「この反応は・・・・・・チャロか?」
イニマと別れ、獣道を進み続ける異形。漂う瘴気の中黙々と歩いている彼は、結界からの反応に眉を顰めた。魔物とは違う、人間と思わしき存在を感知したからである。場所は結界の外縁で、ここからはかなり遠い。
「合流するべきか?いや・・・・・・」
合流するには、膨大な数の魔物の群れを突っ切る必要がある。それはあまりにも危険過ぎた。暫しの逡巡の後、異形は当初の予定通り魔物の迎撃を優先すると決断。人間と思わしき反応は観測しつつも、ひとまず頭の片隅へと追いやった。
そして。最も隠れ里に近付いている結界の反応、その場所近くまで異形は辿り着く。濃い瘴気が充満しており、通常の生物が活動するのは難しいだろう。人型の魔物は数えきれない程いるようだが、その最先頭の周囲には数が少ない。歩調が乱れているからか、全く密集していなかった。
これならば仕掛けやすい。異形は雨の中、四本の飛び筒に鉛玉を込めていく。この嵐では射程を十分に活かすことは出来なさそうだ。気付かれないギリギリから斉射、その後に突撃するのが無難だろうか。
即興で戦術を組み上げつつ、魔物達から50歩程の距離まで近付いた。この状況では姿を発見出来ないが、結界によりおおよその位置は把握している。ここならば、飛び筒の射線を遮る木々も少ない。両腕と背の六本腕で飛び筒を構え、躊躇無く一斉に放った。
轟音。風雨を引き裂くように、魔物に向けて鉛玉が飛翔する。放った四発の内一発のみが着弾。脇腹を抉り取り、魔物がバランスを崩した。
「おおおぉぉぉっ!!」
魔物が体勢を立て直す前に、異形が咆哮を上げながら突っ込む。計八本の腕から繰り出される暴力的殴打に、魔物はぐちゃぐちゃに潰されていった。だが、攻撃を受けながらも再生する兆しを見せる魔物に、異形も何かを察する。
「ぬぅんっ!」
再生しかけている魔物を空中に放り投げる異形。再生の起点、瘴気の流れを見極め拳を突き上げた。魔物の右肩、そこに埋まっていた核を掴んでいる。力づくで握り潰すと、バキンという硬質な音と共に魔物の体が溶け落ちていった。
「面倒だな、これは」
呟きながら六本腕を構える。音に反応したのか、数体の魔物がこちらに向かってきていた。今倒した魔物と同程度の戦闘力ならば問題は無い。そう判断し、自分からも距離を詰めていく。異形はその身を以て、この人型魔物達の特徴を見極めようとしていた。
雨に濡れた視界に魔物達が映る。結界の反応通り、数は四体。連携を取るというわけでも無く、無造作かつバラバラに襲い掛かってくる。伸縮する腕を鞭のようにしならせ、異形に叩きつけようとした。
「ふんっ!」
その腕を容易く掴み取り、強引に引っ張り魔物を振り回す。そのままの勢いで別の魔物達を薙ぎ払い、木の幹に叩きつけた。倒れている魔物に覆いかぶさるように手刀を脇腹に突き立てる。バキン。核の割れる音と共に一体の魔物が崩れ去り、薙ぎ払われた魔物達が立ち上がる前に、異形はそちらにも襲い掛かった。
両腕で魔物に抱き着き、そのまま核ごと圧し潰す。残りの二体も背中の腕で絡め取り、万力の如く捻じ伏せていった。魔術の覚えがある異形にとって、核の位置を把握するのは容易いことだ。僅かな時間で五体の魔物を葬った後、結界に意識を向ける。反応を見るに周囲に敵影は無し。戦闘態勢を解き、熱い息を吐いた。
「ふうぅ・・・・・・。これが雲霞の如く迫ってきているのなら、相当に骨が折れるな。やってやれない程ではないが・・・・・・」
一番の問題は、この魔物達と関連しているであろう巨大な存在だ。それに対する手段は未だに思いつかない。純粋な質量の前には小手先は通用しないと、異形は経験から知っていた。
一通り周囲の確認を続けた後、一旦イニマと合流しようと来た道を後にする。瘴気の濃度は想定よりも濃く、イニマが戦うには難しそうだ。さて、どうするべきか。考えつつ、異形は足早に立ち去るのだった。
