昏き太陽の小夜曲   作:志生野柱

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 謝罪を拒否して今日のところはお開きに──とは、残念ながらいかなかった。

 まだ話があるらしく、引き続きお耳を拝借させていただければと乞われた陽人は、不機嫌そうに溜息を吐く。遥火に不満があるわけではなく、単に空腹なだけだ。午前授業の日は昼休み前に帰宅し、家で昼食を摂るから、帰ってきたばかりの今はもうお腹ペコペコ状態だった。

 

 「後日に出直すとか、書類で渡すとかできないですか? お昼ご飯がまだなんですけど」

 「いえ、仮にも機密情報ですので、データの持ち出しは制限されております。お伝えするには口頭でというのが規則ですので」

 

 にべもなく端的に否定され、陽人は面倒くさそうに遥火を見遣る。

 これまで、中務庁の中でも祷祓課と探索課には一定以上の信頼を置いてきた陽人だったが、土蜘蛛の一件で信用は失墜……とまでは言わずとも、彼らの能力にはそれなりに疑念を抱いている。

 

 いや、彼らとて人間だ。仕方のないことではある。

 人間だからミスはする、という意味ではない。人間でしかない身では、英雄(人外)の敵になるような化け物を相手にするのは無理だという意味だ。

 

 これまでなら「プロの人がそう言うなら」と大人しく話を聞いていただろうが、今は、あまり乗り気にはなれなかった。変わらず信頼を向ける夕魅が、妙に遥火に敵対的なのも理由の一つかもしれない。

 

 「……もしよろしければ、昼食をご馳走します。私個人からのお詫びの気持ちとして」

 

 いや、だから、非のない人に詫びられても困るのだけれど。というか、非がないのに湧いて出てきた詫びの気持ちはただの勘違いなのに。

 

 わざわざご馳走して貰わなくても昼食ぐらい家で食べるし、と思った陽人だったが、千里が何事か思い出したように「あ」と口走った。

 

 「……あ、今日お昼ご飯用意してないけど、買ってきた?」

 「え? そんなの聞いてないけど……」

 「私も。……お母さん、それ、いつ言った?」

 「あー……言ってなかったかも」

 

 へへへ、と笑う千里に、景虎が困ったように眉尻を下げる。

 またか、と呆れ混じりの苦笑を浮かべる陽人と仄火、景虎とよく似た困り顔の千景には、割と慣れたことだった。

 

 千里も忙しい身だし、休日はゆっくりしたいからお昼ご飯は各自で、というのは分かるしよくあることだ。陽人と千景がファストフードはアリかナシか、身体に悪いとか、その毒っぽい感じが美味いとか不毛な議論をすることも。

 

 どうせ買いに行くことになるなら、まぁ、ご馳走になるという選択肢も生まれる……のか?

 

 「千景と仄火の分も奢ってくれるんですか?」

 「こ、こら陽人君、意地汚いよ」

 「いえ、使役妖怪はともかく、女子高校生一人分くらいは」

 

 窘める景虎だが、陽人は今度は空腹のせいではなく、遥火の発言によって気分を害していた。

 

 使役妖怪──仄火はともかく、ではない。

 この一件に関しては、千景の方がついでだ。土蜘蛛に襲われて死にかけたのは、陽人と仄火なのだから。

 

 眉根を寄せて双眸を眇める陽人だったが、文句を言う前に、隣からがっと肩を組まれて文句も吹っ飛んだ。

 

 陽人を抱き寄せたのは、勿論、隣に座っていた夕魅だ。今日はサングラスを付けていない。

 人の家だというのにソファに悠然と背を預け、長い脚を組んだ彼女は香水と煙草の匂いがして、すらりとした長身も、あの馬鹿げた戦闘能力からも想像できないほど華奢で柔らかかった。

 

 胸元の開いたスーツ姿も相俟って男装ホストみたいな仕草だったが、抱き寄せられた陽人が王子様に出会った少女のようにキュンキュンときめいているので、男装ホストという形容はあながち間違ってはいないのかもしれない。

 

 抱かれるがままに「やだ、俺よりかっこいい……!」なんて呟いている陽人に、仄火と千景が冷たい目を向けていた。

 

 「ま、ご馳走してくれるっていうなら、いいんじゃない? 当然、私の分も奢ってくれるんだよね?」

 「貴女の? 何故です?」

 

 私が探索課の儀式場に乗り込んで、無能を全員乱切りにしてないことに対する感謝のしるしとして。と牙を剥き出しにして威嚇する夕魅だが、実際にそんなことをすれば困るのは陽人──というか、日本が困るので止めてほしい。

 

 「じゃあご馳走になります……これって賄賂とかにならないの?」

 「さぁね。そもそも私たちは()()()()公務員だから、金も使えば暴力も使うしねー」

 

 あと詐術と恐喝、と言いかけた千里だが、流石に自重した。

 子供の前で言うことではないと、まぁギリギリのところで踏み止まったと言えなくもない。遥火は気に入らなかったようだが。

 

