このハザ   作:ひつまぶし太郎

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記憶がタイトルにあるように、今回は2章の最初ですが狭間の地での話です。
三度目のシリアスです。
たぶん残すところ後一回どこかで挟まります。

そして、お気に入り登録、評価をしてくださった皆様、本当にありがとうございます。
拙い作品ではありますが、最低限暇つぶしとして機能するくらいのクオリティで頑張ります。



第十三話。“月の姫の記憶#”

 

 

月が綺麗とあなたが泣くから、死ねない僕は独りで道を行くと決めたのだ。

 

 

死んでもいいと、そう答えるには僕の体はもう手遅れだから。

 

 

例え僕の喪失であなたが泣いてくれても、あなたが独りになるよりずっといい。

 

 

これが独善なのは承知の上で。

 

 

それでも僕は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は昔、自分の名前が嫌いだった。

いやまぁ昔を懐かしむほど長生きはしてないので、正確には5、6歳までの頃の話だ。

 

 

僕の本当の名前はヴァナルガンド。

ヴァナルガンドだ。

 

誰が神話の破滅の狼の別名をつけられて喜ぶというのか。

て言うか僕が物心ついたときにいなくなってたうちの父親は、何を思ってこんな名前をつけたのだろう。

 

忌み名もいいところなせいで、実は僕は望まれて生まれたのではないのでは?みたいなコンプレックスがあった。

今はもう嫌いではないが、普通に厨二臭くて縮めた名前を名乗っている。

 

 

僕を愛していたというのなら、なぜ父と母は僕に忌み名をつけたのか。

もし、僕の末路を知ってつけたのだとしたら、なぜ僕を産んだのか。

 

そんな疑問を僕は抱えていた。

暗い月の魔女に会うまでは。

 

 

『ほう、いい名前じゃないか。まるで私に会うために生まれてきたような、破滅的な名前だな。気に入ったぞ、私は』

 

 

二度目の再会。

彼女とは初めての自己紹介。

 

僕は初めて、自分の忌み名を、意味を理解した上で受け入れてくれた人に出会ったのだ。

 

 

『私の名前はラニ。どうだ?私に仕えてみないか』

 

 

 

僕はこの人に出会えて本当によかったと、胸を張ってそう言える。

 

 

とはいえ。

自己紹介すらなかった最初の出会いは、お世辞にもいいものとは言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

狭間の地での敗北とはそれすなわち死だ。

有り難いことに、僕はこれはもうだめだと思いながらも時に無様に逃げ回り、あの地で一度も死なずの体になる前に死ぬことはなかったが、それも決定的な敗北を重ねなかったからに他ならない。

 

 

逃げるが勝ち。

勝てば官軍。

敗北による逃亡を重ねながらも、死なずにエルデの王になったのだから僕が官軍なのだ。

 

 

ただ、一度だけ。

本当に逃げる余力も準備もなく、あえなく殺されるその間際まで追い詰められたことが僕にはある。

 

 

これはまだ僕が、狭間の地に来てすぐの話。

レベルを上げるための巫女、姉を自称する不審者と契約するよりも前の話だ。

 

 

 

───その日、ラニはほんの気まぐれでリムグレイブに来ていた。

 

それは、引きこもり生活に飽きてなんとなく気分転換が欲しかったからとか、久しぶりに褪せ人が召喚された気配があったからとか、月が満月で気分が良かったからとか、そんなちょっとした理由が重なっての外出だったが、それでも気分よく夜の世界を散歩していた。

 

だが、関門前からエレの教会へ向かう森の途中に彼女は黒装束の刺客に襲われ、鬼ごっこに興じるはめになっていた。

 

 

「ええい、しつこいやつめ…!」

 

 

別に相手は自分よりも強いとかそういう訳ではない。

今は小さな人形の姿もしていないし、全力を出せば即座に始末できる。

 

ただ、昔は多少協力した仲でもあるし、彼女たちを始末すれば刺客の向こう側にいる相手に自分の存在を気取られることになる。

それが面倒くさくて、視界から消えて追跡を振り払った方が安く済むと踏んでいたのだが。

 

 

