TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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落ちる雷は瘴気と共に

瘴気を纏った落雷がミーを吹き飛ばした後。『鏡像』とオーギスは半ば引きずるようにミーを移動させ、なんとか森を出ることが出来ていた。

 

「よし、ひとまずはここでいい!ミーを寝かせてくれ!」

 

グロムやイニマと合流するよりも、ミーの様子を確認するのが先だ。先の落雷は『鏡像』でも予兆を感じられなかった。開けた場所でないと即座に対応し辛い為、ここまで離脱してきたのである。

 

魔術で光を生成しミーの体を照らす。見た所外傷は無いが、未だに意識が戻らないのが気になった。落雷の衝撃で気を失っているだけならいいのだが・・・・・・。

 

「呼吸は正常、心臓の方はどうだ・・・・・・?」

 

魔物化しているからか、ミーの脈は手首では測り辛い。『鏡像』は直接胸に耳を当て、その鼓動を確認した。規則正しく刻まれるリズムが聞こえる。問題は無さそうだ。他にも、特に異常な点は見当たらない。ただ気絶しているだけのようだ。

 

「ど、どうですか?何か、ヤバい状況だったりは」

 

「異常は無し。どうやら、気絶しているだけみたいだ。一安心だけれど・・・・・・」

 

不安の滲むオーギスの声に答えながら、『鏡像』は空を睨む。分厚い雲に覆われ、雨は際限無く降り続けている。先ほどの落雷は、木を裂き焦がしたものとは明確に違った。瘴気を纏い、まるで自分達を狙い撃つかのように落ちてきたのだ。明確な意図を感じる。

 

「とりあえず、オーギスはグロム達に事情を伝えに行ってくれるかい?私はここで落雷に備える」

 

「り、了解!」

 

落雷が敵の攻撃か、否か。攻撃だった場合、雷を落とせる範囲はどれほどか。限られた情報の中、『鏡像』は決断した。落雷で隠れ里を狙われれば終わりだが、現状その様子は無い。今も自身やミーに雷が落ちないのは、一定時間準備が必要なのでは?あるいは森を出たことで範囲から外れた可能性もある。

 

「さて・・・・・・」

 

オーギスが走っていく背を見つめつつ、魔力を整えた。『鏡像』の判断は、己が囮になること。ミーと共にこの場に残ることで、雷が落ちる場合狙いやすくさせるのが目的である。あの時に感じた落雷の威力は、『鏡像』の防御魔術で耐え切れる程度だった。威力を上昇させることが出来るとしたら、耐え切れるかどうかは分からない。

 

幸い、ここは急拵えの防御陣地の外だ。防御した際に多少の余波が周囲に散っても問題は無い。雷を受け止めるのではなく、受け流した方が少ない消費で済むだろう。

 

「まったく、魔石の数にも限りがあるってのに」

 

謎の存在の探知ではかなり消耗し、更に防御陣地に迎撃用の魔術を仕込んだ。異形から結界の管理も任されており、そちらにも魔力が必要だ。風雨は容赦無く体力を削り取り、状況は酷く悪い。それでも『鏡像』に焦りは見られなかった。この程度、修羅場の内にも入らない。薄く笑みを浮かべながら、大地に魔力を流し始める。

 

残り僅かな魔石が割れる音。『鏡像』とミーの周囲が光り始め、その光が少しずつ広がっていく。軽く息を吸ってから、『鏡像』は空を見上げ不敵な表情で叫んだ。理不尽に対する、宣戦布告のように。

 

「さぁ、どこからでもかかってきな!」

 

 

 

 

 

 

 

「うむ・・・・・・どう動くべきか」

 

ニェーク越しにカロロから送られてきた情報。値千金のそれをどう扱うべきか、ジエッタは頭を捻らせていた。

 

数十分前、ニェークの元に魔道具での連絡が届いた。カロロは無事に目的地へと到達し、更には隠れ里から偵察に出ていたチャロとも運良く合流。可能な限りの情報を集め、こちらに状況を報告してきたのである。内容は以下の通り。

 

一つ。謎の存在は多数の人間が溶けて固まったような奇怪な風貌をしており、人型の魔物を周囲に生み出し続けている。人型の戦闘力は未知数だが、動きは非常に緩慢。しかし産み出される数に際限は無い模様。謎の存在と同じく、隠れ里の方向に向けて進んでいる。

