このハザ   作:ひつまぶし太郎

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暇つぶしの域を決して超えていかない小説です。
どうぞよろしくお願いします。

狭間の地の話は基本シリアスです。
そして、本編主人公は中も外も男です。
性転換、TSするのは番外編のみです。


本編。
第一話。“灯火の記憶#”


 

 

───夢を見ている。

 

それを自覚するのはとても簡単だった。

何せ隣にどれだけ焦がれてももう会えない人が座っているのだ。

これはもう確定的に夢なのは明らかで、たぶん、昔知り合った学者もそうだそうだと言ってくれるだろう。

ついでに『これは欲求不満の証ですな』とか言うかもしれない。あいつは夢占いと称して女性にセクハラする学者の風上にもおけない奴だった。だけど僕にエロ本を貸してくれたので、人間的な評価はプラスマイナスでゼロくらいにして良いかもしれない。

 

…それにそもそも、もう何度も見た夢だ。

というか、三日に一回くらいは見ている気がするから、いい加減自覚するのも早くなってきた。

 

うわ…僕がこの夢見る頻度高過ぎ…?

 

 

 

 

陽の光を浴びて眩しいくらいに輝くリムグレイブの草原、それを見下ろせるなだらかな岩場に、僕らは腰を落ち着けていた。

 

見慣れた景色だ。

円卓は閉塞的で息がつまるから、僕らはこうして景色のいい場所を見つけて、そこを食事スポットと定めて足を運んでいた。

 

あそこ食事に誘っても乗ってくれる人、指読みのばあちゃんくらいなんだよな。

いつもベット占領してる女の人は、『そんなことより私に抱かせてくれませんか』Botで怖いし、ヒューグさんは鍛冶に夢中と思いきや、ローデリカさんを食事に誘うとめちゃくちゃすごい眼光で睨んでくるし。

かといって指読みのばあちゃんと食事しようとしたら、あの気持ち悪い二本指の横で食べることになるので、結局円卓に僕が誰かと食事できる場所なんてなかった。

 

おかしい…定義的に僕は世界を救うために呼ばれた勇者ではないのか…?チートもねぇ!ハーレムもねぇ!明るい未来をつかめる気もしねえ!

異世界に呼ばれた勇者の姿か…これが…?と嘆いていたのが懐かしい。

 

実際のところ、僕は勇者でもなんでもなかったのだから、分相応な待遇だったと言えるだろう。

 

『食べないの?』

 

 

夢だから当たり前ではあるけど、記憶と寸分たがわない聞き覚えのある声だった。

 

 

「え…あ、や。うん……食べる」

 

 

口数の少ない女性だった。だけどそれは、クールな人という意味には直結しないことを、僕はこの女性のお陰で知ることができた。

…どちらかと言えば愉快な人だったからだ。

お茶目で、どういうわけか姉を自称している、そんなマイペースな人。

 

現に今も咄嗟に声がでなかった僕を特に疑問に思わなかったのか、それとも単に食欲が勝ったのか、隣の女性は目の前の、バゲットに肉と野菜が挟まれたサンドイッチにかぶり付き始めた。トマトの汁にあたふたしながらも、黙々と頬に詰め込みながら食べる姿はリスにしか見えない。

 

僕もまた、束の間の平穏を噛み締めるように、いつのまにか手に持っていたサンドイッチにかぶり付く。

夢だからね。唐突に手元にサンドイッチくらい生える。

 

 

『美味しい。さすがヴァンの料理。略してさすヴァン』

 

 

「略す必要あった?」

 

 

『これから私が何度も使う予定だから、短い方がいい』

 

 

当然、夢の中の食べ物に味なんてない。だけど、どこか懐かしい味がする気がした。

 

 

『ヴァン、あなたの料理は美味しいけど、食べたらなくなってしまうのが欠点。もっと精進して』

 

 

「肥えても知らないぞ」

 

 

『私は太らないわ、霊体だもの。ちなみにトイレもいかない』

 

 

本気なのか冗談なのか分かりにくいトーンで話した彼女は、しかし心なしかどや顔してるように見えなくもない。

…でも思い返すと、確かにトイレはいってなかった気がする。霊体だからか?

