日向マコ。中学二年生。アイドルグループ『B小町』において新人ながらもセンターの直ぐ右隣のポジションを与えられた生粋の踊り子である。
好きなものは家族、嫌いなものは中途半端。特技は踊ること、身体を動かすこと。父親そっくりのアメジストの瞳は勝ち気にぎらついて、母親譲りの碧の髪は後頭部でお団子さんに。
「……よし、やるで」
終いに、ハムスターが添えられたヘアピンをさす。
そしてパチンと、メイクが崩れない程度の強さで両頬に。
喝を入れて意識を切り替える。
ひと呼吸。先に出ていったみんなと合流する前に。
「うん、大丈夫や」
そしてガチャリと、扉を開けた。
あぁ、歓声が聞こえる。熱気が肌に伝わる。誰かが誰かを推してやまない、そんな感情の爆発があちらこちらで。
これがアイドルフェス。今までのどのライブよりも、圧倒的な輝きが瞬いていた。
「あ、マコちゃん。もうそろそろで出番だってさ」
「待っててくれたんですか、メイさん。ありがとう」
「その目、……まだ、諦めてないんだね」
「当たり前です」
扉の前で座り込んでいたのは、赤星メイだった。
とはいっても、八月のころのようなはつらつは感じられない。ヘアピンのペンギンも、元気がなさそう。ひらひら舞うアイドル衣装も、どこかしおれているような。
マコは思う。あぁ、自分も周りにはこう見えていたのだろう、と。
「メイさんは、その、………まだ話す気にはなれませんか?」
「うーん、うん。ごめんね。ぜんぜん言葉がまとまってないや」
もちろん、立ち直ってからメイの元へ突撃、一緒に練習して、話し合って………をしなかったわけがない。
しかしメイは、『B小町』ではマコと同期、アイは先輩と言えどやはり堪えていた。なんせ浅瀬だとしても音楽の世界では彼女たちよりも長く居座っていたというのにアイには叩き潰され、マコには追い越された。
たった二年。だけど中学生と高校生の間には筆舌に尽くしがたい差がある。
勿論芸能界では関係ない。そんなことに固執して見栄を張ったやつから潰れていく。
メイもわかっている。分かってはいるのだ。
そう、割り切れればどれほど楽だっただろう。
「そうですか───なら」
「?」
言葉が不自然に止まった。
どうしたのだろうとメイがマコの方へと向きやると、
「ウチのこと、見といてくださいね!」
目を焼くほどの熱さが、目の前に。
両頬に手を添えられて、だから逃げられなくて。
マコの目の奥に渦巻くナニカから、目が離せなかった。
「うん、わかった」
その言葉は、メイ自身驚くほど口からすんなりと。
「さっ、行こっ」
「………道、反対だよ?」
「ウソぉっ⁉」
「ちなみに誰から聞いたの?」
「ルミカちゃん!」
「………ルミカちゃんも探しに行った方がいいのかな?」
伊熊ルミカ、彼女の方向音痴はここでも効果を発揮していましたとさ。
余談であるが、案の定ルミカは迷子になっており、本人にはその自覚はなくのほほんと会場を散策していたが、『B小町』のマネージャーも務めているミヤコが手を引いて連れて来ましたとさ。
『ごめんねぇ。場所わからなくなって。えへへ。………あ、トンボだぁ』
ちなみに、ミヤコがぜぇぜぇになりながら連れてこられた彼女の第一声がこれなのだから救いようがない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そしていつものように斉藤社長とアイの無自覚親子漫才が始まって、いつものようにアイ独りだけが浮いた円陣を組んで声と手を重ねた。
……──……
いや、今日はそんなことなかったような。
「気のせい、かな? まっ、いっか」
どうせやることは変わらない。今日も、このステージで一番に輝く。どこまでも続く赤光の星雲を創りあげる。
そして誰よりも目立って、誰よりも輝いて、誰よりも一番に。
なんせ、ステージの主役はアイのものだから。
誰にも、譲る気なんてさらさらない。
───だって、私は欲張りだからねっ。
舞台の幕が上がる。
スピーカーから音の波。
スポットライトの閃光。
歓声が溢れる。
そして、唯一無二の一番星が、会場を飲み込んだ。
さて、読者の諸君。心理学分野における『馴化』という現象をご存じだろうか?
これは、ある刺激(音や光、痛覚も)を繰り返し経験することで、その刺激に対しての反応が見られなくなることを指す。
コンサートホールでライブを聞くと、初めはうるさいと感じるが、ライブ中盤ではもう気にならないといった経験があるだろう? アレだ。
さてもう一つ。
星野アイの特筆すべき武器は何か?
