WAKE UP B子ちゃん!   作:竹林むつき

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前半シリアスです


11/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 怒りの魔女と太陽の家族

 

 

「ねぇ、アンタ最近ちゃんと寝てないでしょ。隈隠しきれてないわよ」

「……あれ、そうですか? 毎日八時間ぐっすりですよ? 渡辺先輩の見間違いやないですか?」

 

 初めてのライブから一カ月。何度か地下のハコでライブを経験して八月下旬。あともう一週間もすれば二学期が始まる今日この頃に、今日も今日とてライブを一つやり終えたあとの今だった。

 

 ライブを終えて、事務所に帰ってからのミーティング。そして解散を言い渡されたところだ。

 もちろんライブでアイに勝てたわけもなく。一回一回、キッチリ心を折られていた。

 

 当たり前の話だが、日向マコも赤星メイも、何も手を打たなかったわけではない。

 

 あのライブが終わった後も、練習をした。

『……よぅし、まだまだ一回目や。次のライブではウチが一番になったるでぇ!』

 誰もいない、独りっきりのレッスン室で空元気。

 

 二回目のライブ、ペンライトは眩しいほどの赤ばかり。

『……ウチの練習が足りんかったやんや、やからもっと!』

 

 三回目、赤の大海原。

『……、……もっと』

 

 四回目、赤、緋、朱。

『……、……、ははっ』

 

 五回目。

 もう、言わなくても分かるやろ?

 

 

 ライブで撃沈した後もお構いなしに襲い掛かってくる定期テストを打ち倒した。その間にも練習は続けた。

 夏休みに入って、もっと練習時間を増やした。みんながプールにイベントにと脚を運ぶ中、レッスン室に籠ってイチから自分を見つめなおした。

 

 ライブを重ねるごとに、ダンスの質が上がっているのは自分でも感じていた。だけど、見てくれる人は増えなかった。いや、むしろ……。

 練習、見て、失敗、改善。積み重ね、客観、挫折、もう一度。

 

 繰り返すたびに心がすり減る。

 度重なるごとに、芯は削れていく。

 後に残ったのは、太陽に憑かれた亡霊だった。

 

 六、七と積み重ねても、出口はおろか、輝きへの道筋は曇るばかり。

 ただただ、立ちはだかる壁の厚さ、高さ、頑丈さの前に立ち尽くすだけ。

 陰り、曇り、影が差す。太陽の表面には日に日に黒点が増すばかりだ。

 

「日向って、他人のことはよく見る癖に、自分のことは全然見えてないのね」

「……あ?」

「今の顔、鏡で見てきなさいよ。そのままなら。アイどころかアタシにも負けちゃうわよ」

 

 少し肩の力でも抜いたら? と、ペットボトルを投げられた。

 スポーツ飲料水の冷たさが受け取った手に伝わる。

 

「明日休みなんだし、どっか行って来たら? じゃーね」

 

 そういって、渡辺は背を向けて帰って行った。あとに残ったのは日向独り。

 いつもなら居残りレッスン。だけどさすがにそんな気分には慣れなかった。

 

「……帰ろ」

 事務所を出て一口飲む。

 ぬるかった。

 

 陽が落ちて夜に差し掛かったころ。いつもは軽やかに駆ける歩道も、今日はさすがに歩いていた。走れないわけではない。脚を怪我したわけでもない。ただ、気乗りがしないのだ。足首に枷がつけられて、大地に縛り付けられる感覚。

 

 大空にはばたくことすら許さず、太陽のように空に鎮座することなんてもってのほか。敗者はただ星の光に砕かれていろと言わんばかり。

 

 

「今日は、電車、使おうかな」

 

 

 日向は、初めて事務所近くの駅を使った。

 

 帰宅ラッシュに夏休みも相まって、イベントが近くであったのだろう、電車の中は人だらけだった。ガタンゴトンと揺れるごとに身体が引っ張られてゆらりゆらり。電子アナウンスが流れるごとに、人の出入りにながされそう。

 

 人ひとヒト、そして日向もその一人。

 アニメにすれば、顔すら描かれることのない乗車客。

 ただの、影のヒトカケラにすぎなかった。

 