僕?僕は一度円卓のトイレで、ギテオンと隣り合わせになって気まずい思いをしてからは、大きいの以外は外でしている。

 

彼女の食い意地の張った言葉に、思わず半目になった僕に構わず、彼女はサンドイッチをあっという間に食べ終えると、今度は僕の手元を穴が開くほど見つめてきた。サンドイッチ(かじりかけ)を熱心に見つめる姿に、初対面の時のようなクールビューティーな印象は欠片もない。ついでに巫女っぽさもない。

 

いやまぁ、初対面の印象もクールビューティーではなかったな…。

何せ姉を自称する不審者だ。そんな相手と取引するのは正直迷ったものの、当時5歳の僕は結局彼女と契約を結び、旅を始めた。

理由は美人だったからだ。

 

そんな、面だけは間違いなくいい自称姉が、僕の方を物欲しそうに見ている。

自分から食べかけを寄越せと言うのは流石に慎みがないとでも思っているのか、そわそわとした視線が僕の顔とサンドイッチを行き来している。

 

…仕方ない。別に今僕が食べてもお腹がふくれる訳でもないし。

 

 

「食べ『頂くわ』…返事が早い」

 

 

彼女の目の前に差し出したサンドイッチは、たぶん返事よりも先にもぎ取られた。

果たして彼女はこんなに腹ペコキャラだったか。いや、ちょくちょく最後に残してた好物は食べられてたけど、どうにも、夢に僕の偏見が混じってる気がしてならない。

 

 

 

 

それから、いろんな話をした。

当時話したような他愛もない雑談。もっと話したいことや伝えたいことはあるはずなのに、それをすれば夢が覚めてしまう気がして、僕はいつも意識的にどうでもいい話ばかりを口にする。

 

キャベツの大陸渡りや、畑でとれる魚の話。

旅先で見た底の見えないほど高い滝や、奇天烈だけど美味しい郷土料理。

僕が騎士見習いだった頃の失敗談。

その全てが、何度この夢の中で語ったかわからない狭間の地の外の話だ。

 

僕がいろんな話をして、彼女が微笑みながら話を聞いてくれる。

自称するだけあって本当に姉のような人だった。

あるいはそれは、見知らぬ世界に連れてこられて心細かった僕の、情けない依存が見せた都合のいい押し付けかもしれない。

 

それでも。

それでもたぶん、僕らは互いに互いが必要だった。

初対面で年上マウントを取り、僕に姉と呼ばせる変人のはずなのに、不思議なことに僕はそれを受け入れられた。

 

 

「メリナ姉さん…」

 

『…どうかした?泣きそうな顔してる。おっぱい揉む?』

 

 

思わず溢れた声にこちらに顔を向けるメリナ姉さんは、悔しいくらいいつも通りだった。

彼女を死に追いやった無能に向けるには、あまりにも優しすぎる目線。

僕のせいで、僕の弱さのせいで失われた日常を見せつけられてるようでなんだか鬱だ。感傷的な気持ちが溢れ、涙がこぼれそうになる。

 

 

「…揉む」

 

 

それはそれとして、揉んでみた胸の感触はない。

そりゃそうだ、僕童貞だし。触ったことない物を夢で再現できるほど賢者じゃない。

…くそ、当時の僕に勇気があれば…!これが、僕の弱さか。

 

 

『元気でた?』

 

 

こちらに顔を向けるメリナ姉さんは、悔しいくらいいつも通りだった。

 

 

───場面が切り替わる。

 

 

