クライマックスです。
扉を蹴り破ったその先。
勇者を迎え入れ、そこで戦闘を繰り広げることが想定された広間にたどり着く。
その大きな広間に、王が一人。
魔王はただの大柄の老人と聞いていたが、黒い霧をうっすらと纏って、背中から不揃いな翼が生えていたり下半身が異形となっていたりと、いかにもな見た目をしている。
「初めましてだ、魔王」
城を上がってきた僕たちを見て、魔王は疲れたようなため息をついた。
重いため息だ。
長年の疲れが出たような、そんな切実さが滲んでいた。
「まさかあの拘束を抜けてくるとはな。何か未練でもあったか?」
「そりゃもう色々。この不便なんだか便利なんだかわからない体を治したいし、ご主人様の元に帰らないとだし、やり直した仕事もある」
「ほう、仕事とな。ちなみに我は人類を滅ぼす仕事を生業にしているが、貴様はどうだ?」
「世界を救うだけの簡単なお仕事くらいかな」
剣を肩に乗せて、威嚇するように炎を纏った僕は笑う。
「ふっ…聞き飽きるほど耳にした勇者の蛮勇の咆哮はいつだって心地いい」
火の粉と熱気を前にして、それに応えるように魔王は笑う。
「だが、その囀りもいつだってここで途絶える。ここが終着点だ。気高き心も、奮い立たせる勇気も、魔王の前には全て無意味と知れ───ッ!」
「途絶えさせねえよ、世界も、命も。何故なら、僕が守るからだ───ッ!」
魔王の体から尋常ではない漆黒の波動が吹き荒れ、それを迎え撃つように紅蓮の炎が雄叫びをあげる。
「来ます!」
「全員下がれ、攻撃は全て私が防いで見せる!何せ、私は世界で一番硬い女らしいからな!」
ダクネスさんが一歩前に出て、めぐみんが杖を構える。
そんな二人を見て、カズマがちゅんちゅん丸を腰から引き抜いた。
「ああくそ!どいつもこいつもカッコつけやがって!生き残ることだけを考えろよ、お前ら!」
「どこまでもちょっと後ろ向きな発言!さすがよ、カズマッ!いつもの姑息さであのふんぞり返ってる気持ち悪いおじさんをぶっとばしてやりなさい!」
「お前を先にぶっとばすよ?」
冒険者は、全員が笑顔で魔王へと挑みかかった。
◆
「足りぬ足りぬ、力が足りぬわ!気迫だけか?冒険者共!」
「そうか?そのわりに苦しそうじゃないかっ!?」
状況は決していいとは言えなかった。
異形の巨漢から放たれる一撃は、衰えているという前評判を覆す重さがあった。
本人もその力を振るい慣れていないのか、洗練さも欠片もない力任せな蹂躙だ。
手を振り上げて腕を薙ぐ。
それだけで、防具が砕ける。
地面が抉れて、暴風が吹き荒れる。
小柄なめぐみんやステータスが貧弱なカズマさんは、近づくことすらできない。
だが、ダクネスさんの揺るがない背中が何よりも頼もしい。
「『ハイネスヒール』!」
魔王の一撃で壁にめり込んだ状態から、魔王に向けて無理矢理炎の力でぶっ飛んで接近する僕の体を呪いではない力が癒す。
「ありがとうございますアクア様!」
「───狙撃!」
僕を叩き落とそうとした魔王の手を、カズマさんの矢が弾く。
そのできた大きな隙に、炎で加速した踵落としを振り下ろすも今度は黒い霧に阻まれる。
本来なら鋼鉄すら砕く蹴りが、防がれた事に、思わず舌打ちが漏れる。
「だあああ、うぜえ!」
カズマさんレベルの幸運から放たれる、針の穴に糸を通すような狙撃でないと隙間を抜けれない高密度の魔力の霧。
マナタイトを利用しためぐみんの速射爆裂魔法で霧を吹き飛ばすこともできるが、その場合巻き込まれないようにこちらも離れる必要があり、近づく頃には再び展開され直している最強の盾だ。
「『カースド・ライトニング』ッ!」
「ヴァン、下がれ!」
それに加えてこれだ。
