TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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第三の翼

「・・・・・・」

 

城塞都市エリンド、その一角に建つニェーク伯爵の屋敷。清潔に保たれた廊下を、『水禍』の魔術師はしかめっ面で歩いていた。

 

現在、彼は先行しているカロロから情報が来るまで待機中だ。出発する準備は整っているものの、その精神は平静とは言い難い。焦る気持ちは中々抑え難く、こうして屋敷の中を当ても無くうろついていた。と、

 

「これは『水禍』様。お疲れ様です」

 

「ラソンか。お前にしては、随分な身なりだな」

 

全身を湿らせた、ニェークの部下であるラソンと曲がり角で出会う。普段からきちんとした身なりをしている彼にしては珍しく、濡れた服装はやや乱れていた。

 

「えぇ。少し前、近場に雷が落ちまして。被害状況の確認から帰ってきた所なので」

 

「あぁ、確かに鳴っていたな。ご苦労なことだ」

 

素っ気無く言い放ち通り過ぎようとする『水禍』だが、ラソンの意味深な視線に足を止めた。鬱陶しげに振り返ると、ラソンは咳払いをしつつ口を開く。

 

「・・・・・・カツヤ殿に例の札を試しました。ご覧になりますか?」

 

「わざわざ探してきたのか、酔狂な。まぁいい、見せてみろ」

 

差し出された札を受け取り、目を細め確認する。この札はとある魔術師が作成したものだ。使用した者の魂を解析し、分類するもの。極めて希少な魔道具だが、どうやらニェークは貴族の伝手を使って手に入れたらしい。

 

札に浮かび上がっている紋様は、魔術的な思考をすれば意味が読み取れるようになっている。『水禍』が見る限り、内容は極平凡なものだった。魔術の素養も無く、魂が変質しているということも無い人間。魔物であるカツヤに使用したというのならば、明らかにおかしい結果だ。

 

「成程な。穢れすらない、ただの人間の魂か。つまらん。これでは、奴の宣っていることに真実味が出てしまうではないか」

 

「それは本当ですか、『水禍』様」

 

「他の魔術師が簡単に見抜けることで私が嘘をつくと思うか。まぁ、この結果をどう受け取るかは好きにしろ」

 

想定していた結果と変わりない。『水禍』は特に動揺することも無く、札をラソンへと突き返した。カツヤがただの人間だということは、暫く付き合ったことで理解している。見た目こそ魔物であるハーピーだが、あの間抜けな態度と言動から瘴気由来の邪悪さは感じられなかった。分かり切っていたことだ。

 

「・・・・・・。では、我が主へ報告に向かいます。『水禍』様、カツヤ殿へ伝えていただけますか?今日は自由にしていいと」

 

「部屋に軟禁しておいてよく言う。それに、私は忙しいんだ。その程度自分で・・・・・・」

 

「では、失礼します」

 

言葉の途中でばっさりと断ち切って、ラソンは横を抜けて歩き去る。『水禍』にこめかみにピキリと青筋が浮くが、背中に水弾を叩き込むことはどうにか堪えた。恐らく、カツヤに一度も会いに行っていないことに対する意趣返しだろう。

 

「ちっ」

 

舌打ちを一つ。実際、今は忙しくもなんともない。出発準備はとうに済み、今出来る魔術的解析も終わっている。確かに、カツヤの部屋に顔を出すには都合のいい機会と言えた。

 

「・・・・・・仕方あるまい」

 

重い足取りでカツヤが軟禁されている部屋へと向かう。正直、あまり会いたくないというのが『水禍』の本音だ。あれと話すのは疲れる。痛々しい無垢さは、隠れ里の者達を思い起こさせた。関わりを持ち過ぎれば、羊人達のように心に食い込んできてしまうかもしれない。

 

そうこう考えている内に、部屋の前まで辿り着いてしまった。場所はニェークから伝えられていたが、直接来るのは初めてである。大雑把にノックをし、返事がされる前に扉を開け放った。寝そべっているベッドから顔を上げ、目を丸くしてるカツヤに構わずズカズカと入室する。

 

「おっさん・・・・・・!?どうしたんだよ、急に」

 

「ラソンからの言付けだ。今日はもう自由にして構わん、と。随分丁重に使われているようだな?」

 

