「わぁ、凄い・・・・・・!」
休憩を挟みつつ飛び続け、すでに日暮れの時間。地平線に沈んでいく夕日を眺めながら、ミュリアちゃんが感嘆の声を漏らした。
「絶景だねぇ。カロロはいつもこんな景色を見てるのか。こいつは羨ましい」
「チチ、チチチチッ・・・・・・そうでしょう、ふぅっ、そうでしょうとも!ワタクシならずとも、翼持ちは空から見る風景を独り占めしているのですっ、はぁっはぁっ」
俺の言葉に返事をするカロロだが、かなり疲れているようだ。まぁ、休憩を挟んでいるとは言えかなり長い間飛んでいるからな。しかも、俺たちという重荷をぶら下げながら。
「カロロ、今日はこれくらいにしようや。暗くなったら、最悪方向を間違えることもある」
「チ、ヂヂッ、ワタクシはまだ全然余裕ですが?」
「いいから。お前は良くても、こっちは初めての空の旅なんだ。ミュリアちゃんだって疲れただろう?」
「あっ、はい、そうですね!一旦地上で休みたいかなー、なんて」
強がるカロロをミュリアちゃんと協力して説得する。いくら自信にあふれるカロロでも、相当に疲弊していたのだろう。大人しく従い、徐々に高度が降りていった。降下場所は、小さな泉沿いの少し開けた場所。慎重に着陸すると、どうやら人工物の泉に見える。
「お疲れ、カロロ。ちと休んでてくれ。野営はこっちで準備するから」
「いえいえ、これしき!ワタクシも準備を、コホッコホ!」
「無理しないでください、カロロさん。ただでさえ私達は貴方に頼り切りなんですから、せめてこれくらいはさせてください」
羊毛のシーツを敷き、そこにカロロを寝かせながらミュリアちゃんが宥めていく。差し出された水袋をちびちびと舐めながら、カロロはくたりと体の力を抜いた。
「う、うぅむ・・・・・・すみませんが、お言葉に甘えます。その代わり、明日の朝までには完全復活しましょうとも!」
「おう、期待してるよ。だから、今はゆっくり羽を休めてくれや」
カロロのおかげで、空を進んで最寄りの都市に向かうことが出来るのだ。陸路なら10日近くかかるだろう道のりだが、この調子なら今日含めて三日程で到着するだろう。本当に、ありがたい。
ミュリアちゃんとともに、テキパキとテントを設営する。カロロを中へ放り込み、ミュリアちゃんに言った。
「んじゃ、俺は焚き木用の枝を集めてくるよ」
「はい!お湯を沸かせるよう準備しておきますね」
彼女、野外活動の経験は少ないはずなのに動きに無駄が無い。一応、空で籠に揺られながら説明出来ることはしたが、本当に呑み込みが早いんだな。心強い旅の仲間だ。
さて。池の周辺には結構な木々が生えてるが、枯れ木となると中々見つからない。丁度いい小枝を探し、少しずつ森の奥へと入っていった。多少の危険はあるが、いざとなれば飛び筒がある。ミュリアちゃんが行くよりはましだろう。と
ガサガサッ・・・・・・
「こいつは・・・・・・」
遠くから、微かに茂みをかき分けるような音が聞こえた。咄嗟に息を潜め、大きめな木の陰に隠れる。野生動物か、魔物か。いや、警戒心の強い野生動物ならここまで不用心な音は立てないはず。となると・・・・・・。
「リーダー・・・・・・どこまで行くんですか?もう日が落ちますよ」
