「え、やめんけど? なんでそんな話になってるん?」
「………はぁ」
日向ヒヨリは心底思う。さっきのシリアス雰囲気を返して欲しい、と。アンタ家出る時まで心がぶっ壊れる二歩前くらいやったやん、と。
ここは、もっと、こう、なんだろう。言葉を交わして、想いを吐露して、やめるとか辞めないとかで心が揺れ動いて、でもやっぱり………というのが美しい流れなはずだ。様式美だ。
断じて、『え、何言ってんのおかーちゃん?』とケロッとした顔で首をかしげられるのは違うと思う。
ヒヨリは、自分の娘であるはずのマコのことが全然わからなかった。
いや、違うか。たとえ親子であろうとも、言葉なしに分かり合うなんて不可能なのだろう。
「朝は死にそうな顔してたのに、立ち直り速くない?」
「いやっ、まぁ、せやけどさぁ。でもよ───」
「───おねーちゃんにおかーちゃん、それにおとーちゃん、家族みんなが支えてくれているってわかったから。いつまでも立ち止まってなんていられん」
「そっか。偉いねぇ。よしよし」
「おねーちゃん。うん、ありがとう」
姉妹仲良く睦まじく。チハルはマコの頭を撫でてコーヒー牛乳をゴクリと一口。そんな娘たちの姿を見て、ヒヨリはやさしく、尊いものを見たかのようにほほ笑んだ。
親だからこそ踏み込める領域があるように、姉妹だからこそ通じる何かがきっとあるのだろう。それがまぶしくて、温かくて、良いものだと、心の底から思うのだ。
とはいえ───
「次、またため込んで体調崩したらわかっとるな?」
「………はい、わかりました」
「母さん、怖いよ」
釘を刺すに越したことはない。あくまでも、いつでも帰ってきていいよ、休んでいいよと、空に踊るお日様に向けて呼びかける程度の優しい楔だ。
もし二度目の落陽が訪れたら、その時ヒヨリは………
「とはいえ、これからどうするの? いっそのことあの『アイ』って子のバックダンサーにでもなる?」
「うーんとなぁ」
過去の不和は解消した。マコ本人の若干のサイコ感ゆえというのは否めないが。いや、今はそんなことは舞台袖にでも置いておこう。いずれ、また……。
今、目を向けるべきはこれからのこと。せっかくメンタルが目に見えて復帰したのだ。だからといって無策でまたステージに上がれば、星の輝きに苛まれるのは言うまでもない。チハルも、映画にでる俳優女優が同じ理由でスランプにはまってそのまま引退、なんて話は腐るほど聞いた。
カウンセラーのヒヨリは言うまでもない。
さてと、マコからどんな言葉が放たれるか───
「……いや、それもいいかもしれんなぁ」
一瞬、静寂が訪れた。
漫画ならきっと白背景でマコ以外が棒人間で描かれていただろう。
「なにか企んでるの?」
姉は聞く。ニヤリとするマコの姿にワクワクしたから。
「うん、企んでる。でも、今は秘密。ハロウィンの野外ライブまで楽しみにしといて」
「無茶したら首根っこ捕まえるからね」
「大丈夫よ、おかーちゃん。だって、ちゃんと見てくれてるってわかったから」
「───フフッ、当たり前でしょ。だってマコも、もちろんチハルも、私のかわいい娘たちなんだから」
そして紅茶を一口流し込む。頬がほんのり赤くなったのは、きっと温泉に浸かっていたからだ。言ってて恥ずかしくなったなんて、そんなそんな。
「ねぇ、マコ。すごいね、きょうび映画でもあんなセリフ出てこないよ」
「そうなん?」
「あぁ、うん、マコはそうだよね。うん、いいや、今の忘れて」
「あでも、紅茶飲んで照れ隠しなんはべたやね」
「こんど演出で使えるかどうか聞いてみよかな」
「二人とも今すぐやめな帰る時、車乗せへんよ?」
「「ごめんなさい」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
はてさて、この物語の中心人物様が立ち直ったところで、ハロウィンライブまで時間を飛ばして………といきたいところだがおあいにく様。
この物語は、彼女『たち』の物語であるがゆえに、もう少しだけどうかお付き合いを。
あと六人も、なんてのは蛇足が過ぎるのであと一人。
天に独り輝く一番星さまのあれやこれをどうぞご覧あれ。
夏の暑さも陰りを見せ、夜になれば秋の装いを感じさせる九月ごろ。とあるラジオ局のスタジオに男女が二人。ヘッドフォンにマイクにオテガミ一つ握りしめる。芸術の秋を彩らんと聴覚に訴えかけて楽しく談義。
お昼に見合った軽快なメロディーが、電波の海を越えてあなたの元へ。
「────と、いうわけで本日のスターライトラジオはここまで。今回のお相手はアノケンと」
「『B小町』のアイでお送りしました」
「「ばいばーい」」
『はい、OKです。ありがとうございました』
準レギュラーと化したラジオ番組の収録を終えた星野アイはスタジオからお先にと頭を下げる。冷房も付いているとはいえ未だ残暑香るスタジオ内から一歩出ると、ジワリと化粧を崩す厄介者が。
