エリンドの指揮官であるジエッタ将軍との面会を済ませた俺たちは、ミュリアちゃん達との集合場所でもある宿に泊まっていた。
「ぐー・・・・・・チチすぴー、チチすぴー」
「飯置いとくからなー、起きたら食えよ」
聞こえていないだろうが、一応一言残して部屋を出る。面会の途中、いつの間にか爆睡していたカロロは宿についても起きることは無かった。幸いジエッタ将軍の部下が宿まで運んでくれたものの・・・・・・やっぱり、大分無理をさせてしまっていたようだ。
「ふぅ・・・・・・」
俺も疲労は感じているが、あくまで気疲れのようなもの。朝から晩まで、重荷をぶら下げ飛び続けたカロロに比べれば大したことはない。起きたら改めて礼を言うとしよう。
とはいえ、俺も疲れていることは事実。隣の部屋へと入って鍵をかけ、寝間着に着替えてベッドへと寝転がった。うーむ、固い。前は全く気にならなかったというのに、里のふわふわで寝心地最高なベッドと毛布に慣れてしまったようだ。贅沢は一度知ると後の人生にとって毒とは言うが、まさかこんな風に思い知ることになるとはなぁ。
「ま、それこそ贅沢な悩みってもんさ」
天井に向かって呟いて、俺は目をつぶりごわごわした毛布を引っ被る。寝にくいかと思ったが、生憎疲れが勝ったのかあっという間に俺は眠りにつくのだった。
グロムさんと別れてから一日が経った。長い距離を歩くのは慣れているはずだけど、三人の冒険者さん達は歩くのがとても速い。私を気遣ってペースを落としているみたいなんだけど、それでもついていくだけでやっとだった。とても、疲れた。
それでも、私は不安を感じていたみたいだ。野営して夕ご飯を食べた後、テントで眠ろうとしても全然眠れない。普段はこんなこと、無いのに。と、
「眠れてる?ミュリアちゃん」
心配そうにテントを覗き込んできたのは、イニマさんだ。この人は私をすごい気にかけてくれて、とても優しい。可愛い可愛いとベタ褒めされるのは恥ずかしいけど・・・・・・。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、寝付けなくて」
「謝らないで、責めてるわけじゃないからさ。むしろ丁度良かったかも。ね、添い寝してもいい?」
相変わらず目をキラキラさせて言ってくるイニマさん。そういえば、と思い出す。グロムさんと暮らし始めてからは、ずっと一緒に寝ていたんだった。もしかしたら、それが原因で眠れないのかもしれない。
「じゃあ、お願いします。あ、でも、テントが狭すぎるかな?」
「わーいありがとう!大丈夫大丈夫、ちょっとくっつけば問題無いって!」
うきうきした言葉からは想像も出来ないようなそっとした動きで、イニマさんがテントの中に入ってきた。私のそばに横たわると、柔らかく抱きしめてくれる。
「ふふ、もこもこのふわふわだぁ。羊人ってみんなこんな感じなのかな?」
「そう、ですね。私達の髪の毛はすぐに伸びるし、こういう風にふわふわなので。髪の毛を素材にして織物をしたりするんですよ」
「あー、見せてくれたアレね!凄いなぁ、私なんてちょっと外の依頼こなしただけで髪の毛痛んじゃって。羨ましい」
小声で驚いて、優しく髪を梳いてくれるイニマさん。なんだろう、ほっとする感じがする。
「じゃあ、今度里で使ってる木の実の石鹸を試してみますか?今は、手元に無いですけど」
「えっほんと!?やったー!ありがとミュリアちゃん!」
イニマさんは小声で喜びながら、ぎゅっと抱きしめている手に力を込めてきた。うん、やっぱり落ち着く。いつの間にか、私は誰かと一緒じゃないと眠れないようになっていたみたいだ。
「私もその里に住みたいなぁ。冒険者なんて、いつ死ぬか分からない稼業だし。私は剣振るしか能が無いからさ、役には立たないだろうけど」
「そ、そんなこと無いですよ。テントもとてもテキパキと用意してもらいましたし。それに、ずっと私を気にかけてくれたじゃないですか。今もそうです」
「あはは。私は可愛いものが好きなだけだよ。私が好きなものを、贔屓してるだけ。ミュリアちゃんは可愛くて、キュートでプリティだからさ。好きなものに優しくするのは普通のことでしょ?」
呟くように言って、イニマさんは私の髪の毛を撫でる。なんだろう、ちょっと寂しそうだ。
「イニマさんがどう思っているかは分からないけど、私は嬉しいですよ?私、里からこんなに離れたのは初めてですから。グロムさんとも分かれて行動することになって、少し怖かったんです。だから、イニマさんがいてくれてよかった」
こちらからも力を込めて、思っていたよりも筋肉が付いているイニマさんの体を抱き返す。
「さっきも全然眠れそうになかったんですけど、イニマさんのおかげで眠れそうです。ありがとうございます」
