「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・!」
鬱蒼とした森の中、俺は息を切らしながらも先を急いでいた。傷を受けた脇腹が酷く痛み、視界が霞んでいくのが分かる。いい加減、年貢の納め時なのかもしれない。
「くそっ、焼きが回ったかなぁ、俺も」
今から少し前、俺は戦場で同僚の傭兵と共に戦っていた。数十年以上続く、王国と共和国の小競り合い。国境周辺で無駄に死体を積み上げる行為は、人殺し以外で銭を稼げない俺に報酬をもたらしていた。しかし、それは当然命を落とす可能性と隣り合わせでもある。幸い、今まではそれなりに稼ぎつつ生き残ってこれたのだが、今回は相手が悪かった。
王国屈指の強兵と言われる黒鎧魔導重騎兵。大規模な会戦以外では滅多にお目見え出来ないそれが、丘陵の陰から本陣へと一直線に襲い掛かってきたのだ。放たれる攻撃系魔術と突撃により指揮官は戦死、俺が雇われていた共和国軍は総崩れで敗走。当然傭兵である俺も巻き込まれて逃げ出す羽目になってしまった。
多分王国側は少しでも共和国の勢力を削りたかったのだろう、追撃は厳しいものになった。俺はなんとか追っ手を撃退しつつ、国境線近くの都市へと逃げ込もうとしたが、騎兵に先回りをされ失敗。仕方なく国境線に鬱蒼と茂り整備もされていない森へと進路を変え、獣道をひいこら進んでいるというわけだ。
「ぐ、ぅ・・・・・・」
脇腹の痛みが激しい。歩兵の曲刀で斬り付けられた箇所は、敗走中に転がっていた松明で短剣を炙り、熱されたそれを押し付けて止血した。だが、傭兵仕込みの荒療治では不十分だったらしい。痛みは治まらず、それどころかどんどん増している気がしている。
だが、立ち止まることは出来ない。俺と同じ境遇の兵士達が、森の中で死んでいるのを見かけたからだ。この森にも、王国軍の追っ手が入り込んでいるのだろう。しかも、相当の手練れが。
兵士達の死体は、一様に頭部が抉れていた。太矢を使うクロスボウによるものか、あるいはなんらかの魔術によるものか。死体の損傷は全て頭部だけだった。恐らく、かなりの使い手だ。遠くからたまに聞こえてくる破裂音のような音も、関係しているのかもしれない。
何もかも、悪い方向へと転がっているようだ。俺は溜め息と共に苦笑いと浮かべようとするが、疲労と激痛でそれも適わない。やれやれ、やせ我慢すら出来なくなったら終わりなのにな。と、
「やめ、やめてください!」
幼げな、少女の様な声が聞こえてきた。こんな森の奥深くに似合わないそれは、しかしだみ声にかき消される。
「うるせぇ!黙ったまま動くなよ!殺されてぇのか!」
声はかなり近いが、痛みと疲労で聞き逃していたようだ。気取られないように近付いてみると、木々越しに人影が見えた。
「クソがっ、いいから大人しくしてろ!命までは取らねえよ!」
見えるのは、俺と似た境遇であろうボロボロの敗残兵。そして、彼に組み敷かれている亜人の少女だった。
亜人。魔物とは違って人類に友好的な、人型の知性ある存在。まだ小ぶりな巻き角とふわふわで長い髪の毛を持った彼女は、羊の亜人だろうか。必死に敗残兵に抗おうとしているが、力では敵わないようだ。
「お願いしますっ、やめてください!傷なら治療しますから!」
「人もどきの言うことが信用できるかよ!股ぁ開きやがれ!」
・・・・・・敗残兵は、こんな状況にも関わらず亜人の少女を強姦しようとしているようだ。死の際には人間の本性が見えると知ってはいるが、これは、どうにも・・・・・・。この辺りに羊の亜人が住んでいるという話は聞いたことが無いが、筋が違うだろう。
「やぁ、お仲間かい?」
草むらから姿を現し、声をかける。出来る限り朗らかに、相手を興奮させないように。
「あぁ!?誰だ!?」
