WAKE UP B子ちゃん!   作:竹林むつき

4 / 13
百合ルートはないでぇす!


4/55 火の鳥と一番星、そして――――凶ツ星

 

 オーディションがすべて終わり解散の合図を言い渡された時には、もうすでに日は西に沈みかけていた。目を焦がすほどの熱量には陰りを見せるが、夕焼け時特有の明るさはいっとう強く。そんな黄昏どき。

 

「ほな、ウチはこっから走って帰るから、メイさんまた遊びましょな~」

 

 ショートパンツから覗く日向の健康的な太ももが筋肉で持ち上がって、駆けるポーズ。ニカッと白い歯を覗かせる彼女の姿をみた赤星メイはどこかボウっとした様子だった。とはいえその様子にまさか、という疑問が一つ。

 

「え、近くに住んでいるの?」

「いんや、最低でも一時間半くらいかかりますけど?」

 

 足の長さ、そしてオーディションの時メイの網膜を焼き尽くしたあのダンス。決して緩やかではなかった。むしろ他の人が同じことをしたら息は少し上がっていただろう。それを踊り終えて息一つ上がらずにいた様子から垣間見える底なしのスタミナ。

 

 この二つを鑑みると絶対に常人では二時間以上はかかるだろう。何ともなしに狂気的なことを言って見せる日向に、メイはドン引きした。

 

「あ、連絡先交換しときましょ!」

「いいよ。じゃあケータイの画面見せて」

「はいこれ、またメイさんの歌聞きたいんで、今度カラオケに行きません?」

「じゃあバイトのない日送るから、その時にでも」

 

「はいはーい! いやぁ、いいなぁ。ウチまだ中学生ですから、バイトできないんですよねぇ」

「別に楽しいモノでもないよ?」

「自分で使えるお金がもっと欲しいの!」

「そっかそっか」

 

 来年からは! と拳を天に掲げる日向。長身とアメジストの瞳から醸し出されるお姉さんチックな風貌からは全く反対な子供らしい、年相応な日向のリアクションに思わず笑みがこぼれる。

 

 あの会議室での一幕、完全無欠な彼女の後姿を知っているメイはそのギャップにクラっときてしまうほど。きっと日向があと三年早く生きていたら、自分は日向を推しの子にしていただろう、だなんてメイは考えてしまっていた。

 

「絶対、絶対誘いますからね! 既読無視し、しないでくださいよ!」

「わかったから、前見て走らないと危ないよー」

 

 

 一度、日向の足が止まる。

 

 

「ああ、それと―――」

「んー? なにー?」

「『B小町』でのメイさんのライブ、楽しみにしてますからねー!」

 

 太陽の光にさえ負けないほどのエールが、メイの心を貫いた。

 その瞳には、言葉にはメイが落ちるなんて在りえないと訴えていた。これまでバンドでのライブでも貰ったことのないファンからの純粋な声援。頭の中で何度も響いて、そのたびに心の内が温まる感覚。メイは、そっと右手を胸に位置に押し当てる。

 

 少し、動機が早くなっていた。

 

 頬が赤く見えたのはきっとさんざめく夕焼けのせいだ。だから、両手で顔を覆ったのは日向のせいじゃない。断じて、きっと。ないったらないのだ。

 

「まったく、もう」

 

 にっこにっこのるんるんで走り去る太陽の姿に、メイの顔に笑みが浮かぶ。

 

 日向はメイのことを元気溌剌と形容していたが、もしこれを彼女が知れば『どの口が』『むしろ貴女が』と優しいお怒りが日向に淡々と下されるだろう。

 

 実際あと半年後、バレてしまって一波乱あるのだが、これはまた別の話。

 

「―――負けてられないなぁ」

 

 両手の隙間から見えた顔は満面の笑みであり、獲物を狩りとる瞬間を待ちわびる狩人の眼光だった。

 

 

 たった一人の胸の内だけで滾っていた情熱が星を目指す鳥にも伝播していく。音楽がどうしようもなく好きなだけだった少女の魂に炎が宿る。

 

 たった一日の数時間、されど確かにあった刹那の中で灯された種火が、嫉妬という燃料に引火していく。

 

「今日、ちょっとカラオケで練習して帰ろう」

 