答えは圧倒的なツラの良さだ。
いや、こう書いてしまうと誤解を招くだろうから、丁寧に言うと『嘘を本当だと思わせるほどの説得力、解像度。そしてそれを常に出力できる黄金比率の顔面と表情筋』だ。
そう、アイは反応の良かった感情表現、特に笑顔や声音をいつどこであろうと再現が可能なのだ。それも、芸能界でバレないほどの完成度で。
でなければ、片親の母にも捨てられた経験を持つ、ろくな成長環境にいなかった多感期の子供が何も問題なく芸能界のスターロードを歩み始めるなんてとてもじゃないが、無理だ。
薄っぺらい粘土の仮面であれば、それこそ鏑木Pに底を知られて、使えるだけ使われて有象無象になるのがオチ。
しかし、そうはならなかった。そうはなっていない。
これが武器でなくて、なんだというのだろう。
───うんっ、今日も私が一番かわいい!
無論、いくら武器が強大だとは言え、使い方がおざなりであればゴミ同然。
出会って五秒において『B小町』で、芸能界で並ぶものがいなかったとしても、それは単なる強力なスタートブースターに過ぎない。
それこそ『馴化』してファンに飽きられて終わりだ。
ではどうするか?
答えは単純。
出会っての五秒、その五秒を永遠と続ければいいのだ。
歌の始まりで飲み込んで
Bメロはあえて抑えめに
そして、サビで一段階、ギアをあげる。
さらにサビの、一番ノる所で二段階。
───あははっ、慣れなんて起こさせないよっ。もっともっと、虜にしちゃうんだから。
気付いた風を装って、目が合ったていで、パチンとウインク。
そうすればまた一人、推しの沼に落ちていく。
そうやってお星さまは、星の光線銃を乱れ撃つ。
そうして、目線はぜーんぶアイのもの。アイに釘付け。
紫のペンライトが、赤に変わるのだ。
───………うん、計画通り。
会場のボルテージは、天井知らずに、お星さまめがけて昇っていく。
既に、弓は引かれているとも知らずに。
三曲のセトリ、その二曲目、の前半で満足感を得る。そんな異常事態を招くほどの熱狂的な盛り上がりをみせて。
二曲目後半。出番が遅めだったこともあったのだろう。
空は、秋の夕暮れに染められていく。赤く、赤く、燃えるような緋。いっそ昼間のさんさんと輝くときよりも一段と太陽の煌々とした光に目を焼かれる。
目だけではない。肌も、空も、ビルも、景色も、いわんや世界さえ。
全てが太陽に支配されていくような時間の中。
アイは、どうしようもない違和感にやっと気が付いたのだ。
───アレ? みんな、私のこと見慣れてる? ………なんで? ちゃんと抑えてたはずなのに
先との矛盾。思考は一瞬。サビが終わり、Cメロへと移行した瞬間。
今はラスサビに最高潮をぶつけるためにわざと出力を絞って、ぶちあがるまでの数秒をセンターバックで待ち望む。
轟ッ、と。
ふと、肺を焦がすほどの灰が巻き上がったような気がして。
アイの視線がふいに動く。思考が追いつかない。
そして、目が合って。
あぁ、と『してやられた』と舌を巻く。
───こんにゃろ。やったなぁ! ……日向ちゃん!
バケモノが、してやったりと不敵に笑み。
紫の焔が星満ちる天蓋を射抜きブチ破いたのだ。
それがなんとも、快感で。バケモノの口角が知らずに上がる。
ずっとうずうずしていた。辛抱溜まらなかった。
───あぁ、楽しいなぁ。楽しいなぁ! 踊るって、ホンッッッマに楽しいなぁ!
怒れる魔女は、イカレたように、行くままに。
自分の初期衝動のまま、舞台を破壊する。アイが創りあげた王国を完膚なきまでぶち壊す。踏み砕く。灰にする。そうして、何千という目の前にいるファンに対して『私はここにいるのだ』と声高らかに叫び散らかす。
そうでなきゃ、アイのバックライトに準じた意味がないのだから。
日向マコがしでかしたことは単純。初めの一曲目でひたすらに『引き立て役B』に徹していたのだ。
『これがウチのグループのエースです。存分に見ていってください』
『ほらほらどう? すごいでしょ? もっと見たってよ?』
『見慣れた? そんなこと言わずにもっともっと』
そう、はやし立てるようにわざとアイが目立つように、アイのダンスの紙一重分下手に。アイとは真逆の解釈をして、アイに目線がいくように。
アイへ、アイに、アイが、アイの、アイは、アイと、アイ、アイ、アイ! 自分を消して、お星さまを引き立てる。顔のない背景人物へと自分を落とし込んでいく。
幸いなことに、どう動けばいいかは挫折を知ったあの電車で学んでいた。
感情、表情の再現性が優位に立つ
だから戦い方を変えた。マコ自身が得意とするダンス、中盤戦から後半戦、自分の土俵に観客もろとも引きずり込む!
