このハザ   作:ひつまぶし太郎

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後編です。
結構難産でした。
長い過去パートは今回で終わりです。
エルデンリング未プレイの方は、狂い火イベントのムービーをご覧になってからの方がロケーションが分かりやすいかと思われます。

作者の文章力が足りないので、読者の皆様におかれましては何か感動的な曲をセルフで流しながらお楽しみください。
おすすめは『裸の勇者』です。



第二十三話。“はじまりの記憶・後編#”

 

 

以前来たところよりも先。

忌み捨ての地下ダンジョンでさんざん迷いながらたどり着いた大聖堂。

そこからさらに殺意しかないアスレチックを落下していった先にいたのは、見知った顔だった。

 

ハイータと名乗る盲目の女性だ。

彼女は、指巫女として他人から目を捧げられ、それをブドウだと思って食べるということを繰り返していた。

…嘘じゃない。

これは本当にあった怖い話だ。

 

だから正直関り合いになりたくはない。

何故なら彼女が所属する狂い火という陣営は、ブドウ以外にも死体を乗っ取ったりするイカれ集団だからだ。

死んだはずの男の体で宗教勧誘してきたときは、思わず気持ち悪すぎて一撃成仏させてしまった。

 

というか目を捧げると言うのがまず気持ち悪い。

特殊性癖過ぎる。

別に性癖は自由にしたらいいが、彼女へのブドウの差し入れとか言う目玉を口に運ぶプレイを強要されたせいで、僕の印象はマイナスだ。

しかもこのハイータさんにブドウの正体を教えたらゲロを顔面にぶっかけられたし。

 

 

…よし帰ろう。

この薄暗い石造りの広場にあるのは一つの大きな扉だけなので、目下出口と思われるのはそこだけだ。

扉にたどり着くには彼女の横を通り抜ける必要があるが、忍び歩きで行こう。

 

 

「…ああ、貴方も、ここに至ったのですね」

 

 

「うげぇ…」

 

 

抜き足差し足で横を通り抜けようとしたのに、見つかってしまった。

て言うか扉の向こうからろくでもない存在の雰囲気しか感じないのだけど、まさかここはゴールじゃないのだろうか。

道を間違えたか、ラニ様の狙いが端からこの人との対話だったか。

普通に前者だよな、うん。

 

 

「…話す度に感じていました。私は巫女、そして貴方はきっと、王になると。すべてを脱ぎ捨て、この先の扉に向かってください。きっと扉は開き、三本指様が貴方を迎えるでしょう。…そしてどうか混沌の火が、貴方に宿らんことを」

 

 

三本指?

 

 

「いや、帰りたいだけだから宗教勧誘なら他所でやってくれない?ちょっと何言ってるか分からないし…」

 

 

「勧誘などと、下世話な言い方はやめてください」

 

 

僕の言い方にムッとしたように頬を膨らませる姿は、場違いなくらいにあどけない。

面倒くさくなって通りすぎようとしたところ、ハイータがしなだれかかってくる。

 

華奢な体から漂う甘い微香が鼻をくすぐり、彼女は娼婦のように僕の首に手を回してくる。

 

 

「誰かの犠牲で存続する世界など、クソだと思いませんか?」

 

 

「…そうだな。それは僕もそう思うよ、本当に」

 

 

世界を救うためには巫女を犠牲にしなければならない不条理も。

運命の死を封じ込め、魂を記録して、停滞という名の永遠を実現する黄金樹も。

大いなる意思とかいう見たこともない相手の言いなりになる全てがクソだ。

 

出来るなら、すべてぶち壊して台無しにしてやりたいと、そう思う。

 

僕の意思に感応したのか、扉の向こうから何者かの意思が流れ込んでくる。

 

 

“…すべては、大きなひとつから分かたれた。分かたれ、産まれ、心を持った。けれどそれは、大いなる意志の過ちだった。苦痛、絶望、そして呪い。あらゆる罪と苦しみ。それらはみな、過ちにより生じた。

だから、戻さなくてはならない。

混沌の黄色い火で、何もかもを焼き溶かし。すべてを、大きなひとつに…”

 

 

…どうやら三本指とやらは、名前の通り二本指と近い存在らしい。

合わせて五本、人間のお手々の出来上がりってか?

