事務所の中のレッスン室で、女子二人、何も起きないはずはなく……。なんて良い子に見せられないことが起こるはずもなく、日向マコと赤星メイはきたる三週間後のお披露目ライブに向けてのレッスンを始めていた。
「ね、ね、ねぇ……」
「どしたんです?」
「もう、限、界 ……ばたんきゅ~」
「えっ、メイさん⁉ メイさぁぁーーーん!」
完全密室のレッスン室で、真っ白な遺体が一つ。
赤星メイはちからつきてしまったとさ。チャンチャン。
事件の発端は、「まずは準備運動して身体を温めよう!」という日向の提案だった。メイもその通りだと思ったし、基礎を疎かにするつもりもなかった。だが、その二時間後に逝ってしまったら元も子もない。
日向からメイに、いつものルーティンワーク、本格バージョンをメイさんもやってみましょうよという、妹チックな彼女からの気兼ねない誘いだった。
初めの五分、音楽のリズムにノリながら簡単な体操で身体をほぐす。まぁ、大事なことだし。次の二十分、レッスン室を走って身体の体温をあげる。いきなり激しい動きをしたら怪我をするから当然だね。……ちょっと長い気もするかな。
ここらへんでメイは嫌な予感を感じていた。
そして十数分。ダンス中に捻挫をしないよう、ステップワークを取り入れた基礎練習。
次の十分、身体をより柔軟にしてダンスのフリを大きくできるようにヨガスタイルを取り入れた柔軟体操。
次の十分は先の柔軟体操をより強化したバージョン。
さらに、追加して、もう一声。エトセトラエトセトラ。
基礎筋トレ、体幹トレーニング、温まりにくい背筋を意識したトレーニング。
やっていることはまともなのだ。まともだけど、負荷や時間がえげつない。
メイは失念していた。相手はあの日向マコ。このクソ暑い季節にガチのダンスを踊った後、別に運動用でもない普通の靴で二時間フルのノンストップで走り続ける化け物なのだ。メイも遊びに行くたび、『あれ、この子いつも走ってきてるな?』『あれ、この肺活量すごくない? ロングトーンすご』と怪物の片鱗は垣間見ていた。
『まさかこの子……』と冷や汗かいたことも多々ある。
しかし、実際はそれ以上だった。メイの予想なんて何十倍も超えていた。
これじゃ、ダンスする云々の話ではない。
―――始まる前に、私殺されちゃうぅぅぅ!
犯人は全く悪気なく、むしろこちらを本気で心配しているのだからタチが悪い。
『こんなんも付いてこれないんですかぁ~? ぷぷぷ、ざぁ~こメイせんぱぁ~い』
とメスガキよろしく煽ってくれたらまだよかった。こんなキャラでも推せそう。
……ではなく、日向はやさしい。数分でも話したことのあるやつ全員が口をそろえて『日向マコは厳しい時もあるけど、優しい』と評価する。
自分が本気で悲しい時は寄り添ってくれるし、楽しい時は共に楽しんでくれる。暇な時は率先して何かをしでかす。する、ではなく、しでかす、だ。重要なのでどうか覚えていて欲しい。
今だって、メイに団扇を仰いで、自分の水もぬるくなってもいいと、メイの首筋に当ててくれている。ふとももが良い高さの枕になって気持ちいい。ずっとこうしていたい。
……ではなく、本気で優しいから、なぜか付いてこれられなかったこっちが悪いと、謎の罪悪感に苛まれるのだ。
色々いったが、反復法を使ってしまうほど、日向は太陽の子、とまとめておけば大体合っている。
「ご、ごめんね。私も、体力はそこそこ自信ある方だったから、ついていけると思って」
嘘だ。メイは学校の新体力テストでも上位五人に食い込むほど身体能力は優れている。バンド練習でむしゃくしゃした時に、ジムに行って鬱憤を晴らしていたのが理由だ。肺活量は歌にも直結するから、実際役得とは感じていた。
「こっちこそごめんなさい。いつも一人でしか練習できんかったから、一緒に練習できる友達ができて浮かれてもうた。初めてで、そのぉ、嬉しくてつい」
「マコちゃん……」
独り誰もいない大きな公園でダンスするマコの姿を思い浮かべて、泣いた。
「えっ、なんで泣くんです?」
「だって、こんな良い子が今までたった独りで努力してきたっておもうと、私、わたしっ」
「泣かんといてくださいよぉ。メイさんが泣く姿、ウチ見たくないです」
お膝で涙ぐむメイと、それをなだめる日向。この場面を見て、『質問:どっちが年上でしょーか?』と聞かれても正答できる人なんていないだろう。