『…伝えておきたいことがある。私の使命は、母から授かったもの。けれど、今はもう私の意志になった。母の意志とは関係なく、ただ私が望む、世界の姿のために私が心に決めたもの。…誰にもそれを侮辱させない。もちろんヴァン、貴方にも』

 

 

穏やかな昼下がりの草原から、凍てつくような銀世界に。

姉さんが隣から、正面に移動している。

 

都合のいい夢はもう終わりらしい。僕の口も体もさっきまでのように自由に動かせない。

 

 

『…狭間の地をずっと見てきた。旅をするなかでいろんなことがあった。残酷で、どうしようもなくて。それでも、美しいものがあった』

 

 

目覚めが近いのか、それとも、夢ですら介入を許されないのか。

…きっと後者だ。

 

 

『焼け爛れ、霊の身体となってまで、生き続けて良かった。ヴァンとの旅は本当に楽しかった。本物の巫女になれたみたいで私は幸せだった』

 

 

僕は罪を犯した。自分のちっぽけな目的のために大切な人を犠牲にするという、黄金樹を燃やすことが生温く思えるような大罪を。

目をそらすことは許されない。

 

 

『この世界には修復が必要だと思う。…そして、分け隔てない死が。どうしようもなく壊れてしまっているままなのは、忍びない…』

 

 

彼女の使命は世界を救うことだったというのに。

誰よりも、メリナ姉さんは世界を愛していたのに。

 

 

『だけど、そんなことは些末なことよね。世界より、私の使命よりも、姉として弟を家に返してあげないと。ねえ、貴方、大罪に向かう準備はできた?』

 

 

僕がもし帰りたいなんて思わなければ、そんな後悔を何度も繰り返す。

急に知らない世界に召喚され、元の世界に帰りたければエルデの王となれと言われ、そんな言葉に乗せられた愚か者の末路。

王となる、そんな大望に代償がないなんてあるわけないのに。

 

 

『目を閉じて。…うん、そう、そのまま。少しだけ、貴方に触れさせて…』

 

 

『ありがとう。ふふ、ヴァンとの旅はこれで終わりだけど、貴方の初めては私が貰っていく。ねぇ…どんな選択をしても良い。王にならなくたっていい。世界を救うなんて役目を担う必要もない。どうか、幸せになって。きっと私は、貴方のことが───』

 

 

声が遠ざかる。

僕はその言葉の先を知らない。

全てを聞く前に、別の場所へ転移させられたから。

 

 

最期の瞬間、言われるままに目を閉じていた自分を僕は恨む。

彼女の最期がどんな表情だったのか。どういう気持ちで唇を重ねてきたのか。

 

僕はもう知ることはできない。

 

覚えているのは、左目に飛び込んできた火花の熱さだけ。

一つだけ残ったことがあるとすれば、彼女の火が今も僕の中で、燻り続けてることくらいだろうか。

 

 

そうして、僕は───

 

 

『ねぇ、ヴァン。あなたそろそろ目覚めないと死ぬわよ?』

 

 

見慣れた筈の灯火のような夢で、聞いたことのない台詞を姉さんに言われて、ようやく目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

「──────ッ!」

 

最初に感じたのは息苦しさ。

現状を確認したくて右を見て、そこからさらに左を見る。

そのどちらにも何もない、というかそもそも身を預ける寝具がない。

そして、上を見ると手が届きそうなほど月と星空が近い。

先程から息苦しいと思っていたけど、そもそもここは空気が薄い。

耳元でごぉ、というとんでもない音をたてて風が鳴っている。

 

 

「あばばばば…!走馬灯だこれ!」

 

 

雲を突き抜けながら、僕は思い出した。

今の僕は、宇宙から降り注ぐ一条の流星。

それはつまり…。

 

 

「これから僕は、ミンチになる…ってコト!?」

 

 




最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
今日はもう一話投稿します。


主人公の見た目のイメージ画像です。
キャラメーカーにある、あるまるしかく様のトコトコ王国にて作成させて頂きました。
少年です。

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