WAKE UP B子ちゃん!   作:竹林むつき

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今日は長めです


3/55 太陽の子と星を渡るペンギン、そして迷子の一番星

 審査室に入り、パイプ椅子に腰かける。

 たったそれだけなのに、赤星メイは身体の節々に錆が付いた感覚に襲われそうになった。メイ自身、こういう本番の場はライブの演奏で慣れていると思い込んでいた。

 

 だが実際はそんなことはなかった。むしろ相手は社長と呼ばれていた男と、『B小町』のエースである星野アイ、そしてマネージャーらしき女性の計三人だけ。だというのに大人数の観客たちに向けて演奏を披露した時とは比べる間でもなく空気が重く感じる。

 圧倒的に、『視』られている。品定めされているという感覚が、メイを襲う。

 

「えーでは、初めに40番の人から順番に軽く自己紹介と特技を教えてください」

「はいっ、40番の相沢アイコです。本日はよろしくお願いします。私は―――」

 

 誰もが普段とは違う、うわずった声で話を進める。そんな中でもせめてもの精いっぱいを振り絞って己という素材を売り込みにかかる。が、斎藤の淡々とした『ありがとうございました』の一言が、一秒ごとに興味をなくしていく冷たい審査員三人の目線が『論外』を叩きつけていた。

 40,41、42番と流れる少女たち、始めは見栄を張ってでもと意気込んでいたが最後の方は意気消沈で取り繕った張りぼての笑みを浮かべるだけだった。さっさと軽く質問して今日は終わり、斉藤はいつしか早く終われと思うほどになっていた。アイなんかは欠伸に留まらず机に突っ伏し始めてしまっている。

 

「ありがとうございました。次に43番、お願いします」

「はい、43番の赤星メイです」

 

 ついに来た。そう心の中で呟いたのは、日向か、それともメイ本人か。

 会議室で日向と戯れていた時と同じくはつらつと、だがどこか緊張から来るぎこちなさ。必死に緊張を押し殺して、『らしさ』という強みを前面に押し出していく。だが、こんなこと誰でもやっている。このままでは先の三人の同じ轍を踏んで地獄の底にまっしぐら。

 

 そんなこと、メイだってわかりきっている。

 だからこそ、彼女の本領と、真の強みはここから。

 

 

「特技は楽器全般と、歌です」

 

 

 ―――日向ちゃん、ごめんね。貴女のことは応援している。

 ―――多分、貴女のその眩しさはきっと未来で多くのファンの心を焼き尽くす。

 ―――会って数分でわかるよ。貴女は持っている側の人間だってことは。

 

 

 ―――でも、このオーディションで勝つのは………私だ。

 

 

「何でもいいので一曲、サビ部分だけ歌ってくださいますか」

「……では、せっかくですので『B小町』から一曲」

 

 

 息を、吸う。肺を、新鮮な空気で埋め尽くす。

 

 そして一音、大気を震わせ、鼓膜に津波、脳がしびれた。一言、二節、三と重ねるたびに、その一秒ごとに、なんの変哲もないただのオフィスだったはずの審査室に一瞬幻想。スポットライトも、音響設備すらなく、いわんや観客なんぞいるはずもないただの背景が彩られてゆく。

 

 そこは紛れもなくアイドルが輝くステージだった。

 

 ここは何度も斉藤の見てきた選ばれた者たちの劇場だった。

 

 メイの歌声は、一瞬にしてサイリウムの大波を幻視させたのだ。

 

 

 ―――ほう。

 

 

 記憶に残る人物といえば、と聞かれれば顔、声、そして斉藤自身がスカウトしたアイのように言い表せられぬオーラなんかが挙げられる。勿論、この記憶に残るというのはある種、芸能世界においては必須の素養と言っていい。

 オーディションという場は、素養を持つ人物を探し出すための引きずり網式の漁法なんら変わらない。しかしそんな方法で光る一品を必ずしも掘り当てられるわけもない。現に斎藤たちはこの『B小町』のオーディションは既に三回もやって、やっと二名掘り当てられたのだ。その二名も半ば妥協気味だった。

 

 しかし斉藤の目の前で歌っている少女はどうか。アイドルとしての総合力だけでいえばアイに勝ることはないだろう。だが、歌声だけでステージを創りあげたメイは紛れもなく原石。磨きようによってはだなんて、背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「―――……ありがとうございました」

 

 一礼して椅子に腰かけるころには、ただのパイプ椅子に座る彼女は紛れもなく完璧なアイドルだった。これが本物、これこそが本物。音楽で自分を表現するという芸術家としての執着、そして日向という一目見ただけで焼き尽くされそうになった太陽に嫉妬したが故の輝き。

