新生『B小町』の第一回ミーティング、記念すべき内容はそれほど劇的ではなかった。集まったメンバー七人がそれぞれ短く自己紹介をして、全体レッスンやお披露目などの今後の予定の共有、そしてレッスンを使う際に関しての連絡。あとは少しばかりの事務所内の飲食云々。
話し終えたらアイと共に仕事へ出かけた斉藤。その後ろ姿を見て、え、こんなもんなん? と日向は拍子抜けしてしまった。赤星メイや伊熊ルミカ、あとは四ノ川カナンも同じ思いだったのだろう、全員かわいくポカンとしていた。
ここで補足しておくが、日向がクラハから聞いていた通り、カナンは本当に苺プロに合格している。ビッグマウスやオオカミ少年よろしく大ウソつきではない。
「アンタら災難ね。こんな事務所の、それもこんなグループに合格しちゃうなんて」
鼻を鳴らして四人の新人に憐れみを向けたのは、確か自己紹介の時に渡辺キタホと名乗っていた女性だ。カツンカツンとわざとらしく足音を鳴らすさまはわがままお姫様といったご様子で。
「ツインドリルなんて初めてみたわ。うわめっちゃ整ってる。どーやってセットするん?」
臆することない日向を羨めばいいのか、恐れればいいのか。どうにもツボに入ったご様子のピンクのお姫様はつらつらと話し始める。
どのアイロン使っているだとか、シャンプーはどうのこうの、毎日どれほどの時間を費やしてメンテナンスしているのか等々。見る目がある後輩の登場に、『B小町』の成立初期から関わっている渡辺は喜びをかみしめていた。
「―――じゃなくって!」
「うわ、いきなり大声出さんといてくださいよ」
「話を逸らしたのが悪いんでしょーが」
ノリツッコミが冴えわたっていた。関西風にいうのならば。
「さっきの、『災難だ』ってどういうことなんですか?」
「そ、それはね。このグループができた由来にあるの」
メイの質問に答えたのは語気の強いキタホではなく、反対におどおどとした口調の女性だった。メイと似通った髪型でありながらも、比べる間でもなく一見頼りなさそうに見えるオレンジの少女。キタホと同じく創立メンバーの一人である高峯メイカだった。
『B小町』内でメイと同じく最年長の一人なのだがどうにも頼りなさそう。実際、二年は一緒にいるだろうに、キタホの鋭い声にビクついていた。
「みねちゃんの言う通り、このグループはそもそも『アイの、アイによる、アイのために』斉藤社長が無理を押し通して作ったハコなんだから」
そう、『B小町』は街中でたまたま見つけたアイに斉藤壱護、苺プロの社長が一目ぼれしたことがキッカケだ。その日の帰り直ぐに新規アイドルプロジェクトなるものを立ち上げて、アイの引き立て役となる人物たちを選出。後日直ぐに偶然を装っての勧誘。
この時の斉藤の爆発的な行動力は目を見張るものがあった。これで計画がコケていようものなら、社長を辞任、賠償請求なんてこともあったかもしれない。しかし実際には経歴数年の弱小事務所を、ローカルとはいえ放送局やらラジオの出演にまでこぎつけさせたのだから誰も文句は言えない。
が、星を輝かせるための研磨剤として、それこそ渡辺キタホが毒吐いた言葉、『引き立て役』として消費された『B小町』の創立メンバーたちはたまったものではなかった。
明らかアイびいきの社員たち。仕事の出演頻度、社内外の対応の差。
ダンスも、衣装も、歌や演出さえ『アイをどう活かすか』に重点を置く。そのために音もなく殺され続けた彼女たちの内心はいかほどか。
そうして手に入れた茶封筒の、なんと惨めなことか。
「だから、このグループで夢を見るのは止めておきなさい。辛くなるだけだから」
キタホはもういなくなった、かつてのメンバーを省みた。アイとキタホ、そして高峯とあともう一人の四人で始動した『B小町』、活動する中で心を壊してしまった、今はいない四人目のメンバー。無慈悲に斉藤からクビを言い渡された友達。
「ここで上手く生き残る方法は三つ。アイに文句を言わない。関わらない。何も期待しない。そうすれば、多少いい思いができるわ」
「社長の言うとおりにしていれば、火の粉が飛んでくることはないから、ね?」
俯くキタホ、仕方ないと心を押し込める高峯。それは諦観かはたまた夢から覚めてしまった侍女のようにも。きっと、彼女たちは疲れてしまったのだろう。いてもいなくても変わらない、求められてもいない。『視点B』の話なんて誰も興味を持つわけもない。いままで何があったのか、聞けるはずもなかった。
そもそも、かわいいだけなんてこの芸能世界にはありふれている。そこそこ歌が、ダンスが上手かろうと。中途半端な愛嬌があろうと、なべて使い捨ての石にすぎないのだ。
だから、せめて『自分はあんなすごい人と一緒のグループにいたのだ』と、自分を慰める理由を付ける。あとは切り捨てられる時期が来るまでのんびりと。
そう、言い訳して生きていく。
「なるほどな。んなら、そいつら全員黙らせてまえば、ウチがセンターや!」
しかぁし! 日向はそんな面白くもない選択肢なんてはなからごめん。
