TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

104 / 112
嵐の中で

「全軍、停止」

 

嵐の中でも明朗に聞こえる声に、黒鎧魔導重騎兵達はピタリと動きを止めた。僅か数十騎とはいえ、その圧は凄まじい。国境線を超える危険な任務の為、選りすぐられた精兵である。

 

現在、『孤城』率いる選抜部隊は国境線付近まで到達していた。事前に把握していた共和国軍の布陣が薄い場所。大軍を動かせない森の中を縫うように進み、ついに国境線を超える段階までやってきた。

 

「ふむ、潜り込めそうじゃな。欺瞞魔術及び消音魔術を展開、共和国軍の警戒網を気付かれずに突破するぞ」

 

指揮を執る『孤城』の魔術師は、自身も黒鹿毛の軍馬を駆ったまま命令を下す。その手綱捌きは見事で、老齢とはとても思えない。重騎兵に劣らずの馬術で、隊列の中心を進んでいた。

 

王国軍である彼らは、魔術を用いて共和国軍の歩哨を欺き国境線を超えていく。元々重要視されていない場所を選んで侵入したのもあり、想定以上にすんなりといった。侵入を試みる部隊がいれば後方の軍が動く手筈になっているのだろうが、全員が魔術を用いる少数精鋭相手ではどうしようもないようだ。

 

共和国軍の隙を見つけつつ、『孤城』は目的の場所へと騎兵を進ませる。隙を活かし王国軍を崩す前に、喫緊の問題を確かめなければならない。即ち、突如として現れた巨大かつ膨大な魔力と瘴気を放っている存在の調査、及び解析だ。

 

しかし、その行軍速度は本来に比べて酷く遅い。王国の最精鋭である黒鎧魔導重騎兵が少数で、かつ魔術を併用したとしても、敵地での行軍には慎重を期す必要があった。木々をすり抜けるように『孤城』率いる騎兵隊は進んでいく。嵐の中にあって、その隊列は信じられない程整然としていた。

 

「さて・・・・・・この調子ならば、予測通りの時間には辿り着けるかのう」

 

過酷な状況からは程遠い呑気な声で『孤城』は呟き、湿った手綱を握り直す。限られた時間の中で偵察を成功させなければならない。その重圧を、一切感じていないようだ。

 

「『孤城』様。落伍者は0、馬達の疲労も然程ではありません。小休止を取る必要も無いかと」

 

「うむ。敵地に留まれば留まる程危険は増していく。無理をする場面じゃな。このまま往くとしよう」

 

兵士の一人に頷いて、『孤城』達は嵐の中を進んでいく。その先に何が待ち受けているのか、分からないままに。

 

 

 

 

 

 

 

「ウーン・・・・・・」

 

多数の触手で柵を運びながら、ミーは肌に張り付くような違和感に首を傾げていた。それと同時に、不安がむくむくと心の中で膨らむのを感じる。一体何が起きているのだろうか。

 

「ウゥーン・・・・・・ナンカ、変ナ感ジガスルナァ」

 

今、隠れ里は未曽有の危機に瀕している。よく分からないが、とても大きな何かがこっちに向かってきているらしい。それを食い止める為、柵を並べたり色々しているわけだ。幸か不幸か、今は嵐が来ているのでミーが乾く心配も無い。だからこそ地上で手伝えてはいるのだが・・・・・・。

 

「匂イ・・・・・・?イヤ、ナンダロウ」

 

ミーは何かが引っかかっているような、釈然としない表情を浮かべている。この感覚はなんなのか。ブツブツと呟きながらもみんながいる場所に到着し、運んできた柵を渡していった。

 

「アト半分クライ残ッテルケド、全部持ッテクル?」

 

「あぁ、そうだな・・・・・・。頼めるか、ミー?」

 

「リョーカイ」

 

グロムと手短に言葉を交わし、柵が保管されている倉庫へと戻っていくミー。水の中程では無いが、その動きは素早い。無数の触手をうねらせ、滑るようにぬかるんだ道を進んでいく。と、道中で人影を見つけた。ランプのような魔道具を掲げ歩いてくるのは、『鏡像』の魔術師だ。