「・・・・・・ふふふ。見た目と同じで、中身も素敵な子なんだねぇ。うん、それならこのまま寝ちゃおうか。おやすみー」
そう言った後、イニマさんは目をつぶり口を閉じた。私も、すぐに眠気がやってくる。さっきまでの不安はどこかに消え去り、いつの間にか私は微睡みの中へと入っていった。
目を覚ますと、いつの間にかイニマさんはテントの中からはいなくなっていた。
「おはようございます・・・・・・ふぁぁ・・・・・・」
「おぅ、おはようミュリアのお嬢ちゃん。雑な野営ですまんね、よく眠れたかい?」
「は、はい。大丈夫です」
テントを出ると、いつも起きている早朝の時間みたいだ。灰になった焚き火をつつきながら、オーギスさんが声をかけてきてくれる。
「あの、イニマさんは?」
「チャロと水汲みに行ってるよ。それとすまんな。あいつ、夜にお嬢ちゃんを抱き枕にしちまったみたいで。うるさかっただろう?」
「いえ、全然。イニマさんのおかげでぐっすり眠れました」
私が言うと、オーギスさんは不思議そうな表情で目をパチクリさせた。頭を掻いて、視線を焚き火に落とす。
「そうか、あのイニマがねぇ。ま、そういうこともあらぁな。んで、後三日ほどすれば街道沿いに出られるからな。それまでは結構な強行軍になるし、疲れたら言ってくれ」
「はい、分かりました」
返事をして、私は野営の片付けを手伝い始めた。
「はむっ、もぐっむしゃむしゃ!ごっきゅごっきゅぷはぁ!たまりませんなぁ!」
「喉詰まらせるなよ、カロロ。ほら、酒だけじゃなく果実水も飲め」
翌日。俺は結局朝まで起きなかったカロロに、礼も兼ねてご馳走を振る舞っていた。一応、俺が自由に出来る資金の中でだが。
「チチッチチチ!グロム、昔はケチで奢りなどしないような性格でしたのに!どういう風の、んぐっ吹き回しですか?ワタクシとしてはありがたいですが!」
「まぁ、礼だよ礼。街に着くまで、大分無理させたみたいだからな」
「無理などはしておりませんが、チチチッ!ありがたく受け取りましょうグビッグビッ!」
朝から豪遊する様子に、周囲の人達は怪訝な目を向けている。カロロはチーズやピザなど、乳製品が好きなので宿の店主に無理を言って用意してもらったのだが・・・・・・かなり人目を惹いてしまったようだ。
そんな視線は気にも留めず、カロロは泡立つエールを一気飲みして嬉しそうに笑う。口元の泡を拭いながら、キラキラと輝く視線を俺に向けてきた。
「それに、交渉は順調だったのでしょう?ワタクシはグロムに協力してるのですから、目的が果たせたのならば遠慮や気遣いなど不要ですとも!まぁ注文してしまった料理はもったいないので平らげますが。チチチッ!」
・・・・・・まったく。頼りになる戦友だな、本当に。
「あぁ、残さず食ってくれや。それで、共和国側の返事が来るまでこの宿で待つことになるんだが。明後日にミュリアちゃん達と合流するとして、他に俺たちが出来ることは無いんだよな。だから、お前は好きにしてくれりゃいい」
「んぐっ、ごくん。ふぅむ、ですがワタクシもやることはありませんからなぁ!何があるか分かりませんし、とりあえずはグロムの護衛を努めるとしましょう!それで、グロムは何か用はあるのですか?久しぶりの都市でしょう?」
その言葉に、俺は肩をすくめて答える。
「特には無いな。今の俺の姿で街中歩くのも、面倒事が起きそうだし。ミュリアちゃんたちと合流するまでは大人しくしてるってのが、俺の考えだなぁ」
実際、何かしなきゃいけないことは無いんだよな。買い物は急いでするもんじゃないし、他の要件っつってもこの体で娼館に行くなんてのもありえない。何より状況的に気が乗らないしな。というか、こういう幼女の体で発散する方法も分からない。この体になってから、性欲自体が無くなってる気もする。同族化の影響かどうかは判断出来ないが、まぁ無いなら無いで構わないものだ。
「ふぅむ、となればしばらく宿ごもりと参りましょう!ここのご飯は美味しいですし、景観も悪くない!何よりグロムがいるとなれば暇も感じないでしょうとも!」
「いや、俺をなんだと思ってるんだよ」
カロロの軽口にツッコみながら、俺は通りに目を向ける。最前線の都市だからか若干物々しい気配はあるが、それでも人通りは多い。つまり、いつも通りのエリンドということだ。
「俺は外に出るつもりは無いが、それこそカロロは行くとことかないのか?俺の思ってたよりも有名人みたいだしな」
「おや、嫉妬ですか?しかしグロムの勇名も相当なもの!ワタクシと互角と言ったところでしょう!それに心配はいりません!勇者とは、英雄とは孤高なもの!しばらく他者との交わりが無くとも、耐えうる心を持つのです!」
