山本玲とのシミュレーターバトルを終えた悠は、艦載機用以外のシミュレーターの調整を済ませ、ヤマト艦内を歩いていた。
明日の発進に向けた準備は最終段階に入っていて、通路は未だに整備員たちがせわしなく走り回っている。
地球を救う最後の希望である艦というだけあり、極東管区全体からから大量の人員が動員されている。
(騒がしいけど、仕方ない。これまでの国連宇宙軍の艦艇より大型だからね。人手はかなり必要だ)
通路を曲がると、壁に設置されているモニターに「居住エリア」と表示されている。
文字どおり、艦長以外の全員が寝泊まりするための部屋がずらりと並んでいる区画だ。
それぞれの部屋の前にはモニターが据え付けられ、そこには利用者の名前が表示される。
さらに、悠たち士官は個別の部屋が与えられており、居住環境は若干良いものとなっている。
普段から椅子にもたれかかって寝ることもざらにある悠にとっては、別に部屋があってもなくても変わらないなぁと思いつつも、あるものは遠慮なく使わせて頂こう、というスタンスである。
いくつかの部屋を通り過ぎ、角部屋になっている自分の部屋を発見した悠であったが、モニターの表示を見ておかしな点に気がついた。
(? 僕の他に茜の名前が表示されてるけど……)
疑問に思いつつも、モニターのテンキーに触れてロックを解除する悠。
ピピッという音とともにドアがスライドした先に待っていたのは……。
「あ、悠だ」
「……やぁ茜」
表示のとおり、部屋の中には山南茜がいた。
ベッドに腰掛けてタブレットに目を通していたらしく、画面には戦術科員が事前に確認しておく資料が表示されている。
「これはどういうことだい?」
「ん? 何が?」
質問に茜は首を傾げる。
悠は部屋を見渡しながら言葉を続けた。
「いや、士官は個室が与えられるってなってたはずだろう? 僕たちは二人とも士官なのに、どうして個室じゃないんだい?」
「んー。詳しいことは分からないけど、部屋数の兼ね合いでこうなっちゃったみたいだよ?」
「なるほど……」
「あ、個室ならあるよ?」
「どこに?」
「営倉」
「……」
「冗談だよ。でも悠は規律違反から遠そうな人だし、営倉にお世話になることはなさそうだから、1回くらいは入ってみても良いんじゃない?」
「……発進前に営倉に入っている人を見たら、何をしでかしたんだろうって注目の的だろうね。そんなことで有名になりたくないし、遠慮しておくよ」
悠は部屋の中に入ると、椅子に腰掛け改めて部屋を見渡す。
「士官以外の部屋よりは少し大きいようだね。幅は狭いけど、ベッドも二つある」
「二段ベッドじゃないのも特徴だね。逆に、一人の時だと少し広いかも?」
「僕は技術科の分析室やシミュレーター室に引きこもることがあるかもしれないから、茜が広々使ってくれて構わないよ」
「あ、今までみたいな生活はこれからは駄目だよ? 軍人なら休める時は必ず休まないと」
「茜は僕のことを、非番の時にも研究に明け暮れるような人だとおも」
「思ってるよ? 悠と出会って2週間くらいだけど、どういう人かはだいたい分かってきたつもり」
反論を聞き切る前に茜に断言された悠。
僕はそんなに分かりやすい人間か? そんなことを考えつつ、視線を茜のタブレットへと向ける。
「それは戦術科の資料?」
「うん。今は兵装の諸注意を確認してたの」
画面にはヤマトの断面図が表示されており、各武装の箇所が丸で囲まれている。
茜がそのうちの一つに触れると、画面が切り替わりその兵装の説明と諸注意が羅列された。
「後はこの、次元波動爆縮放射機を確認して終わり。まぁ、ここが一番気をつけることが多い箇所でもあるんだけどね」
「あぁ、波動砲ね。取り扱いを間違えれば一瞬でヤマトが消滅しかねない兵器だからね。でもまぁ実際のところ、波動砲にお世話になることはほとんどなさそうだけど」
「そうなの?」
「茜は、波動砲のシミュレーターは使ったかい?」
「うん、1回だけ」
「どうだった?」
「んー……」
視線を少し斜め上に向け、記憶を掘り起こす茜。
「強力な兵器だなって思ったよ。チャージに時間がかかるのが難点だとも思ったけどね」
「まさにそのとおり。チャージが必要であることには目をつむったとしても、その間無防備になってしまう時間が長すぎる。敵艦隊を目の前に悠長にチャージしてる時間は無いだろう」
「そうだね。あと、波動砲は艦首を標的に向ける必要があるから、そこも扱いにくいかなって感じたよ」
「それは、チャージ中に修正できる範囲であれば大丈夫だろう。なにより最大の問題だと僕が考えているのは、その有効範囲の狭さだ」
「確かに。直線状にしか展開できないもんね」
「あの有効範囲では、敵が縦列で展開していない限り、葬れるのはせいぜい1隻か2隻がいいところだ。まぁ茜も感じてるとは思うけど、あれは敵に対して使用するというよりは、未知の宇宙的事象に対して使用するものと考えたほうがいい」
「悠が言いたいのは、そんな宇宙的事象が出現することなんて滅多に無いってことね」