 「藤原さん、あまりそういうことは……いえ、ともかく、支度が整いましたら表の車までお越しください」

 

 すっと──それなりに長い間正座していたはずだが、全く淀みのない動きで立ち上がった遥火は、きっちりと一礼して居間を後にする。慌てた様子で見送りに付いていったのは景虎だけで、千里と夕魅は仏頂面でソファに座ったままだった。

 必然、陽人も抱き寄せられた格好のままだ。身長175センチ、細身ながら鍛え上げられた骨格と筋肉を持つ陽人を抱いて絵になるあたり、夕魅のスタイルは図抜けている。

 

 「着替えは……あとでいっか。覚おねーさんも来るの? じゃあ行こうよ」

 「……そーね。ほら、千景ちゃんと仄火ちゃん……が入ると一人あぶれるわね。橘君、アンタ出なさい」

 「えぇー……」

 

 千景と仄火の肩を抱いて今を出ていく夕魅。その後をしょぼくれた顔の陽人が追う。と、千里が陽人を呼び止めた。

 

 「気をつけなさいよ、陽人。あの女、元は陰陽部じゃなくて、情報工作なんかを主任務にする部署にいたやり手だから。今回の一件で玉藻の前に出し抜かれた探索課に送り込まれた、監督役みたいなものよ」

 「へぇ……って、そんなの教えていいの? てかなんでそんなこと知ってんの?」

 

 千里は無言だが、その沈黙は予想通りだ。彼女が厳密にどんな部署に所属してどんな仕事をしているのかは、陽人も千景も、夫である景虎でさえ知らない。

 

 しかし、彼女の最優先は組織や国の命令ではなく、家族だ。何か危険が迫っているときには、規則を無視して警告をくれることも多い。

 

 だが無闇矢鱈に情報を漏らすような馬鹿でも、自分の身の安全や立場を失うリスクを考えられないほど盲目でもない。

 陽人以外に誰も居なくなったこの瞬間を見計らって口にしたということは、この情報は夕魅にさえ秘密の、口外したことがバレた時点で何かしらのペナルティがあるということだろう。

 

 そして陽人にそういう情報を明かしてくれるのは、単に息子同然であるからという理由だけではない。

 

 「……ま、いいけどさ。仄火のことはちゃんと守るよ。情報ありがと」

 

 

 ◇

 

 

 さっきよりやや警戒心強めの顔で、しかし昼食を奢ってくれるという遥火の車にホイホイと乗り込んだ陽人は、もしかすると人間への警戒心が妖怪へのそれに取られているかもしれなかった。

 コンビニに突っ込むことで有名なこのハイブリッド車は、遥火個人の所有する車ではなく中務庁の公用車らしい。

 

 「で、お話ってなんです? 何処に連れてってくれるのか知りませんけど、飯屋に着くまでに話しておくべきことなんでしょう?」

 

 運転席の真後ろに座った陽人は、窓の外を流れる近所の見慣れた景色を眺めながら訪ねる。どの方向に向かうのかで、彼女の行く先を推測するつもりだ。

 

 後部座席の真ん中には体格の最も小さい仄火が座り、助手席後部には千景が座っている。助手席の夕魅は窓を全開にしてエアコンを窓の外に向けて吹かしながら煙草を吸っていた。運転している遥火は「密談する車の窓を全開に? こいつ本当に秘密組織の一員か?」と言いたげな顔だ。

 

 窓を開けたきっかけが「ちょっと覚おねーさん! 千景に受動喫煙させないでよ! 窓開けて!」という陽人の怒声だったから、「窓を閉めなさい」ではなく「煙草を消しなさい」としか言えないのがちょっと可哀そうだった。夕魅が嫌いな人間に言われたことに素直に従うわけがないのだから。

 

 ややあって、夕魅のことは諦めた遥火が「えぇ」と肯定した。

 

 「今回の一件についての言い訳、になるのでしょうか。探索課が把握している現在の状況をお伝えしようと思いまして、藤原さんの耳のないところへお連れしました」

 「千里おばさんの? ……あの人ホントに何者なの? 監査部とかその辺の、内部に対して強いタイプでしょ絶対」

 「申し訳ありませんが、私たちも詳しいことは存じ上げていません」

 

 遥火の答えは相変わらずにべもない。

 本当に知らないから答えられないのか、答えられないから知らないことにしているのかさえ、無感動な声色からは推察できなかった。

 

 陽人もそれが聞きたかったわけではないので、「そうですか」と端的に流した。

 

 「現在、県内では妖怪が妙な挙動を見せる事案が発生しています。頻発……とまでは言えませんが、我々を釣り出そうという意図をはっきりと感じる程度には」

 

 ハンドルを操り、周囲に気を配りながらの会話であることとは関係なく、遥火の語り口調は淡々としている。

 

 「挙動がおかしくなった妖怪が報告される以前の12時間以内に、必ず玉藻の前の妖力反応が検出されています。このことから、我々は暫定的に玉藻の前の干渉によるものであると仮定していますが……現時点で、玉藻の前の目的は判然としていません」