詠唱なしで放たれる雷の弾幕。
一撃ではない。
たった一言で、魔王が纏う黒い霧が無数の黒い雷となって暴虐を尽くす。
雑に横に振り抜かれた右腕に合わせて、一条の雷霆が鞭となって戦場が焼き払われる。
「『カースド・ライトニング』『カースド・ライトニング』『カースド・ライトニング』」
「バカみたいに連発してんじゃねえ!」
雷は速い。
閃いたと思ったときには、既に被弾している。
瞬く稲光は、紅魔族が好んで使うだけある最優の魔法の一つだ。
それに雷は、痛みを感じない僕の動きすらも阻害する。
水でも防げない。
あまりにも最適解。
相手はたった一人だというのに、雷の嵐がそのハンデを覆す。
…否。
これは、孤独ゆえの力だ。
回りに味方がいない故の最強の形だ。
出鱈目な魔法の行使を前に、僕らは成す術がない。
「デコイ…!」
「『ヒール』『ヒール』『ヒール』ッ!」
ダクネスさんが雷の軌道を自分に誘導し、アクア様が発動速度重視で最上級ではなく、普通の回復魔法を連発する。
本当にこの二人がいなかったら、僕らはもうこの世にはいないだろう。
「『エクスプロージョン』ッ!」
最強による暴虐を、別の最強がねじ伏せる。
魔法のぶつかり合いで、一時的に無風状態とも呼べる空間ができ上がる。
その隙を逃がさず、僕は駆け出す。
「はあッ!」
全体重を乗せたロングソードの突き。
神殺しを目指して一人の鍛冶師が鍛え上げた剣の一撃は、魔王が背中から抜いた大剣で容易く防がれる。
それに動きを止めることなく、更なる追撃を繰り出すが、防御される。
滑るようにして背後に回るも、今度はなんの尻尾かもわからない異形の横凪ぎで宙に浮かされる。
「『ライトニング』ッ!」
僕の隙を埋めるように放たれたカズマさんの中級魔法が、魔王の不揃いな翼に弾かれる。
「温い」
届かない。
あらゆるすべてが魔王に届く前に、すべて叩き落とされる。
それは、霧がなくても魔王に有効打を与えられないという致命的な絶望。
そして。
霧が戻る。
「『カースド・ライトニング』」
だが、その程度で僕が諦めると思ったのなら大間違いだ。
逃げ場などない雷の嵐を、ロングソードを投げることで避雷針にして無理矢理隙間を作り上げて、バックステップ。
地に伏せて、カズマさんを抱えてダクネスさんのところまで退避しきる。
「不思議か?我がここまでの力を振るえるのが。どうせバニル辺りに聞いているのだろう?我の本領は仲間の強化、本人は衰えて引退の準備をしている、と」
「なんだ?老人特有の自分語りか?」
「それは事実だ。これは我の力ではないが、本領を発揮しているだけだ。冥土の土産に教えてやる」
僕の茶々を無視して、魔王は語る。
それは慈悲か、あるいは僕たちの心を折るための最後通告か。
「シルビアを覚えているか?あやつはグロウキメラでな。通常なら複数のモンスターの特徴を持つだけのキメラ種において、唯一他を取り込むという能力を持っていた」
「だから繋ぎにした?」
「なんだ、気付いていたのか。そうだ。我はシルビアの死体を再利用した。そして、貴様が殺した魔王城の精鋭たちを取り込んだ姿が今の我だ」
魔王は異形の体を見せつけるように、身じろぎする。
その体は、夥しい数の生命の残滓がぐちゃぐちゃに一纏めにされていた。
「お主の捕獲作戦で死んだ最古参の堕天使であり魔術師のルシファー、竜、悪魔、ハーピー、オーガ、虎、クラーケン、ヒュドラ。取り込んだ総数は千。貴様らが相対しているのはたった千だ」
───死体だとしても、仲間は仲間。
仲間の強化をする力を持つ魔王は、間接的に自分を強化する術を手に入れた、と。
…僕のせいじゃないですかヤダー!