 

「ア、キョウゾウ。休ンデナクテモイイノ?」

 

「仮眠を取ったら十分に回復したからね、大丈夫さ。それで、ミーは何をしてたんだい?」

 

「柵運ビー。私ガ一番多ク、一度ニ運ベルカラ。コノ雨ナラ渇カナクテ済ムシ」

 

「そうかい、偉いねミー。私も手伝いたい所だけど、ちょっとグロム達の方に合流するよ。話しておきたいこともある」

 

そう言って、『鏡像』は土砂降りと強風の中を歩いていこうとする。ミーはほんの数瞬迷った。違和感の事、話しておくべきか否か。『鏡像』もグロム達も、みんな忙しそうで気が引ける。でも、話しておいた方が良いかもしれない。どうしよう。

「マ、待ッテキョウゾウ」

 

気付けば、ミーは『鏡像』を呼び止めていた。話さず後悔するよりは話して後悔する方がマシだと思ったからだ。怪訝な顔で振り返った『鏡像』に、たどたどしく語り出す。

 

「アノ、ソノ・・・・・・ズット、気ニナッテルコトガアッテ。ソノ、出テキタ大キイ変ナ奴?ノセイカモシレナクテ・・・・・・」

 

自分の中で纏まっていないことを話そうとしているからか、支離滅裂になってしまう。だが、『鏡像』はミーの目の前まで戻ってきてしっかりと目を合わせてくれた。魔道具からの明かりで照らされた顔は真剣そのものだ。

 

「何か、感じていることがあるのかな?」

 

「ウ、ウン。デモ、気ノセイカモシレナイシ」

 

「よし分かった。私も倉庫についていくから、歩きながら話そうか。ゆっくりで構わないよ」

 

優しく言って、『鏡像』は倉庫の方向へ歩き始める。触手をうねらせながら横に並び、おそるおそる聞いてみた。

 

「グロムノ方、行カナクテイイノ?」

 

「どちらにしろ柵を運ぶんだ、構わないさ。さて、それで何が気になってるんだい?一つずつ、焦らず教えてほしい」

 

「ウ、ウン。エット、今里ニ大キイ何カが近付イテキテルンダヨネ?ソレヲ聞イテカラ、ナントナク嫌ナ感ジガスルンダ」

 

「成程。具体的には、どんな感じかな?」

 

「ナンカ、変ナモノガ肌ニベッタリ張リ付イテル、ミタイナ。匂イガスル、ッテ感ジナノカナ。ゴメン、上手ク伝エラレナイ」

 

拙いミーの説明に、『鏡像』は頷きながら考え込んでいる。何か、思い当たることがあるのだろうか。倉庫に辿り着く頃、彼女は再び口を開いた。

 

「嫌な感じ、か。それは、時間が経つにつれて強くなっている?」

 

「エ、ット・・・・・・ソウカモシレナイ。チョットヅツ、強クナッテル、カモ」

 

「分かった。教えてくれてありがとう、ミー。もしかしたら、君のその感覚は窮地を切り抜ける鍵になるかもしれない」

 

不意に抱き寄せられミーは目を白黒させる。雨に濡れて尚、『鏡像』の体は暖かかった。その温もりを味わう間も無く、周囲に雷鳴が響き渡る。雷がかなり近い場所に落ちたらしい。

 

「っとと、悠長にしている暇は無いか。ミー、柵を運び出そう。グロム達の方に向かいながら説明するよ」

 

「ウ、ウン」

 

触手で柵を絡め取りつつ、ふと気付く。嫌な感じは残っているものの、不安は綺麗さっぱり消えていることに。やはり、他人に話したのが良かったのだろう。心が軽くなったのを感じながら、ミーは大量の柵を運び出していった。

 

 

 

 

 

 

「ふうぅ・・・・・・あったかい。ありがとうな、ミュリアちゃん」

 

「いえいえ。まだ沢山ありますから、いっぱい食べてくださいね」

 

