昏き太陽の小夜曲   作:志生野柱

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 ある春の日の夕暮れ。

 市内でそこそこ大きな私立高校の最寄り駅であるK駅は、その学校の制服に身を包んだ学生たちで混み合っていた。

 

 あちらでは女子生徒のグループがきゃあきゃあ騒ぎ、こちらでは男子生徒の集団がゲラゲラ笑っている。ぽつんと一人でいる者は、手持ち無沙汰にスマホを弄っている。この日本において、ごくありふれた光景だ。

 

 つい二週間ほど前に始業式を迎え、彼らと同じ高校の二年生になった橘陽人(はると)も、一人でスマホを触っている。

 彼は学生鞄の他に、黒く長い布の筒──竹刀袋を提げていた。

 

 少しして電車が到着すると、陽人も同じ制服を着た同輩たちと共に乗り込み、反対側の扉にもたれかかった。

 たぷたぷとスマホの画面を操作し、ゲームアプリを閉じてブラウザを開く。検索履歴から『オカルト ニュース』の検索結果を呼び出し、記事のタイトルを流し読みする。

 

 『N県上空にUFOか』『A国でチュパカブラの痕跡見つかる』『K川の河川敷で河童を目撃』、エトセトラ。

 “河童”の二文字に目を留めた陽人は、画面を見ながらくすりと笑った。

 

 「河童って。平成も終わって天和(てんわ)の時代だぞ? 世はAI技術の発展で沸いてるっていうのに、今どき……。もうちょっと捻りが欲しいよな。SCPとか、アブノーマリティとかさ」

 

 困ったような、或いは小馬鹿にしたような笑みで言う陽人。

 

 その左側に座っていた女子生徒二人が「この人、誰と話してるの?」「電話でしょ」「でも、イヤホンしてないよ」「あぁ……じゃアレでしょ、ちょっと変わってるのよ」「そっか……」と、当人()()に聞こえているとは知らず、気味悪そうに囁き合っていた。

 

 「……」

 

 陽人は無言で自分の右側に視線を向け、肩を竦める。

 その視線の先では、モノクロームのブラウスとスカートを纏う金髪の少女が、呆れたように溜息を吐いていた。

 

 少女は日本人離れした輝くような金髪と、高校生ばかりの車内では珍しい矮躯の持ち主だった。一見すると、10歳くらいに見える。そしてその齢でありながら、魅入られるように整った容貌を備えている。

 

 目立つ要素の詰め合わせ。極めつけは、彼女の頭頂部付近でぴこぴこと動いている、獣の耳だ。髪と同じ金色の毛で覆われたそれは猫のものか、それとも犬か狐か。

 

 ケモ耳金髪美少女。

 車内の視線を男女問わず引き付けて然るべき彼女の姿は、しかし、()()陽人にしか見えていなかった。

 

 電車が目的地の駅に着くと、陽人と彼女は連れ立って降りた。

 ICカードも切符も通さずに改札機を素通りする少女の後に続き、陽人もIC定期券をタッチして改札を抜ける。

 

 改札の外で足を止めて陽人を待ち、並んでから歩き始める少女を見て、陽人は「勿体無いな」と思った。

 

 流石に10歳の少女を相手に性愛は抱かないにしても、彼女の容姿や仕草は極めて整っている。もしも彼女を()()()目にすることが出来たのなら、100人中100人が振り返ることだろう。

 

 しかし、それは叶わない。

 彼女を視認するには、ある素養が必要なのだ。──妖怪を視る素養が。

 

 「……なに?」

 

 涼やかな声の問い。その主は言うまでもなく、陽人が知らず見つめていた少女だ。

 なんでもないと頭を振った陽人は、スマホで地図を見ながら一方を指した。

 

 「あっちだ。行こう、仄火(ほのか)

 

 少女は肩を竦めて応じ、陽人と並んで歩く。

 

 駅を出ると、少し寂れた商店街だった。

 反対側の出口の方に複合型商業施設が出来た影響で景気が落ちているが、まだまだ地元民には愛され続けている。そんな感じのアーケードだ。

 

