TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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おわりのはじまり

翌日。どうやら俺の勘が当たったようで、朝っぱらからポツポツと降り始めた雨は昼頃には土砂降りになっていた。これじゃあ流石にソリを試すどころではない。俺とミュリアちゃんは家の中、雨音を聞きながら編み物に精を出していた。

 

「そう、上手ですグロムさん。やっぱり器用ですよね」

 

「まぁ、この指は細っこいからなぁ。細かい作業は前より上手くなってる気がするよ」

 

羊毛で出来た糸を丁寧に繰り、慎重に編んでいく。こういうことは隠れ里に来る前は興味も無かったが、実際にやってみると案外面白い。ミュリアちゃんに教わりつつ編み物をする時間は、とても穏やかなものだった。こういう日も悪くないな。一見地味な編み物をちくちくとやっていると、じんわりと心が温かくなっていく気がする。

 

「っと、ここはどんな感じでやりゃいいんだい?」

 

「えーっとですね、まずは棒針を・・・・・・」

 

ミュリアちゃんの説明を聞きつつ、少しずつ編み物について学ぶ。こんなナリになってるが俺は結構な歳で、それでも新しいものに触れて経験を積めるのは幸運だ。ありがたいことだよな、本当に。と、

 

ビュオォ・・・・・・

 

一際強い風に晒され、家が悲鳴を上げるように軋んだ。これは・・・・・・思っていたより厳しい天気になってきたようだ。家ごと飛ばされるって心配は無さそうだが、今の俺が外に出たら強風に攫われちまうだろう。

 

「凄い風。ちょっと心配ですね。ボードゥさんの鶏小屋とか、無事ならいいけど・・・・・・」

 

「先日、丁度補強作業してたから大丈夫だと思いたいが・・・・・・まぁ、今外に出るのは自殺行為だ。無事を祈りながら家の中で大人しくしてようや」

 

「そうですね。私達じゃ風で吹き飛ばされちゃいそうですし。うーん、でもやっぱり心配です」

 

少し不安そうなミュリアちゃんと会話を交わしていた、その時。風によるものとは違う、地の底から響くような揺れがどこかから伝わってきた。ぞわり。長年の経験から来る勘が総毛立ち、明らかな異常であると教えてくる。

 

「い、今のって・・・・・・風、なんでしょうか?」

 

「いや。原因は分からないが、この暴風じゃないのは確かだ。なんだ・・・・・・?」

 

鳥肌が立っている。しかし、一体何故?揺れの原因は分からず、外の様子を確認しようにも雨と風で十数歩先までしか見通せない。俺が危険を顧みず外に出ようとしたところで、家の扉が激しくノックされた。

 

「グロム、いるか!?」

 

返事をする間も無く入ってきたのは、全身を濡らした異形の旦那だ。切羽詰まった様子で、息を切らしたまま駆け込んでくる。

 

「何があった旦那。さっきの揺れか?」

 

「あぁそうだ。それと同時に、エリンドの方面から膨大な魔力反応が感知された。改良していた結界の外だが、あまりにも強大な為気付くことが出来たのだ」

 

「魔力反応・・・・・・魔術師か魔物か、分かるか?」

 

「分からん。だが、物理的に巨大な何かだ。「それ」が突如として現れたことで、大地を響かせたのが揺れの理由だろう」

 

物理的に巨大で、膨大な魔力を有する何か。俺には想像もつかないが、ろくでもないことが起きているのは確かだ。よりにもよってこの嵐の日に、厄介なことになりそうだな。

 

「すまん、旦那。『鏡像』にオーギス達を呼んできてくれないか?一旦話し合って・・・・・・」

 

俺が言い切る前に、再び誰かが駆け込んでくる。オーギスにチャロ、イニマ。全員びしょ濡れになりながら、異常を察知して飛んできたようだ。

 

「グロムさん、『鏡像』様から伝言です!最低限の調査の後合流する、と!」

 