そうしてしばらく、メイの激情を日向があやす。こんないつもとは逆の立場に気づいてからか、なんだかおかしくってつい笑ってしまった。ひとしきり腹を抱えた後は、メイの息が整うまで、日向がダンス練習を一人ですることとなった。
「そういえば、いつもどうやってダンス練習しているの? レッスン教室とか?」
「いんや、さっきも言うたようにいつも公園で一人ですよ。……たまに公園で太極拳式の体操とかに混じってたりしましたけど」
「へぇぇ~。んじゃ、完全に独学であのダンスかぁ。すごいね。天才だ」
「―――天才なんかやないですよ」
「うん?」
メイからすれば意外な返答だった。あのオーディションでの極光。目に焼き付いて離れないことを具現化した一幕を演じきってみせた本人がこんなことを言うのだ。空を見て、アレは空じゃないなんてトンチめいた日向の言葉に首をかしげるのも当然だった。
「ずっと、ずっと小さぁ~い時から、他の子が絵を描く時間、遊ぶ時間、ゲームする時間、全部、自分を動かすことにだけに費やしてきた。それだけですよ」
それは、いっそ他人からすれば狂っていると、評すべき事柄。
大人の指図もうけず、束縛があったわけでもない普通の家庭で、たった一度見たブラウン管の中の『火』に憧れたから。それだけの理由で十年以上続けてきた。
こんな狂気を、日向は心の底から『誰でもできること』『まだ君はそんなに夢中になれる存在に出会ってなくて、いつか必ず出会える』と、そう、本気で思っている。
「あーでも、『健康な肉体をおとーちゃんとおかーちゃんからもらって、それでちゃんと生きてるやつ』っていう意味なら、ウチも天才なんかもしれんけどなっ!」
ゾクリ
太陽の中身を垣間見た気がしたメイは、脳が凍った。そう、感じた。
とても重要なことに、どうにもならなくなった後で気が付いてしまった。そんな寒気が、メイの身体、精神までも駆け巡っていったのだ。
そんな様子を見て、―――今は見ないふりをして、日向は自分の話に戻る。
「冗談はさておき、ウチがいつもやってる練習方法は、……まぁ、はたから見たらめちゃくちゃ地味らしいんです」
一度、日向は自分の姉に練習風景を見てもらったことがある。
確か映画のとあるシーン撮影の練習か何かだった気がするが、よく覚えていない。
重要なのはそこではない。話のミソはこの後だ。
ひとしきり(二時間も)姉に見てもらった後の感想、それが『なんでこんな地味なことずっと続けてられんの? 頭おかしいんじゃない?』、だった。その夜、日向は本気で自分の母に泣きついた。理由を語ったら、まぁ、アレはしょうがないんじゃない? と受け流されてしまった。
「へぇ~。どんなことをするの?」
「まずは―――手を叩く」
「……うん?」
「一回やってみます?」
「キツくない?」
「だいじょーぶ! まずは手ぇだけやから」
ホントかな? コレが嘘だったらちょっと頭ぐりぐりでもさせてもらおう。と心に決めるメイだった。なにはともあれ、やってみないことにはわからない。日向の指示通りにやってみることにするのだった。
「まずは、腕を伸ばして、指先をそろえて天上に向けるイメージで、そして背筋をピンッと。真っすぐに!」
「……こう?」
「うーん。惜しい!」
ヨシ、かわいい笑顔。
……じゃなくて、メイは日向の言っている意味がまるで分からなかった。自分は言われたとおりに真っすぐ伸ばしているはず。文句を言われる筋合いはないはずだ。こんなことで関係が亀裂する仲ではもうないが、思うことがあるのは事実。
「何がダメなの?」
日向がいつもしているように、メイも感じた疑問をそのままぶつけた。
「写真撮るから見てみてください」
カシャッとシャッター音。魅せられた画面は、メイをよこからとった写真だった。
「―――あ」
「メイさん、ちょっと重心が後ろに寄ってますね。バンド、確かギターでしたっけ? めちゃくちゃ頑張ってたんですね。それで若干くの時の体勢になってるんで、腕が前側に倒れてます」
あと弦を触るときに下を向いていた時期が長かったのだろう。若干の猫背。
まさに一目瞭然だった。ただ腕をまっすぐに上げるという行為ですら、メイの頭のイメージと実際の動きに乖離があった。これが踊りだったら本当にひどいことになっていただろう。百点満点やったー、と思っていたら赤点ギリギリでしたといったかんじか。
「ウチの練習は、この自分のイメージとリアルの差をゼロにすることから始めてるんです」