 肉屋の前で買い物袋を手にしたマダムが井戸端会議を繰り広げ、道のど真ん中をママチャリが歩行者を鬱陶しそうに避けながら走っている。

 

 男女を問わず目を留めてしまう外見の仄火だが、やはり誰一人として反応しない。途中で陽人とすれ違った原付バイクは、完全に仄火を貫通して通り過ぎた。透けるように。

 

 「今日の案件は?」

 

 淡々と尋ねる仄火。

 10歳そこらの外見から飛び出すにしては堅い内容だったが、彼女の纏う怜悧な雰囲気のせいか、むしろよく似合っていた。

 

 陽人はたぷたぷとスマホを弄り、スマホを持った手をさりげなく下げる。電車ではうっかり話しかけてしまったが、あれぐらいなら独り言の範疇だろう。しかし、流石に誰もいない場所にスマホの画面を向けるのは不自然だ。最悪、盗撮と思われる可能性もある。というか、前に一度あった。

 

 「口裂け女の祷祓(とうばつ)。10000円」

 「また口裂け女? 今月4体目よ」

 

 面倒くさそうに言う仄火に、陽人は苦笑と共に肩を竦めた。

 

 「そりゃしょうがない。全国各地の口裂け女の目撃証言のうち、8割はでっち上げか見間違いだが──残りは本物だ」

 

 陽人も同じく、面倒くさそうに言う。

 “口裂け女”が個体固有名ではなく種族名であり、何匹祷祓(駆除)してもあとからあとから湧いてくると知っていれば、誰でも同じ反応になるだろう。

 

 二人の会話は大真面目で、何かの隠語が使われているわけでもない。

 この日本には、仄火のように大多数の人間には見えない特異な存在──妖怪が棲息しているのだ。

 

 奴らは古典文学に描かれたような奇妙な姿や習性を持ち、時には人間に害を為す。

 例えば、河童。尖った嘴に頭頂部の皿、背中の甲羅が特徴の妖怪だが、現代日本の河川における水難事故のうち、約三割が彼らの仕業だという調査結果がある。

 

 そう、調査だ。

 妖怪を目視できる、そして干渉できる人間は、陽人一人だけではない。

 

 平成初期の中央省庁再編のドサクサに紛れ、内閣府がある極秘組織を設置した。

 名を中務(なかつかさ)陰陽(おんよう)部。元は天皇家直属の特殊部隊だったとか、はたまた宮内庁の麾下だったとか、色々な噂のある組織だ。所属人員の大半が妖怪を目視する才能を持ち、妖怪を使役する『使役術』や、より高度な特異技術である『陰陽術』を使う者もいる。

 

 彼らは「「目に見えない、しかし意思と知性を持ったモノ」が人間の傍に息づき、人々に害を与える」という、パニックを引き起こしかねない事実を秘匿し、妖怪を根絶する、或いは完全に制御下に置くため、日々活動している。秘匿し、調査し、そして殲滅している。

 

 陽人は彼ら秘密機関の外部協力者──というと、流石に格好が付き過ぎるか。

 

 陰陽部には、対妖怪戦闘のプロである陰陽師を主として構成された部署、祷祓課が存在する。

 しかし人数が少なく、日本全国に生息する妖怪の中でも特に危険な存在に対応するので手一杯だ。妖怪の中には小規模な町なら住民全員を皆殺しに出来るようなのもいるが、そういう手合いに対処できるのは、特殊な訓練を受けた彼らだけなのだから。

 

 そこで陰陽部は考えた。──人員が居ないなら、外注すればいいじゃない、と。

 彼らは会員制アウトソーシングサイトを通じて、弱い妖怪の祷祓を外部に委託している。

 