「分かった、喫緊の危険があれば『鏡像』に対処してもらおう!」

 

全員が全員、自分で考えて動いている。彼らと一緒なら、きっとどんな危機でも乗り越えられるはずだと心に勇気が湧いてきた。よし、じゃあやれるだけのことをしようじゃないか。

 

「まずは里の皆に伝えてくれ、何があっても家から出ないでくれ、と。この大雨に嵐だ、仮に何かが里に襲ってくるとしても前みたいに避難出来る状況じゃない。頼めるか?」

 

「まっかせて!出来るだけ早く全員に伝えてくるから!」

 

「分かった。すぐに戻る」

 

「グロムさん達は外出んでくださいよ、風で飛ばされちまったらどうしようもない!それじゃあ、私どもは行ってきます!」

 

折角来てくれて申し訳無かったが、オーギス達に羊人達の伝言を頼む。と、彼らと入れ違いに予想外の姿が現れた。太い触手を幾本もうねらせ、ここまで這いずってきたらしいミーだ。

 

「ミーさん!?どうしてここに・・・・・・陸で動いても大丈夫なんですか?」

 

「ナンカ、嫌ナ予感ガシタカラ。コレダケ雨降ッテレバ乾カナイカラ大丈夫。ソレデ、何カアッタノ?」

 

「俺達も状況を把握出来てる訳じゃないが、分かってることは説明するよ。まず・・・・・・」

 

旦那とミーが大きい為俺達の家に入れず、強風が家の中に吹き込んでくる状態で俺は話し始めた。焦燥感を抑え、思考をひたすらに回しながら。

 

 

 

 

 

「クソ、が・・・・・・!」

 

光が一切差さぬ暗闇の中。どろりと溶け合う肉塊に囲まれて、ハヤトは力無く悪態を吐いた。下半身は既に肉塊に飲み込まれ、身動きが取れない。抵抗しようにも、これ以上飲み込まれないように踏ん張るだけで精一杯だ。体力も気力も吸い取られ、意識が朦朧とし始めている。

 

「リグ・・・・・・正気に戻ってくれ・・・・・・!」

 

呻くように訴えかける声は暗闇に虚しく響き、誰にも届かない。ハヤトは懸命にもがいた。この状況を生み出したのは、全て、全て自分の選択によるものなのだ。ならば、その責任を果たさなければ。抱く決意とは裏腹に、ハヤトが肉塊から脱出することは出来なかった。どれだけ力を入れても吸い取られ、蠢く肉塊が纏わりついてくる。物理的に抜け出すことは不可能なようだ。

 

「このままじゃ、不味い」

 

リグ・・・・・・『暗礁』の魔術師の力は暴走している。止めなければ、最悪の場合大陸の均衡を破ることになるかもしれない。そうなれば夥しい数の命が失われるだろう。ハヤトにとってはどうでもいいことだが、きっとユウや里の愚か者共は悲しむ。それは避けたかった。

 

「おい、『暗礁』!ここで暴れたところでお前の望みは叶わないだろう!?無駄な力を使わないで退け!」

 

暗闇に向かって叫ぶハヤト。しかし、一切反応は返ってこない。今いる場所は「内部」だと思われるが、声は届いていないのだろうか。こうなる前の反応から察するに、『暗礁』が意図的に声を遮断していると思われる。肉塊の拘束から逃れない限り、『暗礁』の行動を止めることは不可能だ。つまり、今のハヤトではどうしようもない。

 

「おい・・・・・・おい!ふざけるなよ、こんな馬鹿なことやめるんだ!おい!」

 

ハヤトは叫ぶ。それだけでは何も止められないと理解していながら。時間は刻々と過ぎていき、幾度も響いた彼の声は闇に溶け消えていった。

 

 

 

 

 

 

城塞都市エリンド。王国との前線が緊張していることで厳戒態勢が敷かれたままのここでも、聡い者は異常を察知していた。

 

