「・・・・・・暇だなぁ」
「ですなぁ。カードゲームでもどうです?『騎士と戦士』、『踏みしめる象』とかなら二人でも出来るでしょう」
「お前、俺が札遊びは滅法弱いこと知ってるだろうに。お断りだよ」
エリンドに着いて5日が経過した。俺たちは外出せず、ずっと宿に籠り続けているわけだが。暇で暇で仕方がない。いや、安全の為には致し方ないとは思うが、時間を持て余すのはちと苦痛だ。やることと言えば、人間と比べると凄まじい勢いで伸びる髪の毛、羊毛の手入れくらいしか無い。
「ふぁ・・・・・・」
手慰みに斬り落とした羊毛を毛糸として紡ぎながら、俺は欠伸を噛み殺す。睡眠はたっぷりしているはずなんだが、どうにも気が抜けているようだ。
「上手ですなぁ。手先が器用だとは知っていましたが、そんなことも出来るとは」
「ミュリアちゃん達に比べれば足元にも及ばんさ。ま、売り物でもないし適当にやってるだけだよ。それに、羊人の髪の毛は際限なく伸びるからな」
棒のような器具で羊毛を伸ばし、糸にして巻き付ける。手慰みにしてはそれなりに上手く出来てるんじゃあないかな。と、泊まっている部屋の下、酒場兼食事処になっている一階の方から大きな物音が聞こえてきた。次いで悲鳴も。何やら、剣呑な気配だ。
「カロロ、毎度すまんが頼めるかい?」
「お任せあれ!様子を伺ってきましょう!」
軽快な足取りで部屋を出ていくカロロ。酒場の喧嘩レベルならいいんだが、どうにも厄介な雰囲気がする。念の為、飛び筒を用意しておくか・・・・・・。
「がぁぁっ!」
武装して、血走った目をした青年が暴れている。先端が膨らんでいる鉄造りの棒・・・・・・メイスを振り回し、テーブルや椅子を叩き壊すとぎょろりと辺りに目を向けた。客や店員は逃げ出しており、動くものは男以外いない。本来なら客の中にも冒険者や傭兵が何人かはいそうなものだが、今は偶然いなかったようだ。
「いるんだろ!?出てこいよぉっ!」
青年は明らかに正気ではない様子で叫び、床にメイスを叩きつけた。鉄板で補強した革鎧に、使い込まれた鉄兜を被っている。普段は端正なはずの顔立ちは憎悪と怒りに染まり、まるで悪魔のようだ。彼は誰かを探しているようで、しきりに辺りを見回しながらメイスを振り回した。
「ディーズぅぅぅっ!ここにいるのは分かってるんだ!出てこないと全部ぶっ壊してやるぞ!」
物凄い剣幕の青年は、皆が逃げ出した宿の中を暴れ回る。と、そこに声をかける者がいた。
「随分派手にやってるねぇ。いや、見事にキマっているみたいだ。さて、君をそうさせたのは誰なのかな?」
涼やかな声。青年が入り口の方に振り向くと、一人の女性が立っていた。小柄な体にローブを纏い、先端に小さな鏡の付いた杖を持っている。
「誰だ!ディーズの知り合いか、えぇ!?」
「吠えるな吠えるな。喉を傷めてしまうよ。ただでさえ薬で興奮状態なんだ、気を付けた方がいい」
「っ!?お前、なんで・・・・・・っ!!」
女性の言葉に何故か動揺を浮かべる青年は、荒々しく突撃し女性に向けてメイスを振り上げた。が、それが振り下ろされる前に体勢を崩してしまう。踏み込もうとした足を、女性の杖が掬い上げるように薙ぎ払ったのだ。そのまま倒れ込んだ青年はすぐに立ち上がろうとするが、首の後ろをしたたかに打たれそのまま突っ伏し、動かなくなる。
「やれやれ・・・・・・魔術を使うまでもないか。それで?いつまでそこで見ているんだい?乙女を覗き見とは、随分といい度胸じゃないか」
その言葉に、入り口近くで様子を伺っていた民衆はざわつく。が、彼女の視線はそちらに向いていなかった。二階に続く階段近く、物陰を見据えている。
「チチチチッ。いえいえ、覗き見するつもりは無かったのですが!見事な手前でしたとも!」
いつも通りの甲高い声を上げつつ、物陰からカロロが姿を現した。彼は一階に来てから青年を制圧するタイミングを伺っていたのだが、女性に先を越されてしまった形になる。
「おや、どんな不埒者かと思えば青空の騎士殿じゃあないか。これなら私が出張る必要も無かったかな?」
「そういう貴女は魔術師の方ですか、チチチッ!事情がおありのようですが、伺っても?」
「いや、悪いね。依頼で動いてるから守秘義務があるんだ。それじゃあ、こいつは連れてくよ」
女性は興味を無くしたようにカロロから視線を逸らし、杖を引っかけて青年を持ち上げた。泰然としたその雰囲気は、小柄な見た目と愛嬌のある顔立ちに似合っていない。と、カロロが彼女に言葉を放とうとした瞬間、何かが破裂するような、雷鳴のような音が響き渡った。
ドォン!!!