「ま、まぁ。部屋から出られないのはアレだけど、それ以外は不自由してないよ。あぁ、えっと、この体は不自由なんだけどさ。殆ど何も持てないし」

 

カツヤが翼をばさりと動かすと、羽毛がふわりと舞い散った。換毛期なのか、その量はかなり多い。

 

「そうか。まぁ、暫くは我慢しろ。永遠にここに閉じ込めておく気は、ニェークの奴にも無いだろう」

 

さっきの札は、カツヤの内面が魔物とは明確に違うことを示している。つまり、カツヤの話通りに、別の世界から霊魂だけがやってきたという可能性があるのだ。転生。別の存在として生まれ変わるなど、到底信じられない。だが、目の前の彼女が嘘をついているようにはまるで見えなかった。と、カツヤは唐突に口を開く。

 

「うーん。それよりさ、雷とかすっごい鳴ってるけど。なんか、嫌な感じがするんだよ。変なことが起きたりしてない?」

 

「・・・・・・エリンドの周辺に、酷い大嵐が来ているな。いや、聞く限りでは王国の方も嵐に呑まれているらしい。これ程の天災は数十年振りだ」

 

「へー・・・・・・いや、でもそういうんじゃなくてさ・・・・・・ごめん、上手く説明出来ないんだけど。なんか、こう、うーん・・・・・・」

 

国境線付近に現れた謎の存在。そのことを隠しつつはぐらかそうとした『水禍』だが、カツヤは納得していないようだ。頭を掻くように翼を折り曲げ、うんうんと唸っている。魂は人間であるらしいが、肉体は別だ。何か、魔物にしか感知出来ないものがあるのだろうか。

 

「カツヤ。考えを整理しなくてもいい、そのまま話してみろ」

 

「え?いや、でも」

 

「構わん、話せ」

 

もしかしたら、現状の打破に繋がる鍵かもしれない。真剣な表情で問い詰めてくる『水禍』に戸惑いながらも、カツヤはおずおずと話し始めた。

 

「えっと・・・・・・ぞわぞわするんだよ、背中の辺りが。いや、全身かもしれない。とにかくさ、ヤバいぞーって訴えかけてくるみたいな。少し前からずっとこんな感じなんだ」

 

「その感覚が湧いてきたのは、具体的にどれだけ前だ?」

 

「あー、うーん・・・・・・」

 

カツヤは、両の翼で腕組みめいたことをしながら大体の時間を伝えた。それを聞いた『水禍』の表情が険しくなり、確信する。謎の巨大存在が現れた時刻とほぼ同じだ。

 

「・・・・・・。その感覚は、今も続いているんだな?」

 

「うん。別にしんどいってわけじゃないんだけど、どうしても気になってさ。気のせいならいいんだけど」

 

心配そうな表情で首を傾げるカツヤ。果たして彼女に真実を伝えるべきか。その感覚は、間違い無く謎の存在に反応している。しかし、伝えた所でどうなる?いくら空を飛べるとはいえ、カツヤを戦場に連れていくわけにはいかない。・・・・・・どうして?

 

「っ」

 

『水禍』は口元を押さえ、俯いた。危急の事態だ、使えるものは何でも使うべきのはず。それが、目の前の出自すら定かではない魔物であっても。だが。しかし。予想外の衝撃が心を揺らし、『水禍』の額に汗が滲む。

 

「お、おっさん?どうしたんだよ」

 

「い、や。なんでもない。気にするな」

 

「気にするなっていっても・・・・・・なんか顔色悪いけど。大丈夫?」

 

「なんでもないと言っている・・・・・・!」

 

振り絞るように吐き捨て、ふらふらと部屋を後にしようとする『水禍』。明らかに異常な様子に、カツヤは思わず立ち上がった。しかし、鉤爪のような脚がもつれて転びかけてしまう。絨毯の敷かれた床に激突する直前、辛うじて『水禍』に支えられた。

 

「うわっ!?」

 

「おかしいのは、お前の方だ。大人しく休んでいろ、カツヤ」

 

青褪めた顔が目の前にある。眉間には皴が刻まれ、額に汗が滲んでいるのが見えた。何故、彼はここまで苦しんでいるのだろう。カツヤにはその理由が分からない。何か、自分ではおよびのつかないことに気付いたのだろうか。しかし、これだけは分かる。今の『水禍』には休息が必要だ。