「特にルシファーは死後も契約が生きていてな?この身はこの城を離れられないが、魔界からほぼ永続で魔力が供給されるし、生半可な傷なら即座に回復する。本人ではないから致命傷は無理だがな」
出たよ。
まただよ。
再生怪人は反則だろ。
もう王都での悪魔との戦闘でうんざりなんですけど。
「なに。簡単な仕事だろう?特にそこの灰髪の小僧。貴様は必ず殺す。もう不死身の心臓とかどうでもいい。お前だけは…!お前だけは許さん!由緒正しい魔王城を穴だらけにしやがって!ぶっ殺してやる!!」
私怨じゃねえか。
「冥土の土産話は終わったか?そういうの、敗北フラグって言うんだぜお爺ちゃん!」
「いい加減、口だけの強がりは聞き飽きたぞ!口だけでないのなら傷の一つでもつけてみせろ!」
◆
「…おい、アクア。あれが術ならデストロイヤーの結界の時みたいにどうにかできないか?」
「うーんどうかしら。今の魔王って、色々取り込んだ影響でかなりいろんな魔法でごちゃついてるから…魔王と死体を繋いでる魔法をピンポイントで解除できるかはわからないわね」
「確率としてはどれくらいだ?」
「そんなのやってみないとわからないわよ」
カズマさんとアクア様が今の情報を元に話し合っている間、僕とダクネスさん、めぐみんは魔王へと猛攻を仕掛けていた。
ダクネスさんを盾にした爆裂攻撃、ダクネスさんを盾にした巨人の火による攻撃。
とにかく視界を塞ぐように大きな魔法を繰り返す。
「一か八かか…くっそー!こんな部の悪い賭け柄じゃないってのに!」
「でもなんだかんだで最後には必ずなんとかしてくれる事も知ってるわよ?」
「………」
あ、カズマさんがアクア様の真っ直ぐな目に照れてやがる。
ダクネスさんとめぐみんは、嬉しそうだ。
僕はそんな暖かな景色を尻目に、魔王と剣による攻防を繰り広げていた。
魔王が魔法を使う余裕すらない至近距離でのインファイト。
僕を挽き肉にするために振り下ろされた身の丈以上の大剣の側面をヒーターシールドで叩き、剃らす。
魔王が一度で体勢を崩すことなど期待していない。
ただ安全地帯を作り出すためだけのパリィ。
空気が裂け、その余波で左腕がズタズタになるのに構わず反撃。
使い慣れたロングソードではない、使命の刃による速度と手数の連撃を叩き込む。
攻撃と共に刻まれる閃きは、吸い込まれるように魔王の体へと殺到する。
そのすべてを大剣、尾、羽、腕がことごとくを防御するも、構わない。
僕がしなければならないのは、時間稼ぎだ。
「……しょうがねえなぁ…!アクア、やっちまえ!」
「ふふん!女神の私に任せなさい!『セイクリッド・ブレイクスペル』!!!」
邪悪を咎める女神の一撃が、魔王へと襲い掛かった。
◆
アクア様の一撃が解除したのは魔王とシルビアを繋ぐ魔法ではなかった。
では、状況は変わらなかったか?
