TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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ジエッタ将軍

城塞都市エリンド。無骨な雰囲気の大部屋の中で、ジエッタ将軍はただでさえしかめしい面をさらにしかめていた。

 

彼はエリンドを統括する防衛軍の指揮官である。堅実かつ粘り強い用兵を評価され、10年程前に指揮官の任に就任した。それ以降、国境線付近での小競り合いは何度も起きたが、エリンドまで直接攻められるという事態は一度も起きていない。

 

しかし。半月ほど前の、先の戦は酷いものだった。ジエッタは都市の防衛が絶対的な目的の為前線には出なかったが、歴史に残る大惨敗だったようだ。半数以上の将兵が帰還出来ず、物資は殆どが収奪された。勢いづいた王国軍がエリンドへと攻め寄せる可能性があったことから、ジエッタは厳重な迎撃態勢を整えつつ敗残兵を収容していた。のだが。

 

「やれやれ・・・・・・」

 

王国軍は戦果に満足したのか、見事な動きで撤収したとのこと。ここまで鮮やかにやられては責任者への非難が噴き出しそうなものだが、生憎主だった者達は全員が戦死。結果、あの大惨敗の実情すら掴み切れていないジエッタ将軍の元に見当違いの非難が集まっていた。

 

「まったく、お偉方ときたら。エリンドを堅守せよと命じたのは貴様らだというのに」

 

増援は出せなかったのか。相手の追撃を迎撃できなかった理由は。そも、将軍自身が戦場に出ていれば敗北は免れたのでは。手のひらを返すような『貴重なご意見』が山ほど届き、いかに辛抱強い将軍と言えど気が滅入ってきていた。と、重厚な両開きの扉がノックされ、緊張した声が響いてくる。

 

「失礼します、将軍!面会者が訪れているのですが、その・・・・・・」

 

その言葉に、怪訝な表情を浮かべるジエッタ。首都から、議会直々の者が訪問するのは二日後のはず。面会の予定は無いはずだが。

 

「ふむ。予定には無いはずだが、どなたかな?」

 

声の主である兵士を委縮させないよう、優しげな声を出す。わざわざ自分に伝えているのだ、相応の誰かが訪ねてきているのだろう。ジエッタはそう思っていたが、事実は少し違っていた。

 

「そ、それが・・・・・・『青空の騎士』カロロ殿と、妙な亜人の娘でして。どう致しましょう?」

 

「ほう」

 

予想外の名が出てきた。翼持つ亜人の中でも傑出した実力を持つ冒険者、カロロ。確か、兵士が帰ってこない遠方への調査依頼を受けていたはずだ。将軍自身が判を押した依頼だったので、それは間違いない。しかし、何故直接訪ねてきたのだろう。違和感に近い感情を覚えたジエッタは、表面上は穏やかに答える。

 

「よかろう、第二の応接室へお通ししなさい」

 

「はっ!」

 

返事と共に駆け去る足音を聞きながら、ジエッタは思案した。理由は分からないが、妙な違和感がある。第六感とも言うべき、どこか超常的な感覚。こういう時、決して気のせいで済ませようとしないのが彼の性分だった。

 

「これ以上の面倒事は、勘弁なのだがな」

 

呟き、彼は立ち上がる。軍服を整えると、重苦しい足取りで第二応接室へと向かった。

 

 

 

 

 

「ほら、言った通りでしょう?ワタクシの名前を出せば大丈夫だと!チチッ!」

 

「それにしちゃあ、結構待たされたけどな、だけど、カロロのおかげか。ありがとよ」

 

「そのように褒められると照れますなぁ!いくら称賛を受けるに相応しいワタクシとはいえ、友からの言葉は格別ですとも!」

 

夕暮れに染まる城塞都市エリンド。ミュリアちゃんと別れてから二日目、日の落ちる前に問題も無く到着した俺たちは、早速統治者のいる場所へと足を運んだ。都市の中央にそびえる石造りの塔。巨大で無骨なそれは、エリンドのシンボルでもある。まぁ、かなり目立つからな。

 