「……あの紫の子、ダンス上手くね? 良いな」
そして一度掴んだのなら、あとは跡形もなく焼き尽くす。自分という存在を魂の奥底に焼き印するなんて生ぬるい。いっそ生まれ変わるくらいの熱量をあなたの元へ。
興味を持ってくれてありがとう。目を向けてありがとう。ウチのことを見つけてくれてありがとう。ほな、アンタの世界観もろともぶっ壊したるからなっ☆
───ウチを、アンタの推しの子にさせたるから、一生後悔させへんで?
二曲目のラスサビ、初めて『B小町』ファンは、アイ以外の人物に見惚れていたのだった。
そしてカチリと、誰かが赤のペンライトを紫に変えた。
星が瞬く夜から朝焼けに。いや、今はまだ少しでも手を緩めればもろとも持っていかれそうな夕焼けか。だとしても、だ。確実に黒曜の一石は星の海へと落とされた。
波紋はいつか、大波に。なるのではなく、してみせる。
───こんにゃろ~~~! 『B小町』のアイをなめんなよぉ?
───すんません、ラスト、貰わせてもらいますよ、アイちゃん!
してやられては赤うさきがこめかみにシワ一つ。悔しそうに、人間味あふれるヒクついた笑みを浮かべて。
してやった紫のハムスターはわざとらしく人差し指をクイと曲げて煽り立てる。かかってこいと言外に、これまで見たことのないような好戦的で。
ラスト、三曲目。
夜と、昼が絶え間なく入れ替わり立ち替わっていく。
お星さまは光線銃を撃ちまくり、太陽は握る熱で切り伏せる。
もっと熱く。もっと鋭く、目的を鮮明に。このステージでアイに勝つ。
そのためにすべてを凝縮し、圧縮し、鍛錬し。
鋳造されたるは紫閃に光る妖しき刀。
幻想の、三尺幾ばくの人斬り刀を握りしめ、放つは首狩り神速居合術。
縁を、輪廻を切り伏せ己を刻みこむ。
即ち、万象合切燼焔にてそうろう。
これこそが、アイドルとしてのマコが手にした武器である。
その様子を、ステージ上で見る五人。
───ハァッ⁉ あの子、アイに立てついたぁ⁉ ちょっとちょっと、夏ごろまで死にそうな顔してたわよね? と渡辺キタホが突っ込んだ。
───う、うわぁ。ホントのホントにアイちゃんとバチバチにやりあってるぅぅ⁉ と高峯メイカがうろたえて。
───目がちかちかしちゃうなぁ なんて伊熊ルミカがのんきに。
───ここのリズムは、こうで、あぁっ今もしかしてミスった? 四ノ川カナンには他に目を向ける余裕はなかった。
───アイさん、また上手くなってる。マコちゃんも、まだアイさんに押され気味だけど、それでも夏の頃とは全然違う。………みんな、みんな前に進んでるんだ。赤星メイは、それに比べて自分は、と。
前回と同じ、昨日と変わらず。よく、これを停滞と呼ぶ人がいる。確かに、間違いではないのだろう。だがそれは一般社会の話。
ココじゃ、それは衰退だ。
だってみんな前を進んでいる。一日一歩、あるいは二歩、三歩。歩幅の大きい一歩、自転車に乗ってのひとこぎ。前じゃなくて横に一歩? ジャンプして? 踊るように?
そうやって、我が道を進んでいくのだ。
ならば、昨日を積み重ねたところで何者になれるというのだろう。
昨日の自分を殺す勇気がないのなら、今日死んでしまえ。
でなければ、お前は何者かになろうなんて夢を見る資格はない。
そして、閉幕は訪れる。
───あぁ、悔しいな。
陰陽は絶えず流転せど、ついぞ決着は付かず。
───ほんと、悔しいや。
飛べない鳥は、夕暮れの空を見て、何を思うのだろうか。
───私も、………。
『B小町でした! ありがとうございました!』
歓声が響いていく。太陽の赤と、一番星が輝く空の下、収穫祭はこれにて閉幕。
さぁ───………
昨日を超えられなかった愚か者どもよ。積み上げなかった星屑よ。
今日だれの目にも映らなかった少女たちに告ぐ。
明日、キミたちはどう生きるのだろう。
「B小町の皆さん、お疲れさまでした。次のグループが来るので、そのまま案内に従って移動してください」
スタッフの声に促されて、はやる心臓の鼓動そのままに舞台裏へとはけていく。
たった三曲、普段の練習なら数倍の量をフルで通しても、ちょっと休憩すれば止まるはずの汗が、今は全然止まる気配すらみせてくれない。
───なんだろう、なんだろうなんだろう! この気持ち!