 家の最寄りに着いた時も、なかなか降りれずに乗り過ごしそうになった。

 日向は声を出したはずなのに、なんて言ったのか、よく覚えていなかった。

 漫画の吹き出しに押しつぶされたような、呻きに似ていたと思う。

 

「ただいまー」

「おかえりー、今日は遅いね」

 

 家に帰って、日向マコの声に返答したのは母であるヒヨリ、ではなく姉の日向チハルだった。どうでもよさそうな声音が特徴的で、これでも映画関連の会社で働いている。

 

 どうやら、最近上司のとある人物にお熱らしい。たしかごはん……なんとかだったはずだ。マコも母と一緒に弄ったから何となく覚えている。

 

「ライブどだった?」

「来てたくせに聞かんでよ」

 

 あとは、母親譲りの関西口調のマコとは違い、チハルは父親譲りの、あとはこっちで働いているからというのも関係しているのだろう、きっちり標準口調なことか。まだところどころのイントネーションは抜けていないが。

 

「よく見てんね」

「ちゃんと見てるよ。当たり前やろ」

 

「今の自分のこと、見えてないくせにね」

 

「―――」

「あれ、図星?」

「メンバーの人と同じこと言われた。キレていい?」

「冷蔵庫にアイスあるけど、いらないなら」

「……いる」

 

 母、ヒヨリに対するマコの態度を見れば、仲が悪いのかと邪推する人もいるだろう。

 が、特段が悪いわけではない。むしろ六歳も差があるのにもかかわらず休日に一緒に服を買いに行くくらいだ。良好だといえるだろう。

 

 ほら、汗を流すために風呂に入ってすぐアイスを手に取って、迷わず姉の横に行くくらいには、マコはチハルのことが嫌いではない。

 ただ、いまは少しだけ、ほんの少しだけ気分が落ち込んでいるから、そっけないのだ。

 

「なにしてんの?」

「残業」

「持ち帰って?」

「持ち帰って」

「見せていいん?」

「ダメだけど。でも、マコは誰かに言ったりしないでしょ?」

 

「……うん」

「元気ないね」

「元気ない」

「そっか」

 

 マコの、姉に対する気持ちはこんな感じ。シスコンではないけど、まぁ仲はいいのかな? という微妙な感じだ。ちなみに、いつもは語尾にビックリマークつけながら、チハルに引っ付いている。

 

 イメージが付かないなら、『一緒に遊んで!』と尻尾をぶんぶんさせる大型犬を思い浮かべてくれたら相違ない。今は、飼い猫がPCの横にちょこんと座ってこっちを見ている風景を思い浮かべてくれたら大体合っている。

 そんなマコの飼い主側のチハルは、のしかかるマコを横目に変わらず作業を続けていた。どうやら事務作業的なナニカらしいが、マコにはわからなかった。

 

 そうしてしばらく、母、ヒヨリが帰ってきて、父も帰ってくる。

 四人で囲んだ食事の味を、マコはよく覚えていなかった。

 いつもより、全体の口数が少なかった気がする。

 

 

 

 家族も寝静まった深夜。

 マコは自分のベッドの上で、寝れずにいた。

 目を閉じれば、ライブのことを思い出すから。

 目を開いていても、あの時、あーすれば、こーすればと意味のないイフが頭をよぎる。カーテンを開いて気分転換をしようとしたこともある。けど、街の明るさが、夜空がライブのお星さまを幻視させた。

 

 

 吐いた。

 

 

 苦しい。今までの自分を全部否定されたような絶望が。

 苦しい。自分では満足させられないという虚無感が。

 苦しい、自分を見に来てくれた人が、いつの間にかお星さまを指指している事実が。

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

 

 挫折が、こんなに辛いだなんて、マコは知らなかったのだ。

 

「―――ォエッ」

 

 

 あぁ、今日も、一睡もできなかった。

 

 

 

 

 朝が来る。だけど今日はあいにくの曇天。昼からは雨も降るらしい。

 疲れなんか取れているわけもなく、のそりのそりと自分のベッドから這い出る。頭がボウッとする。何も考えたくなかった。今日はずっと家にいようかな。

 

 ―――きょう、いつものれんしゅうやめよかな。

 

 マコの目には、燃え尽きた灰しか映し出していなかった。

 

 

「マコ、今日ひま?」

 

 