 もう、音楽という羽をもがれた哀れな海の鳥はいなかった。会議室でうつむいていた黄色の魂は、既にどこまでも広がる銀河を捉えていた。

 

 燃え盛る魂で形作られた新たな翼でどこまでも、どこまでも。

 

 

 太陽系すら超えんと息巻く火の鳥は再び翼を大きくはためかせたのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「で、どうするの?」

「どうすっかなぁ。……って、なんでアイも残ってるんだよ」

「私だっていつも決める時にいるじゃん」

 

 斉藤は頭を抱えて、星野アイはのんきに椅子をぶらぶらさせながら、二人以外誰もいなくなった審査室の中でたむろっていた。審査室にいたもう一人の審査員はマネージャーという名目で、ただの斉藤個人の愛人でありなんの権限もない。

 

 そして『B小町』というグループそのものがアイに一目ぼれした斉藤の独断で創りあげたグループである手前、新メンバーを決める時はこうして二人で決めるのが通例となっている。

 

「いつもはめんどくせぇ、っていってオレに全部丸投げしていただろ」

「……そうだっけ? 覚えてないや」

 

 いや、アイはそもそも他人に対して関心が薄すぎる手前、実質的には斉藤の独断で決まっていた。今日、この日までは。しかしイレギュラーの到来により、慣習は既に意味をなしていなかった。

 

 その元凶は、二人の机の上にある一枚の審査書類。

 

 日向マコ、アイと同級生で、斉藤にゴーシューティングしたチャーミングな女の子。

 

「藤岡社長さぁ、まだ根に持っているの?」

「斉藤だ、何度も言わせんな。別に、それに関してはもう何とも思っていねぇよ」

「じゃあなんで? あの子、すごいよ?」

 

 

「―――あぁ、お前が直ぐに名前を覚えるくらいにはすげぇ奴なんだろうよ」

 

 

 アイは、幼児期の育成環境の劣悪さから、顔と人の名前を覚えるのが大の苦手だ。仕事現場ではあえて名前がでないように会話をコントロールしたり、おバカなフリをして難を逃れてはいるが気付くヤツは直ぐに気付く。

 なんせ芸能界に誘って、二年は共にいる斉藤の名前でさえきちんと呼べたのは二度三度程度。少なくとも十はない。

 

 そんなアイですら彼女の一度で覚えたのが、記憶に残る人という芸能界で必須のスキルを日向マコが持ち合わせていることを証明している。なにより斉藤もあんなのを魅せられたら芸能事務所の社長としての血が騒がないはずがない。しかし、問題はそこではないのだ。

 

「コイツぁ、自制心がなさすぎる」

「? 別に良くない?」

「よくねぇよ。今日、蹴り入れたのがオレ程度のヤツならもみ消しでもなんでもするさ。でも、もし―――大手スポンサーや、それこそ財閥の人間に手を出して見ろ、この事務所の、なによりお前の首が吹っ飛ぶ」

 

 簡単な話、リスクとリターンが釣り合っていないのだ。芸能界はコネと繋がりがモノをいう世界。気に入れられるために色々、内容を聞くだけでも吐き気を催すアレやコレやがそこら中に埋まっている。

 いかにやり過ごすか、という『視ない』力も必要なのだ。その点日向はあまりにも危なっかしすぎる。相手が世界に名だたる財閥の身内が加害者だろうと、きっと日向は被害者のために一目散に駆けつける、立ち向かう。

 蹴った相手がオーディションを受ける事務所の社長でオーディションに落ちました、その超強化版で被害者を助けたら加害者が勤めている会社からの圧力で事務所がつぶれてしまいました。なんてことがあるかもしれない。

 

 なんなら事務所が潰されるだけで済むなら御の字だ。

 

「目の前の理不尽に目を瞑れないなんて、ここじゃ厄ネタ過ぎる」

 

 もちろん、斉藤の個人的な感情だけなら既に日向はもろ手を挙げて歓迎したい人材だ。アイのために作ったこのグループで、アイにどんな影響を与えるのか、どんな化学反応を見せるのか、楽しみでたまらない。

 

 だが、プロデューサーとしての思考のそばで、社長としてのブレーキがかかる。性格の危うさ、そもそもアイが潰されてしまう可能性。『B小町』の絶対的エースという肩書が、ネームバリューが脅かされることによる損失。