門前払いされる可能性も考えていたのだが、自信満々のカロロは堂々と正面突撃に打って出た。名を出し、統治者である将軍との面会を求めたのである。あまりにも堂々とし過ぎていて、俺が止める暇も無かった。

 

断られるか、最悪尋問されるまであると思ったのだが、多少待たされたものの、すんなりと応接室まで通されてしまった時には驚いた。カロロの名が知れているのは分かっていたつもりだったが、まさかこれほどとは。後で礼をせんといかんな。と、

 

「失礼、待たせましたな」

 

応接室に、年季の入った軍服を身に纏った男が入ってきた。俺よりは年下で、40半ば程だろうか。引き締まった長身に、穏やかな雰囲気を漂わせている。しかし、瞳には僅かに警戒が滲んでいた。表面上は友好的に、立ち上がった俺たちに挨拶してくる。

 

「城塞都市エリンド、総指揮官のジエッタだ。座って、楽にしてください」

 

「グロム、と申します。こちらは冒険者のカロロ」

 

「チチチッ!よろしくお願いしますぞ、ジエッタ将軍!!」

 

ソファに座り、テーブルを間に向き合った。さて、どう話したもんかね。

 

「私に用、とのことでしたが。お話を、聞かせていただけますかな?」

 

俺は内心驚いた。ジエッタ将軍とは初対面だが、他の共和国指揮官とはそこそこ面識がある。その大多数は居丈高にふんぞり返り、こちらに無理難題を命じてくるような奴だった。だからこそ今回の件は難題だと思っていたのだが、目の前の将軍はこちらと対等に振る舞ってくれている。かつての噂で軟弱で優柔不断な将軍と聞いたことがあったが、どうやらガセだったらしい。

 

「はい。では、私の方から説明させていただきます」

 

俺は丁寧な口調で言いつつ、悟られぬよう気合を入れた。さぁ、ここからが正念場だぞ、グロム。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ふむ。つまり、共和国の庇護を受ける代わりに羊毛を使った特産品を納める、と。そういう話で合っていますかな、グロム殿」

 

「はい、その認識で構いません。特産品は一部を持ってきていますので、後でご確認ください。そして、庇護に関してですが。こちらとしても、王国側の動きを抑え込むことは難しいのが現状です。共和国にとっても、深い森の中とはいえ王国に拠点を置かれるのは本意では無いのでは?」

 

本来であれば分別のつかないような歳の幼子は、朗々と交渉を続けている。それは、ジエッタ将軍にとって気味の悪いことだった。しかし、語る言葉に嘘は無く、合理的なように思える。見た目以外の全ての要素が、目の前の幼子への違和感となって首をもたげていた。

 

「分かりました。議会へ、しかと伝えましょう。時に、貴女のご年齢は?いや、見た目に似合わず非常に聡明だと思いましたので」

 

どちらにしろ、自身で決議出来る案件では無い。棚上げしつつ、ジエッタは目の前の羊の亜人、その幼子へと純粋な疑問をぶつける。

 

「私は、今はただの羊人ですよ。昔は傭兵なんぞをやっていましたが、ちぃと前に同族化の秘術を受けましてね。なんの因果か、こんな体になったもので。中身は、ただの老いた傭兵です。信じてもらえるかは分かりませんがね」

 

交渉中とは打って変わって飄々とした態度で話す幼子・・・・・・グロム。老いた傭兵であるという彼の名に、ジエッタは聞き覚えがあった。

 

「もしや・・・・・・『縄かけ屋』のグロムか?」

 

「お察しの通りですよ。昔は傭兵として戦場を駆けずり回っておりましたが、今はこの通り。剣や槍も振るえぬ幼子となった訳です。ま、詳しい理由は未だに分かりませんが」

 

肩をすくめる幼子に、ジエッタは理解し切れないという感情を込めた視線を向ける。『縄かけ屋』のグロムと言えば、数十年以上前から共和国側の傭兵として活動している存在だ。指揮官や貴族、騎士達を生きたまま捕らえ交渉材料とする達人だったと聞く。かく言うジエッタも書類上では何度も名前を見たことがあった。それが、まさか。