「仕方ない、殺すか」

 

 

森の中を走る自分に猛追してくる影は引き離せそうにない。

走りながら嘆息したラニは脚を止めて、自分に迫る相手の首をはねようと身構えたその瞬間。

 

 

一つの影が、黒き刃の進行を遮った。

 

 

「ぐぁはぁっ!なになになんなの、何事ですか!?」

 

 

言わずもがなヴァンである。

気を付けよう、暗殺者はすぐには止まれない。

 

デミゴットの自分に迫る勢いで走っていた黒き刃は、ふらっと自分の進路に割り込んできた少年と絡み合うようにして転がり、木にぶつかることでようやく急停止した。

たが、さすがというべきか。

黒き刺客は無様を晒した直後に飛び上がると、ラニと少年から少し距離を開けるようにして短剣を構えた。

 

 

「ぐおお、縮む…せっかく成長期が来ようとしている僕の貴重な身長が…!」

 

 

はね飛ばされた少年もまた、したたかに打ち付けた頭を必死に押さえながらも立ち上がる。

そして、一度自分とぶつかった相手を見て、その視線の先にいるラニを見て、少し考える素振りを見せたと思えば、彼は二人の間に立ち塞がった。

 

それも、ラニを守るようにして。

少年を生贄に自分が逃げる事も考えていたラニは、その行動に思わず足を止めてしまった。

 

 

 

「なんのつもりだ?」

 

 

「え?いやなんか…襲われてたから…?」

 

 

事情は知らない。

何より自分自身が、見知らぬ世界に連れ去られたばかりで助けを求めてる現状で、それでもヴァンは助けた。

そこに深い理由はない。

ただなんとなく助けたいなと思っただけで、彼は間に割って入った。

 

「は?くく…なんだ、通りすがりのお人好しとでも言うつもりか?」

 

 

「ほっといてくれ!ああくそ、相手もめちゃくちゃ強そうだし早まったか?いやもう、後に引けないか…!」

 

 

言葉を遮るように振り下ろされた黒いナイフ。

その剣をヒーターシールドで受け止めるも、たった一発受けただけでガードが割られる。

実力差が如実に出たその攻防に、ヴァンは悔しげに顔をしかめ、歯を食い縛る。

 

だが、動きを止めることなく直剣による突きを放ち、無理矢理距離を開けるように誘導する。

その誘導に逆らうことなく黒き刃は背後に飛ぶが、その速さはやはり目で追うのもギリギリだ。

 

自分が振る剣が当たる想像が全く出来ないことに、ヴァンは冷や汗を流す。

狙うなら、確実な隙に一撃を差し込むしかない。

ただ闇雲に剣を振るうだけでは、スタミナを使い果たして簡単に殺されてしまうだろう。

 

それでも、自分から手を出した以上引くつもりはなかった。

死ぬつもりもない以上、ここで退けるしか活路はない。

 

 

───さて。

 

 

そんな風に必死になっていた少年を見て、助けられたラニがどうしていたかと言えば、それはもうなにもしていなかった。

 

なにもしていないどころか、これはいい見世物だと、嗜虐的な笑みを浮かべ高みの見物を決めていたのである。

ひどい話もあったもんだ。

 

氷の魔女ラニは、その名の通り氷のような心の持ちかと言われれば、それは勿論否だ。

彼女は情の深い女性だ。

だが、彼女は博愛主義ではないし、その性質はお転婆で、どちらかと言えば加虐的な遊びに興じることも辞さないタイプである。

それ故に、その優しさを受けられるのは、彼女が心を許しているごく一部の身内のみであり、当時の少年は彼女にとってその対象ではなかったという話だ。

 

ちなみにその寵愛が行き過ぎると、また優しさではなく加虐的な扱いを受けるようになるので、距離感を適正に図らなくてはいけない。

…未来の少年は失敗した。

 

「───ッ!」

 

 

目を離したつもりはない。

だが、気付けば黒い影が自分の懐に潜り込んでいた。

 

視界の斜め下、僅かに反応できた眼球が漆黒で歪な形をしたナイフが閃くのを捉える。

隔絶した実力差が生んだ、致命的な空白。

 