 

 そして最後に一つ、自分が見出した一番星を贔屓にしたい。そんな星の奴隷としての感情。

 

 コイツなら他の事務所でも、なんて言い訳がましい感情まで。

「そうだな、だからこいつはやっぱり―――」

 

 斉藤は、机の書類をゴミ箱に捨てようとして、

 

 

「ねぇ」

 

 

 星の瞬きによって止められた。

「社長」

 

 

 輝く瞳は、黒く染まって見えた。

「今さらだよ」

 

 

 それは、星の鼓動にも、脈動のようにも。

「私以上の厄ネタなんて、ある?」

 

 

 光も、時間すら押しつぶす極小の虚ろに、斉藤はゾッとした。

 

 

 しかしここで、星の進路は切り替わる。

 

 既定の路線から、未だ誰も、いわんや神さえ全貌を捉えるに至らない外宇宙の境界線を、今確かに超えたのだ。

 

「あぁ、あぁ、そうだな。そうだった」

 そして斎藤は判子を一つ手に取って朱肉を付ける。振り下ろされるは、採用の二文字。

 

「アハハッ、これからもっと楽しくなるね」

 誰も手を付けていない運命という大地、そのフロントラインに降り立った開拓者たち。これからどんな出会いと別れが、幸せと不幸が待っているかわからぬ空の下で、一番星とその奴隷は踊る。

 

「気合いれろよ、アイ。『B小町』の絶対的エースとして」

 

「誰にも負けるつもりはないよ。だって私は完ぺきな嘘つき(アイドル)なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあった日の翌日。太陽が沈んで、闇と月が支配する二十時そこら。

 

 とある劇団のワークショップで演技指導を受けていたアイ、その横に小さな少年が一人、二人仲良く帰路についていた。

 

「どうしたんですか、アイ。何かいいことでもあったんですか?」

「うん? うーん、えへへっ。そう見える?」

 

 帽子のつばを触りながら舌をてへッと出す姿はさすがアイドル、様になっている。横にいる金髪の少年もそんなアイの姿にうすら寒い笑みを返した。劇団の出資者の財閥の御令息だか息子だかなんだかアイの知ったことじゃないが、こうして同類と話す機会があるのは彼女もうれしい。

 

 生まれて十と四そこそこ、今年で十五になる少女だ。なんだかんだ話しが通じる同類の相手が欲しくてたまらない普通の女の子なのだ。ヒトデナシだからこその孤独感、とも言い換えられるが。

 

「えぇ、とてもいい出会いがあったように」

「そんなことまでわかっちゃうなんて、―――神崎君はやっぱりすごいな」

 

「僕の名前は、

 

カミキ、神木ヒカルですよ。そろそろ覚えてください」

 

 

 アイよりも一つか年齢は低いというのに学の高さから来るものか、はたまた他人を見下しているからこそか落ち着いた様子は彼の、カミキヒカルの異様さを強調している。

 

「アイさんがそんなに惹かれる人ですから、きっと凄い人なのでしょうね」

 

 呟いている内容は年端もいかない少年の無邪気さ。

 

 だが、真っ黒に、ドス黒い凶星を両眼に宿しながら思案する金髪の容貌は、どうにも気持ちが悪い。何かろくでもないことを考えていると、百人いれば質問されなかった通行人も合わせて千人が断定するだろう。

 

 

「ダメだよ」

 

 

 そんな真っ黒よりもなおおぞましい『無』、虚ろの星がカミキに待ったをかける。

 

 

「アレは、あの太陽は私が撃ち堕とすから」

 

 だから、貴方は絶対に手を出さないでね。と、一番星が這い寄る。

 カミキの頭を撫でるように、掴みかかるように優しく撫でる。

 

 

 そんな尋常じゃないアイの様子に、神木はひるんだ様子もなく嗤った。

 

「ええ、わかりました。僕からは何もしませんよ」

 

 

 

 

 こうして、人でなしどもの秘密の約束は交わされたのだった。

 

 

 ―――……僕からは、直接、ですけどね。

 




補足

現在
日向マコ・星野アイ:14歳
赤星メイ:16歳

カミキヒカル:13歳 


二年後が楽しみですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。