だけど、アイの目はらんらんと輝いていた。
今まで立ったステージで不満を抱いたことはない。ただ、終わった後に『今日も愛してるは見つからなかった』と、寂しさを覚えることは常だった。
まっいっかと口にしつつも、隣には誰もいなくて、他の子たちはうつむいていて。
「よう! お疲れさん」
こうやって、斉藤社長がいつものように口にする。
どこか空虚だった、物足りなかった。
『あぁ、こんなもんか』と心が死んでいた。
「うん、きょうね。すっごくたのしかった!」
でも、今は違うのだ!
愛が満たされたわけではない、見つけたわけじゃない、嘘が本当になってもいない。だというのに! こんなにも、今、アイは生まれて初めて満足している!
それに、不思議でたまらないのは、満ち足りているのに、もっともっとと腹が空く。次のライブはいつするのだろう。次のライブの時はもっとダンスも、歌も、表情も!
───早く帰って練習したいな!
お腹がペコペコなのだ。
「───アイ。……そうか、良かったな」
年相応の、初めて見たアイの顔。普段は仮面の下に隠れたシャイな少女が目の前に、アイドルとして、戦友としての義理の親子、そういう契約だったはずだ。なのに、斉藤は、自分の子供のそんな姿に嬉しくてつい。
「ちょっ、パパラッチがいたらどうすんのー?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だからな。大丈夫だ」
親が子にするように、乱雑に、しかして温かみをもって髪を撫でた。
そうして斉藤とアイの親子の絆が一段と深くなって、
「よし、それじゃ退さ───」
ガシャン、と大きな物音が。
「ちょっと、マコちゃん⁉ 大丈夫⁉」
「あー、ちょっと立ち眩みしただけです。ぜんぜん、だいじょうぶですから」
メイが駆け寄った先には、膝をついて肩で呼吸するマコの姿が。
運動オバケのマコからは考えられないような疲労。
しかし無理もない。たった二ヶ月での突貫工事。そしてそれを一度も試すことなくぶっつけ本番だ。しかも自分をたてるのではなく、他人を執拗に目立たせるなんて慣れない解釈の仕方で。
それに失敗すれば二度と背景からは出てこれない。タイミングを見誤れば星の光にすぐさま喰いつぶされる。
なにより、今回できなければ次はない。絶対にない。そんなプレッシャーの中で、太陽は一瞬の隙を狙い続けていたのだ。勿論その後も、アイに飲み込まれないように全力以上の全力を。魅せ際と引き際を考えながら。ファンのために。
動き続ける七人の位置、スポットライト、カメラ、観客たちの行動を見続けて最善手をはじき出す。そこに後手の先をとってようやくそれで6対4。マコが4だ。実際は3.5といったところだろう。
「……すんません、ちょっと動けないんで誰か肩貸してくれませんか?」
こうなるのも仕方ない。
「しょーがないわね。ほら」
「キタホ先輩、ちっちゃい……」
「だーれがちんちくりんですってぇ⁉」
「い、言ってないよ、キタホちゃん」
あーだこーだあーだこだとキタホが突っ込んで高峯がなだめて。メイはどうしようかとオロオロと。
そんな様子をあらあらまぁまぁとルミカが。カナンは初めて大きい舞台だったからだろう、会話に混じれず放心状態だった。
「なんか、いいね。こういうの」
アイの呟きは嘘か、本当か。
それを真に知るのはもう少し後のこと。
だけど、ふと笑ったその顔は、斉藤も初めて見た顔で。
「あぁ、そうだな」
───いいカオするじゃねぇか。
多分、いや、原因は言うまでもない。
「
だから、アイは飛び切りのプレゼントを。一段深く、踏み込んで。
「……んふふふ、いや、マコやけど。 どないしたん?」
「次は私の完全勝利だからね!」
星は、純粋な白ではなく、絶えず煌めく虹色に。
「何言うとんねん。次こそ勝つのはウチや!」
憤怒の魔女は、己の罪を清算して声高らかに。
恒星が、輝く橙から一切灰燼と帰す銀光へ。
「ウチは、あなたの引き立て役Bに収まる気はないからな!」
眉間に銃口、切っ先は喉元に。
人生を賭けてぶっ潰したい宿敵へ、
とりあえず一区切り。
ハイキュー、いいよね。
ちなみに日向マコの元キャラはブリーチの山爺です。自分の中の最強キャラって何だろうと考えた結果です。
あとはギャルみたいにしたらおもろくね? というところからあれこれこねくり回しました。