「さ、さっきはごめんなさい!ミュリアと言います!そっちのテントで寝てるのがカロロさんで、えっと」
「きゃ~可愛い~~~!!姉妹!?二人してふわふわラブリー姉妹なの!?」
「落ち着けイニマ。すまんな、こいつは大の可愛いもの好きなんだ。俺はオーギス、よろしくって力強いなオイ!?」
ミュリアちゃんにも抱き着きかねないイニマをどうにか羽交い絞めにしつつ、オーギスがだみ声で挨拶する。どうにも珍妙な状況に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまった。
あれから、冒険者三人組(移動中に事情を聞いた)を野営地に案内すると、ミュリアちゃんは驚いた様子でおたまを構え、「グ、グロムさんを離してください!」と叫んだ。俺が人質に取られてると勘違いしたらしい。誤解を解きつつ状況を説明すると、彼女は謝りつつも挨拶して今に至るというわけだ。
「・・・・・・チャロだ。それで、今カロロと言ったよな?高名な冒険者の名前だけど、本当に?」
疑わしげにテントに目を向けるチャロに、俺は入り口をめくり爆睡しているカロロを見せた。幸せそうな顔で涎を垂らしまくっているその姿は、「高名な冒険者」にはとてもじゃないが見えない。
「・・・・・・本人だ」
僅かに瞳が輝き、驚いたように表情を動かすチャロ。彼は尊敬すら混じった眼差しでカロロを見つめている。マジか。
「『青空の騎士』か!?そりゃ、随分な大物だな・・・・・・。彼ほどの冒険者が護衛って、お嬢ちゃんたちは氏族長の娘かなんかなのか?」
「可愛い可愛いくぁいいなぁ!ねぇ、一人持ち帰ってもいい!?私、君たちの為なら馬車馬みたいに働くよ!」
混沌とする状況の中、俺はどうにでもなれという気分で空を見上げた。おっ、そろそろ星が見えてきてるな。明日、晴れならいいんだが。
焚き火を囲みながら説明をすると、冒険者たちは三者三様の反応を見せた。
オーギスはしかめっ面で腕を組み、しわを寄せて考え込んでいる。イニマは理解しているのかいないのか、俺とミュリアちゃんをキラキラした目で見つめている。チャロはテントの方を気にしつつも、疑わしい視線を俺たちに向けている。いずれにせよ、事情を理解しているとは思えない様子だ。
「まぁ、信じてくれとは言わんさ。そも、俺の事情は重要じゃない。問題なのは、隠れ里の安全が脅かされてるってことでね。あんたたちが受けている調査依頼が出た原因でもある」
こちらの状況の一部を伏せて伝えることも考えたが、結局は包み隠さず話した。これは長年の勘だが、彼らは真っ当な冒険者だと思う。なら、騙すよりも味方につけた方がいいと判断した。吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
「だがなぁ。すまんが、お嬢ちゃんたちが言ってることが真実だって証拠が無い。王国側が、亜人の奴隷を使って共和国をかく乱してるって可能も考えられるしなぁ」
オーギスがぼやくように言う。結構頭が回るようだが、当の俺たちを前にして口に出してしまうのが純朴さを感じさせるな。根は中々の好人物なんだろう。
「青空の騎士は騙されやすい性格だと聞く。お前たちが口先で誑かしたんじゃないのか?」
チャロの方は露骨にこちらを怪しんでいる。当たり前の反応で、逆に安心しちまうな。俺だって、なんの事情も知らんままさっきの話を聞かされたらまずは裏を取ろうとする。
「かわいー・・・・・・元がおじさんなんて信じられない・・・・・・人間全員同族化すればいいのに・・・・・・」
危険なことを呟きつつ熱烈な視線を向けてくるイニマは、俺にはよく分からない。最近の若者はこんな感じなのかねぇ・・・・・・?