 

「・・・・・・同族化の術については、私も知識があります。ですが、若返った上に性別まで変わるとは。到底信じられませんな」

 

「それが正しい反応でしょう。自分自身、こうなった今も、事情を呑み込むのに中々苦労していますから。ま、私のことはどうでもよろしい。大事なのは、里と共和国が共存出来るかどうかでしてね。私の素性など、些末な話ですよ」

 

見た目に似合わぬ言葉遣いで、グロムと名乗った幼子は言う。確かに、そうだ。里を庇護するか否かの判断において、一傭兵のことはさほど重要ではない。そのはずなのだが。

 

「む・・・・・・」

 

何かが引っかかる。目の前の亜人が嘘をついている、というわけでは無いだろう。自身の判断が間違っているとも思わない。ならば、何故。ジエッタ将軍は違和感の正体を考え込みながら、ふと目の前の幼子を見た。

 

グロムと名乗る彼女はにこやかな表情でこちらを見つめている。中身と外見が釣り合っていない、亜人の幼子。そこで気付いた。自分が、目の前の存在を恐れているということに。

 

不気味で、得体の知れない存在である。本人の言う通り、同族化の術により亜人になったとして。その過程で、何故か幼子になってしまったとして。何故、こうも平然としていられるのだろう?『縄かけ屋』のグロムと言えば、傭兵の中でも相当に名の知られた存在だ。しかし、目の前の彼女はグロムが手にしていた名声や実力を失ってしまっているように見える。いくら口が回るとしても、幼女の肉体で戦場には立てまい。だというのに。

 

「怖く、ないのか?」

 

ジエッタは、思わず言葉を零してしまった。殆ど呟きのようなそれに、グロムはすっと真顔になる。年老いた、酸いも甘いも噛み分けた傭兵の顔。

 

「ふむ。そりゃあ、怖いですよ。理由も意味も分からない出来事は、考えようもないですから。それに、この体じゃあロクに戦えない。今の俺じゃあ、暴漢の一人も捕らえられず殺されるでしょう。ただ、まぁ」

 

まるでジエッタの心を読んだかのように、グロムは言葉を紡いでいく。呆気にとられる将軍の顔を面白げに見つめながら、彼である彼女は言い放った。

 

「里で過ごしたのはほんの数週間ですが、それでも得難いものでした。平穏な、理不尽に命を失うことに怯えなくていい日常。俺にとっちゃあ、万金よりも価値があるもんでしてね。まさしく楽園だった。この姿になった引き換えに手に出来たのだとしたら、喜びこそすれ悲しむ道理は無い」

 

力強く断言するグロム。長年の軍務で鍛えられた感覚が伝えてくる。彼女の言葉は、決して嘘では無いと。そして、その言葉は真っすぐにジエッタの心を打った。当然だ。彼が軍人になったのも、無辜の弱き者達を守るためであったのだから。目の前の元傭兵からは、他者を思いやる気持ちが感じられる。今この場にいるのも、里の者達を守る為なのだろう。

 

「ま、今は状況が状況ですから無茶をしていますが。叶うなら、平穏を取り戻し里で穏やかに過ごしたいんですよ。この見た目に似合うような日常をね」

 

「・・・・・・よく、分かりました。一軍人として、平穏を慈しむ心は同じ。庇護の件、確約は出来ませんが尽力するとしましょう」

 

立ち上がり、軍隊式の敬礼をする。一個人として、グロムの赤心には心を打たれた。可能ならば、彼女の望みを叶えてやりたいとも思っている。が、それはそれだ。ジエッタ将軍は国に仕える身であり、その判断に私情を挟むことは許されない。そもそも彼の裁量では、今回の件をどうこうすることは出来ないのだ。せめて言葉だけでも勇壮に飾り立てる彼の心中を、知ってか知らずかグロムは微笑んだ。

 

「ありがとうございます、ジエッタ将軍」

 




ちなみにカロロはグロムから「口を挟むな」と厳命されて喋るのを我慢していたんですが、ぶっ通しで空を飛んできた疲労が原因で途中で寝落ちしていました。
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