邪教徒の平穏な日常   作:kohet(旧名コヘヘ)

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外なる神の存在意義

 

イスの偉大なる種族は地球に来訪したあらゆる諸種族の中で唯一時空を制し、滅びの運命を免れた種族である。

 

それ故、この独立種族は『偉大なる種族』と自他ともに呼称されている。

 

イス人はあらゆる時代、あらゆる知的生命体の知識を求める存在そのものが知的好奇心の塊である。

 

そんなイス人から恩恵を受けようとする集団や個人がいれば、拷問等で知識を吐き出させようとする集団や個人もいる。

 

前者はともかく、後者はイス人からすれば論外であり、発見次第抹消している。

 

だが、如何に知識を集めようともグレート・オールド・ワンや外なる神、それらを崇める者達は対応が至難である。

 

…イス人はあらゆる存在を警戒しながらも知的探索を辞めようとはしない種族でもあった。

 

 

 

全ての平行世界を網羅しようとするイス人だが、万能ではない。

 

その過程でイス人が本当に滅んでしまった平行世界もあるし、その時代だけ異常な存在、イス人も関わりたくないような自称探偵がいる平行世界もあったりもする。

 

 

イス人にとって集めた知識や技術が根本的には通用しない外なる神はどの平行世界でも警戒対象である。

 

そんな外なる神の中でも『シュブ=ニグラスの娘』は特異な存在であった。

 

『娘』というのに平行世界に1体いるかいないかというべき存在である。2体いるような世界は皆無に等しい。

 

シュブ=ニグラスの娘は外なる神に分類されるだけの力を有した特別な個体である。

 

そして、多くはシュブ=ニグラスそのものと勘違いされて崇められるようになる。

 

そうでなくとも、娘は母なるシュブ=ニグラスの代弁者として役目を果たしていた。

 

…シュブ=ニグラスの娘のそのものを崇めるカルトがあっても、シュブ=ニグラスの娘という定義から外れるようなことは有り得なかった。

 

 

シュブ=ニグラスの娘はその母にして父である『シュブ=ニグラス』とほぼ同一としてイス人すらも認識していた。…彼女は世界そのものが『娘』という枠を超えさせなかった。

 

 

 

 

この地球において、シュブ=ニグラスそのものを崇める『黒山羊教団』は20世紀を半分超えた辺りで代表的知的生命体である人類ではほぼ活動していないに等しい状況である。

 

 

シュブ=ニグラスは裏で暗躍し、勢力を拡大し顕現しようとする他の邪神に定義される存在とは異色ともいえる思考を持つ神であった。

 

…野心を持たないどころか自分の生み出した眷属を永遠と貪り食うだけのウボ=サスラ等もいるがそれとは別、明確に一定の野心がある邪神としてである。

 

 

意思のある邪神の中でもシュブ=ニグラスは拡張主義的行動は長期的視野で考えれば悪手であると悟っていた。

 

人間で例えるならば今は勢力の温存というべき思考である。地球の人類は永遠ではなく滅びの運命にあるのも大きい。

 

他方、代表的な眷属である黒い仔山羊はシュブ=ニグラスの信者であろうとも捕食する。…己の仔らは母の信者を資源と見なしていた。

 

それ故に、自分とほぼ等しい能力を有する娘を創造した。それが『シュブ=ニグラスの娘』である。

 

 

黒い仔山羊達とは別格とも言うべき娘は思考や能力を保有する本当の神である。

 

娘は力と大きさが多少異なる程度であり、母にして父のシュブ=ニグラスと同じSAN値チェック正気度喪失1D10/1D100である。

 

 

その世界では、シュブ=ニグラスの娘は時には母を崇めるカルトへその代弁者として、時には母そのものとして振る舞うことを求められた。

 

関わる種族は勿論人間だけでなくミ=ゴを始めとした宇宙に住むあらゆる生命体である。

 

母なるシュブ=ニグラスと同じくあらゆる種族と交わり子を成す能力は有すれども、母の代弁者としての一線を超えない。

 

だが、淫らな交配の儀式等を繁殖意欲の欠ける種族へ施していた。

 

そうでもしないと繁殖意欲が皆無である種族は多かった。その代表格であるミ=ゴはシュブ=ニグラスへの信仰が種の存続そのものである。

 

それ故、神としての娘は現代的な倫理観では冒涜的な、だが、必要な豊穣神として己の自己認識を確立していた。…親であるシュブ=ニグラスも満足する神であり、娘であった。

 

 

 

そんな娘はある時、21世紀初め頃の地球の日本に派遣を命じられた。

 

能力的にはほぼ同格の神であるが、シュブ=ニグラスの娘にとって敬愛する唯一無二の母にして父からの命令は絶対に等しい。

 

シュブ=ニグラスを崇拝する大規模なカルトが出来たのかもしれない等と思い赴いた。

 

 

いたのは、生命の枷である寿命を電脳技術で超えて永遠にしようとする人間の雄だった。

 

…娘はキレた。豊穣神と対局に位置するような頭電波である。

 

そして、殺す寸前、シュブ=ニグラスの命令を思い出した。

 

娘はこの矮小な16年程度しか生きていない生命体を殺すにしても理由がいると思った。

 