「まぁ、待て。この辺りには、確か泉があってな。休むにしても水源が近い方がいいだろう?」
「・・・・・・その泉、人工物だよ。数十年前、共和国のパリナン将軍が作ったもの。理由は分からないけど」
森の中、三人の冒険者が慎重に進んでいた。
一人はすらりとした外見の少女。なめし皮に鋲を打った鎧を着て、腰には細剣を差している。ボサボサの癖毛は、後ろにまとめられているようだ。
一人は大柄でがっしりとした男性。鎖を編み込んだチェインメイルを身に付け、背には大振りの長剣。禿頭を掻きながら、地図を睨んでいる。
一人は小柄で痩身の男性。身軽ないで立ちに、手には弓と腰に矢筒。博識なようで、泉の起源を語っている。
三人は、半年ほど前からパーティーを組んでいる冒険者たちだ。軽戦士のイニマ、戦士にしてリーダー格のオーギス、弓手のチャロ。平均よりも僅かに高い実力を持つ彼らは、ギルドを通して王国からの依頼を受け、この辺り一帯の調査に来ていた。
「本当に、こんな所に何かがあるんですか?私にはただの森にしか見えませんけど」
「噂じゃ、共和国兵も王国兵も還ってこなかった呪われた森だとか言われてるが・・・・・・チャロ、どうだ?」
「普通。さっきまで、いくつか死体を見たけどさ。多分追っ手にやられたか、動物に食い殺されたか。森だってどこにでもある感じだし、『何か』があるようには見えないよ」
「だよなぁ・・・・・・仕方ない、帰りは遅くなるが後二、三日進んでみるか。その為に保存食はたんまり持ってきたしな」
オーギスの言葉に、イニマが反応した。目尻を吊り上げ、露骨に反対の意志を表している。
「えー!?20日以上エリンドに戻らないんですか!?やだぁ・・・・・・」
「しょうがないだろう、ある程度しっかり調査しとかんと報酬も出ない。帰ったら湯浴み代くらいは出してやるから耐えてくれ」
「むぅ・・・・・・それなら、いいですけど。はぁ」
テンションの下がった様子で溜め息をつくイニマ。そんな彼女を冷ややかに見つめていたチャロは、不意に視線を鋭くして一方向を睨んだ。
「どうした、チャロ」
「何かいる」
言葉少なに弓を構え、姿勢を低くするチャロ。元々狩人であった彼の五感は、三人の中で最も鋭い。緊張に顔を引き締めながら、オーギスが小声で訊ねる。
「人か?獣か?」
「分からない。でも、多分あっちも気付いた。手練れ、だと思う。敵なのか、味方なのか・・・・・・」
「じゃあ、確かめないと。私が突っ込むから、二人は援護お願いします」
あっさりとした口調でイニマが言うと、残りの二人は顔を見合わせ頷いた。彼女は態度こそ褒められたものではないが、剣技は天賦のものを持っている。まるで踊るような身のこなしといい、まともにやりあえばパーティー随一の実力なのだ。
「気を付けろ、何かあれば即退却するからな」
「分かってまーす。じゃ」
細剣を引き抜き、イニマは一気に走り出す。60歩程の距離を一瞬で詰め、木の陰に隠れているらしい何者かへと迫った。
飛び筒を撃つ準備を始めようとした直後。凄まじい勢いで突っ込んでくる人型の何かが、一瞬で俺を視界に捉えた。不味い、今の俺では・・・・・・!