ふざけた話だ。

 

 

「はは…過ちね。まぁ確かに、世界が自分の思い通りになることなんて僅かだけで、歩いてきた道を振り返ったら取り零した物たちで溢れてるもんな」

 

 

言いたいことは分かる。

理解できる。

彼女が同じく痛みを持つ人間だからなのか、聞きたくないという僕の心に反して、言葉が入ってくる。

 

屈してしまいたい。

この大いなる意思に、彼女の甘い囁きに負けて、全てを終わりにすれば、どれ程楽なのだろう。

現に、狭間の地を異界足らしめる要素を破壊するのはそれほど難しくなかった。

 

治すより、壊す方が楽。

なら、世界を救うよりもいっそ。

 

 

「さぁ、私たちと一緒になりましょう。苦しみのない世界に私たちでしましょう。貴方はもう苦しむ必要はない。私が包み、三本指様が導いてくれます」

 

 

彼女に言われるまま、自分で考えることをやめてしまえば。

メリナ姉さんを奪ったこの世界を、僕は───

 

 

「…あっつ!?」

 

 

だが、そんな意思をはね除けるように短剣が熱を帯び始めた。

僕の内側で暴れ回る炎よりも熱く、目の前にちらつく黄色よりも美しい金色が輝き始める。

 

それは灯火だ。

暗い暗闇で、道を照らす暖かな光。

 

 

「声……?」

 

 

そして、短剣から声が聞こえた気がした僕の意識は、唐突に何処かへと引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

───目の前に、見覚えのある人影があった。

 

 

貴方にずっと言えなかったことがある。

 

私が母に託された火の幻視。

それと一緒に、託された予言があった。

それは未来で狭間の地が滅びる光景。

それも一人の少年が、炎を振り撒く世界の終わり。

 

そう。

その少年こそが災いの狼の名前を背負った貴方だった。

 

だから、初めて祝福の横で眠りについていた幼い貴方を見つけたとき、起こさないように後ろ手にナイフを隠して近付いた。

 

何てことはない。

寝ているあなたの首を割いて、さらに心臓にナイフを突き立てる。

それだけで容易く殺せる、そう思っていた。

 

だけど、出来なかった。

気づけば私は貴方を抱き締めていたから。

 

貴方が泣きながら寝ていたから?

まだ五歳の子供だったから?

 

その答えを、私は持ち合わせていない。

貴方を一目見たその時に、私は自分の半身を見つけたような気さへしたのは、私に宿る予言のせいかもしれない。

 

貴方は純粋だった。

ともすれば簡単に悪に染められてしまうと確信できるほど。

 

まだ罪を犯していない貴方を、殺すのはまだ早い。

そう自分に言い聞かせて、私は貴方と契約した。

 

 

───その邂逅を僕は覚えている。

 

 

『ねえ貴方。私の弟にならない?』

 

 

『ちょっとなにいってるかわからないですね…。人の寝込みを襲う不審者さん』

 

 

『あなたは私よりも年下。違う?』

 

 

『…そうですね、あなたがホムンクルスとかで実はついさっき生まれたとかでなければ』

 

 

『だからあなたは私の弟』

 

 

『ちょっと聞いたことないくらいの暴論が来たな?』

 

 

『もう一度聞く。貴方、私の弟にならない?』

 

 

───泣きたいくらい懐かしい記憶だ。

 

 

貴方とはこの狭いようで広い狭間の地をたくさん旅をした。

 

残酷な結末を見届けたこともある。

美しい星空の下でずっと身を寄せあっていたこともある。

雨の中、二人で雨宿りできる場所を求めて必死に走ったり、空腹で限界が来て落ちてるキノコを食べて、幻覚の中で意味不明な歌を歌いながら踊り明かしたこともあった。

 

そんな思い出があるから私はこの世界が好き。

人より少ないかもしれない思い出だけで、私は胸を張ってそう言える。

だけど、世界を貴方が背負う必要はないの。

 

…でもきっと貴方は私のために、なんて頑張っちゃうんでしょうね。

 

旅をするなかで私は気付いた。

気付いてしまった。

自惚れでもなんでもなく、貴方が世界を滅ぼすとしたら、私のためなんだ。

 

貴方は優しい。

いっそ悲痛なほどに、優しすぎる。

そんな貴方が世界を存続させるために、親しい相手の犠牲が必要だと知ったら?