「そういうこと。ヤマトにはワープもある。回避可能な事象はワープで避けたほうが良いだろうしね」
悠は立ち上がり、壁に埋め込まれている棚からマグカップを取り出す。
「コーヒー飲むかい?」
「紅茶が良いかな。フォートナム&メイソンの」
「部屋に備え付けの物にそんな高級品あるわけないだろう? 私物で持ち込んでないのかい?」
「ほんの少しだけなら持ち込んでるけど、あれはとっておきなんだよ? お父さんに無理言って分けてもらったんだから」
「山南一佐も紅茶好きって話だったね」
インスタントコーヒーの蓋を開ける悠。
悠も内心では、こんなコーヒーと呼んで良いのか分からないような代物より、高級豆を挽いて作るコーヒーを飲みたいと思っている。
しかし今の地球の状況を考えれば、それは贅沢すぎる。
「せめて雰囲気だけでも味わおうってことで、ティーポットとティーカップだけは持参したんだ」
茜は部屋に運び込まれていた段ボールの中から、花や鳥が描かれたティーポットとティーカップを取り出す。
「僕にも分かるけど、それはそのあたりの雑貨屋で買うより圧倒的に高そうだね。航海中に割らないように気をつけてくれよ?」
「大丈夫! 使わない時は、このポットとカップの形状にくり抜いた発泡スチロールにピッタリ収めるから!」
「使用中に戦闘が始まったらおしまいだと思うけど……まぁいいか」
マグカップにお湯を注ぐと、部屋がコーヒーの香りで満たされていく。
「そのカップはティーバッグで使うには不釣り合いだろう。備品のマグカップで良いかい?」
「うん、ありがとう」
「礼には及ばないよ。これからの航海、同じ居住空間を共有する仲だ」
悠は紅茶の入ったマグカップを茜に渡すと、椅子に腰掛けようとする。
しかし、それに茜が待ったをかけた。
「ここに座ってもいいよ」
そう言って茜は、ベッドの自分の隣をポンポンと手のひらで軽く叩く。
「そこは君のベッドだろう」
「大丈夫、私そういうのはあまり気にしないから。それより、もっとお話しようよ」
「……僕と話しても楽しくはないと思うよ? どうせ専門的な方向に進んだりするのがオチだ」
「大丈夫大丈夫。ほら、座ってゆっくりしよ?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
諦めて悠は茜の隣に座る。
ベッドは悠の想像より柔らかく、素材も良いものが使われていそうだと思った。
コーヒーをすすると、味の良し悪しはさておき精神が少し落ち着いたように感じる悠。
それと同時に、若干の疲労感も表出してきた。
「疲れた……」
「お疲れ様。悠は明日の発進時は何してるの?」
「僕はシミュレーター室で待機さ。第一艦橋から指令が来たらデータを入力して素早くシミュレーションを開始、結果を送り返すっていう感じかな。 茜は?」
「私はCICで待機。第一艦橋で指揮が取れなくなった場合のバックアップ要因だね。もちろん何もしない訳じゃなくて、補佐的な業務で手一杯だろうけど」
「バックアップは重要だ。そういう意味では、僕も茜も責任重大だ」
「だね。……ところで悠、一つ気になってることがあるんだけど」
「なんだい?」
茜は悠の方へ視線を向けると、上から下へと顔を動かす。
「悠の艦内制服、男性用の配色違い?だよね?」
「あぁ、これ。そう、服の形状は男性用なんだけど、色は女性用制服と同じで青地に黒なんだ」
「何か理由があるの?」
「……この方が動きやすいからね。茜も申請すれば通るかもしれないよ?」
「してみようかなぁ。体型が際立ちすぎてなぁ」
悠はチラリと茜の上半身に目を向ける。
そこにあるものを見て、そして
「上官に頼んでみると良い。確か……古代戦術長だったかな?」
「そう。正確には明日付で編入らしいけど。顔を合わせたことはないんだけど、20歳なんだって」
「僕たちもそうだけど、全体的に若すぎるよね。副長である叔父様だって29歳だし」
「それだけ人員的にもギリギリというか、危機的状況ってことだよ」
「まぁね。さ、そろそろ寝るとしようか」
「えー、もう?」
不満そうな茜をよそに、悠は立ち上がるとマグカップを流しに置く。
そして自分のベッドに腰掛けると、二つのベッドを分かつカーテンに手をかけた。
「明日はいよいよ発進だ。夜ふかしが日常の僕でも流石に寝るさ」
「じゃあ、今度またお話しようね」
「ことさら強調しなくても、同部屋なんだからいつでも話せるさ。じゃあ、おやすみ、茜」
「うん、おやすみ」
カーテンを閉め、布団をめくりあげる悠。
ベッドに身体を横たえると、すぐに眠気が襲ってくる。
昔からコーヒーを常飲してきた悠には、カフェインの覚醒効果はほとんど効き目がない。
(この2週間くらい、準備で動くことが多かったから、流石に疲れたな……)
頭上の照明を常夜灯に切り替えてからわずか2、3分の後、悠はすぅすぅと小さな寝息をたてて夢の世界へと旅立っていった。
地の文が上手く書けなさすぎて困っていますが、そこで悩んでうだうだしてしまうのはもっと良くないと思ったので、気にせず会話文を多用して乗り切ります。