 

「ほう…」

 

 

回避できたのは、一重に生存本能に身を任せた結果でしかない。

ただの運だ。

それは端から見ていたラニにも伝わっていたが、真面目な訓練に裏打ちされたその身のこなしに、感心したように目を見開く。

 

鼻先を黒い斬撃が掠め、動きに遅れた髪の毛が数本宙を舞う。

そして、回避した筈の体を、継続的な痛みが蝕み始める。

 

 

「くそ…!」

 

 

何が起きたのかを考えるよりも前に、伸びきった腕を引き戻そうとする目の前の黒い影に、直剣の戦技をぶち当てる。

怯んだ隙を逃さずに、さらに剣を振り下ろすものの、今度はこちらの攻撃が躱され、フードを少し切り裂く程度にとどまる。

 

 

「ハッ…!ハァ…ッ!」

 

 

距離が離れたことで、ようやく呼吸を再開する。

だが、その距離は黒い影相手になんの意味もないことを、先程のやり取りでヴァンは理解していた。

 

それでも、ヴァンの目から闘志は消えていなかった。

暗闇の中で、異様なほどに金色の瞳が輝いている。

 

 

 

「………」

 

 

自分が手を出せば即座に終わる戦闘だとラニは理解していた。

自分が直接手を下せば、多少自分の敵が躍起になって刺客を送り込んでくるようになるかもしれないが、それでも見ず知らずの自分を助けようとしてくれた子供を見殺しにするほど、情を捨てたつもりもない。

 

───だが少年の瞳に宿る光があまりにも美しくて、ラニは一瞬我を忘れた。

 

 

格上相手に命懸けで誰かを守りぬく、そんな気高さに?

 

否。

そんな英雄のような高潔さを好みはしても、ラニの心は動かされない。

彼の弱さが、彼女の琴線に触れたのだ。

 

どう取り繕っても隠せない、恐怖から来る剣先の震え。

初対面の女を見捨てられない弱さ。

間近に迫る死への拒絶感から乱れる呼吸。

 

その弱さを意思だけで捩じ伏せて立ち向かう姿の、なんと愛らしいことだろう。

 

無意識に、ラニの口許が弧を描く。

あるいはそれは実に魔女らしいと言えるかもしれない、嗜虐的な笑み。

 

目の前の少年に、どんな試練を与えればいい悲鳴を聞かせてくれるのか、どんな絶望を与えればいい表情を見せてくれるのだろうか。

そんな想像に、思わず酔いしれる。

 

 

「──────」

 

 

そして、一瞬動きを止めたラニは結局介入する瞬間を逃し、黒き刃が滑るようにヴァンとの距離を詰める。

先程までの様子見とは異なる本気の速度に、盾を正面に構えるヴァンはついていけていない。

 

一瞬の交差。

 

盾を潜り抜け無慈悲に首を刎ねる筈だった一撃は、しかし何かに阻まれた。

その違和感に疑問を覚えた黒き刃が、距離を取るために後退しようとして。

 

 

「!?」

 

 

出来なかった。

先程まで盾を構えていた筈の左手を、歪な刃が貫通していたからだ。

 

ヴァンは、攻撃が見えていて防げたわけではない。

ただ、目の前の相手が、自分のような格下相手に一撃で終わらせるならどうするか考えただけだ。

もし最初のように斬りつける攻撃が来ていたら、盾を手放すのは下策も下策だ。

そして、盾を掻い潜り首だけを刈る技をヴァンは一度も見ていない。

 

それでも、彼は誘い込んだ。

 

盾を前に構えたバカな獲物を、最も効率的に殺せる状況を作り出した。

自分の弱さを利用した、賭けの一手。

自分の肉と骨を犠牲に、歪なナイフを絡めとることに成功したヴァンは、痛みに喘ぎながらも笑って見せた。

 

 

「づぁ、がまえた…ぞ…!この真っ黒野郎…!」

 

 

その無茶に、初めて黒い影の動きが鈍る。

その隙を逃がさずに、ヴァンは相手の足を全体重をかけて踏みつけ、骨を砕く。

 

 

