TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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出来ることと迫る現実

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・!」

 

荒れ狂う暴風と叩きつけられる雨粒をかき分けて、チャロは懸命に闇の中を飛び続ける。痛みを訴えてくる翼も、疲労が積み重なる体も。全てを無視して、前へと進み続けていた。

 

「ふぅっ、ぐっ!」

 

一際強い風に煽られ、翼に鋭い痛みが走る。自身が万全ではないのは最初から分かっていた。それでも、飛ぶ。無事に帰り、里に情報を届けなければならない。チャロは渾身の力で羽ばたく。全ては、仲間達の為に。

 

「がはっ!かひゅっ、かはぁっ・・・・・・!」

 

しかし、肉体の限界には抗えない。よろよろと地上へ着地したチャロは、喘ぐように空気を吸い込んだ。このまま飛ぶのは自殺行為だ。休息を取らなくてはならない。分かってはいても、気持ちが急くのは止められなかった。

 

「く、っそ・・・・・・!」

 

このままでは、目的の場所に辿り着くことすら出来ない。休め、休むんだ。自分に言い聞かせ、チャロは大木の洞へと体を押し込めた。こういう時、彼が尊敬するカロロならば無理はしないはず。出掛けにミュリアに渡されたパンを齧り、果実水で流し込む。焦りを抑えるように羊毛の布にくるまり、目を閉じた。

 

「すうぅー・・・・・・はあぁー・・・・・・」

 

意識して深く息を吸い、吐く。少しでも心身の緊張を解き、迅速に仮眠を取る為だ。自身が未熟なのは理解している。だからこそ、充分な休息を取らなければならない。例え、里に戻るのがどれだけ遅くなったとしても。無事に帰還するのが第一だ。

 

全身がじんわりと暖かくなってきた感覚を覚えながら、チャロは隠れ里のことを思い浮かべた。冒険者は流れ者だ。素行が悪い者も多く、共同体に受け入れられることは少ない。それなのに、里の羊人達は喜んで自分達を迎え入れてくれた。接しているこちらが心配になる程の、無垢な善性。

 

「すうぅ・・・・・・はあぁ・・・・・・」

 

グロムは言っていた。この里は、ある種の楽園だと。その通りだ。だからこそ、悪意に侵食されるのは許せない。誰であれ何であれ、守らなければならない。それが、あの里で生活している自分達の使命だと思っていた。

 

ふと、過去の記憶が浮かび上がってくる。オーギスやイニマと会う前。寂れた村で、孤独に狩りをして過ごしていた日々を。

 

元々、チャロは森の奥深くで暮らす狩人の家系だった。他の者が訪れない程に深い森の中で狩りを行い、毛皮や干し肉といった売れるものが溜まったら遠くの街に売りに行く。空を飛んでけば、どれだけ遠くてもあっという間だ。だからこそ、チャロの一族は森の奥深くで狩りをしていたのだろう。

 

しかし。過酷ながら実感のあった日常は、落雷による山火事で全てが燃え尽きた。逃げ遅れた一族の殆どは焼け死に、チャロの手を引いて共に逃げた姉は煙を吸い過ぎて倒れ。つい先日、父親手作りの弓を贈られたばかりのチャロは、天涯孤独の身となってしまう。

 

それからは地獄の日々だった。まだ幼かったチャロは狩人として認められず、必死に仕留めた獲物の毛皮や肉は相場の半額以下で買い叩かれる。世渡りの仕方も知らず、彼は心をすり減らしながら寂れた寒村まで流れてきた。

 

寒村の村人達は、まだ若く亜人でもあるチャロのことを歓迎はしなかった。しかし、畑を荒らす猪や鹿を仕留めたことで、村の隅にある掘っ立て小屋に住むことを許されたのだ。それからチャロは狩りを続け、村人との交流は殆ど無かったものの、数年で最低限の路銀を用意したのである。これなら、寒村を出て街に行き、そこで暮らすことも出来る。昔と違い取り引きの知識も蓄えた。ひもじい生活はこれで終わりだ。

