それは事件の被害者に魔力などの痕跡がないかと望が透視を使用した際に発生した。
事件の被害者遺族も視界に入ったのもいけなかったかもしれない。
凄惨な死体を見ても見慣れている望が減る正気度は少ない。しかし、今回は別のものを見てしまった。
今際望の職業は魔術師ではない。本人も魔術師であると考えたことは一度たりともない。
だが、望が使用可能な『透視』というのは天性の才があるものにしか使えない魔法である。
偉大な魔術師と語られる存在でも望以上に深淵を覗いた狂信者でも使える者は極わずかだ。
彼の友人である黄泉尊もヘレナ・ノートンも条件だけなら満たしているが使えない。
透視は手に入らない者には永遠に手に入らない異能に等しい能力である。
ヒプノーシス(催眠術)のようなPOW14以上あるものならば猛訓練すれば使える能力ではない。
日本にある超能力研究機関マホロバPSI研究所の超能力に透視があるが、似て非なる能力である。あれらの超能力も異能であるが、あれらは『誰か』から与えられたものだ。
今際望は間違いなく人類史でも上位に入る魔法の才能を有していた。彼はこれから先の人生でそれに気がつくことはないだろうし、神からすれば誤差みたいなものではある。
そもそも透視の魔術は1マジックポイント消費で五分間使える探査能力のようなものだ。
POW×3の値で成功すれば感情や相手のPOWを理解することが出来る。心理学ならPOW分の値が補正される。
…言い換えると理解不能な人外の感情すら読み取ることが可能だった。
相当経験を積んだ者であれば可能だが、望は魔術に頼らず自然体でPOW21になれてしまった逸材だ。幸運判定で1を出し、更にクリティカルを出すような場合に探索者のPOWは更に成長する可能性がある。望はそれを成していた。
シュブ=ニグラスという神格を信仰する探索者のままの狂信者でもある。神格を直視しても自己を保っている者を人間と呼ぶかは人によるだろうし、破天荒に見えるヘレナ・ノートンすら豊穣実という少女の外見をした神に関わること自体恐れていた。
人間が神話生物の感情を完璧に理解してしまった場合、当然だが再起不能レベルの発狂は免れない。
だが、今際望は理解してから思考できる異端者だった。
今回の事件の神話生物は下級の独立種族に分類される。二次元の種族であり、異次元の存在を嬲り殺すのが大好きな存在だった。
神として、上位存在だからそうあるというわけでもなく、わざわざ異次元に干渉できるように人形を作り遊んでいる。
同じ感情を理解することが出来てしまった望はアドゥムブラリという犯人を殺すことを決意した。
遺体安置場にいた全員が空気が一瞬で無くなったような感覚に陥いり、端的な言葉でその場を後にする男に声をかけることができなかった。
「明日には始末する」という言葉を残して望はその場を後にした。
ヘレナ・ノートンの住む空きビルに望はやってきた。
透視により異次元からの攻撃を理解した望はヘレナに魔力を増強するような薬かアーティファクトがないか尋ねていた。
神から授かった唯一の攻撃法では望の魔力がそこをついてしまった。痕跡から推定できるPOWは14〜15、異次元に干渉する門の創造に1POWを喪失することになる。
望がアドゥムブラリという異次元の生命体と戦う際には20POWの状態で戦わなければならない。望は16マジックポイントを補給できる術が欲しかった。
「…あるにはあるけど」
ヘレナは冷蔵庫からペットボトルを取り出して望へ投げた。ペットボトルには銀色の何かが入っていた。
「あくまで自分の魔力を回復するだけ。それ以上増えるわけではないわ」
ヘレナは、古代エジプトの魔法が失われる前の時代の探索者は現代の探索者にそう言った。
「30mlであなたの目で使う魔力と一緒。500mlペットボトルでこの家にある結界くらいかしら」
ヘレナは魔力感知を使い、望の透視の魔術に消費するマジックポイントを看破していった。
同時に約20マジックポイントの結界が張り巡らせていることも明かした。
「対価は貴方の預金全額と五百万円でいいわ」
ヘレナは望に有り金全部と五百万寄越せと言い切った。
ヘレナは殺る気の奴に何を言っても止まらないと知っていた。
あの少女の形をした神が止めるならいいが、多分止めもしないと思った。
「ありがとう」
望はそう言ってヘレナとの契約に合意した。
豊穣実名義の預金口座にそれなりにお金があるから最悪問題ないなとも思った。神の娘に粗相があってはならない。
原因と目されているAPP18のイケメンを見つけなくとも、そいつがいる街さえわかれば問題なかった。
望は『門の創造』を使用した。対象は次元が違うだけですぐ近くにいる。望はPOW1の消費で人形の主人の元へ向かうことができた。
人形の主であるアドゥムブラリは獲物が来たとしか思わない。水平方向の二次元の住民は異次元に干渉してくる人間はいないという思い込みがあった。探し求める人形とのPOW抵抗に負けた者が入ってくる一方的なハンティングだ。愉悦の感情で獲物を更に恐怖させようと触手を延ばそうとした。
その瞬間、
「☓☓☓☓☓☓☓」
望は無知無能の白痴の神の名を、最後の音節を唱えた。
