さようならヴァンさんのヴァンさん…。
また、本編2話と3話に少しだけ加筆しました。
「それで、どうしてわざわざ入学してきたのですか?図書館を利用するだけなら別に必要なかったでしょう」
1時間目のあとの隙間時間。
お前らうるさいからセットで、という担任の先生によるお言葉で隣の席となった僕に、めぐみんが話しかけてきた。
「それはそう。だけどほら、僕めぐみんとクラスメイトになりたくって…」
わざわざ被っていた代物を脱いで、キラッ☆とポーズをとった僕を、鬱陶しげにめぐみんは押し退ける。
「今そういうのいらないです」
青い瞳と艶のある黒髪というお清楚な見た目を最大限にいかしてみたのだけど、めぐみんには不評らしい。
特に悔しがる理由もないので、再び装備を被り直す。
これ、別に僕の顔でもないしな。
「ぶっちゃけ観光気分かな。あとは魔法の才能はないけど知識は欲しかったし」
もっとも、興味があるのは僕ではないが。
「それにしても、その変な被り物はなんなんですか?正直石像の顔が不気味なのですが…」
「これ?これは昔美人な師匠が被ってたのを掻っ払ったやつ」
結局ボールになったけど。
「は?」
「正直臭くて興奮する…いってぇ!」
「うわぁ…」
唐突に喘いだ僕を、めぐみんがドン引きしたように見つめていた。
◆
国語の時間。
「さて諸君。我々紅魔族にとって文法というのはとても大切なものだ。なぜか分かる者は?」
「はい先生」
「じゃあめぐみん!答えてみろ」
「素早い詠唱と正しい発音が、魔法の制御に影響するからです」
「三点。ったくこれで主席なのが嘆かわしいな…」
やれやれ、と肩をすくめる姿はとても教師がしていい仕草ではない。
そのうち唾とか吐くんじゃないだろうな。
「はい先生」
「お、ヴァンか。転校初日で答えられるか?」
「≪カッコいい≫魔法の名前で発動するためです。どんなに強くて派手な魔法でも≪巨人の火を食らえ≫みたいなダサい名前だと使う気になりません」
「惜しい!正解はカッコいい通り名のためだ。あと戦闘前のセリフにも気を付けろ!どんなにレベルが高くても≪冥土の土産に教えてやろう!≫とか≪私がお前に勝つ確率99.9%!≫とか口にすると間違いなく負けるからな」
手元には『死なないためのセリフ名鑑』という教科書がある。
めくってみれば、必殺技直後の『やったか!?』とか『イケメンはしなない』とか見たことあるようなないようなセリフが、場面と共にずらずらと記されている。
≪………?≫
「すいません先生。魔法の詠唱とか教えてもらえないんですか?」
「安心しろ!上級魔法はスキルポイントを使うだけじゃなく、魔法への理解が必要だ!もちろん、教えていくぞ」
「はーい」
僕は河原で受験前に叫び散らすくらいには勉強が嫌いだけど、目的のためには仕方ない。
脳が認識できないだろうけど、無駄にはなるまい。
たぶん。
…さっきセクハラしたときに攻撃してきたことからも、起きているようだし。
◆
体育の時間。
「よし!では今から我々紅魔族にとって重要な名乗りについて実演する!我ら紅魔族の戦闘には華が必要だ!先生の名乗りをよく見て各々参考にしてくれ!」
『コール・オブ・サンダーストームッ!』
先生が何かの魔法を唱えると、雨雲から青白い雷光が見え隠れし始め、不自然な風が吹き荒れ始める。
「我が名はぷっちん。アークウィザードにして、上級魔法を操る者…やがて校長の座に座る者!」
そして、担任の声と共に、一際大きな落雷が起こった。
稲光を背に動きを止めた担任に、クラスメイトたちが一斉にわく。
「「「カッコいい!」」」
どうやら琴線に触れたらしい。
ゆんゆんだけが恥ずかしそうに顔を覆っているが、たぶん賛成多数的にこれがスタンダードなのだろう。
これが民主主義か。
紅いのに。
≪………!…………!?≫
「……。せんせー。今のってなんの魔法ですか?」
「今のは天候を変える魔法のひとつだな。他にも天候を晴れにするコール・オブ・サンシャインなんかがあるぞ!」
おお、狭間の地にはなかった魔法だ。
やっぱり学校に入ってよかったな。
いいなぁ。