国境線を超え、迅速に進み続ける黒鎧魔導重騎兵達。それを率いる『孤城』の魔術師は、目的の存在に近付くにつれ増していく瘴気を鋭く感じ取っていた。
「魔物か、それとも・・・・・・」
この場にいる全員が瘴気散らしの魔術を覚えている為、直接的な影響は無い。しかし、ここまで瘴気が広がっているとすれば、魔物にしろそうでないにしろ相当な大物だ。潜入と隠密を重視した結果少数の部隊しか連れてこなかったが、果たして対応出来るだろうか。
「ふむ。陣形を「狼の眼」に変更、周囲への警戒を厳にせよ。あるいは、共和国からも斥候が訪れているかもしれん」
『孤城』の命令一下、黒鎧魔導重騎兵は迅速かつ緻密に陣形を変えていく。意志が統一されているが如き動きは、まるで一個の生物のようだ。そうして組み上がったのは、「狼の眼」と呼ばれる陣形。索敵を重要視した、行軍速度や戦闘を考慮に入れていないものだ。
先んじて敵を見つけ、状況に応じた陣形に組み替えたのち対処する。高い練度が前提となっている陣形だが、黒鎧魔導重騎兵にとってはなんの問題も無い。満足気に頷きつつ、『孤城』の魔術師は言葉を続ける。
「戦闘は可能な限り避けるとしようかの。情報を持ち帰るのを一義、我々の独力で対処出来るかを見極めるのを二義とする。さぁ、行軍再開だ」
足並みが乱れる事も無く、『孤城』達は森の中を進んでいく。彼らが謎の存在及び、それが産み出す人型の魔物達に到達するまで、後僅かまで迫っていた。
来た。天空に生じた魔力の流れを敏感に感じ取り、『鏡像』は迎撃の準備を整える。
「さて、味わわせてもらおうか・・・・・・!」
最初の落雷に気付けなかったのは、魔力の発生源が遥か上の天空にあったからだ。種が割れてしまえば予兆を読み取ることは容易い。雷を落とす魔術など聞いたことも無いが、原理が同じならば解析も出来る。だからこそ、『鏡像』は囮になることとは別に、あえて落雷を受けようとしていた。
そして、『鏡像』の推測通りに雷が落ちる。嵐を引き裂くような閃光が迸り、『鏡像』とミーを包んだ。
「っっっぐうっ!」
凄まじい衝撃。何重にも重ね掛けした防御魔術が次々に割れ、『鏡像』の魔力が急激に失われていく。だが、耐え切った。瘴気が満ちる余韻の中で、『鏡像』は状況を静かに確認する。自身もミーも無事、周囲への被害も軽微。そして、追撃も無し。
「ふ、ぐ・・・・・・!はぁ、酷い威力だ。だけど、隙はあるようだね。次を放つのに時間がかかるのか、魔力が足りないのか・・・・・・それとも別の要因があるのか。なんにせよ、備えておけば受け流せそうだ」
術式を再構築しつつ、対抗策も組み立てる。どのように狙いをつけているかまでは分からないが、魔術の構造自体は単純に思えた。ならば雷を誘引してしまえばいい。本来、落雷は周囲で最も高い場所に落ちやすい。魔力による術式を織り交ぜた物体を天高くに掲げることが出来れば、ある程度の誘引効果が期待出来るだろう。
問題はその方法だ。天高く物体を掲げると言っても、周囲には見張り台程度しか無い。そして、落雷を一度でも受ければ粉砕されてしまうのは火を見るより明らかだ。さて、どうするべきか。『鏡像』は雨粒と汗が混じった雫を頬から垂らしつつ、素早く思考を回していく。と、
「ン、ウ・・・・・・」
落雷の衝撃が伝わったのか、ミーがもぞりと身を捩らせた。うっすらと開かれた眼に、『鏡像』はにこりと微笑む。
「やぁ、ミー。体調の方は大丈夫かな?」
「エ、ア、ウン。アレ、ココッテ・・・・・・」
「ここは隠れ里の近くだよ。ミーが落雷に気付いてくれたおかげで、私もオーギスも無事に帰ってくることが出来た。ありがとう」
「・・・・・・アッ!」
ぼんやりと話を聞いていたミーだったが、徐々に気絶する前のことを思い出したようだ。すごい勢いで飛び起きて周囲を見回すと、落雷の余波で焦げ付いた地面が目に入る。地面と空、そして『鏡像』の顔をそれぞれ見た後、おそるおそる呟いた。