 

 「だろうね」と思った陽人と仄火だが、口には出さない。陽人にも仄火にも無理なのだから、玉藻の前という最上位にほど近い妖怪を相手に一歩劣る探索課を責めるつもりもない。土蜘蛛の一件でどちらかが重篤な怪我でもしていたら話は変わるが、夕魅のおかげで無事だったのだし。

 

 「橘さんの遭遇した袋貉も、挙動変異の一例であると探索課は考えています。攻撃性の増大。よく見られるパターンですから」

 

 確かに袋貉に襲われた陽人だが、得られた情報は殆ど無い。

 強いて言えば、()()()()()()()()()そのものが一つの情報だ。

 

 袋貉は狂暴性を引き上げられていたが、知性や戦闘能力はお粗末なままだった。木刀では厳しかっただろうが、千景がいなくても──模倣大包平がなかったとしても、仄火の魔弾で十分に対処できただろう。魔弾をブチ込む隙も作れたはずだ。

 

 玉藻の前が妖術で変異させたのは、気質の部分だけと考えられる。

 

 「だからこそ意図が読めない、か」

 

 知性を与えたり、強力な力を付与したり、大妖怪ならそういう複雑な術法も意のままに操れるだろうに。

 

 「……安直に、なるべく沢山の人間を殺そうとしてるとか?」

 「それなら、自分で動いた方が早そうじゃない? 当時の武将と陰陽師なんて、今の軍隊や陰陽部が霞んで見えるような相手だったはずだし」

 

 千景の考察を棄却する仄火の言は、流石に言い過ぎ──というわけでもない。

 勿論、現代の軍隊と当時の軍が戦えば、一瞬でカタが付くだろう。現代軍には砲撃だの爆撃だの、騎兵隊どころか町一個を吹き飛ばすような特大火力が山のようにある。

 

 しかし、対妖怪戦に於いて、現代火器の類は全くの無力だ。大前提として、大半の人間は妖怪に触れるどころか目視もできない。陽人や陰陽師たちのように妖怪に干渉できる才能を有していても、それは素肌か、精々が刀剣の距離まで。銃器でなくても、石を拾って投げたって当たるかどうかは距離次第だ。手から一メートルも離れれば、干渉できずにすり抜ける。

 

 仮に核兵器を使って町一個を吹き飛ばしたとしても、最下級の狐火妖怪さえ平然としているだろう。だから妖怪狩りは刀の距離でなくてはならない。

 

 銃器に戦闘の大半を依存する現代の軍隊では、かなり分が悪いのは事実だった。

 

 「いま玉藻の前が大虐殺を試みても、それを止められる戦力がない……いや、でも、それならなんで隠れてるんでしょうね? えっと……内宮(ないぐう)、さん?」

 「内供(ないぐ)です。呼び辛ければ、遥火と呼んで頂いても結構ですが」

 

 それはちょっと、と苦笑と共に遠慮する陽人。

 遥火は夕魅と同じ二十代半ばくらいに見えるが、色々とラフで付き合いも長い夕魅とは違って、きちんとした大人の雰囲気がある。呼び捨てにしないにしても、下の名前で呼ぶのも憚られた。それに、年上の綺麗なお姉さんを名前で呼ぶのはちょっと照れ臭い。

 

 まぁ、彼女の名前が本名である確証もないのだけれど。

 下げるための頭だか探索課に送り込まれた監督役だか知らないが、どうせ名刺や身分証を三人分か四人分くらい持っているはずだ。千里のように。

 

 「……それにしても、その妖怪──狐火にしては、随分と高度な知性をお持ちですね。それに、明瞭な人型を象っているように見えます。確か、四年ほど前に貴方が保護されたのでしたか」

 

 好奇心なんて微塵もありませんと言わんばかりの、遥火の冷たい声色。

 それがむしろ、陽人に甚大な恐怖心と、抗いようのないフラッシュバックを齎した。

 

 強烈な死の記憶に思わず身体が強張り、脂汗が噴き出す。

 しかし、陽人は一瞬だけ隣の座席に目を向けると、ふいと視線を窓の外に戻した。

 

 「まあ、そうです」

 「もしよければ、当時のことをお聞かせ頂けますか。インシデントレポートは読みましたが、やはり当事者しか感じ得ないこともありますので」

 

 なんでそんなに興味津々なんだろう、なんて考える陽人だが、好奇心の理由は聞かなかった。当時は色々な人に根掘り葉掘り聞かれていたから、聞かれることには慣れている。

 それに、当時も「なんでそんなに詳しく聞くの?」と尋ねても、曖昧に誤魔化されるだけだったから、この件に関してはそういうものだと割り切っていた。

 

 「……いいですよ。と言っても、記憶違いがあるかもしれませんけど」

 

 予防線を張りつつ、記憶を回想する。

 不必要な予防線だ。──あんなこと、忘れられるはずがないのだから。

 

 

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