 

二つ。謎の存在は常に瘴気を噴き出し続けている。嵐でも吹き飛ばし切れない程の濃度により、肉薄することは困難。周辺への汚染が懸念されるが、通り過ぎた後に瘴気が滞留しているようなことは現状確認出来ない。いずれにせよ、瘴気を無力化する手段が必要だ。

 

三つ。チャロによれば、隠れ里は簡易的な防御陣地を組み迎撃に備えている模様。しかし、謎の存在及び人型、瘴気の影響も鑑みると防衛は非常に困難。即刻軍を派遣するよう要請したい。

 

「状況は想定よりも悪いようだな。しかし・・・・・・」

 

まず、軍隊の派遣は不可能だ。ジエッタとしては派遣出来るものならしたいが、王国との前線が緊迫している以上、兵力を割く余裕は無い。さりとて、このまま座して待つわけにもいかなかった。

 

まず、考えるべきは瘴気と人型魔物への対処。その後、謎の存在を打倒する方法を練らなくては。魔物と想定されている以上殺すことは出来るはず。そこまでの道筋を、見定めなくてはならない。

 

「人型の魔物の群れは、最悪カロロ達の手を借りて空を飛べば無視出来る。先に瘴気への対処だな」

 

瘴気。魔物が纏う魔力のようなものであり、人体に害を及ぼすこともある。カロロの言を信じるならば、周囲を汚染しかねない程の濃度らしい。まともに近付けないのも納得だ。

 

瘴気に対する手段にはいくつかあり、その中でも即座に準備出来るものは限られる。一般的には瘴気散らしのポーション等が上げられるが、エリンドに備蓄してあるものは僅かだ。むしろ、日々魔物と相対している冒険者達の方が常備しているだろう。

 

「・・・・・・それしかない、か」

 

考えてはいたが、実行したくない策が浮かんできた。それは、冒険者を大量に雇い事態に当たらせる、という方法だ。冒険者と言えば聞こえはいいが、結局は食い詰めたならず者の集まり。ニェークが雇ったオーギス達はともかく、基本的には信用し切れない存在だ。

 

そして、規律ある集団行動を取るのにも向いていない。それ故に今回の戦線でも雇われておらず、エリンドの酒場や冒険者のギルドには数多くの冒険者がたむろしていた。状況がある程度掴めた今、私費を投じてでも彼らを雇うべきか、否か。

 

「むうぅ・・・・・・」

 

ジエッタは唸りながら考える。リスクは高い。異様な状況に士気阻喪し、役にも立たず逃げ出す可能性もある。そもそも、依頼を出した所で受けてくれるかどうか。ジエッタは将軍という立場から、冒険者を信用することは出来ない。カロロやオーギス達のような例外ばかりではないのだ。

 

だが、他に雇用出来る戦力も無い。正規軍は軒並み最前線に引き抜かれ、傭兵の類は既に前線の軍に雇われている。それに、魔物への対策としてならば冒険者が適任だ。ここは己の責任において、エリンド及び近隣の都市から冒険者をかき集めるべきだろう。

 

そう決めてからのジエッタの行動は素早かった。ニェークの元に伝令を送りつつ、凄まじい速度で依頼書を書き上げる。内容は巨大な魔物及び無数の人型魔物の撃退。高額な報酬を設定し、エリンド中の酒場や冒険者ギルドに依頼を発注した。

 

更に、近隣の都市にも連絡を行う為、前線への報告用に僅かに残っていた騎兵を投入。持ち得る全ての人員と資産を極限まで活用し、早急に準備を整えていく。と、この段階で伝令が帰還。ニェークの返書には全てを許可すると記されており、冒険者の戦力が一定数集まった場合、現場での指揮はこちらの手勢が取るとも書かれていた。

 

エリンドに残った未熟な兵士達よりも、冒険者との接触も多いニェークの配下の方が今回の現場指揮には適任か。可能ならば自ら出陣したいが、エリンドを留守にするわけにもいかない。王国軍の動きが完全に把握出来ていない以上、規律を保った最低限の兵力と、それを指揮出来る人間がエリンドに残っていなくては。

 

諸々のやるべきことを迅速に済ませ、ジエッタは束の間の休息を味わった。果たして上手くいくだろうか。いや、上手くいかせなければならない。眉間のしわを指でほぐしつつ、次の展開を考える。

