疑うことなんてありはしない。
この想いこそ愛なのだと。
厚く重い雲が蒼穹を覆い尽くす空。
高高度ゆえの風に煽られつつも、破滅と絶望に抗う人間達は邪竜の背に降り立った。
「人の身体にゾロゾロと集って…羽虫風情がナマイキよ」
「ふん、人の頭上でブンブンと喧しいから潰しに来てあげたのよ!
あたしの顔で随分好き勝手してくれたじゃない、ここで叩き落としてあげるわ!」
相対するのは同じ顔の女。
纏う雰囲気こそ違えど、姿形は瓜二つ。
違いらしい違いといえば、並び立つそれぞれの半身ぐらいだろう。
片方は、白と青を基調にした鎧の男。
端正な顔に隠さぬ苛立ちを浮かべ油断なく相手を見据えている。
向かうのは、黒と赤を基調にした鎧の男。
血の気のない感情の抜け落ちた顔は、こちらも目の前の男と同じであった。
「……クロム、これが、最後の戦いよ」
「ああ、行くぞ!ルフレ!」
クロムは剣を抜き放つと、そのままギムレーに斬りかかっていく。その動きには迷いも躊躇いもない。
しかし、その刃はギムレーに届かない。
一歩も動かないギムレーの前に、彼女の半身が躍り出る。
ギィン!という金属同士のぶつかり合う音と共に激しい火花が散る。
力任せに押し切ろうとするクロムに対し、黒い鎧の男は無駄なく最小限の力で押し返していく。
「もう、クロムってばせっかちね!そんなにアタシのこと好きなの?」
「黙れ!ここでお前を倒して、すべてに決着をつけさせてもらう!」
ガキン!ガキィ!と激しく剣を打ち鳴らしながら二人はお互いの隙を探るように切り合い続ける。
ギムレーはその二人の様子を冷めた目で見つめていた。
彼ならこうするだろうと予想していた通りに事が運んでいるからだ。
このままクロムが攻め続ければ、スタミナという概念の無い屍王に軍配が上がるだろう。
クロムの影から飛来する稲妻を首を傾ける動作だけで回避し、口を開いた。
「貴女もいい加減に諦めたら?
まさかアタシが貴女の未来の姿だってことまだ理解出来ないの?」
「これっぽっちも理解出来ないわね!
大切な半身を死なせるようなヤツ、あたしじゃないわ!」
「……減らず口ヲ!」
ギムレーは忌々しげに顔を歪めると、翳した手から魔法の槍を打ち出す。
邪竜の力が凝縮された魔槍こそ避けたが、その攻撃で体勢が崩れたルフレの一瞬を狙い、新たな影が参戦する。
「神を侮辱するとは、器といえども見過ごせませんね」
目深に被ったフードで顔は見えないが、まだ幼さを残す男の声。
迷いなく脇腹を目掛けて振るわれる剣は、こちらも新手に弾かれた。
「お母さま!前に出過ぎです!私の後ろに!」
「ありがとうルキナ!でもちょっと酷いんじゃない!?」
ルキナと呼ばれた少女が庇う様に前に出る。
それを鼻で笑いながらギムレーは腕を組んだ。
「ルキナ、まだソレと親子ごっこを続けていたの?
おかあさんはアタシだって、ずうっと言ってるじゃない!」
「…いいえ。お母さまは、そんな顔で私を嘲ったりしない!
この世界の未来を照らすために、ここであなたを倒す!」
強い意志の篭った声で言い返すルキナ。
前回の邂逅での狼狽えぶりが嘘のように凛とした佇まいで、彼女は一切の迷いなくギムレーへ剣を向けた。
しかし。
「偽物なんかに誑かされるなんて、神の子たる自覚が足りていませんよ。僕らにはいと尊きお方の血が流れているんですから、それを弁えてもらわないと困ります。」
ルキナが防いだ凶刃の主が、それを許さなかった。
演説でもするかのように大袈裟な身振りで話しながらギムレーの前に立ち塞がるのはフードの少年。
「……その声、まさか」
「ああ、でも母さんは慈悲深い方ですから利用価値があるうちは使ってくださいますよ?今から此方に降りませんか?大丈夫です僕も進言しますから安心してください!誰も無為に死ぬ必要なんてないんです!きっとそれがいい!」
「誰か知らないけどお喋りが長いわね!退きなさいっ!エルウインド!」
痺れを切らせたルフレが魔法を放つ。
渦巻く風の奔流は真っ直ぐにフードの少年に向かうが、器用にも彼は自身の魔法で相殺した。
その拍子にフードが外れ、現れたのは青い髪と狂気に彩られた瞳。
「とんだご挨拶ですね、器。それとも僕のこと誰からも教えてもらってないんですか?酷いなあみんな僕だけ仲間外れにするなんて!仕えるべき人の見分けもつかないなんて!まあ僕もあなたたちなんて知りませんけどね!僕には母さんがいればいいんですから!」
「……お母さま、彼は、マークは、」
「…そういうことね、気絶させる必要はありそうだけど、それ以上痛めつける気は無いから安心して。」
「敵の目の前で悠長な!器の自分は殺されないとでも思いましたか?いいえいいえ殺しますよ!破滅を齎すことが僕の仕事ですから!たとえ死んでも母さんが有効に使ってくれますから安心して殺されてくださいね!手駒なんてあればある程いいでしょう?」
ルフレの返答にマークと呼ばれた少年は興奮したようにまくし立てる。
右眼に浮かぶ邪痕が怪しい輝きを揺らめかせる様は、彼がギムレーからの影響をあまりに強く受けている証左だろう。
「血は裏切れないモノです。今ここに家族一同が揃っているのがその証でしょう?僕らは家族の絆で繋がっているんです!素敵な話ですよね!だからここで死んでください!そうしたらずっとずっと一緒ですよ!母さんの手にかかれば死は喪失に非ず!ほら、こんな風に!」
パチン、とマークが指を鳴らせば、後方の味方を左右から挟む形に新手の屍兵が展開される。
それは、今まさにギムレーに抗い戦う者達と同じだった。
屍王と同じく皆一様に虚ろな目をしていて表情はない。その身体から生命は既に喪失している。
「ちゃんと未来のみんなも連れてきたのよ?
誰かに動かしてもらわないといけない欠陥品だけど、あなた達の絶望のカタチとしてこれ以上わかりやすいモノないわよねぇ!」
「……随分と良い趣味ね、ギムレー。そんなにひとりぼっちが寂しかったの。」
「ひとりぼっちの王様なんて、カッコつかないもの!
屍を束ねる王様、素敵でしょ?絶望の竜であるアタシの半身に相応しいわ!
屍王ネクロ。アタシの愛しい半身!こっちの名前の方が今の貴方に似合っているわ…!」
絶望の化身は、夢のようにうっとりと微笑んだ。
ひっくり返した玩具箱。
どんなに精巧な人形も、ひとりでに動くことは無い。
それでも夢を見るのは自由でしょう?