「あー、うん、そうかい」
いつもの調子で喋りまくるカロロを適当に流しつつ、俺は野菜とベーコンのスープを啜る。うん、美味い。だけど、ミュリアちゃんの料理には及ばないな。
「まぁ、それならのんびりしようや。お前も飛びっ放しで疲れが溜まってるだろ?帰る時にゃあまた無理させることになるし、それまで羽を休めてくれや」
「チチチチッ!心配ご無用、今からでも飛び立つことが出来ますとも!」
まったく、こいつは。実際カロロはやり遂げるだろう。こいつはどれだけ無理をしても務めを果たす性格だ。だからこそ、ここで長めの休みを取れるのは悪くなかったかもしれない。後は、ミュリアちゃんが無事に到着すればいいんだが・・・・・・。と、思案しているところに声をかけてくる奴がいた。
「珍しいねぇ、羊の亜人かい。どこから来たんだ、えぇ?」
赤ら顔の屈強な男が、酒臭い息を吐きながら俺に近付いてくる。なんというか、絵に描いたような酔っ払いだなぁおい。俺も昔はかなり吞む方だったが、流石にこんな朝っぱらから泥酔するようなことは無かった。はずだ。
「おいおい、無視すんなよ。そうだ、この辺じゃ見ない顔だし、俺が街を案内してやろうか?あんたならただでいいぜぇ」
下卑た笑みを浮かべた顔を近付けてくる男。他の奴らは、カロロと一緒にいる謎の亜人に話しかけない分別はあったようだが・・・・・・こいつはだいぶアルコールに脳を浸しているらしい。しかも、今の俺にはおぞましいことに幼児趣味のようだ。
「なぁ、いいだろ?街の中っつっても危ない、俺が案内がてら守ってやるってんだよ。そら、早く行こうぜ」
ねっとりとした口調、本人的には口説いているつもりの声。ヤバい、これは中々精神にクるな。今まで向けられたことは無かったが、剥き出しの男の性欲ってやつは鳥肌が立つほど気色悪い。
「すましてんじゃねえよ。立てって、俺が一緒にいてやるからよ」
俺が露骨に顔をしかめているのにも気付かずに、男は俺の手を強引に取ろうとしてきた。と、
「おっと、我が友人に手を出さないでいただけますかな?」
瞬きの内に、カロロが手にしていたナイフが男の首筋に当てられていた。俺の横に座っていたとはいえ、反応できない程の速度だ。俺と男の間に割り込むように立ち、ナイフを突きつけたままのカロロは言う。
「酒を飲み酔うのは大変結構。しかし、気が大きくなり鳥の尾を踏むのは愚行というもの。下がりなさい」
「な、なんだぁてめぇ!カッコつけやがって!」
男はカロロのことを知らないのか、あるいは酔いで判断が付かないのか、首筋に当てられたナイフも気にせずカロロに殴り掛かった。しかし、曲がりなりにも歴戦の冒険者である雀人は避ける素振りすら見せない。ナイフを手放しつつ、迫る拳を両の手で捕らえ、絡め取る。
「うぉっ!?」
瞬間、男の体が浮いた。拳の勢いを受け流したカロロが、その力を利用し男を投げ飛ばしたのだ。まるで車輪のように男が一回転する様は、まるで魔術のよう。あぁ、この技はよく知っている。かなり昔に、直接喰らったこともあるやつだ。
「ぐげぇっ!!?」
背中から床に叩きつけられた男は、口から泡を吹き胸の辺りを掻き毟っている。背中を強打したせいで息が出来ないらしい。本来は首から落として骨を折る技なので、手加減したのだろう。
「まぁ、死にはしないでしょう。チチチチッ、すみません店主殿に他のお客様。うるさくしてしまいましたかな?」
口をぱくぱくさせながら倒れ込んだままの男を一瞥し、次いで周囲を見渡し羽を広げる。一拍置いて、ざわめきが喚声に変わった。カロロはこういう所は本当に上手い。泥臭い傭兵と違って、魅せ方を心得ている。
「すまんね、カロロ。俺のせいで手間を取らせた」
「チチチッ!気にする必要などありませんとも!元々グロムは面倒事を引き寄せる体質ですからなぁ、これくらいのことは想定内なのです!」
それはそれで釈然としない気分になるな。いや、事実かもしれんけど。その後、俺とカロロは店の店員や客に取り囲まれ、カロロは武勇伝を語り始めることになった。これは・・・・・・予定があっても無くても今日は動けそうにないな。
しかし。やはり、この体は非力だ。飛び筒は準備が必要だし、突発的な状況で身を守ることは出来ん。こりゃ一人での外出は絶対にやめたほうがいいな。今の俺じゃあ、火の粉が降りかかってきたとしても払えない。
・・・・・・正直な話。カロロにおんぶに抱っこの現状は歯がゆくて仕方がない。羊人の幼子になったことに戸惑いこそあれど、命と引き換えでもあったから後悔はしていないと思っていたが。存外未練があるようだな、やれやれ。
今のグロムはハチャメチャに目立つほど美幼女なので悪い虫を追い払う必要があったんですね。