 

だが、すぐに寒村を旅立つことは出来なかった。寒村の周辺に現れた魔物を退治するまで行かないでくれと、村人達に懇願されたからだ。都合のいい頼みとは思ったが、これまで滞在を許された恩もある。チャロは仕方なく、準備を整えて森に入った。

 

村人の話によると、その魔物はチャロが狩りに出ている時に村を襲ったらしい。人の二倍はありそうな背丈をした、毛むくじゃらの化け物だったという。しかし、森の中にそのような痕跡は残されていなかった。余程賢い魔物なのだろうか。

 

結局尻尾を掴めず、一旦村に戻ってきたチャロは愕然とした。掘っ建て小屋に保管しておいた路銀が跡形も無くなっていたのだ。誰かが忍び込みこんだのかと村人に訊ねるも、知らないの一点張り。挙句の果てにはこれで村を出ていくことは出来ないと、こちらを嘲るように言ってきたのだ。

 

そこでチャロは思い至る。魔物の話は嘘で、路銀を盗んで寒村を離れさせないようにするのが目的だったのだと。許せない。絶対に許せない。怒りのままに目の前の村人を殴ろうとした時、その手を掴んで止めたのがオーギスだった。

 

・・・・・・結局。チャロはオーギスとイニマに誘われ村を出ることになる。「だってよぉ、あのままじゃ村人を殺しかねなかっただろ?出来りゃあ避けたいんだよ、そういうのは」。冒険者稼業にも慣れてきて、ふとあの時のことを聞いたチャロにオーギスが返した言葉だ。冒険者という無頼者には似合わない、お人好しな意見。だが、チャロは嬉しかった。平凡な善性に自分が救われたことが。

 

この世界は善人が馬鹿を見るように出来ている。誠実な者は悪人の食い物にされ、他者への優しさが報われることは無い。そう、思っていた。だというのに、オーギスにイニマは底抜けの善人だった。他者を踏みつけ己が上に行くのを良しとしない馬鹿だったのだ。

 

「すぅ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

そして、隠れ里に住まうみんな。チャロは守りたかった。仲間達と、隠れ里の羊人達を。己が人生を救ってくれた者達に報いたかった。

 

「・・・・・・」

 

やがて、チャロは眠りに沈んでいく。絶対に情報を持ち帰るという決意を新たにしながら。直前まで疲れ果てていた鳥人の眠り顔は、しかし穏やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

交代しながらも昼夜問わず続けていた作業により簡易的ながら防御陣地が構築されていく中、不意に異形の旦那が動きを止めた。鋭い視線を森の方・・・・・・推定敵がいると思われる方へと向けている。

 

「どうした、旦那?」

 

「結界に反応があった。これは・・・・・・何か、複数の人型魔物が侵入している。かなりの数だ」

 

「人型の魔物・・・・・・?」

 

巨大な何かではなく、人型の魔物が複数。予想外の言葉に俺の思考が僅かな時間停止する。が、すぐに気を取り直し訊ねた。

 

「方角は、巨大な奴と同じなんだな?」

 

「あぁ。それに、ハヤトの時の軍隊が進軍してくる感じではないな。数こそ多いが、足並みはバラバラだ。速度も遅い。しかし、侵入が途切れん。総数がどれ程か見当もつかんぞ」

 

・・・・・・。今考えるべきことは、如何に迎撃をするか、だ。数の多い人型の魔物が一方向から押し寄せてきている。防御陣地が無駄にならなそうで何よりだが、そもそも圧倒的な数で攻められたらどうしようもない。そうなる前に迎撃しなくては。

 

チャロが戻ってくるまでにはまだ日数がかかる。魔物の群れに距離を詰められることを承知で、情報が届くのを待つか。あるいは、この時点で迎撃部隊を編成して向かわせるべきか。幸い、防御陣地は殆ど完成しているから里側に人手は必要無い。だが、しかし。そもそも、嵐が収まれば羊人達を避難させられるのでは?俺が唸るように考え込んでいると、イニマが手を上げて口を開いた。