 

「や、休まなきゃいけないのはおっさんの方だろ?そんな体調悪そうなのに、無理するなって」

 

「知らん。何も、問題は、無い」

 

噛み千切るような言い方をしつつ、『水禍』はカツヤをベッドへと放り投げようとする。しかし、翼で抱き着かれ纏わりつかれた。羽毛が舞い、服に引っ付いていく。

 

「おい、なんのつもりだ。離せ」

 

「だからおっさんも休めって!心配なんだよ、なんか急に顔色悪くなるし!そんなんで無理したらロクな事にならないよ!俺に出来ることならなんでもするからさ!」

 

「っ、貴様私がどんなつもりで・・・・・・!」

 

本来ならば利用するべき存在であるカツヤからの言葉は、『水禍』が彼女を無意識の内に庇護しようとしていた事実を自覚させた。天涯孤独の彼女に、己の過去を投影したからか。はたまた別の理由か。分からぬままに、カツヤをベッドへと押し倒す。

 

「カツヤ、貴様は死にたいのか?勘違いをするな、反抗するつもりならば容赦はしない。貴様の首をへし折ることなど、容易いのだぞ」

 

そう言いながら首に手を伸ばすと、片手に収まるほどに細い。力は入れず、しかし殺気の籠った視線で睨み付けた。

 

「いいか、大人しくしていろ。死にたくなければな」

 

「・・・・・・矛盾してるよ、それは。だっておっさんはあの時、俺に生きろって言ったじゃないか。好き勝手に死なれたら迷惑だって。俺の命は、もうおっさんのもんだよ。殺したければ殺せばいいじゃん。それがおっさんの意志なら、別にいい」

 

『水禍』の視線を正面から受け止め、カツヤは抵抗もせずに言う。どこか投げやりな、諦観を含んだ表情。彼女には生きる意味が無いのだ。だというのに、『水禍』はカツヤをここに連れてきた。利用価値があるというだけでは、決して無いだろう。

 

「・・・・・・。ふうぅ・・・・・・!」

 

苛立たしげに息を吐いて、『水禍』はカツヤの首から手を離した。ぐちゃぐちゃになっている思考のまま、言い放つ。

 

「いいだろう、ならば貴様には戦場に出てもらう。大嵐の中、私を運びながら飛行するのだ。先に待つのは正体不明の巨大な何か。貴様が感じている嫌な感覚は、恐らくそいつによるものだ。嫌とは言わせんぞ」

 

「マジで?すげーじゃん、頑張るよ俺!」

 

「あぁ、精々頑張ることだ。出発は、先遣隊から連絡があってから。私は今からこの話をニェークに通してくるとしよう」

 

感情的になり過ぎている自分。それ以上に、カツヤが一切の怯えを見せなかったことに、『水禍』は驚いていた。だが、もう止められない。外の嵐よりも荒れ狂っている感情のまま、部屋を後にする。知ったことか、なるようになれ。昔の冷酷さ、冷徹さとは程遠い有様だ。

 

「よーし、やるぜーやるぜー!あっ、というかこれじゃあおっさん休めないじゃん!しまった・・・・・・!」

 

一方、カツヤはころころと表情を変えながらベッドの上で跳ねていた。ようやく状況が動き始めたのも嬉しかったが、何より『水禍』の役に立てることが嬉しい。伝えた言葉に、嘘は微塵も含まれていなかった。

 

命を与えられた恩を、少しでも返したい。カツヤは『水禍』のことが嫌いではないのだ。死んでしまっても構わない、どうせおまけの人生だから。

 

「まぁ、すぐに出発じゃないだろうし。おっさんが戻ってきたら無理やりにでも休んでもらわないと」

 

破滅的な考えは、しかし彼女の中では正常だった。あるいは、元居た場所とは異なる世界に飛ばされ、どこかおかしくなっているのかもしれない。カツヤは自身の羽毛に塗れながら、『水禍』を休ませる策を練るのだった。




偏屈なおっさんとTS娘の組み合わせは最高ですが、ファンタジーでやる必要があるのかという意見もあります。
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