 

冒険者を派遣し、魔物達と戦った場合。その動きは王国軍にも筒抜けになるだろう。侵攻の機と捉えるか、あるいは静観するか。この時点で既に、『孤城』率いる黒鎧魔導重騎兵は共和国領土に侵入しているのだが、ジエッタには知る由も無かった。

 

更に、共和国軍側の対応も考慮しておかなくてはならない。現状の報告は送っているが、重要視されていないのか返事も返ってきていなかった。謎の存在が発生し進んでいる場所が共和国の主要地域から離れている為、まずは目の前の決戦を見据えているのだろう。

 

その判断は、ある側面から見れば正しくもある。王国との一大決戦に敗北すれば、待っているのは滅亡だ。真っ先に避けなければいけないことに注力するのは当然のことでもある。しかし、状況はそう単純ではない。誰が何を考えて引き起こした事象か分からないのなら、放置するのは悪手だ。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

疲労の滲む息を吐き、ゆっくりと背もたれに体を預けるジエッタ。ニェークの後ろ盾があるとはいえ、私費を投じて冒険者を雇うのは周囲から好ましくない反応をされるだろう。最悪、議会から圧力をかけられ将軍職を辞することすらあるかもしれない。

 

だが。例えそうなるとしても、ジエッタは同じ行動をするだろう。この行いは、必ず共和国の為になると信じていた。そして、その共和国の中には、羊人達の隠れ里も含まれている。そうだ。共和国に住まう者である以上、身命を賭して守るのは軍人としてやり遂げるべき使命である。

 

「・・・・・・」

 

報告が届くまでの僅かな時間、ジエッタは思考も止めて休むことにした。情勢が動けば不眠不休の戦いになる。その為にも、ここで息継ぎをしなければ。こういった事態に慣れているジエッタは、夢を見ることも無く眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、瘴気か・・・・・・?」

 

森の中、ぬかるんだ獣道を歩きながら異形は呟いた。吹き荒ぶ風雨、そこからほんの僅かな瘴気が感じられるように思える。

 

「イニマ、何か感じるか」

 

「う、うーん・・・・・・ごめんなさい、私には分からないかな」

 

首を傾げるイニマを見る限り、本当にごく僅かな瘴気のようだ。結界の反応から察するに、人型魔物の群れは2000歩程の位置まで近付いてきているはず。それが原因だろうか。

 

「・・・・・・いや」

 

通常ならば瘴気が届くような距離ではない。だというのに、この嵐の中でも漂う瘴気・・・・・・異常を感じ取るには十分である。可能性としては、大量かつ濃密な瘴気が際限無く噴き出している、あるいは結界でも探知出来ない魔物が潜んでいるという可能性もあった。

 

「あの、守り神様?どうしたんですか?」

 

「瘴気が匂う、微かだがな。魔物との距離とこの嵐から考えるに、通常ならばありえない。近くに潜む魔物がいるか、異常な程濃密な瘴気が満ちているのか。今は判断が出来ん」

 

「瘴気・・・・・・。うーん、ガスト系の魔物でもそんな遠くまで届く瘴気は出さないと思うし、どういうことなんだろう・・・・・・」

 

冒険者であるイニマにも思い至らないのなら、自身が考えても無駄だろう。異形はひとまず思考を取り止め、後ろにいるイニマに振り返る。

 

「この先の瘴気が濃いのならば、人体には有害だ。俺が先行して様子を確認してくる。細かいことは結界でも判別出来んからな。イニマはここで待機してくれ」

 

「えっ?あの、守り神様は大丈夫なの、瘴気?」

 

「あぁ。この体は瘴気に対して耐性がある。多少吸い込んだ所で問題は無い。だが、イニマには危険だろう」

 

異形が告げると、イニマは複雑そうな表情を浮かべつつも頷いた。頷きを返し、前を向く。

 

「もし俺が戻らなかったら、今の情報をグロム達に報告に行ってくれ。まぁ、そんなことは無いだろうが。頼むぞ」

 

そう言い残し、異形は早足でぬかるんだ獣道を進んでいく。光の差さぬ闇の中、彼の瞳は決意に煌めいていた。




傭兵は対人戦、冒険者は対魔物戦がメインです。装備や戦術にも違いが表れやすいんですね。
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