それは呪文でもあり、名前であった。『アザトースの呪詛』。
名前そのものがアドゥムブラリという生命に存在するPOW(精神力)を揺さぶる。
4マジックポイントと1D6の正気度を失い、対象とのマジックポイント抵抗が発生する。
望は銀色の液体を一口含んで門での移動分のマジックポイントを回復していた。
故に、奇襲となるこの攻撃において、望の16マジックポイントとアドゥムブラリの14マジックポイントとの抵抗が発生する。差は僅かであり、最初にして最大の賭けだ。
判定は成功し、1D3POWがアドゥムブラリから望へ吸収された。
3正気度を喪い、2POWを吸収することができた。22となった望は即座に銀の液体を飲んだ。次は4マジックポイント減らしても18対12である。自動成功で吸い取れるようになるまでアドゥムブラリの攻撃を望は回避しない。
…弄ぶ側であるアドゥムブラリが、弄ばれるようになるまでに時間はかからなかった。
翌日、合計して24もの正気度を喪った今際望は街中で発見された。
通りがかった女学生達は望のことを知っているようだが、望はそれを認識できない。
望は不定の狂気に陥っていた。自身のSTRが7、CONが8吸収されている状況も認識できていない。
「夕食を作らないと…」
緊急搬送された病院までうわ言のように言う姿を望を知る女学生が付き添い、病院のベットで寝かせて少し経過した。
しかし、ほんの一瞬目を離した瞬間に今際望は病院から姿を消していた。一瞬光った気がするという証言の他には望がどこへ消えたのか誰にもわからなかった。
今際望はシナリオクリアで正気度を67まで回復させたが、二ヶ月間不定の狂気に陥った。
狂信者の狂気は神への奉仕。病院に搬送された日の望は神の娘である豊穣実の夕食を衰えた体でいつものように作っていた。不定の狂気から目覚めるまでは筋力と体力は回復しないだろう。
実質四ヶ月間あらゆる行動に支障が出ることになるが、望はいつもどおりに食事前の儀式も済ませていた。
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神話生物解説(六版)
・アドゥムブラリ
二次元に住む種族であるが、わざわざ他の次元に干渉する人形を作り出して嬲り殺す神話生物。
平均POW14であり、STRとCONを体液として吸い取る攻撃が可能である。
吸い取られてもSTRとCON1につき1週間入院すれば回復する。0になるまで吸い取られたら当然死ぬ。
本来は恐怖させて嬲る側だが、今回は嬲られる側になって死にました。
魔力が付与された武器かPOWやINTに干渉する呪文しか効果がない。
呪文・アーティファクト解説
・アザトースの呪詛
4マジックポイント消費1D6正気度喪失からのマジックポイント対抗判定が必要な人間には使用に難がある呪文というかアザトースの名前を正しく発音する行為。成功したら1D3のPOWを自分の物にできる。
シュブ=ニグラスが気に入った相手に教えてくれたり、アル・アジフ原本やネクロノミコンの古い版に載っていたりする。発音できるか怪しいが、NPCでこの呪文を使える者も割りといたりする。
・銀色の液体
パウトというエジプト魔術で製造できる賞味期限切れが存在しない液体。
銀、純水、希少な軟膏等使用して太陽と月の光で呪文唱えながら混ぜた後、次の満月まで待つと完成。30gで1マジックポイント回復する。エジプト魔術の大体に使用する基礎にして奥義みたいな存在。
時間と手間と費用がかかるが、ノーリスクでマジックポイントを回復するし、他の魔術にも使用する。まず古代エジプト関係の魔導書等を読まないと取得は難しい。現代が舞台の探索者が取得するには中々厳しい。
アザトースの呪詛を成功させるためにヘレナに頼んだ結果、とりあえず渡された。
マジックポイントを溜め込んだ石等があるが、何も知らなくとも飲めば回復するので便利。
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登場人物の動向
今際望
不定の狂気を発症したが、実は意外と困っていない人。
自身の信仰を理解しているのでこうなるかもとは予期していた。
行方不明になった際の女子高生の正気度喪失までは考えていないというか予想外。
豊穣実
何か雑魚相手にしているから放置していたら、ヤバいことになっていた。
人間ごときに動揺を抑えられないでいる自分に驚いている。
ヘレナ・ノートン
残り五百万寄越せ。…というのは半分、魔術乱用して正気度削れたんだろうなとは理解している。
取り立…精神分析(物理)しにいきたいが、実が怖いので隙を見て襲撃する予定。
女子高生達
無人島で探索者していた四人。騒ぎになって親達があからさまに動揺していたので問い詰めたら吐いた。
望はどうやら自宅に帰ったらしいが、無人島以来ようやく再会したら廃人手前にしかみえない状態である。正気度が減少した。
親達は居場所を教えないので勝手に探すことにした。警察等からそんな奴いないと断定されたので自分の記憶を疑いつつあった中、それを知っていて教えないでいたことにもご立腹。