「っ!!」
身を翻し、音のした方向・・・・・・二階へとカロロは駆ける。何があったのかは分からない。だが、音はおそらくグロムのいる部屋で聞こえた。珍しく焦りを全面に出しながら、カロロは目にも止まらぬ速度で部屋に突っ込んだ。そこには───
「・・・・・・終わった、かな?」
物音が収まったのを感じつつ、俺は装填済みの飛び筒を構えながら呟いた。大声も聞こえなくなっており、ひとまずのトラブルは過ぎ去ったらしいと一息つく。
しかし、珍しいことだ。エリンドにはそれなりの期間滞在したこともあるが、国境線近くの城塞都市ということもあり治安は悪くなかった。それが、まるで宿を襲撃するようなことが起きるとは。年の功も当てにならんってことかねぇ。
「ふー・・・・・・」
緊張の糸が切れ、細く息を吐く。これとは比べ物にならない鉄火場を山ほど経験してきたが。何せ今はこの体だ。危険は少ないに越したことは無い。だが、どうにも他人頼りってのは気分が良くないな。むずむずと落ち着かないような、そんな感じがする。こんな幼女の体で生きるなら、戦えないという事実に慣れないと・・・・・・。
「ん?」
不意に、部屋が薄暗くなる。日の光を雲が遮ったのだろうか。何気無く窓に目を向けた瞬間、俺の全身に悪寒が走った。
「っ!?」
黒。黒い影のようなものが、窓の外から滲み出してくる。染みが広がるように、部屋の中を侵蝕し迫ってきた。途端、部屋に瘴気がまき散らされ、それを吸い込む前に口を閉じた。
俺は、こいつを知っている。シャドウガスト。霧状の魔物であるガストの上位種で、影と同化する能力を持ちながら毒性の瘴気をまき散らす厄介な魔物だ。体のどこかにある核を破壊しない限り際限無く再生し続ける為、中堅以上の冒険者で無ければまともに相手にならない。傭兵である俺には縁の無いはずの存在だが、十年ほど前に戦ったことがあるのが不幸中の幸いか。
迫る影に向け、飛び筒を構える。シャドウガストの動きはそこまで早くないが、今の俺にとってチャンスは一度きりだ。飛び筒の一発で倒せなかった場合、俺はシャドウガストに呑み込まれるだろう。待っているのは、確実な死だ。
「ん、ぐっ・・・・・・!」
瘴気が目に染みて、視界が霞む。ただでさえシャドウガストの核は見分けづらいというのに、こりゃあしんどいな。魔力を感知出来るのなら楽だったんだが、生憎そんな能力は持ち合わせていない。頼れるのは、視覚と経験、後は勘だ。
「フシュウゥゥゥゥゥゥ」
微かな奇声を漏らしながらじわりと近付いてくるシャドウガストを、ギリギリまで引き付ける。この飛び筒の精度はそこまで良くない。俺の未熟な腕と合わせて、目と鼻の先じゃないと狙えないからな。
ふと、呑気な考えが頭をよぎった。こんな危機的な状況だというのに、自分は随分と落ち着いている。むしろ心地良さすら感じてしまっているのだ。長年の傭兵稼業で歪んだ魂は、こういう状況がお好みらしい。僅かに口角を吊り上げて、苦笑めいた表情になってしまう。
核の見当はつけた。後は限界まで引き付け、引き金を引くだけだ。シャドウガストはこちらに抵抗する手段が無いと認識しているのか、無造作に俺を取り込もうと布のように広がった。俺を包むように覆いかぶさってきた瞬間、俺は核と思わしき部分に飛び筒を向け、引き金を引く。ガチンと撃鉄が落ち、魔石を擦り火花が散る。その火花によって粉状の魔石が一瞬で燃焼し、数瞬置いて凄まじい煙と音と共に弾丸が放たれた。
ドォン!!!