娘は己の姿を見て、発狂したり、偉大なる親と勘違いしたのならば問題なく殺して良いと判断した。

 

 

 

 

当時、正気度81の今際望は将来マッドサイエンティストを志し、シュブ=ニグラスを信仰する狂信者である16歳の極ありふれた男子高校生だった。…そんな奴がありふれてたまるか。

 

POW19であり、正気度90以上には決してならないが、80台までは大丈夫な存在だった。

 

 

そんなありふれない一般男子高校生はPOW70との対抗ロールに自動失敗して意識を失った。

 

 

…望は気がつけば辺りは闇に覆われていた。波打つように、生命の鼓動に感じられた。

 

正気度判定に成功し、1の減少で済んだ現在正気度80の望は似た雰囲気を先日体験していた。

 

 

そして、しばらく経ち目の前に巨大な存在が空から舞い降りた。

 

それは明らかに異形の存在だった。地球上に存在するわけのない巨大で冒涜的な肉体が顕現した。

 

 

どことなく豚や羊に似た動物的な体、だがそれらに該当しない数多の体の至るところから生えた触手、顔がない代わりに全てを噛み砕きそうな鋭い牙、体表には数多の乳房が存在していた。

 

普通の人間ならば場所が場所ということもあり、正気度関係なく悲鳴を上げて発狂する光景である。

 

メタ的にいえば正気度喪失1d10+3/1d100+3くらいは間違いなく補正が入る。

 

…少なくともシュブ=ニグラスの娘はそうならない人間を見たことがなかった。

 

 

だが、

 

「失礼、私が信仰する神でおわしますシュブ=ニグラス神。そのご親族であられますでしょうか?」

望はシュブ=ニグラスの狂信者として違いを看破した。ついでにいえば正気度喪失4で済んだ。

 

 

「…」

敬虔な信徒でもシュブ=ニグラスと見間違える己の姿を初見で看破し、発狂もしない人間を見た娘は困惑した。

 

一部でも落ち度があれば殺す気だったのだが、どうしようという感じである。神は困惑していた。

 

 

「豊穣神であられるかの神のお姿と瓜二つ。…失礼ながら何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」

望は何故か自分の体調が優れないが、自身の神の縁者だと確信し、名を尋ねていた。

 

メタ的には正気度1減少、追加で4減少の合計正気度5減少だが、短時間ではないのでアイディアロールまでにはならないので具合が悪いという判定になっている。

 

 

「…!?」

 

シュブ=ニグラスの娘は目の前の男の質問を理解した。理解して正気を疑った。

 

 

だが、

 

「…」

シュブ=ニグラスの娘はその娘ないし、シュブ=ニグラスとして崇められていた。

 

返答ができないことに何となくだが、何かを感じた。

 

 

「僭越ながらこちらに合わせてお呼び致します。豊穣、実る神よ」

望は相手が信仰する神と同じ豊穣神であると悟り、実りを齎す神として呼ぶことにした。

 

シュブ=ニグラスはシュブ=ニグラスなので呼称は神へ合わせるのだが、日本人として呼ぶのならばと考えた。

 

 

…目の前の異形の巨体である名が存在そのものである神は自分でも無意識に身を震わせた。

 

 

「なるほど…」

シュブ=ニグラスの娘は初めて今際望へ声をかけた。

 

豊穣実という個体名はこの場限りの呼称としてはシュブ=ニグラスに不敬のない、相応しいものだ。

 

 

豊穣実はINT21の知能で納得した。そして、該当名が地球の日本人として娘として機能すると新たな肉体を構築していった。

 

 

黒い仔山羊が仔らならば漆黒の髪を、撫でやかな雰囲気ありながら妖艶さを感じさせるような肉体を、目の前の人間の雄の服装ではなく雌の服装を、そうして『豊穣実』を形づくっていく。

 

 

まるで今までの光景が嘘のように、闇そのものが胎動するような異空間から脱していた。

 

…月夜に照らされた漆黒の髪は神秘的な美しさを放っていた。

 

 

「私はかの神の娘である。…私のことは豊穣実と呼べ。人間の雄よ」

シュブ=ニグラスの娘、否、豊穣実は初めて他者と会話をした。

 

 

 

 

それから9年が経過した。豊穣実は豊穣実として変わらず、同じ年月を過ごしていた。

 

…そして、現在。

 

 

今際望の夢である電脳化への可能性のある組織と関わろうとしていた。

 

グレート・オールド・ワンであるハスターを舟として人類を統一させた精神体を乗せる。

 

人類補完計画の亜種とも言うべき計画をバベッジ・インコーポレイテッドは企んでいた。

 

世界の通信網を担いつつある多国籍企業の真の目的。

 

それはコンピュータやスマートフォンを仕事に使う者、所有する者等が対象の魔法儀式だった。

 

その条件ではほぼ全人類が対象となる。現代文明の利器を際限なく利用した計画だった。

 

それらが画面を見る度に精神へ干渉して最終的には統合した全人類のPOWを以ってハスターを制御し人類を存続させる計画だった。

 

 

「…これに関わるのは辞めなさい」

豊穣実は今際望へそう言った。…そして、その答えを待っていた。

 




「私は個人の自意識が無いような世界に興味はありません」
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