「ふぅ~」
「お疲れアイ。水、いるかい? もちろん未開封の」
一息ついていた愛の前に差し出されたのは五百ミリのペットボトルだった。掴む指先を辿れば、一人の男性。アイが普段からお世話になっているプロデューサーの一人、鏑木勝也だった。酸いも甘いも経験して、それでもとどこか希望を見出さずにはいられない、そんな若干の甘さを抱いた中堅プロデューサーだ。
「あれ? ここって持ち場でしたっけ?」
「いや違うよ。別の収録でたまたまだよ」
「そうですか。わざわざ見に来てくれた、とかなら嬉しかったんですけどね」
斉藤を父親というならば、芸能界での様々なことを教えてくれた鏑木はアイにとっては叔父にあたるだろうか。本人に言えばきっと苦笑いしてから『そんなことより』とばっさり切り捨てるに違いない。
「心にもないことを。まぁいい。それよりも、最近パフォーマンスに磨きがかかっているね。何かいいことでもあったかい?」
「鋭いなぁ。……うん、あった」
「もしかして」
「多分思っているのとは違いますよ。最近、『B小町』に新しい子たちが入ったんですよ」
「知ってるよ。デビューライブも見に行ったからね」
「えぇっ⁉ 言ってくれたらチケット取ったのに」
「そこはほら、お忍びでね」
鏑木はお茶目に片目をパチンとごまかした。
ツラの良さを重視する彼からすれば、ビジュアルだけならそこらの有名アイドルにも負けない、いやそれ以上のアイと同じグループに選ばれた子たちだ。最低ラインはおおよそ普通ではないはず。気にならないわけがない。
事実、わざわざ時間を作って行った甲斐はあった。ライブの盛り上がりは言うまでもなく、アイ個人の、不自然なまでのパフォーマンスの伸び。自分の武器を自覚したうえで最大限に発揮する方法を確立した、いっそ背筋の凍りそうなほどの成長を目にしたのだから。
その原因は恐らく、センターのすぐ隣。紫色の衣装を着た、ヘアゴムにハムスターを携えた踊り子。アイも無意識だったのだろう、ふいに目線が向いていたのを鏑木は覚えていた。
「斉藤さんもいい人材を釣り上げたね。とくに君の横にいた子、マコちゃんだっけ? もしかしたらキミもセンターの座を」
「渡しませんよ。渡しません、絶対に。絶対にです。負ける気なんてありませんから」
あの時以上の寒さが、目の前に。
星を宿した瞳は若干の黒を携えていた。純粋な白色ではなくなったからこそ、にじんだ黒がアクセントになって、明度のコントラストが危ういほどに輝いていた。
いつものように擦り切れるまでコピペされた嘘の感情ではない、初めて垣間見た彼女の本音。おそらくアイ自身はまだ気が付いていないのだろう。
証拠に、今出た言葉は、とても最強無敵のアイドルとは程遠い、一個人としての魂の揺らぎに他ならなかった。
そんなアイの姿を、鏑木は今、初めて知ったのだから。
「そうかい。それは、楽しみだね。じゃあ、ボクは次の現場があるから、これで」
「紹介しなくていいんですか?」
「それくらい自分でやるさ。あぁ、あと。ハロウィンフェス、楽しみにしてるよ」
「はい、楽しみにしててください。絶対に後悔させませんから」
同年代の女の子に負けたくない。舞台の主役を譲る気はない。
そんな、芸に能う者たちが集う世界では当たり前の、彼女に足りなかった一つの欠片が輝いていた。
そのヒトカケラで、こうも人は変わるのかと、鏑木は武者震いした。
「そう言ってくれると助かる。推薦した甲斐があったというものだよ」
「アハハッ、そのせつはどうもありがとうございます」
「言っとくけど、貸しだからね?」
「え~、こんなに可愛い子とごはんに行けたんですよ? それでチャラってことには」
「ならないから」
「はぁ~い」
立ち去る己の背中、降り注ぐ星の光はまばゆくて。まだ中学二年生の子供とは到底思えなくて、このままいけば全盛期にはどうなってしまうことやら。
そんな人物をプロデュースできる立場になれたとしたら。
「ほんと、いい変化だ。これからが楽しみだね」
カツカツと、鳴らす足音が軽快になってしまうのも無理はない。
生、愛、恋、そんなリビドーと対を成す死、破壊、闘争のタナトス。
人間の原始的欲求すなわち本能において、求めた愛の充実よりも先に得難き宿敵の出現が、星の元に生まれた彼女にどんな影響を与えるか。否、与えたか。
そうして時はまたすぎる。
「いったぁ~! 一日でもサボるとやっぱキツイなぁ」
ある人は計略を胸に。
「ふんふん、この顔が良いのかぁ。………やったとき自覚なかったや」
ある人は無自覚の意志を携えて。
ある人は挫折を。
ある人は妥協を。
ある人は諦観を。
ある人は気ままに。
ある人は迷いを。
そして収穫祭は訪れる。
時は得難く、されど平等であるがゆえに。
次話で一区切りです。