 

…ただ二人で、閉じた世界で先に進まず、互いに慰め合う退廃的な終わりも悪くはないけど。

この停滞した世界で、腐っていくつもりがないのなら、例え痛みを伴っても時計の針を進めなくてはいけない。

 

だから、私は短剣に思いを込めて貴方のことをよく知る人にこれを託します。

 

きっと死に際に私が残した言葉は、どれだけ頑張っても貴方を縛るから。

貴方を縛る罪悪感を断ち切るために、この短剣を残していきます。

 

 

───視界が熱した飴のように歪む。

 

 

『あんたは、あんたの正しいと思うことを、やり遂げればいいのさ』だってさ。

あのお婆ちゃんはいつだって、欲しい言葉をくれるわね。

 

 

ねえ、ヴァン。

貴方は幸せになっていい。

私は私が正しいと思うことをやっただけ。

それで貴方が傷ついたのは私のせい。

だから、私なんかのために頑張る必要なんてないの。

 

貴方は十分苦しんだ。

全てを真正面から受け止めて、傷つく時間はもうお終い。

世界から与えられた役目なんて捨てて、私が生きていた頃みたいに、しょうもない下ネタで笑いながら、誰かと一緒に旅をしていいの。

 

それでも迷うなら、そうね。

世界なんて片手間に救っちゃえばいい。

簡単よ、なんてことないわ。

だって貴方は、私の自慢の弟なんだから。

 

 

───心に、勇気が灯る。

 

 

ふふ。

そんなわけないって思う?

大丈夫。

お姉ちゃんを信じなさい。

笑顔のあなたは、誰にも負けない。

世界にも、ドラゴンにも、貴方にだって。

 

だから大丈夫。

あなたは、正しいと思ったことをすればいい。

それだけで、あなたはどこにだってたどり着ける。

 

 

ねぇ、ヴァン。

あなたのしたいことはなに?

 

 

 

───世界が暗転する。

 

浸っていたいほど光に満ちた灯火の夢から、過酷な闇に包まれた現実へ。

 

光の世界から飛び出す瞬間、『行ってらっしゃい』と、そんな声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

「迷っていますか?でも普通のことなのです。誰だって苦しみたくない。誰だって傷付きたくない。人々は辛い現世の理由を求め、それでも救いはなく。世界は当たり前のように続いていく。…何故なら、この世界そのものが間違いだから!」

 

 

どうやら、演説中に眠ってしまっていたらしい。

目元を伝う滴は、ずいぶんと懐かしい感覚だ。

泣けるような心がまだ残っていたなんて。

 

…それにしてもずいぶんと都合のいい夢を見ていた。

いや、手元で黄金に輝く使命の刃の熱的に夢ではないのか。

 

わからないけど、いい気分だった。

今なら何でも出来る気がした。

 

 

「だから、貴方。あらゆる罪と苦しみを焼き溶かす混沌の王におなりください。もう誰も分かたれず、産まれぬように…」

 

 

「嫌だね。断る」

 

 

答えだけでなく、体の方も突き放す。

軽くよろめいたあとに壁に手をつきこちらの方へと体を向けてくるハイータは、僕の答えが心底理解出来なかったのか、首をかしげている。

 

 

「…なぜ?貴方も苦しんだはずです。傷ついたはずです。貴方は他人の痛みがわかるお人でしょう?私の言うブドウが彼らの目だと知っていても、願いに答えるために差し出してくれたのですから」

 

 

「なんでだろうな、僕にももう分からねえよ」

 

 

 

一つ目は契約だった。

使命を帯びた彼女を、黄金樹まで連れていく、そんな契約。

黄金樹に行くということがどう言うことなのか、それほど深くは考えていなかった。

 

 