 審査室にいる誰もが今日の主役を今この瞬間に断定した。

 

 

 そんな中、日向マコは

 

 

 ―――うわすっごー! コレがオーディションかぁ。メイちゃんさんすっっっっごぉ~~! 歌うっっま。綺麗な上に歌エグイとかヤッバ。

 

 

 アメジストの瞳をキラキラと年相応に輝かせていた。まるで大好きな御馳走を目の前にして今か今かと我慢ならない、親をせかす子供のよう。だが、それだけではなかった。

 

 ―――負けてられへんなぁ。

 

 いっとう己の中に蠢く熱をとどろかせていた。はやく、はやく次の番に進め、私の番になれ、はやく、はやくこの炎を爆発させたい。あと一人待てばいいだけの話だというのに、それすら我慢ならないと44番の少女の声すらかき消すほど、無音で叫んでいた。

 当然その様子は斉藤たちも見ており他の志望者たちとは一線を画す、ある種の異様さに『なんだコイツ』と目を向けてしまう。

 ただいるだけで他者を塗りつぶしてしまうほどの存在感。斎藤は今まで日向に対して怒りという個人的感情を多分に含んでいたために気が付かなかったがゆえの盲点。あんなことがなければ斉藤とて日向を一目みてすぐさまスカウト、なんてこともあったかもしれない。大事なことでもう一度言うが、あんなことがなければの話だが。

 

「ありが、とうございました。次に45番」

「はいっ! 45番、日向マコです。本日はよろしくお願いします!」

 

 そうして、アイの眠気すらかき消す朝日が昇り、

 

 

「特技は、―――ダンスです」

 

 

 ファーストインプレッション(出会って五秒の記憶)すら灰と化すほどの極光、摂氏6000度にもなる焔の煌めきが審査室を焼き尽くした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 時間にして数十秒。『B小町』のサビメロの約30秒そこら。

 だが、彼女の陽光が網膜に焼き付いてしかたがない。刹那のようにも感じながら、逆にずっとみていたような。そう、例えるなら火傷をしたときに、一瞬の過ちが永遠にも感じられる時と同じ感覚。

 日向の強みである体感としなり、そして一足飛びからの蹴りを狙ったところに打ち込むことを可能にするほどの天性の運動センス。そこから織りなす、大胆にされどメリとハリに刻まれたステップと振り付けは日向という存在を一層大きく醸し出す。

 それほどまでに、人の形をした太陽の一挙手一投足は人の心を蝕んでいく。一見、日向の紫に輝く目と平均より高い背の容貌を見れば『月の女神』、碧がかった髪を鑑みると『森の聖女』なんて形容するほうが合っているようにも捉えられるだろう。

 しかしこれほどまでに圧倒的な熱を醸し出す人物にどうして先の形容句が当てはまろうものか。

 

 日向マコはまさに太陽の子と言い表すほかなかった。

 

 

 音が止んで、やっと灰すら焦がしかねないほどの熱さが引いていく。斎藤が唖然とした様子から席に座るよう言葉を促すまでに十と数秒かかってしまった。

 

「ねぇ、日向さん」

「ちょ、おまっ」

「別にいーでしょ、私だって審査員の一人なわけだし」

 

 一礼して席に座ろうとした瞬間に聞こえてきたのは意外や意外、今まで傍観を決め込んでいた星野アイだった。本来の進行とは違ったのだろう、斉藤が黙るように喝を飛ばしたがそんなものに左右されるアイではない。ひらりと躱して日向に言葉を投げたのだった。

 

「―――なんでしょうか」

「そんなに硬くならないでよ。書類見た感じ同い年なんだしさ」

 

 訝しむ日向。アイへの小さな不信が言葉を詰まらせる。

 反対にアイは興味津々といったようすで、星の宿る両眼で日向を捉える。絶対に逃がさないという捕食者の目にも思えた。

 

「どうして、日向さんはそんなにアイドルになろうとしているの?」

 

 アイの疑問はシンプルで、だが的確だった。

 日向の作り出した30秒の灼熱は確かに素晴らしかった。数ある原石の中でも頭一つ抜けている。だが―――いや、だからこそ不可解なのだ。踊りはいわば己の価値観や世界観を、自分の身体を使って表現する芸術家。アイドルとは一見程遠いアクロバティックな動きも可能ならばスケートや社交ダンス、ストリートダンスにあるいは劇団と、選択肢は数多知れず。

 

「どうして、アイドルにこだわっているの?」

 