「モ、モシカシテマタ落チタノ、雷?」
「あぁ。ただ、ミーが初撃の雷に気付いてくれたからね。奇襲さえされなければ対応出来る。というわけで、二度目の落雷を防いだ辺りだ」
「ソンナ・・・・・・大丈夫ダッタノ?」
「大したこと無いよ。それよりも、ミーの体調の方が心配だ。直撃は避けたとはいえ、余波を思いっきり浴びていたからね。どこか、変な気分だったり痛む箇所とかはあるかい?」
魔力消耗による疲労を押し隠しながら優しく訊ねる『鏡像』に、ミーは全身の感覚を確かめる。特に違和感を覚える箇所も無く、樹木に叩きつけられたはずの背中も特には痛まない。僅かに触手が擦れて痒い程度だ。そのことを伝えると、『鏡像』は丹念に触手を観察した後頷いた。
「私とオーギスではミーを担ぎきれなかったから、引きずった時に肌が痛んでしまったようだ。すまない」
「イヤ、全然痛クナイシ平気ダケド・・・・・・ソノ、キョウゾウは大丈夫?」
心配そうな表情で見つめてくるミー。正直、余裕があるとは決して言えない状況だ。それでも『鏡像』は気丈に微笑む。ミーが見ているからではない。己の信念と、誇りにかけて。『鏡像』の二つ名を受け継いだ者として、この程度で折れる訳にはいかないのだ。
「なぁに、心配される程じゃないさ。まだまだ先は長そうだ、これくらいでへこたれちゃいられない。『暗礁』とハヤトを相手にした時の方がよっぽど辛かったしね」
「ウゥン・・・・・・デモ、ヤッパリ顔色ヨクナイシ・・・・・・無理ハシナイデネ」
「それは約束出来ないかな。無理をしなきゃ、私もミーも里の皆も生き残れないかもしれない。・・・・・・ここに来てから私はワガママになった。死ぬのも、死なれるのもごめんなんだよ」
真剣なまなざしに、ミーは何も言い返せなくなる。『鏡像』は、自身がどれだけ傷つこうとも生き残り、周囲の者達を守るという覚悟を固めていた。自分程度が口出ししていいものではない。そう悟ったミーは、そっと視線を逸らしてしまう。
「キョウゾウハ、強イネ」
「諦めが悪いだけだよ。さて、ミー。少し頼みたいことがある」
「ナ、ナニ?」
「今から私は瘴気混じりの落雷に対する対策を練るわけだけど・・・・・・もしかしたら、没頭し過ぎて降ってくる雷への対処が遅くなるかもしれない。どうやら君には事前に落雷を察知する能力があるみたいだから、もし何かを感じたら私に教えてくれないかい?」
最初の雷を察知したことを言っているのだろう、『鏡像』はいたって真剣にミーに頼んできた。しかし、ミー本人に自覚は無い。そもそも、何故落雷を感じ取れたのか、理由が分からないのだ。
「イイ、ケド・・・・・・私デ大丈夫カナ」
「大丈夫さ。隅々まで明らかになっている術理よりも、直感を信じるべき場面は多い。少なくとも、私はミーを信じている。頼まれてくれるかな」
「・・・・・・ウ、ウン。分カッタ、頑張ッテミル」
それでも、ミーは頑張ってみると決めた。やれることがあるのならやるべきだ。それが自分にしか出来ないのなら、猶更である。上を見上げると、際限無く降り続ける雨の向こうに空を分厚く覆う暗雲が見えた。夜目が利く彼女の瞳は、暗雲の中で渦巻いている瘴気も見通している。
「ヤッパリ、雲ノ中デ瘴気ガ渦巻イテルミタイ。魔術トハ、違ウ感ジダケド・・・・・・」
「やっぱりか・・・・・・。偶然とは考え辛いねぇ。他にも分かったことがあったら遠慮無く言ってくれ」
顔をしかめて口を動かしつつ、『鏡像』は新たな魔力を練り上げているようだ。疲労が濃く浮かんでいる顔で、しかし瞳は爛々と輝いている。強い意志を漲らせ、静かに呟いた。
「さて、ひとまずここが正念場かな。きっちり踏ん張らせてもらうよ・・・・・・!」
そもそも雷を無力化出来る個人とか普通に強過ぎるんだよな。二つ名持ちの魔術師はそういうことする。