」
「え?」「ほぇ?」
「え、お、俺?」
リューネハイムが視線を向けると他の二名からも視線を貰う。
え、俺なんかしたっけか。
彼女に言われたことでようやく思い出した。
「あのとき私を助けてくれてありがとう。そのお礼を言いにここに来たの。」
◆
「あ!」
「あ、思い出してくれた?」
「あん時の子か…悪かったな。」
「ううん。あのとき君が来てくれなかったらどうなっていたか…でも女の子を路地に放置するのはどうかと思うけどな?」
その事を指摘されて言葉に詰まってしまった。
「うっ…応急処置をしたからそれは…でもそれは悪かったよ。すまん。でも世界の歌姫が病院に担ぎ込まれるのは不味いと思ったんだ」
弁明をするが流石に辛かったがリューネハイムは笑って許してくれた。
「そっか…いいよ。…本当に私を助けてくれてありがとう名護蜂也くん」
「どうして俺の名前を…。」
俺は名前を名乗っていなかった筈だ。
その疑問にも答えてくれた。
「君を探すのに在名祭祀書を探したけど君が持っている装備が見当たらなくて途方に暮れてたんだけど、そこにいる序列一位ちゃんとの試合を見てね…それで分かったの。」
「なる程な…」
あの時俺は顔を見せずに受け答えをしていたし制服も着用していなかった。
あの場では個人の特定はできなかった筈だがまさかの野良試合で探し出すとは…。
「それに君の使っている武器が検索にヒットしなかったから大変だったよ。」
「…すまんかった。」
「ふふっ。」
何かが可笑しいのだろうか目の前の少女は鈴の音が鳴るような透き通った笑い声を俺に向けてくる。
不快感はなくただホントに「可笑しい」と思っているだけなのだろう。
「君ってばさっきから謝ってばっかりだよ?それが可笑しくって…素直に感謝を受け取ってほしいな。」
「ご、」
ごめんと咄嗟に出そうになった瞬間口の前をリューネハイムの白魚の様な指が止めた。
「『ごめん』じゃなくて。『どういたしまして』だよ?」
「ど、どういたしまして…。」
似合いすぎる笑顔に柄にもなく思わず赤面してしまった。
その事に気がついていないであろうリューネハイムは俺に袋を差し出してきた。
「はい♪あ、そうだ!はいこれ。」
「これは…って!?」
差し出された袋は俺があの現場に置き忘れていた量販店で買った新譜のCD、目の前にいる少女が出しているものだった。
しかも本人の直筆サイン付きで。
「助けてくれたお礼…って言うわけじゃないけどサイン付きで返すね。私って今まで自分のCDにサインしたこと無いんだ。世界に一つだけだと思うから大切にしてね。それと…」
俺の耳元に近付いてそっと囁いた。
「CDのジャケットの裏に私の連絡先があるから。」
「は?」
唐突に言われ俺は困惑した。
成功、と言わんばかりそう言ってイタズラに笑うリューネハイムは顔を赤くして俺から離れて隣にいる困惑しているクローディアに話しかける。
「私の用事は済んだから。いきなり押し掛けてごめんなさい。エンフィールドさん。それじゃ。ばいばい蜂也くん。」
その名前で呼ばれて一瞬ぎょっとしたがその瞬間には既にリューネハイムは踵を返して岐路へ向かっていた。
その後ろ姿に見とれてしまっていた。
「…」
「蜂也?」
「お義兄さん…。」
「っ!?」
恐る恐る振り返るとそこには笑っているけれど目が笑っていないクローディアと半泣きになっている綺凛ちゃんの姿が見えて俺は弁明なんて言おうと頭を抱え苦笑するしかなかった。
◆ ◆ ◆
「ふぅ…。」
恩人に会うために危うくレコーディングをすっぽかしそうになったがそこはペトラが機転を利かしてくれて事なきを得て無事終了し、自室に戻り一日の疲れを洗い流すためにシャワーを浴び、汗を流し一息ついていた。
鏡に映る自分を見て今日出会った命の恩人を思い出す。
「あのとき割って入ったときは冷たい抜き身の刀みたいな年上の人の雰囲気の人だったけど、星導館で会った時は年相応の男の子だったなぁ…でも。」
隣にいた星導館の生徒会長と序列一位がくっつくようにいたのはえも知らない気持ちを覚えてしまった。
そんなことを思い一人笑みを浮かべると不意に端末が震える。
「ペトラからかな…あ、違う。誰だろう。」
見たこともない電話番号からの着信だった。
普段ならば出ることをしないのだが何故か出なければと思い着信に応じた。
「はい。シルヴィアです。」
『うおっ!マジで出た…。あ、えーどうも?』
端末からはどこか聞いたことがある声が聞こえてきた。
「どなたですか?と言うかなぜ疑問系?」