 究極いえば、アイドルではない道の方にこそ芸能の世界で日向は輝くだろう。

 だからこその問いに―――

 

「やかましい、大きなお世話じゃボケぇ」

 

 隣で聞いていたメイが口を大きくあんぐりさせるほど、日向の答えはなんというか、そう、言葉を選ばずに言うと場違いはなはだしいものだった。面接という場で、メイや日向たちが選ばれる側で、斉藤やアイが選ぶ側だというのにこの言い草。今この場で落とされて帰れといわれても文句は言えない。

 

 しかしなぜだろうか。メイは唖然としつつもう一つ、どうしてか日向にこそ真意アリ、そう見えて仕方なかったのだ。

 

「どんなやつが何になろうとしても別にええやろ」

 

「なりたいもんになる。そのために歯ァ喰いしばって努力したり、色々悩んだり、傷ついたり、泣いたりしてさ」

 

「そうやってたどり着いた先に自分が思い描いていた姿があったら幸せやん?」

 

 それはあまりにも眩しすぎる言葉で、雲一つない快晴の笑顔で、穢れを知らぬ戯言だった。だが、気が付けばアイは言葉を心の中で反復していた。そして、どうしてもザワついて、初めての感情が沸き立って、アイが知っている単語では言い表せない―――不快。

 

 

「たどり着いた先がぜーんぶ嘘で、ガラクタで、真っ暗闇だったらどうするの?」

 

 

 あまりにも冷たい声音だった。会議室や他の時とは比べるまでもなく、人を殺すために作り出された言葉の刃。アイは生まれて初めて誰かを心底否定したい、そう思ったのだ。

 

「もう一回最初からチャレンジして、試行錯誤して、欲しいもんは何が何でも手に入れる」

「それでもダメだったら? 欲しかったものは空っぽで、本当のことなんて何一つなくて、全部薄っぺらい嘘だったら? やることなすこと無駄になったら? 

 

それでも日向さんは幸せだなんて口にできるの?」

 

 いつの間にかアイの声は震えていた。誰もいない冬の曇天、迎えに来る親はおらず都会の中でただ独りの迷子。吸う息が肺を抉り、お腹は絶えず鳴りやまぬ。それでも周りの大人は知らんぷり。意を決して手を伸ばそうと、誰も幼子の手を掴む者はいない。

 

 そんな、寂しがり屋で独りぼっちな女の子の悲痛な叫びだった。

 

 

「……なんのこと言うてるかわからんし、誰のことかも知らんけど、―――ウチはそれでも諦めへんよ。だって、不幸せよりかは幸せの方がええに決まっているやん」

 

 

 曇天に、光が差す。

 迷子の女の子の横に、太陽はいた。

 

 

「だから独りでダメやったら他の人にも頼る。困ったんなら『助けて』って声にする。人の心の内側なんて誰も知りようないし、だから自分の思うてることは全部口にする」

 

「何が欲しいのか、何になりたいのか、どうしたいのか。いつか言葉にした答えに自分がたどり着いたんなら―――途中で得た嘘も空っぽも無駄も笑い飛ばして愛しての超絶怒涛のハッピーエンドよ!」

 

「―――」

 アイは、言葉が出なかった。斉藤も、もちろんメイも、他のアイドル志望の子たちも。まぶしい、あまりにも眩しすぎる。己の論理を信じて疑わぬだけでなく、聴衆にすらそれこそが真理であると思わせるほどに太陽の光は辺り一面に祝福を照らす。

 確かに、幼稚だ、暴論だ、でたらめなことを言うな。そう否定するだけなら容易い。だがそうした瞬間に人として大事なモノを失くしてしまう気がしてならないのだ。

 

 それは誰しもが生まれた瞬間に持っている一番星。あらゆる可能性を内包した夢幻の宇宙。だけど気が付いた時には自らこぼれ落としてしまう儚い光。

 

 人類が、『希望』と形容した不定形の暖かさ。

 

 

「でもそうやななぁ、もしアイさんが言うような真っ暗闇で迷子になっているヤツがおるんやったら」

 

 

 日向の言葉には、そんな希望に満ち溢れていた。

 

 

 

 

「ウチが完璧で究極無敵なアイドルになってその子を幸せにしたる!」

 

 

 

 

 彼女の笑顔には、瞳には、希望を信じたいと思わせる焔が宿っているのだ。

 

 

 

 




Q 無理ゲーにどうやって挑みますか?


A レベルを上げてぶん殴りましょう。


さてさて、太陽の子はオーディションに受かったのか、それとも……
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