二つ目は望郷だった。

何も知らないままに突然拉致されたし、家族に会いたかったから。

王になることで帰れるのなら、それで良かった。

 

 

三つ目は憧れだ。

物語の勇者みたいに、僕も完膚なきまでに世界を救ってみたいと、そう思った。

 

 

四つ目は贖罪だ。

僕なんかのために本当にやりたいことを投げ捨てて命を賭した女性の献身に報いるためだ。

 

 

そして、今。

友人すらも手にかけ、それでも前に進んできた僕は。

世界を滅ぼそうとする意思を前に何を思うのか。

 

 

「僕を愛してくれた人がいたからさ、嫌いになれないんだよ。…ひどい話だよな。八つ当たりで世界を滅ぼしたいって気持ちよりも、残酷で、苦しくて、それでも美しい世界のことが好きだって気持ちが大きいんだ」

 

 

「愛してくれた相手を犠牲にしても、救う価値があると?」

 

 

「思い出したんだ、僕の最初の願いを」

 

 

「願い…?」

 

 

何度やり直しを願ったことかわからない。

後悔してもしたりない。

血と傷と屍で、僕の道は築き上げられている。

 

 

「それでも決めたんだ。僕がやりたいからやるんだ」

 

 

罪悪感からじゃない。

心の底から、たとえ僕が何度も死んだとしても、愛しい人が愛した世界を救えるならそれでいいと思った。  

僕のために命を懸けてくれた人のために、命を懸けるくらい訳ないと笑ったはずだ。

 

なら、笑え。

はじまりと同じように。

 

 

「楽勝なんだよ、世界。大人しく無様に救われてろよ」

 

 

短剣を振り抜いた瞬間に、黄金の炎が走り抜け、重たい石の扉を食い破る。

その先にいた黄色の炎を纏った三本の指が蠢いて、僕に別の力を授けて支配しようとしてくるが、既に僕の体は巨人の火で満員だ。

 

黄色の炎を、今度は紅蓮の炎が打ち払う。

 

 

「壊れかけで、既に破綻した世界のくせに犠牲を許容出来ないなんて泣き言、僕はもう言わないし聞いてやらねえ」

 

 

不出来な永遠に終わりの火を。

閉じた世界に始まりの火を。

 

 

「退けよ、過去の遺物。僕が正しいと思ったことのために、お前を踏み越えて先に進むぞ」

 

 

手始めに、目の前の気持ち悪い三本指を燃やしていこう。

 

 

「僕が王だ。止めたきゃ殺してみせろ。全て捩じ伏せてやるけどな───ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい記憶だ。

 

もうあれも二年以上前の話か。

王になってから忙しすぎて若干時期があやふやだけど。

結局、あの邂逅はラニ様が魔術で僕の行き先を多少コントロールした結果らしく、三本指を消し飛ばしたあともう一度探索し直した結果、今度は普通に迷うことなく別のダンジョンを発見。

 

地上へと戻ることが出来た。

 

 

「…さて、休憩は終わりだ」

 

 

火を起こせ。

灯火を掲げろ。

 

封印?拘束?

そんなもの、食い破って見せろ。

 

お前は巨人の火。

あのマリカが諦めた不滅の炎だろう?

 

 

「───焼き尽くせ。いつまでも寝てんじゃねぇ!」

 

 

暗闇を巨人の火が凪ぎ払い、視界が晴れる。

 

 

うん大丈夫だ。

僕の眼は、今日もちゃんと世界を見つめれている。

妄執を振り払い、覚悟を持って。

 

僕はまだ、生きている。

 

 




今回も最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

元々はメリナさんをメインヒロインにしようかと考えていたのもあって、結構頑張ってみました。
本当は実はメリナさん生きてましたよというご都合展開も考えてはいたのですが、人の生き死にだけは原作のままに行こうという意思のもと、こんな形になりました。
決して主人公には傷を抱えて生きていて欲しいとか、たくさん手にかけたんだから素直に幸せになれるわけないだろ!とか考えたからではないです。
はい。


最後に、もうすぐ最終回を迎える拙作に評価や感想、ここすき等頂けると嬉しいです。
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