「これで、速さは出せねえ…だろ!なぁッ!?」

 

 

さらに直剣を逆手に持ち変え振り上げたことで、次に何をされるのか悟った黒き刃が距離を取ろうとするも、間に合わない。

ロングソードが、二人の足を地面へと縫い付ける。

 

 

「い゛っだい、けど……逃がさねえよッ!」

 

 

体を蝕み続ける斬撃の後遺症と、敵の速さを奪うために自分で自分の体を犠牲にしたことによる出血その他諸々。

全てが彼の命を奪うその前に、ヴァンは全身全霊で腰から短剣を引き抜き、突き出した。

 

 

「僕の勝ちだ…!」

 

 

鎧貫きと呼ばれる、刺突しか想定していない刃のない奇妙な短剣が、相手の漆黒の鎧をぶち抜き、相手の心臓を確実に貫いた確かな手応えが返ってくる。

夥しい量の返り血が自分の視界を遮るも、容赦なく体の内側で剣を捻り、抉る。

 

だが、足りない。

狭間の地において、致命の一撃は致命足り得ないということを知っていれば、あるいはまだ戦えたかもしれない。

 

それでも決着はついた。

再起動した黒き刃が、敵対者の命を断つために腕を振り上げる。

 

 

「これで、貸し借りはなしだ」

 

 

「…冷気?」

 

 

冷たい何かが自分の横を通り抜けたと感じた直後、凡そ人体から出たとは思えない音を立てて、黒い影が砕け散る。

まるで高いところからガラスが落ちて砕けるような、そんな命が失われたにしては呆気ない破砕音。

 

 

「くそ…手助け要らねーじゃん…」

 

 

目の前の相手が何をされたのか理解する前に、ヴァンは力尽きる。

死ぬ一歩手前で、ラニが地面に放り投げたぬくもり石によって、なんとか命を繋ぐも既に意識はなくなっていた。

血まみれで倒れる少年の頬を一度だけ撫でて、立ち上がる。

 

 

「…ふふ、いい見世物だったぞ小僧。次会うことがあれば、私の名を教えてやろう。もっとも、私のような魔女に再会するなんて運の悪さは持ち合わせていないだろうがな」

 

 

魔が差して要らぬ想像を働かせてしまったが、自分の旅路に未来ある子供が加わることはないだろう。

 

 

「強くなれ。その畏れを抱えたままに、な」

 

 

目の前の気絶した少年の側に、懐に閉まっていた遺灰のはぐれ狼たちを控えさせると、ラニは闇の中へ歩き出す。

 

彼女にとって、これは散歩のついででしかない。

つい興が乗って手を出してしまったが故に、今後敵対者からの刺客の数は増えるだろうが、それも些末なことだ。

 

少なくとも、気分転換に成功したラニは、上機嫌に帰路に着いた。

 

『誰だ、ドラゴンを放し飼いにしているバカは!僕が説教してやる!』

 

 

そして、ほぼ一年を経て。

僕とラニ様は二度目の邂逅を果たすことになる。

運が悪ければ再会するとは、つまりは僕にとっては必然のような物なのだから。

 

 

それからしばらくは、楽しい日々だった。

 

ブライヴと一緒に剣の鍛練をしたり、セルブスとラニ様に悪戯を仕掛けたり、イジーさんが作った氷の剣をブライヴとのチャンバラでぶっ壊してしこたま怒られたり。

 

見習い止まりで、結局物語みたいに誰かに仕えたりすることのなかった僕にとって、初めての従者生活は、とても充実していた。

 

 

だから、変われると思った。

名前になんて左右されずに生きていけると思った。

このまま楽しくなんて、あり得ない夢を見た。

 

だけど結局、僕は自分ですべてを台無しにした。

 

 

───マヌス・セリスの大教会

 

 

一人の少年と、骸のように項垂れ押し黙る人形の姫が向かい合っている。

 

人形の姫の方は死闘の直後で疲弊しており、自分が物言わぬ屍となるようにした敵の上に腰掛け、少年はその前で跪いていた。

 

 

「ラニ様…僕が、ブライヴを殺しました。あなたの家族を僕が奪いました」

 