敵対? 上等。
対立? やってやるよ。
クビ? それを怖がっていたら何にもできねぇや。
喧嘩上等バッチコイ。こんなことで及び腰じゃ、恥ずかしくてお天道様に顔向けできない。
「そうとなりゃ、三週間後のお披露目ライブまでにもっともっと仕上げたるわァ!」
ライブで使うデモ曲ダウンロードさせてくださーい、と元気よくレッスン室を飛び出す日向。メイの「あ、ちょ」という静止の呼びかけなんて貸す耳もない。
アイツ話聞いていたんか? とキタホと高峯の頭の中ははてなで一杯だった。
珍妙怪々、怪物が跋扈する芸能世界にもまれて二年と少し。高峯は小学生から役者としても活動したことがあるから四年と少し。二人は色々な奇人変人を見てきたが、日向の変人度合いはずば抜けていた。
「あの子はぁぁぁ! ……すみません」
「メイさんったら、まるでお母さんみたいな言い方ですねぇ」
「あんな大きな子供を産んだ覚えはありません! ……もうっ」
ルミカのボケ、いや半ば本気か。にすぐさま否定するメイは頭を抱えていた。キタホたちが話してからの、レッスン室に流れ込んでいた重い空気はどこへやら。太陽が吹き抜けていってからは見る影もなく融解。
「キタホ先輩、高峯先輩。ご忠告はありがたく思います。でも、まだ自分たちを試していないのに諦めたくはありません」
「そう、赤星さんは強いのね。―――折れた時は、コーヒーとパンケーキくらいは奢るわよ」
「そうならないように精進します」
「もしかしてぇ、渡辺先輩ってツンデレってやつでぇすか?」
「ハァッ⁉ 誰がツンデレですって?」
「き、キタちゃんは素直じゃないけど、ちゃんと良い人だよ」
「みねちゃんは黙ってなさい!」
せっかくメイとキタホの中で会話がまとまりかけていたのに、ルミカがいらないことを言ったせいでとっちらかっててんやわんや。高峯も新加入の二人には怯え気味だったが、キタホは苦楽を共にした仲だ。苦汁をなめ続けた親友に今さら気を置く必要などない。
「四ノ川さんはどうするの?」
「あたしは……」
メイが四ノ川に問いかける。巻き込まれないようにするためか、壁に咲く花として気配を消していたはずなのに、メイが会話の中へといざなっていく。
ここまでまったく話に上がってこなかった最後の『B小町』の新メンバー。日向と同じ中学で同級生ということしかわかっていない女性。なんというか、こう、美女と言われたらパッと思いつく姿。しかしどうにも印象に残らない。
学校にいればちやほやされるが、アイドルとしては……うん。という評価が適格だ。
実際四ノ川にはメイや古参の『B小町』たちのようにわかりやすい挫折も特徴もない。しいて言うなら、普通のどこにでもいるコミュニケーションが上手な女の子。
「今は、まだ、なんとも」
「……そっか」
まだ、己のことすらよく理解できていない、思春期真っ只中のひな鳥だ。
主人公でも、脇役ですらない彼女にいつか芽生えの時が訪れるのか。どんな花を咲かせるのか。今は誰にもわからない。四ノ川は、まだ誰から見ても誰でもないノッペラボウなのだから。
「よっしゃ! 音源と振り付けの動画借りてきたで!」
そうして二度足を踏んでいる瞬間も、行動力の化身はそんなこともお構いないし話を進めていく。
チッ―――
しかし、その超スピードの世界に誰もが付いて来れるとは限らない。というか、キタホ達四人とは知り合ってたかだか数十分。それだけで心を鷲掴みにされるほど、彼女たちの魂は軽くない。あの言葉だけで突き動かされるくらい軽い悩みならば、キタホも高峯も立ち直っている。
つまるところ、日向は少し空回りしてしまったのだ。
「ご、ごめん。きょうはこの後予定があるか、また、今度ね?」
高峯のことばを皮切りに、一瞬で熱が冷めていくのを肌で感じる。とっかかりを作ってみたというのに、するりと逃げられてしまった日向は不満げだった。
ルミカは『今日は楽しかったぁ。またねぇ』と。四ノ川と高峯は一礼して。
「ま、せいぜい足掻きなさい」
と最後に出ていった渡辺キタホが締めくくった。
そうして残ったのは日向とメイの二人だけ。アイは仕事で仕方ないが、七人中二人とは初日から前途多難。まだ一人じゃないからマシとも言い換えられる。
しかし普段から一人で、誰もいない公園や空き地でダンスをしていた日向はウキウキだった。
なんせ彼女のアイドルになってやりたいことランキング三位が『グループみんなでレッスン』だったのだ。
「め、メイさぁ~ん」
「私はやるよ⁉ だからそんな泣きそうな顔しないの」
「やったー! メイさん大好き!」
「ちょっ⁉ CDデッキ持って抱き着くのは危なッ!」
だから、たった一人といえど、共にいてくれることが嬉しくてたまらない。感極まって抱き着いてしまった。どんがらがっしゃ~んと仲のいい騒音がレッスン室に響いたのはご愛敬。
こうしてまずは二人だけの、幸せを求める旅が始まるのだった。
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