「えっ?」
気の抜けた声。20に満たないくらいの歳の少女が、俺を見て目を丸くしていた。鋲打ちのレザーアーマーに細く鋭い剣。片手には軽そうな木盾も構えている。しかし、表情は戦う者のそれじゃあない。呆けているような、目を奪われているような。ぴたりと動きを止めている彼女に、俺も動くことが出来なかった。
「おい、何があった!?」
だみ声が後方から響くと、俺はハッとして彼女から距離を取ろうとする。しかし、それよりも彼女の方が早い。素早く俺に接近し、そして、
「きゃあ~~~~~可愛い~~~~~!!!えっなにこの子、天使!?可愛いしふわふわだし!うわぁ肌ももちもちだ!」
俺を、思いっきり抱き締めた。
「ねぇねぇどこから来たの?この辺りに住んでる?てか亜人?亜人なのね!?だからこんなにふわふわなんだ、わぁ髪の毛の手触り最高!」
「むぐ、もごご」
抵抗しようにもがっちり捕まえられているし、胸元に抱き寄せられているせいで声が出せない。そうこうしている内に、他の者達が合流してきてしまう。
「おい、一体何が・・・・・・あぁん?」
「・・・・・・」
長剣を抜き放っているチェインメイルの男に、弓を構えている青年。今の俺じゃあ、確実に勝てない相手だ。こいつは、不味いぞ。
「あっリーダーにチャロ!見て見て、お人形さんみたいな子です!」
「いや、んんん?羊の亜人か?こんな森にどうして・・・・・・とりあえず離してあげろ、苦しそうだぞ」
「えー、こんなに可愛いのに」
文句を言いながらも、少女は俺を解放する。大きく息を吸い込んで、整えつつ三人に目をやった。さて、どうするか・・・・・・。
「お嬢ちゃん、この辺に住んでいる子かな?あぁ、安心してくれ。危害を加えるつもりは無いから」
長剣を地面に落とし、手をひらひらと振る男。敵ではないと示してくれているようだ。
「あ、あの、貴方達は一体」
絞り出すように、か細い声で質問する。こちらの事情がバレていない以上、利用出来るものはなんでも利用しなくては。恐らく、この三人には俺がただの幼子に見えているはずだ。
「あぁ、私の名前はオーギス。で、こっちが」
「イニマだよ!さっきはごめんね、君があまりにもキュートで我慢出来なくて」
「チャロだ。お前はどこから来た?何故、ここにいるんだ」
他の二人は友好的に見えるが、彼・・・・・・チャロだけは警戒を隠そうともしていない。成程、俺の気配に気付いたのはこいつか。
「おい、チャロ。相手は子供だ、そう脅すな」
「ただの子供が、こんな森の中に一人でいるのはおかしい。大体、僕達に気付いて隠れてたんだぞ?見た目で判断するのは危険だ」
「こんなに可愛いんだから大丈夫だと思うけどなぁ。リーダーもそう思いますよね?」
「うぅむ・・・・・・」
意見が割れ、微妙な空気が漂う。その隙に差し込むように、俺は意を決して口を開いた。
「あの・・・・・・いいですか?私達、旅をしているんですけど、そろそろ野営してる場所に戻らないと。心配すると、思うので」
最悪この三人と敵対してしまうとして、俺一人ではどうしようもない。カロロならどうにか出来そうだが、ミュリアちゃんが巻き込まれる危険もある。メリットとデメリットを天秤にかけ、結果野営地へと誘い込むことにした。まぁ、雰囲気としては善良寄りの冒険者だ。有無を言わさず殺しに来ることは無いと信じたい。
「おっと、やっぱり保護者が近くにいるのか。案内してくれるかな?」
「は、はい」
「オーギス、いいのか?罠かもしれないぞ」
未だに警戒を解かないチャロに対して、オーギスは禿頭を撫でながら軽く肩を叩いている。宥めているつもりらしい。
「まぁ、落ち着け。仮に罠だとして、このお嬢ちゃんを攫ったり縛り上げたりは出来ん。こっちがお尋ね者になる可能性だってあるからな。一応、警戒したままで頼むぞ」
小声で言っているが、距離が近いので普通に聞こえるのがありがたい。ま、妥当な判断だわな。と、イニマがひょいと俺を抱き上げた。
「よーし、じゃあ行こっか!私が運んであげる!」
「えっ、ちょっ」
有無を言わさずお姫様抱っこで運ばれる俺。って、方向が違う!
「あの、こっちじゃなくて東の方です」
「りょうかーい!リーダー、東ってどっちですか!?」
・・・・・・大丈夫だろうか、色々と。
冒険者という職業は魔物を相手にすることが多いです。正規軍では対応し切れないので。あとは雑務や危険な仕事で、不安定な収入と付きまとう命の危険から底辺より少し上くらいの職業だと認識されています。