いいや変わった。
アクア様の魔法が無力化したのは、キメラと最強の魔術師の繋がり。
魔王から一つの最強が失われた。
「付け上がるな、たかが範囲攻撃を封じた程度で───ッ!」
確かに依然魔王は変わらずそこに立っている。
堅牢な魔力の霧は健在で、異形の体から繰り出される暴力は衰えていない。
だが、それだけだ。
単体攻撃しかできない相手など、どれ程強くてもダクネスさんの防御を抜けない以上人数差は覆せない。
こちらに、攻撃を溜める隙が出来る。
「冥土の土産に教えてやるよ、魔王。僕は訳あって、全力全開の一撃は一回しか許されてなかったんだ」
「何を言っている?」
「それに、五人に勝てるわけないだろ?」
自分の瞳から溢れ落ちてきた炎を、僕は自分自身の体と使命の刃の両方へと収束させていく。
普段は限界を越えた身体強化にのみ使用しているエンチャント。
効果は単純で、自壊するほどの力の増幅。
レベルが低かった頃は自爆するしかなかった出力。
単純ゆえに暴力的なその力が、体をひび割れさせ、短剣を両手で無理矢理押さえ込まないといけないほど猛らせる。
───姿勢を低く、地に伏せ、力を溜める突撃の前傾姿勢で構える。
かつてこの炎は僕の孤独の証だった。
世界と自分を隔てる絶対的な壁。
痛みを拒絶して、悼みを受け入れたくなくて、鈍感な振りをすることでこの炎以外全てを感じなくなった。
それが必要だったから。
それ以外必要ないと思ったから。
相変わらず、僕の感覚は閉じたままだ。
だけど僕はもう、一人じゃない。
否。
はじまりのあの日から、僕はずっと独りじゃなかった。
「その様な隙を見逃すと思うかッ!」
「デコイ」
隙だらけの僕に向けて放たれた一撃をダクネスさんが遮る。
「『エクスプロージョン』ッ!」
めぐみんの爆裂魔法が、魔王が纏う黒い魔力の霧を吹き飛ばす。
「狙撃!」
魔王の瞳を、幸運の矢が貫いて一時的なスタンを強制的に付与する。
「『ブレッシング』!」
祝福が、授けられる。
「何よりも分かりやすい悪でありがとう。躊躇いを捨てられるほど、王として理想でいてくれて助かった。…だから、もう。終幕にしよう」
部下の死体を自分の力へと変える覚悟。
力こそ正義と定義して、君臨する在り方。
人類を脅かす、分かりやすい滅びの象徴。
その全てが、敬意を抱くに十分な王の故だ。
だからこそ全力で挑める。
「魔王ぉぉぉぉおおおおおおお!!」
仲間に後押しされるように、僕は発走する。
「来い、冒険者っ!!!!」
気炎と共に踏み出された一歩は、音を置き去りにした。
空間が裂けたと錯覚するほどのスパーク。
限界を引き千切る疾走を、スタンから回復した魔王が大剣を大上段に構えることで迎え撃とうとしているのが見える。
今から僕が飛び込む場所は断頭台となった。
関係ない。
───黄金の疾風が駆け抜ける。
引き伸ばされた一瞬の中で、予定調和のように魔王の大剣が振り下ろされる。
だが、僕の方が速い。
首を断たれるよりも速く、一閃する。
全身に纏った炎と短剣に込められた黄金を、ただ一振りの大斬撃として放った一撃必殺が魔王を真正面から破壊し尽くす。
───刹那の交差。
その大驀進の軌跡を遅れて理解した世界が、特大の悲鳴を上げる。
通りすぎた後の地面が思い出したように軋むようにして砕け、引き裂かれた空気が結合を求めて収縮する。
「─────────ッッッ!!」
起こるのは爆発。
紅蓮の華が咲き、黄金の奔流が巻き起こる。
爆風が通りすぎた直後、今度は凄まじい勢いで砂塵を呼び込んだ。
ひび割れた床が玉座を巻き込んで半壊し、魔王城に大きな吹き抜けが出来上がる。
マナタイトではなく、自前の魔力で爆裂魔法を使い倒れためぐみんをダクネスさんが必死に押さえ、カズマさんやアクア様もダクネスさんに抱きついて吹き飛ばされまいとしているのが見えた。
目を開けてられないほどの鳴動と上昇気流が駆け抜けた先。
消え去った天井から見えるのは、雲一つない青空だった。
今回も最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
次回のエピローグを持ちまして本編完結です。