「グロムッ!!」
カロロが駆け付けた時、部屋の中には瘴気が充満していた。もうもうと立ち込めるそれに構わずカロロは部屋に突入し、倒れているグロムを発見する。
「チッチチチチチ!!ィィィィィィィィアァァァァァアアアッ!」
怪鳥音と共に、カロロの翼が凄まじい勢いで羽ばたいた。部屋に暴風が吹き荒れ、瘴気があっという間に吹き飛ばされる。カロロに抱えられたグロムは、意識を失っているようだ。瘴気を取り込んだせいか、真っ青な顔色をしている。
「グロム!グロム、返事をしてください!」
カロロの声にも、彼女は目を覚まさない。その横には、未だに薄く煙を上げる飛び筒が転がっていた。
「どうしたんだい、その娘は?」
先ほどの魔術師が部屋を覗く。カロロは首が折れる程の勢いで振り返り、叫んだ。
「医者を!いっそ貴女でも構いません、瘴気散らしの薬草を持っていませんか!?」
「ふむ・・・・・・この匂い、ガスト種かねぇ。ちょっと失礼」
魔術師は抱きかかえられているグロムの横に膝をつき、彼女の顔色を確認する。形のいい鼻がひくひくと動き、顔をしかめた。
「これは・・・・・・青空の騎士殿、彼女に魔術をかけるが構わないかい?無論、毒抜きの為さ」
疑う余裕も無いカロロはブンブンと何度も頷く。それを見て、魔術師はローブの中から何かを取り出した。キラキラと光る、香水の瓶のような容器。中身をグロムにふりかけながら、魔術師はブツブツと何かを唱えている。と、
ポゥ・・・・・・
グロムの体が淡く発光し始めた。そして、その輝きの中から黒々とした物体が染み出してくる。光は彼女の体内を蝕む瘴気を吸い出しながら、徐々にその輝きを失っていった。
「よし・・・・・・そらっ」
吸い出された瘴気を捕らえ、大き目の容器に入れる魔術師。随分と手慣れた動きだ。
「ぐ、グロムは大丈夫なのですか?」
「あぁ。とりあえず、命の危険は無いかな。瘴気は粗方吸い取ったから、後は消耗した体力を回復させれば快癒するんじゃない?」
狼狽しているカロロにさらりと答えながら、魔術師は容器に詰められた瘴気をじっと見つめる。物憂げなような、あるいは疑わしいような視線。
「ありがとうございます、魔術師殿!!この御恩、ワタクシは決して忘れません!!」
「そりゃどうも。それじゃあ、私は用が出来たから去るけれど。そっちの子供の意識が戻ったら、経過観察をしたいからここを訪ねてくれればいい。聞きたいこともあるしね」
紙片をカロロに渡すと、背に受けるカロロの感謝を気にも留めずに去っていく。どこか慌ただしいような足取りは、まるで焦っているかのようだった。
瘴気は基本的に魔物が纏う毒ガスみたいなものです。魔物が強い程濃いという俗説があります。