「う、嘘じゃないです!ほんとです!私達は里の使いとして、共和国に、えぇと・・・・・・ひ、庇護を求めに行くんです!」
「うーん・・・・・・何か、証拠になるものは無いか?私達が信じることが出来るようなものは」
「それは、その・・・・・・」
オーギスに訊ねられ答えに窮するミュリアちゃんに、助け舟を出すように口を開いた。外での経験が浅い彼女には、ちと酷だろう。
「勿論、里長がしたためた親書はある。だが、あんたらに見せても意味は無いだろう?少なくとも、共和国でそれなりの職に就いてる人に見せなきゃならん。その前に冒険者に確認されてる親書なぞ、信用されるはずもない」
「む、むむむ・・・・・・」
黙り込むオーギス。そこに鋭く声を上げたのはチャロだ。
「だとしても、僕達が信用するものを見せられなきゃ駄目だろ。こっちとしても、依頼を放棄するにはそれなりの理由が必要だ。お前たちが嘘を言っていないという証拠を示してくれ」
ふぅむ。チャロが言うことは確かに道理だ。これは、ちと分が悪いな。口で言うのは簡単だが、俺たちが示せるものは殆ど無い。痛い所を突かれ、俺は内心必死に考え込む。こんな序の口とも言えないような所で、躓くわけにはいかない。と、
「じ、じゃあ!私が人質としてオーギスさん達と行動します!グロムさんが嘘をついていると思ったら、私を好きにしてくれていいですから!」
ミュリアちゃんがとんでもないことを言い放ち、俺を含めた全員が目を丸くした。
「待て、待ってくれミュリアちゃん。流石にそれは駄目だって。危険過ぎる」
「で、でも!この人達を納得させるには、これが一番だと思うんです。多分、悪い人達じゃないと思ってますし」
「マジ!?こんな可愛い子が私達と一緒にいてくれるの!?リーダー、OKしましょうよ!」
「いやいやいや、落ち着けイニマ、そういう話じゃない。これは、うむむむむ・・・・・・」
止めようとする俺に、毅然としているミュリアちゃん。歓喜するイニマに悩むオーギス。中々に混沌とした状況だ。いや、まさかミュリアちゃんがこんな提案をするとは。これで彼女に何かあったら親に申し訳が立たない。
「ふぅぅ・・・・・・。分かった、こうしよう。エリンドまでは歩いて8、9日の距離だ。だが、カロロなら俺という重荷があっても一日二日で着くだろう」
エリンドとは、国境線近くにある城塞都市だ。最前線に建っている都市だからこそ栄えており、相応の権限を持つ指揮官が常駐しているはず。そこに親書を届け、返事を待つのが今回の目的だった。
「親書を渡したとしても、すぐに返事が来るはずもない。微妙な駆け引きをせざるを得ないだろうしね。その間、ミュリアちゃんを連れた君たちが合流する。俺たちの行動が嘘じゃなかったと認めたのなら、ミュリアちゃんの身柄を返してもらう、ってのでどうだい?」
ミュリアちゃんは、一度こうと決めたら曲げない強さの持ち主だ。勿論危険はある。この三人の冒険者たちもそれなりに腕が立つだろうけど、カロロよりは小粒だ。不測の事態が起きた時、ミュリアちゃんを守り切れるとは言い切れない。だが。
「はい、私はそれで構いません。すぐに追いつきますから、待っていてください!」
頬を紅潮させ、両手でガッツポーズをして気合を入れるミュリアちゃん。今回も、彼女を信じて頼ることになっちまったな。
「賛成賛成さんせーい!!一緒に行こうよミュリアちゃん!リーダー、いいですよね、ね!」
「ぐ、む・・・・・・合理的では、あるな。お嬢ちゃんたちの話が真実なら、ギルドにも申し訳が立つ。報酬は・・・・・・分からんが」
「あぁ、それならこいつでどうだい?前払いって訳じゃないが、まぁ保障として」