 

「はーい!チャロを待ってる時間も勿体無いし、私が行くよ!相手が強過ぎても、多分逃げ切れると思うし!」

 

「ん、む・・・・・・迎撃に出てもらうことは考えてるが、一人だけってのは絶対に駄目だ。出来りゃあ旦那辺りと一緒に行ってほしいけど、そうすると結界での探知状況が・・・・・・」

 

「なら、結界の管理は私が引き継ごう。さっきの偵察で大体の構造は把握出来た。後は、飛び筒使いから許可を貰えば私でも探知は可能だよ。本音を言えば迎撃に出たいんだが、足の速さはそれほどでもないからね」

 

『鏡像』の言葉に、俺は旦那の方に視線をやる。彼女の提案は可能なのだろう、大きく頷いて答えた。

 

「俺は構わん。長時間の行軍となれば、イニマに追いつけるのは俺くらいだろう。それに、里の方にもいざという時の備えは必要だ。結界で探知出来ぬ戦力が現れる可能性もある」

 

「・・・・・・よし、なら決まりだ。イニマと旦那に迎撃に出てもらおう。ただし、無理は厳禁だ。チャロと同じく、情報を持ち帰ることを最優先してくれ」

 

「了解!それじゃリーダー、隠れ里のことは頼みましたよ!」

 

「おう、分かってる。必ず無事に帰ってこいよ、イニマ」

 

不安を押し殺すように無理やり笑みを浮かべるオーギス。待つ側の方が辛いのは、誰でも同じか。分かっちゃいるがしんどいねぇ、どうにも。

 

「では、準備が出来たらすぐに往く。グロム、あまり気を張り過ぎるなよ」

 

「安心してくれよ、適度に休憩は挟むから。旦那こそ、いつもみたいに無茶しないでくれよ?多分だけど、今回は長丁場になりそうだからさ」

 

「分かっている。互いに、無茶する場所は見極めねばな」

 

そう言って口角を吊り上げる旦那に、俺は苦笑を返した。まぁ、そうだな。無茶せずに乗り越えられる危機ならありがたいが、そうでなかったら無茶だろうとなんだろうとやらなきゃいけない。その機を、逃さないことだ。

 

「よぅし、それじゃ頼んだぜお二人さん!ミュリアちゃんと特製のご馳走を作って待ってるからよ!」

 

チャロに旦那達が帰ってくるまで、防御陣地を完成させても十分は余裕がある。心身を休めながらも、料理やらなんやらを手伝うのがいいだろう。何か起きた時にすぐ動けるようにしつつ、だな。・・・・・・頼んだぜ、本当に。誰も彼も、無事で帰ってきてくれよ。

 

 

 

 

 

 

ぼとり、ずちゃり、ぼとり。粘ついたような音は、嵐にかき消されていく。ずちゃり、どさり、ぐちょり。それでも、その音が止むことは無い。ずさり、ぐちゃり、どろり。次々と鳴り続ける音は、かき消されて尚響き続ける。

 

山の如く大きな、黒く濁り泡立つ何か。それはまるで、身を震わせて水滴を飛ばすように音を鳴らし続けていた。しかし、不定形の体から零れ落ちるのは水滴ではない。それと同じく、黒く濁った何かである。

 

悍ましい雫は、巨大な何かの元へ戻ることは無い。うねり、蠢き、出来損ないの人形のような形へと変貌していく。やがて、雫だった人型は立ち上がり、ぎこちない動きで歩き始めた。───そんな様子が、そこかしこで起きている。一、十、百。数えるのも馬鹿らしい程に、巨大な何かの周囲には出来損ないの人型が溢れかえっていた。

 

人型は、全身をどろどろに溶かしながらも歩いていく。その方向は、巨大な何かが向かっている方向と同じだ。不快な音を鳴らしながら、皆一様に進んでいく。周囲に、腐ったような匂いの瘴気を振り撒きながら。




中々状況が進みませんが、ひとえに作者の性癖です。
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