実際、そういうイメージとの乖離を起こさせないために、巨大な鏡やインストラクターという第三の目があるのだが、日向はこれまでそういう存在がそばになかった。だから自分で何とかする方法を見出した。それがこれなのだ。
写真や動画にとって自分の動きを見返して、ひたすら修正。
ここでいう『動き』はダンス全体のことはもちろん、その前、いや事前準備の方が本命と言っていい。腕の角度、位置、向け方。手のひらを向けるポイント、二の腕、手首、指先、肩、首の角度、腰の位置、ひねり、足、膝、足首。エトセトラエトセトラ。
『挙動』に関するすべてを客観視し、修正したのだ。
すべては、自分の中に思い描いた『最強』を己の身に降臨させるために。
と、言ってみたモノの、日向がやっていることは、基礎中の基礎、『身体操作』のトレーニングにすぎない。
例えば、サッカーのボールを持ってのフットワーク、野球や卓球・テニスの素振り、楽器演奏の音階チェック。これらと何ら変わりない。
違うのはただ一つ、『濃密さ』。
どこぞの会長のネタをパクるつもりではないが、今では二時間と少しで終わっているが、初め、このトレーニングをし始めたころは、全てをチェックするだけで日が暮れていた。やりすぎて、全く帰って来ないことを心配した母、ヒヨリが公園に向かいに来たほどだ。
常人が聞けば気でも触れたか? やっぱ頭おかしいだろ。修行僧かよ、なんてツッコミもあっただろう。
「あー、でも、私の歌とか楽器の練習もそんな感じだし、案外似てるのかもね、私たち」
「メイさんとウチがッ⁉ やったーー! 嬉しい嬉しい! 大好き、あいらぶゆーや!」
残念ながらメイも、ある意味ブッ壊れているのでそんなことにはならなかった。
でなければ高校二年生で『楽器全部弾けて、歌も超絶上手いです』なんてバグキャラが生まれるはずがない。……中学二年でプロすら目を見張るダンスを独学で踊れる奴が主人公だから今更だろって? そこは日向マコがバグにバグを起こした太陽ちゃんなので仕方がないですね。
つまるところ、このレッスン室には、常人代表のツッコミ役が不在なのだ。悲しいね。
「今度は、メイさんの歌の練習方法教えてくださいよ」
「良いよ。えっとまずはね……」
講師と生徒の立場が逆転して、レッスン室でマンツーマン。
さてここで話をひとつ。
よく、芸術家は狂気の沙汰だと、芸術と狂気の狭間にあるのが傑作、と揶揄される。
しかし、思うに、音楽や舞踏などを極めようとする芸術家そのものの存在が狂気なのだ。なんせ元々芸術なんてものが、狂気が別の形で発露したものだというのに。それを無から創り出そうと考える奴の、考え出した奴の気がしれない。
クリエイター? アーティスト? アイドル? バケモノの間違いだろ。
「なるほどなぁ! 確かに一音ずつ確かめてから、自分の得意な音域とかを調べて歌った方が上達しやすいな」
「そうそう、モチベーションの継続にも繋がるし、歌っているうちに次の音域にいくキッカケとかにもなるから」
しかし、まだこれでも狂気が生まれるだけならマシな方。
もっと最悪なのは、気の合うバケモノ同士が出会ってしまった時だ。
狂気と狂気が混ざり合い、更なる進化を遂げて、―――『混沌』が生まれる。
そのありかたは、小惑星同士が衝突して、一つの大きな惑星になっていくという、星の形成にも似ている。が、似ているだけであって、こっちの方が、他の人が後で気づいた時に『あ、これっヤバイ、ヤッッバイ』と収集がつかなくなっていることが大体なので凶悪さは段違い。
そうして彼女たちの焔はさらに、さらにさらにと燃え盛る。
日向とメイはキャイキャイと楽しそうに話しているが、もしこの会話を他の『B小町』のメンバーが聞けば、
『そんな人間卒業検定最終試験なんてできるかバーーーーカ! 二人でやってろ人外ども』
と本気で匙を投げているだろう。
「でも、これだと『歌う』と『踊る』で練習時間足りないよね?」
「そんなら『歌いながら踊る』ように改造すればいいんですよ!」
「マコちゃん、ナイスアイディア!」
「せやろ?」
おい、速く誰かこの二人止めろよ。
まぁ、太陽の子だからね、しょうがないね。
次話では、ついに太陽の子と星の子がっ⁉
ってところまで行けたら行きます。
2023/06/07 日向のダンスを「目を引く」という描写から「目を見張る」に変えました。