「斥候の派遣は・・・・・・危険極まる、か。むぅ・・・・・・」

 

部下からの報告を受けていたジエッタは、揺れが直感的に危険なものであると判断し調査を命じていた。しかし、原因は一切掴めない。そこにニェーク伯爵からの使者が到着。現在ニェークの元にいる『水禍』の魔術師の分析により、ある程度の情報がもたらされたのである。

 

一つ。先ほどの揺れは何か巨大な物体が突如として発生した余波であるということ。二つ。その巨大な物体は高濃度の魔力を纏っていること。三つ、その巨大な物体はエリンドと反対方面に、非常に緩慢な速度で移動しているということ。

 

現状、原因も目的も不明ということか。ジエッタは斥候を派遣しようとしたが、優秀な者は前線に張り付かせており現在のエリンドには経験の浅い者しかいない。この嵐に正体不明の相手となれば、帰還することは困難だろう。いざとなれば部下に死を命じることも躊躇しないジエッタは、しかし無駄死には避けなければならないと己を戒めていた。

 

ならば。彼は考える。これが王国の策という可能性は低いだろう。もしそうなら、前線でも動きがあるはずだからだ。しかし、今の所そのような報告は届いていない。ということは、最近鳴りを潜めている昇魂薬関連か?痺れを切らした共和国の強硬派か?あるいはジエッタやニェークが認識していない何かによるものだろうか。情報が少な過ぎる為絞り切れない。

 

「・・・・・・」

 

敵の正体について、ジエッタは後回しにした。今最も大事なのは、発生した謎の存在が何をしてくるかだ。それはエリンドとは反対方面にゆっくりと移動しているらしい。丁度、国境線とは並行になる形に。となると、どちらかの国に侵攻するということでは無さそうだ。

 

可能性として、謎の存在が向かう方向には例の隠れ里がある。そこを狙っているとすれば辻褄は合うが・・・・・・理由が思い浮かばない。国境の警備が薄い地域とはいえ、戦略的には価値の薄い場所だ。では、何故?隠れ里が狙いだと仮定した場合、そこが分からない。

 

先日、ニェークからの報告書を確認した所、『暗礁』の魔術師とハヤトという人物が村を襲撃したようだ。しかし、結果的には話し合いによって解決する方向に決着したらしい。その話し合いが決裂した?

 

「・・・・・・いや」

 

大事なことは、エリンド及び共和国の安全を確保することだ。そして、共和国の中には当然あの里も含まれる。前線やエリンドの和を乱さないようにしつつ、里を支援するべきではないか。ならば斥候を。しかし。堂々巡りの思考に陥っているジエッタの元に、部下が慌ただしく駆け込んできた。

 

「将軍!ニェーク伯爵から使いの者が!」

 

「通してくれ。それと、伯爵からの使者ならば私に確認を取る必要は無い。しばらくの間はな」

 

「は、はっ!」

 

敬礼し使者を呼びに行ったらしい部下に、ジエッタは苦笑を零す。やはり、残っている者の練度が心配だ。彼の手勢は元々多くない。前線の監視にエリンドの治安強化、そして今回の件に対する対応と全てを賄い切れる戦力は無いのだ。

 

しかし。ニェークからの使者が来たということは、新たな展開が期待出来るということだ。どのような情報を運んできたのか、それが現状を打開するものなのか。見極め、分析し、最適な行動を取らなければならない。と、

 

「チッチチチチ!随分と憂慮しているようですなジエッタ将軍!ご安心あれ!ワタクシが来たからには、その憂いを吹き飛ばしてみせましょう!」

 

扉を開け放ち入ってきたのは、騒がしい程の声を上げる鳥人。ジエッタにとって懐かしいその人物は、莞爾として笑いながら告げてきた。

 

「青空の騎士、カロロ推参!このワタクシが来たからには、すぐに状況を確認してきましょうとも!」




最終章、始まります。
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