この魔法があれば、雨の日に火属性が弱まったり、雷に弱くなったりと、属性が鬱陶しいことになる天候も思いのままだ。
それに水を操れる魔法というのも素晴らしい。
魔法の基本5属性みたいなの中で火と雷と土しか狭間の地には存在していなかったしな。
ぜひ、『水のないところでこれほどの水の魔法を…!?』とかやってみたい。
「先生ー!雨が、雨がすごいんですけど!土砂降りにもほどがあるので止めてください!」
「校長先生が大事に育てていた、花壇のチューリップが流されてますよ!」
「先生もしかして演出しか考えてなかったんですか!?」
◆
結局雨は止むことがなく、その対応に全教師が当てられることになったため、今日の授業は残りのすべてが自習となった。
先程校内放送によれば、邪神のせいにして担任は自分の罪を隠蔽したらしい。
本当にろくでもないなあの先生。
最高かよ。
「はー…この学校、カーリアに比べればずいぶんまともですねぇ…」
誰もいない教室で、僕は拳大の鉱石に向かって話しかけていた。
これは別に、僕の頭がおかしくなったとかそういうわけではない。
「というか人前で興奮して暴れるのやめてくださいよ師匠。ごまかすの大変なんですからね」
≪ふん…そうは言うがな。私とて自分の体臭が染み付いた物を臭いと言われればキレるし、見たこともない魔法を知りたいという欲求も押さえられないのは仕方ないとは思わないか?≫
この鉱石は原輝石と言って、僕の頭ではよくわからないけど概ね魂が結晶化したものという理解でいいらしい。
その原輝石を肉体を埋め込むことで擬似的な不死を実現しているのが師匠であり、その技術によって燃え盛っているのに死ねない肉体という檻から僕を救い出してくれた恩人でもある。
師匠ほどの実力になれば自分が乗っ取った肉体を、元の自分の見た目に上書きすることもできるらしいが、僕はただ師匠の手で写し変えられただけなので、見た目はもう面影すらない。
だから僕が鉱石に話しかける精神異常者というわけではなく、ちゃんと人格のある相手と話をしているというわけだ。
「その欲求のせいでボールになったのに懲りませんねぇ…」
師匠は一度、魔術の知識の深奥を求めちゃったその先で魔術球という…まぁ人面ボールみたいな物体に成り果ててしまったことがある。
そのボール状態から原輝石の刃で必死に師匠のそれを探し当てるのはなかなか大変だった。
あの日僕は。
いやそれよりももっと前。
師匠に出会ったその日から、僕は道を踏み外したのだろう。
◆
『あ゛あ゛あ゛あ゛…がぁぁあああ…!』
僕は燃えていた。
原因は恐らく、巨人の火だ。
そしてもっと根本的な話をするのなら、僕が巨人の遠い末裔で、火の巨人を彼が抱えていた呪いすらも喰らい尽くすことで倒してしまったからなのだろう。
僕は巨人の火の番人の役割を受け継ぎ、ついでと言わんばかりに巨人の火の釜の役割まで押し付けられてしまっていた。
苦しかった。
熱かった。
死にたくなった。
だが燃え盛る体とは対象的に、心が急速に冷えていく。
…これは罰だ。
だって僕は、メリナさんが命を懸けて黄金樹を焼いてくれたというのに、なんの罪悪感もわかないのだから。
むしろ、置いてかれたことへの僅かばかりの怒りすらあった。
そんなとき、僕が≪この世界に来てメリナさんよりも早く出会った≫師匠…魔女のセレンが僕の側に現れた。
『ひどい有り様だな。あの女に裏切られたのか?』
『なんだ違うのか。だがどのみち死別したらしい…』
『そして、お前は自分の苦しみだけで罪悪感を覚えてない自分に驚いている、と。分かりやすいなバカ弟子』
『なに、自然なことだ。難しく考えることはない。死んだやつらは善人でお前が悪人だった』
『善と悪は交わらない。だからお前だけが取り残されたし、罪悪感を覚えてないのさ』
そう、それは文字通りの殺し文句。
これまでの自分を殺してしまうほどの、堕落へと誘う魅惑の囁き。
『私がその苦しみしか生まない肉体から解放してやろう。私と共に来い』
あるいは、苦しみの先で自分の答えを見つけていたなら惑わされることもなかったかもしれない。
だがその言葉は、苦しみで壊れかけの僕が縋るには十分な魔力を秘めていた。
───師匠は…いなくならない…?