 

返事はない。

 

 

「やっぱり、ダメでした。僕の名前を好きだといってくれた貴女の役に立ちたくて、いろいろしてみたけど、やっぱり」

 

 

声が震える。

自分の主人は今どんな顔をしているのだろう

恐ろしくて、確認できない。

 

 

「僕は自分の名前の通り、厄災を振り撒く存在でした」

 

 

ブライヴだけじゃない。

メリナ姉さんも僕のせいで死んだ。

壺の友人も僕が殺した。

エルデンリングのために、死のルーンを得るために、今まで協力していたグラングも殺した。

僕のせいでならず者は呪いに犯され、殺すしかない状態になった。

 

 

とんでもない疫病神だ。

存在するだけで回りに死を振り撒く、最悪な存在。

その癖自分は死ねないという醜さが、目も当てられないほど気持ち悪い。

 

大罪人という呼び方に、なんの異論があるだろうか。

 

 

「貴女に傅くのがもっとすごい人だったら。僕みたいな厄介者じゃない、貴女に相応しい人だったら。きっと違った結末になったはずなのに」

 

 

そこで一度言葉を切る。

僕がここに来たのは、なにも懺悔をしたかったからではない。

ラニ様が何をしようとしているのか知って、止めに来たのだ。

 

 

「知ってますか?かぐや姫っていうお伽噺。僕の国に居た遠い国から来たっていう学者が教えてくれた話です」

 

 

相手が聞いているのか、聞いていないのか。

それはもう関係ない。

 

これは誓いだ。

もう二度と違えない、契約。

 

 

「そこに出てくるお姫様はそれはもう美しくて、都中の人たちはみんな虜になったんです。でもひっきりなしに求婚されて疲れてしまったお姫様は七つの難題を出したりするんですが…それは、まぁ。今はあんまり関係ないですね」

 

 

「たくさんの人に愛され、竹取の翁とその妻という家族も出来た彼女は、月の姫でした。彼女は罪人だったから、罰として地上に落とされていたんです」

 

 

「そして、多くの人が彼女を守るために集まったけど、結局彼女は月に帰ってしまう。直前まで泣いていたのに、天の羽衣を着た途端人の心を忘れて、振り替えることもなかったそうです」

 

 

「彼女は、心を失くす直前何を思ったんでしょうね。故郷に帰れる喜び?それとも家族と別れる悲しみ?いずれ別れるからと求婚を断った帝への未練?少なくとも、残された人は泣くことになるとしても、月の姫は自分独りが人の振りを止めて月に帰れば事が収まることを知っていた」

 

 

「ラニ様。あなたをかぐや姫にはしない。あなた一人で、暗い旅路に出る必要なんてない。僕にはもう、あなたしかいないんです。だから」

 

 

「だから、僕は王になります」

 

 

それは、自身を呪う言葉。

 

 

「いつしかあなたの回りが笑顔で溢れるような国にして見せます。寂しがりなあなたが、一人にならないような世界にします」

 

 

「月の姫じゃない。一人になるべき罪人の僕が、絶対───」

 

 

さようなら、と。

その一言を言えないままに、僕はその場を逃げるように後にする。

 

 

───月の美しい夜だった。

 

凍えるような美しさの丸い月だ、などと思うのはあの人の影響だろうか。

自分から別れを切り出しておいて、未練たらたらな自分の情けなさにいっそ笑えてくる。

 

 

大切な人を喪って、大切な人の大切な人を奪って。

 

 

結局僕に残ったのは、仮初の使命だけ。

 

 

「使命ですらないか」

 

 

それが贖罪になると信じて行おうとする、ただの独善だ。

 

それでも。

 

 

「王にならなくちゃ…」

 

 

それしか、出来ないのだから。

 

 

僕を縛るものは何もない。

祝福も、二本指も、契約も、使えていた主すらもういない。

 

 

身軽になったはずなのに、その足取りは泥の中を進むように重かった。

 

 




今回も最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
うちの主人公は不死性がなくても身を削る、という話でした。
雑魚を瞬殺するかボコボコにされるしか芸がねえ脳筋がよ…

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