 陽人のような妖怪と戦う能力を持った者だけがアクセス・登録できるサイトだ。

 ページには妖怪の名前と大まかな場所の書かれたカラムがずらりと並び、依頼を受注すると、詳細な出現地点が知らされる。探索課という部署が陰陽術で調べているらしい。あとは指示通りの場所に行って妖怪をぶっ飛ばし(祷祓し)、サイトから完了報告するだけでいい。探索課が完了を確認すると、報酬が振り込まれる。

 

 「えーっと、この路地か。……露骨だなぁ」

 

 ナビアプリに従っていくと、細く薄暗い路地裏が目的地だった。

 街灯の類はなく、店の明かりも入らない、大通り同士を繋ぐ通路というより、建物と建物の隙間だ。掃除も行き届いておらず埃っぽくて、見るからに「なんか出そう」……というか、出るのだが。

 

 学生鞄を路地の入り口に置き、竹刀袋から中身を取り出す。

 中身は何の変哲もない、ただの木刀だ。剣道で使うきちんとした品なので、「ただの」という枕詞は不適切かもしれないが、陰陽術で強化されていたり、鉄芯が入っていたりはしない。

 

 ここまでずっと隣を歩いていた仄火は、今は陽人の背中を守る位置にいた。

 前後に並んで路地裏を進み、最も暗い、路地裏の真ん中に立つ。そして数秒後──陽人の目の前に、黒いコート姿の女が立っていた。

 

 濡れて乱れたような射干玉の髪はフードのように顔の輪郭を隠していたが、爛々と光る血走った双眸と、口元を覆う不織布の白いマスクがいやに目立っている。

 

 「ねぇ、わたし……きれい?」

 「うわでた」

 

 水の底から響いてくるような声に、陽人は軽く笑った。

 

 お決まりのビジュアルに、お決まりの台詞。

 四月の三週目にして今月四度目の遭遇。陽人が妖怪狩りを始めた中一から数えると、100を上回っていてもおかしくない。

 

 とっくのとうに慣れっこだ。

 

 「わたし、きれい?」

 「いや、そんなに。そもそも同じ顔が何十何百も居るの、気持ち悪くない?」

 

 譫言のように繰り返す女に、陽人はそう言って苦笑した。背後からくすりと、仄火の笑う声も聞こえる。

 

 女はぴしりと凍り付いたように動きを止め、不明瞭な呟きを漏らしながら、両手で顔を覆った。

 

 「あ、あぁ……ぁぁぁあああ!」

 

 悲鳴のようにも怒号のようにも思える咆哮が上がり、直後──銀色が閃く。

 

 スウェイして避けた陽人の眼前、ちょうど口元のあった位置を薙ぐのは、農作業用の片手鎌だ。バックステップを踏んで下がる途中、マスクの取れた女の顔を見ると、口が耳の下まで裂けていた。

 

 都市伝説、口裂け女。

 一応は江戸時代にその名を冠した怪異が語られたものの、現代において流布され、定着している通説はそれとは別物。

 

 曰く、整形手術に失敗した女の亡霊。或いは生霊。

 手にメス、ハサミ、鎌などの刃物を持ち、「私、綺麗?」などと訊ねた後に、犠牲者の口元を切り裂いて殺すとされる。

 

 極めて優れた運動能力を持ち、100メートルを6秒で駆け抜ける。ポマードが嫌いで、べっこう飴が好き。ほか、諸説あり。

 

 「鎌タイプだ」

 

 陽人は面倒そうに呟く。

 

 諸説が生まれるのは、何十何百といる口裂け女も、全てが完全な同一個体ではないからだ。

 同じ種の蝶でも地域や個体によって翅の模様が異なることがあるように、妖怪にも判子を押したように種族間で差異が無い種もいれば、個体差を持つ種もある。

 

 口裂け女は後者。

 その中でもこいつは鎌を持ち、その振るう動きから見て、戦闘能力に長けたタイプだ。豊富なバリエーションの中で、ほぼ最悪に近いハズレ個体といえる。まあ、だから一体一万円だったのだろうが。

 

 陽人は肩や腰を回して筋肉をほぐしながら、樫の木刀を正眼に構えた。

 

 

 

 

 

 

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