『ああ。私は悪い人間だからな。最後までお前と共にいるさ』
『あるいは私だけが、お前と共に歩めるのかもしれないな…』
そこには、どす黒い独占欲と支配欲がにじみ出していた。
それでも。
それでも僕を置いていかないでいてくれるのなら。
『ふふ…では、ようこそ。外道の世界へ。歓迎するよ、バカ弟子』
僕の心臓を、歪な刃が貫いた。
『───これでお前は私だけのものだ』
意識が途絶える寸前、甘い痺れに身を震わせるように師匠がなにかを呟いたような気がした。
◆
女は、少年の体からえぐり出した原輝石をうっとりしたように頬擦りした。
「はぁ…予想通りお前の魂は美しい。出会った頃は真っ白だったが、今や美しい血の色だ。鮮やかで、危険な光を帯びていて…ふふ…」
原輝石には本人が持つ資質によって様々な色を見せる。
普通なら、色の混じった複雑な輝きを持つものだが、少年から取り出したそれは、見る者に恐怖すら与えるほど鮮やかな赤一色。
それこそが、魔女が求めていたものだった。
「実のところ、お前のその性格は初めからそうだったわけじゃない」
「単に私が。善良で前途有望な少年を歪めたらどうなるのか見てみたくなって、そういう教育を施したからに他ならない」
もしセレンよりも早く善人であるメリナと出会えていたなら、歪むことなく真っ当な関係をメリナと互いに紡いで、魔女なんかにたぶらかされることはなかっただろう。
世界を救う事すらできたかもしれない。
「くく…気づいているのだろう?お前がそうなったのは私のせいだ。それでも、お前は私に生涯を捧げるのだろう。お前にはもう私しかいないのだから」
だが、それはたらればの話だ。
ワイン樽に一滴の毒薬を垂らすだけで全てが台無しになるように。
たった一滴の毒で汚れてしまうほどのの純白を支配したい、欲しいと思ったセレンが少しずつ自分好みに教育を施したことで、少年は魔女の手中に落ちた。
「くふふ…ふふふ」
「もし火の試練を乗り越えていたら、それはそれで美しい灯火のような色になったのだろうが…」
空に透かして見れば、そこには清んだ色は存在していない。
「私がお前の色を染め上げたと思うと素晴らしい気持ちだ。穢れたお前を、私だけが愛してやる」
「お前は私のものだ。一生な」
女は最後に、宝石に口づけを落とすと。
ファルムアズラから立ち去った。
◆
とまぁそんな感じで、歪な一蓮托生となってしまった僕たちは途中、僕の体を適当な学徒に埋めこんだせいで見た目が変わってしまったり、師匠がボールになるというイベントを乗り越え、今は師匠の体を探すべく外の世界にやって来ていた。
もし、あのまま燃えていたらどうなったのだろう。
もしかしたらどんな道をたどったか知らないけど、同じように僕はこっちに来たりするのだろうか。
だけど少なくとも、こんなに早く来ることはなかっただろう。
────だって僕たちは、僕という枷を失いあっという間に狭間の地を焼き尽くした巨人の火から、逃げるようにこちらの世界に来たのだから。
はい。
最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
後半はいつもと少しテイストを変えてみました。
実は時系列がずれたのも、もしめぐ②でラニ様に会ったことをプラスマイナスで言えばマイナス等言ったりしていたのにも、全部理由がありました。
そうですね。
師匠がねっとりじっくり洗脳…もとい教育を施したからです。
魔術の才能がなかったのではなく、そもそも魔術を教えてもらっていなかった、という。
そうして純朴な少年は、正史で姉となった相手をただのさん付けで呼ぶ関係となり、普通に好感度が足りなかったので『エルデの王になって♡』と原作通りに黄金樹を燃やされました。
そして師匠が傷心に漬け込んで完全に落としたことで、主人公の苦難が大方スキップ。
狭間の地は滅んで早めに外の世界にやって来ました。
そんな感じです。
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