嵐の中の陣地構築。体力を急激に消耗する過酷な労働に、俺達は交代で休憩をしていた。旦那の小屋で食事と仮眠を取り、再び嵐の真っただ中に出向く。心身共にしんどいが、ミュリアちゃんの料理がそれを癒してくれていた。

 

「うん、本当に美味い。全身に染みるなぁ・・・・・・」

 

塩気の多く温かい煮込み料理が疲れた体に染み渡る。代わる代わる休憩に来る俺達の為に、わざわざ小分けにして温め直してくれているようだ。お陰で脳天が痺れる程美味い。味わいながらもかき込んで、お椀をミュリアちゃんに差し出した。

 

「すまん、おかわり貰えるかい?」

 

にっこりと微笑んで、煮込みをたっぷりと盛ってくれるミュリアちゃん。内心では不安だろうに、表には出していない。心配させまいとしているようだ。と、食い意地の張っている俺に彼女が訊ねてくる。

 

「そういえば、グロムさんも聞きましたか?ミーさんの感覚を信じるなら、里に迫っている相手は造られた魔物の可能性があるって」

 

「んぐっ。あぁ、『鏡像』から聞いたよ。となると、ハヤトや『暗礁』の魔術師の仕業かねぇ。旦那の説得、聞いてくれると思ってたんだが」

 

「・・・・・・私達とあの人達は、分かり合えないんでしょうか?」

 

悲しげな表情を浮かべるミュリアちゃん。俺としても、ハヤトは旦那の説得に対して脈がある様子だった。だから、これがハヤトの仕業だと軽々に断定するべきではない。

 

「そんなことは無いさ。そもそも、まだハヤト達の仕業と決まったわけじゃないんだ。まぁ、その辺りもチャロが上手くやってくれるだろう。今はあいつが帰ってくるのを待ちつつ、やれることをやるしかない。なぁに、今回だってなんとかなるよ。こんだけ美味い飯を食って元気いっぱいだからな!」

 

ぽんぽんとミュリアちゃんの肩を叩き、再び煮込みを啜る。やっぱり美味い。里に来てから食べ慣れている、優しい味だ。

 

「・・・・・・そうですね。なら、グロムさんもちゃんと休まないと。休息の時間を短くさせないようにって、オーギスさんから言われているので」

 

「おっと・・・・・・いや、まぁ。俺は指揮を執ってるだけなんだ、他の奴らより時間が短くても、つり合いは取れてるだろ?」

 

「そう言われても、無理にでも休ませてほしいって。お見通しになっちゃってますよ。ふふ」

 

微笑みながら言われて、俺は頬を掻きつつ苦笑した。うーむ・・・・・・オーギスにはバレちまってるらしい。やっぱり人を率いる才があるな、あいつには。

 

「そうか。そりゃ、よく分かってるなぁ」

 

まったく、追い詰められて地金が出ちまってる。だが、それが不快では無かった。それどころか中々にいい気分だ。悪くない。うん、悪くないな。信頼出来る相手に弱みを知られているのが、ここまで安心出来るものだとは。気を張る必要も無いみたいだ。

 

「分かった、分かった。それじゃあゆっくり休ませてもらうよ。食ってすぐに横になるなんて、贅沢なもんだぜ」

 

「本当はあまり体によくないんですけど、今回は仕方ないですよね。それじゃあ、お休みなさい」

 

食器の片付けをミュリアちゃんに任せ、俺はいつも三人で添い寝しているベッドへと横になった。羊毛に包まれ目を閉じると、あっという間に眠気がやってくる。どうやら思ってたより疲れが溜まっていたらしい。やれやれ、精神的にも結構追い詰められていたみたいだ。オーギスに感謝しないと。

 

全身に温もりが回り、眠気が俺を満たしていく。焚き火が弾ける音に、ミュリアちゃんが音を立てないように動く気配。それらが遠のいていくのを感じながら、俺は穏やかな眠りにつくのだった。




嵐の中で輝いて その夢をあきらめないで 傷ついた あなたの背中の天使の羽 そっと抱いて抱いてあげたい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。