 と、顔を洗いに行った時に横から声。母のヒヨリだった。

 いきなりの声。いつもはすぐさまとびつけど、今はどうにもおよび腰。

 

「暇やけど、どしたんおかーちゃん?」

「温泉行くで。今から準備しぃや」

「へ?」

 

 有無を言わせぬ圧。

 次、マコが気付いた頃には―――、

 

 

 

 カッポーーン

 

 

 

 ししおどしが風流に鳴る温泉に入っていた。

 あったかいな。

 いやされるな。

 あー、きもちええ。

 

「じゃなくって!」

「うわいきなり立たないの。びっくりしちゃう」

 

 県またいでの秘境に来ていた。いやほんと、瞬間移動なんてちゃちなモノじゃなくて、ほんとに時間が吹っ飛ばされた感覚だった。ほんと、気が付いたら身体を洗って風呂につかっていた。マコも自分でびっくり。

 

「お行儀悪いね」

「おねーちゃんはなんでおんの⁉」

「有給、いぇい」

 

 ぶいぶいとピースするチハル。こういうお茶目なところがあるのが一部の男性にすごく刺さるのだとかなんとか。聞いた時には打算がすぎるやろっ、と口に出してマコは突っ込んだ。まぁそれも年単位で続けているのは、もう自分の一部になっているからなのだろう。

 

「チハルが言ったのよ。マコが最近思い詰めてるから、気分転換にでもって」

「そんなこと、ウチには言わんかったやん」

「言ったら、練習が~とかいって逃げるでしょう?」

 

「ウッ」

 似たような前科があるから、母の鋭い指摘にはぐぅの音もでない。

 

「なぁ、マコ? アイドルになるって許した時、なんて言ったか覚えてる?」

 

 ランプが青から黄色になった。

 マコは、そういえば行く前、おかーちゃん関西弁だったような―――、というところまでは何とか頭がまわった。なんて言ったかまでは、悲しいことに時間切れでしたとさ。

 

 残念無念また次の機会。ランプは無情にも赤を示した。

 

「過度な無茶をしたら首根っこ止めてでも辞めさせる言うたでしょーが!」

「アイタァッ!」

 残念賞は、愛しいお母さまからの愛のデコピンでした。

 

 バチンッ、といい音を鳴らしてくれる。他のお客さんの目があるからこの程度ですんでいたが、家でならこれから正座させられて、うんぬんかんぬんあっただろう。まだ、これでもマシ、と思いたいけど思えないくらいに、ヒヨリからのデコピンは痛かった。

 

「辛いこと、あったんやろ? 言うてみ。言わな、伝わらんよ」

 

 お母さんは、あんたのくちから聞きたいんよ。そう、言葉を締めくくるヒヨリ。

 

 

 そこには母の厳しさがあった。

 そこには、母の慈しみがあった。

 そこには母の憂いがあった。

 そこには、母の優しさがあった。

 

 

 ただ、愛が、あったのだ。

 

 

「……風呂出てからでええ?」

「良いよ。先に出ておくから、ゆっくり、話を纏めてきなさい」

「うんっ」

 

 ヒヨリはマコの頭を撫でて、湯船から降りていった。

 カポンと、ししおどしが鳴る。

 

 

「一緒にいようか?」

「独りにしてっ!」

「つれなーい」

「ええからおねーちゃんは先上がっといて!」

「はいはーい」

 

 マコだって思春期の女の子なのだ。

 そういう気難しい時だってある。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 さて、読者の皆さん。

 心理カウンセラーを受けたことがあるだろうか? いや、カウンセリングでなくとも、一度くらいは誰かに相談したり、愚痴や、想いの丈をぶつけたことはあるだろう。

 

 一つ質問をしよう。

 

 そういうとき、冷静に、あたかも自分に起きた出来事をさも他人事のように話すことはあったろうか? 