俺は移動用のカゴの中から、貢物の一部である織物を取り出した。品質がかなり高い上に素材が羊人の髪の毛であるため、相当の価値がある。
「報酬が貰えなかったら、こいつを換金してくれればいい。中々の金になるはずだ。ミュリアちゃんを無事にエリンドまで連れてくる護衛代も兼ねて、どうだい?」
戸惑いながら受け取り、織物を確認するオーギス。彼にはピンと来なかったようだが、イニマとチャロは目を見開いて驚いてくれた。
「リリリ、リーダー!これ凄い!こんなの、共和国の首都でも見たこと無いよ!?」
「なんだ、これ・・・・・・!?金貨10・・・・・・いや、15枚くらいの価値があるんじゃあ・・・・・・!?」
「そんなに!?今回の報酬の5倍以上じゃないか!?ただでさえ危険な分報酬の良い依頼なのに、マジかぁ・・・・・・!」
そんな三人の様子を不思議そうに見ながら、ミュリアちゃんがぽつりと漏らす。
「ぐ、グロムさん。私達の織物って、そんなに凄いものなんですか?」
「うむ。俺も最初見た時は目玉が飛び出るかと思ったよ。それこそ、王国側の王侯貴族が身に着けててもおかしくない程の代物だ。素材も、腕も、どちらも一級品。里の皆は、職人としては玄人だよ」
「うーん・・・・・・?よく分からないです」
首を傾げるミュリアちゃんに苦笑しながら、背伸びをして彼女の頭を撫でた。謙遜でもなく、本当に分かっていない純真さが愛らしい。手のひらに柔らかく気持ちのいい感触が伝わって、ミュリアちゃんは嬉しそうに頭を下げて撫でやすくしてきた。
「織物よりこっちの方が価値あるでしょ、間違いなく・・・・・・!」
・・・・・・織物を見ていたはずのイニマの強烈な視線を感じるが、まぁ気のせいということにしよう。
「チチチチッ!ではお三方、どうかミュリア殿をよろしくお願いしますぞ!」
「は、はい!全力を尽くします!」
直立不動のチャロに笑いかけつつ、カロロは翼を広げた。あの後、持ち回りで夜番を立てつつ一夜を過ごした俺たちは、明け方近くに目を覚ましたカロロに事情を説明した。最初こそ驚いていたものの、彼はすんなりと納得して頷く
「グロムとミュリア殿の選択ならばそれでよし!ワタクシは雄々しく羽ばたき空を駆けるだけですとも!」
こっちを深く信頼してくれているようで、ありがたい。合流場所等の軽い取り決めをした後、俺たちは早速別れることにした。その方が、合流も早くなる。
「それじゃあ、気を付けるんだぞミュリアちゃん!エリンドで待ってるからさ!」
「はい!グロムさんとカロロさんこそ、お気をつけて!」
まさか、里を出て二日目で別れる羽目になるとはな。何もないことを祈りながら、イニマに抱き着かれているミュリアちゃんに手を振る。ふわりとカゴが浮き、どんどん高度を上げて彼女から離れていった。すぐに、声も聞こえなくなる。
「ふぅ・・・・・・」
息を吐き、カゴの中に座り込んだ。と、飛び始めたばかりで息に余裕があるカロロが楽しげに話しかけてくる。珍しい調子だな。
「グロムの心配性は今に始まったことではないですが、それにしてもミュリア殿を大事にしているのですなぁ!ワタクシ、感激ですとも!」
「茶化さないでくれよ、カロロ。危険なことに変わりは無いんだ、心配だってするだろうさ」
「ですが、昔を知るワタクシとしては随分と・・・・・・」
「いいから。飛ぶのに集中してくれ、昔みたいにオオヘビワシと正面衝突されたらたまらん」
「チチッ、了解ですとも!」
なんだかからかわれている気がする。ジロリと上に目を向けカロロを睨むが、彼はどこ吹く風で大きく羽ばたくのだった。
隠れ里の羊人達には、織物の職人集団という側面もあります。モンゴルの騎馬民族が乗馬に親しんでいるように、彼らの暮らしに組み込まれてるんですね。