顔を真っ赤にして振り向いてくる敗残兵。話が通じるかは怪しいが、一応説得してみるか。
「あんたも戦場から命からがら逃げだしたのかい?」
「・・・・・・それがどうしたよ。その恰好、てめぇは傭兵か?」
「あぁ、そうさ。食い扶持の為に戦場に駆け付けたけども、酷い有様だよ全く。それで、その亜人はどうしたんだ?」
やや警戒を解いた敗残兵に訊ねる。脇腹の痛みがうるさく神経を揺さぶるが、意識して無視をした。
「どうしたって・・・・・・どうせ俺らはここで死ぬんだ!さっきも仲間が変な魔術で殺された!だったら、死ぬ前にいい思いをしたっていいだろ!?」
泣きそうな顔で言ってくる敗残兵。まぁ、言いたいことは分かる。だけど、目の前でやられるのは好みじゃあないな、ったく。
「今はそんなことより距離を取ろうや。大きく迂回して共和国の領土に戻れば、生き残れるはずさ」
「お、お前は味方じゃないのかよ!?無理だ無理だ!無理に決まってる!そんなに逃げたいなら一人で行きゃあいいだろ!!」
駄目だ、恐怖と興奮で正気を失っている。と、組み敷かれている亜人の少女がこちらを見つめてきていた。助けてほしいという感じでは無く、ここから逃げろと言っているような視線。今まさに自分が犯されようとしているのに、他人の心配が出来るとは大したものだ。これは流石に、見捨てられないなぁ。
「落ち着きなって。大丈夫さ、こんな森の奥まで来る追っ手なんて数も少ない。ひとまずここを離れて態勢を立て直そう」
「うっうるさいんだよ!いいだろ、どうせこいつは人もどきだ!殺しても犯してもなんの問題もねえ!俺の邪魔をするなじじいが!!」
・・・・・・あぁ、こりゃ駄目だ。いくら戦に負けた兵士とはいえ、最低限守るべき筋はある。狂気に満ちた殺し合いの中、常習的に行われていることだからこそ、人として超えてはならない一線が。目の前の彼は、それを超えようとしている。それは、傭兵以前に人として認められない。せめて正気に戻ってくれりゃいいんだが。
「そうかい、そいつは悪かった。ただちょっと待ってくれ、あんたも怪我してるようだし、せめて手当てをだな」
警戒されないよう、ゆっくりと近付く。敗残兵はこちらに敵意を向けているようだが、亜人の少女を逃がさない為に彼女を組み敷いたままだ。安心させるように笑みを浮かべつつ、俺はじわじわと距離を詰めていった。
「俺も脇腹に酷い怪我を負ってな。国に戻る前に野垂れ死にしちゃあ意味が無いだろう?アカイワガメの軟膏がある、切り傷には覿面だぞ」
とにかく会話を続ける。人間が狂いかけている時は、それが一番いい。目の前のことから意識を逸らさせ、自分を振り返る時間を稼ぐのだ。
「・・・・・・けっ、嘘つけ。てめぇみたいなナリの貧乏傭兵が、そんなもん持ってるわけねえだろ」
反応があった。どうやら、辛うじて理性が残っているらしい。これなら、上手く説得すりゃあどうにかなるかもしれない。
「まぁな。だからこいつは、敗走途中に同胞の懐からくすねた奴さ。あぁ、別に警戒したままで構わんよ。ここからそっちへ放るから受け取ってくれ」
「お、おい」
返事を聞かず、軟膏の入っている二枚貝の貝殻をそっと投げる。敗残兵は慌てながらも、組み敷いている体勢を解きながら受け取ろうとして、
パァン
「っ!?」
何かが破裂するような妙な音が響き、目の前の敗残兵の頭が消し飛んだ。文字通り、粉々になったのである。咄嗟に伏せようとした瞬間、亜人の少女が叫ぶ。
「だ、駄目ぇっ!」
誰に言っているのか分からない悲鳴のような声。しかし、俺はその意味を考えることは出来なかった。
パァン
間髪入れずに鳴った二度目の破裂音。それが聞こえた瞬間、俺の意識は一瞬でかき消えるのだった。
三日に一回くらい更新するよ。よろしゅうお願いします。