『ええっと…昼間に会った名護だけど…。』
「え、蜂也くん?ちょっとまって。」
まさか今日の今日で電話が掛かってくるとは思わず一旦保留をしようと思ったのだが誤って端末のキーを操作してしまった。
「あっ…。」
『ちょ!リューネハイム!映すなよ!』
音声通信ではなく映像通信に切り替わってしまっていたのだ。
「へ?だ、大丈夫だよ。バスタオルを巻いているし。」
『動揺してんじゃねーか。嫁入り前の娘が同い年の男に肌をあんまり見せるなよ。』
その反応に思わずイタズラ心が沸いてきてしまう。
「あははっ!大丈夫だよ。おじさんくさいよ?」
『うるせぇ…そう言う問題じゃないんだよなぁ…俺から掛けたけど切って良いか?』
「あ、ちょ、ちょっとまって!」
会ったのは今日がほとんど初めてだと言うのに会話が、と言うよりも
「…なんだよ。」
顔を赤くしてそっぽを向いている蜂也の姿が可愛らしく見えてしまい思わずシルヴィアは肩でくすくすと笑って震わせていた。
その姿はあの時助けに来てくれた姿とは全く別人、まるで二つ人格があるようにさえ思えてしまった。
「それで?いったいどうしたの?」
一頻り笑ってから蜂也に問いかけると苦虫を潰した表情で何かを呟いたようだったがシルヴィアには聞こえなかったが気を取り直して理由を話す。
『こんなんなら明日掛けるんだった。ああ、いや、なんでもない。まぁ、連絡先を貰ったのにその日の内に連絡をしないのもその…失礼だと思ってな。(あ?『もっと気の利いたことを言え?』うるせぇ。)ああ、なんでもない。ただその理由でな。』
「そっか…律儀なんだね蜂也くんは。」
『しれっと下の名前で呼んでるし…』
「嫌だった?」
自分でもイタズラな質問だと思ったが答えてくれた。
『いや、そんなことは無いが。…まぁ良いか。CD聞かせて貰ったけどめちゃくちゃ良いな。…流石にパッケージを破るのもったいないから電子版で聞いてて既にもうヘビロテなんだが。』
「あははっ…気に入って貰えたなら何よりだよ。ねぇ蜂也くん。」
『なんだ?』
「渾名で呼んでいいかな?」
『世界の歌姫様に名前で呼んで貰えるなんて光栄すぎて明日刺されそうだ…なんで皆しての名前を呼びたがるかね。』
「え~…それだとつまらない…『シルヴィア』って呼んで?」
『いや、リューネハイムでいいだろ…かっこいいし。てか、ハードル高いことさせないで貰っていいかね?』
露骨に嫌そうな表情を浮かべる蜂也にグイグイと進行するシルヴィア。
「簡単じゃない。名前を呼ぶだけだよ。じゃあ私から。蜂くん」
「ほら」と言わんばかりの圧に蜂也は諦めるしか無かった。
「し、シルヴァ。」
思わず噛んでしまった画面越しの少年に笑ってしまったが名前で呼んで欲しかった。
「もう!格好がつかないよ蜂くん。」
「し、シルヴィア。」
「はい、良くできました。」
画面越しにはシルヴィアの楽しそうな笑顔が蜂也の端末に映っていた。
蜂也もつられて不思議と口角が上がりそうになったが気味の悪いものをシルヴィアに見せるわけには行かないと、必死で押さえ込んでいた。
『っと…そろそろ切るよ。リューネハイム、じゃなかったし、シルヴィアを湯冷めさせて風邪を引かせるわけに行かないしな。じゃあ…』
「あっ…ちょっとまって。」
通話を切ろうとした蜂也をシルヴィアは引き留めた。
『ん?なにかあったか?』
「蜂くんは《
『ああ。一応参加予定だけど…』
「そっか…じゃあ応援に行くから!ってああ…ツアーが有るんだった。」
『忙しいなら無理に来るなよ…いや、来たらシルヴィアは目立つだろ。』
「あ、ひっど~い。せっかく私が応援に行ってあげよう思ったのに…そっか、私が来ると迷惑かぁ…」
憂いを帯びた表情を浮かべるシルヴィアに蜂也は溜め息をついて反応した。
『来るな、とは言ってないだろうよ…はぁ、まぁ無理しない程度にな。頑張ってくれ。』
「ふふっ、ツアーが一段落したら会いに行くから頑張ってね!それと私から電話掛けるから必ず出てね?」
そう宣言し蜂也の電話を切った。
◆ ◆ ◆
「っておい!切りやがったぞ…。」
言いたいことを言うだけ言って通話を切られた俺は某ゾンビゲームの主人公の口癖を呟きたくなったが自重した。
「しっかし…歌姫と知り合い…と言うか押し掛けられたと言うか。まぁ、これはマジで大切にしよう。」
机の上にはシルヴィアのサインが入った初版のCDがフィルムに包まれたままおかれていた。
先程の会話を聞いていた《
『…主よ。今度は《
声は届かず蜂也はシルヴィアの楽曲をヘッドフォンをつけて再生し作業をしていた。