 一切のパッションを捨て、ただただ事務的に。感情なんてひとかけらだって見せずに相談。

 

 もしそんなことができる人がいるのなら、拍手を送りたい。

 

 

「だって、悔しい悔しい悔しい悔しいぃ! なんでアイより練習してるメイさんの方が負けんねんおかしいやろ! レッスンの時やったらメイさんの方がずぇ~~~~ったい歌もパフォーマンスも良かったし。それにくやしいのが、ウチのこと楽しみに来てくれたファンに微妙な顔させてるウチにめちゃくちゃ腹立つ! 推して良かったって言わせたい! 言わせられんのがはちゃめちゃ悔しいぃぃぃぃ! あ~~~もう、クラハんのこと笑顔にできんかったんすっごい情けない!」

 

 なんせ、こういうめんどくさい相談、愚痴、悔しい、辛い、悲しい、醜い、挫折の話なんてものは、―――往々にして話している間にビエンビエンのグズグズのグダグダにズビズビ、グラグラ、バラバラで要領なんて砕け散った感情丸出しになってしまうものなのだから。

 

「そう、それは大変ね」

 

 あー、風呂に入る前、いや家で聞いときゃよかった。と心底ヒヨリは思う。

 べつに、鼻水やら涙やらでせっかくの温泉成分が、というわけではない。

 そんなことよりも、娘のよくわからん方向の悔しがりの大音量が大衆の目に晒されているのだ。気まずくて仕方ない。温泉上がりのロビーで『なんだなんだ』と目を向けられるのがちょっと、ほんのちょっと嫌だった。

 

 ヒヨリもカウンセラーとして働いて、めんどくさい客が来たことはそう少なくない。聞いていて『うわうぜぇぇ』って思ったことも多々ある。大体聞かされる内容が、事実は小説よりもなんちゃら、といったどろっどろの話なのだ。

 

 

「心配させたくないおかーちゃんとか、おねーちゃんに心配させてるのが不甲斐なくて不甲斐なくて! 大好きやのに、なんも言えんのが辛かった! 初めてのライブ、せっかく来てくれたとき、もっと楽しませたかった! ごめん、ごめんなさい!」

 

 

 こういう挫折の話は愚痴交じりにということなんてテッパンと言っていい。

 しかし、こうも変な方向に自責の念が言っているタイプは見たことがなかった。

 

 いや、問題を詰め込むタイプで似たようなことはある。が、中身はおおよそドブみたいな厄ネタが満載だ。決してこんな清らかな、かどうかはわからないが変な方向のモノではないことは確かだ。

 聞いていて『えぇ……そこぉ?』と何度言いかけたことか。

 

「ほら、とりあえず拭きなさい」

「うぐぅっ、ありがとおかーちゃん」

「マコは昔から責任感強いから、ため込んじゃったのよね」

 

 実はというと、ヒヨリは初ライブから一週間過ぎたあたりで異変に気付いていた。

 気付いていて、止めなかった。夫にも相談した。

 

『あの子は挫折したことがない。今の内に経験させておいても良いんじゃないか?』

 

 それもありだと、ヒヨリも思った。

 

 それに、どこか過信していたのだ。マコなら私の手を借りずとも次の日にはケロっとしているだろうと。

 

 だって、いつも勝手に立ち上がる子だったから、と。

 

 いつの間にか夢を持っていて、勝手に練習し始めて、目をやらぬ間に上達して、気付いた時にはアイドル一歩手前、いや、この家では無敵のアイドルだった。

 

「涙、止まった?」

「もうちょっと、ティッシュちょーだい」

 

 

 でも、こうして背中に手を回していると気が付くのだ。

 まだこの子は、中学二年生。義務教育すら修了していない子供なのだと。

 

 

 ヒヨリが中学の頃なんて、毎日毎日親と口喧嘩していた。ちょっと気に入らないことがあれば文句を言って、なにも気に入らないことがあってもきつく当たって。何処にでもいるクソガキだった。親に感謝を伝えたのは、成人式の前日と、結婚うんぬんと時くらい。

 

 ほんと、言わないと伝わらないなんて、どの口がとも言いたくなる。

 

 

 ヒヨリ自身はもう、伝えることすらできないというのに。

 

 

 子を持って二十年。マコは十四年。

 つくづく、親としての至らなさに気づかされる毎日だ。

 

「ありがと、おかーちゃん」

「うん、よかった」

 

 いつの間にか、親としての喜びを与えられている毎日だ。

 

「ねぇ、マコ」

 だからヒヨリは、できるだけ自分の娘に幸せでいて欲しいと願う。

 

 

 

「もう、アイドル辞めない?」

 

 たとえ、自分が恨まれることになったとしても。

 

 




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