「───と、いうわけで。予想外の収穫があったよ。まぁ、謎も増えたけれどね」
「お疲れ様。結局は面倒事っていうのが確定したのかぁ。嫌だなぁ、まったく」
燭台の明かりしかない薄暗い部屋。そこで、二つの人影が言葉を交わしていた。
「そう言わないでよ。私だって巻き込まれた形なんだ。どうにも、割に合わない」
人影の一つは、小柄な体にローブを纏い、小さな鏡が先端についている特徴的な杖を持った女性。ソファに座り込み、だらりと全身を預けている。
「こっちは出費しか無いからなぁ。あぁもう、たまらないよ。だから報酬の追加は出来ない。ごめんね」
人影の一つは、ひょろりとした外見の男。整った身だしなみに、高級そうな服。身分の高さが伺える格好だが、それに似合わない砕けた口調で女性に話しかけている。
「やれやれ、私が愛想を尽かしたらどうするんだろうね、このお坊ちゃんは。まぁいいさ、契約は契約だ。精々好きに使えばいい」
「流石、『鏡像』の魔術師様は話が分かる。可能な限りの支援はするから、次も頼むよ。それで、件の青年の様子は?」
「あれは駄目だね。昇魂薬の粗悪な模造品を飲まされたせいで、数年は寝たきりだよ。私の解毒も効きやしない。よくもまぁ、あそこまで粗雑なものを作れるもんだ」
呆れと怒りがない交ぜになった声色で、女性の魔術師は吐き捨てた。それを気にもせず、ひょろりとした男は気軽に尋ねる。
「それで、背後関係は?」
「痴情のもつれ。別れを切り出され逃げられて、ただでさえ不安定な気分になっているところに付け込まれたんだろうね。ま、自業自得だけど。で、別れた彼女の方の身柄も一応確認してある。洗うかい?」
「なるほど、若いっていいねぇ。それはこちらでやっておくよ、心配しなくていい」
「お前も十分若造だろうに、まったく・・・・・・」
天井を向いて溜め息をつく魔術師だったが、緩慢な動作で姿勢を戻すと懐から容器を取り出した。グロムの体内から吸い出したそれを、目の前のテーブルに置く。
「で、だ。これがさっき話した、羊の亜人から吸い出した瘴気。詳しく解析してみて驚いたよ。純度が桁違いだ」
「純度?」
「あぁ。青年が飲んだ昇魂薬は粗悪な模造品だったけど、こっちは純正も純正。あと少し解毒が遅れてたら、あの亜人は『昇ってた』だろうね」
「・・・・・・うーん?君の話では、ガストか何かに襲われたらしいと言っていたけど、ただのガストがそこまでの瘴気を持つものなのかな?しかも、昇魂薬と同じ性質を持った瘴気を」
ひょろりとした男が首を傾げて言うと、魔術師は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「そこが分からないのさ。いや、手抜かりだった。もう少しあの場に留まって事情を聞くべきだったね。あの亜人と青空の騎士が関係者だったとしたらとうに逃げ出しているだろうし、これじゃあ『鏡像』の二つ名が泣くよ」
「あぁ、そのことなら問題無い。一応、同じ宿に泊まったままだそうだ。薬師を何人か呼んだくらいで、怪しい動きも無し。たまたま巻き込まれただけだと僕は思うけど」
「本当かい?・・・・・・ふむ、そうか。てっきり私は、今回の騒ぎはあの亜人の娘を狙ったものだと思っていたんだけど。勘が鈍ったみたいだね」
再びソファに体を預けつつ、魔術師はやれやれといった調子を呟く。その様子に、ひょろりとした男は面白げに問いかけた。
「いや、貴女の直感なら考慮に値する。こちらから迎えを出してもいいけど、それだと警戒されるかもしれないか・・・・・・場所は一応伝えたんだよね?」
「ダミーの三つ目をね。ま、お坊ちゃんが彼らの動きを把握しているなら心配いらないか。あっちからの接触を待つ、ってことでいいのかい?」
「そうしよう。あぁそうだ、その間にちょっとやってほしいことがあるんだけど。これも世直しの一環だよ」
「・・・・・・人使いが荒いねぇ、お貴族様ってやつは」
夢を見ている。戦場の夢だ。いつ頃かは分からない、ありふれた戦場の夢。
「痛い、痛いぃっ・・・・・・!」
「逃げるんだよ!殺されるぞ!?」
「やめてくれぇー!ぎゃあぁっ!!」
悲惨な敗走戦。周囲には友軍の悲鳴と、王国軍の蛮声が響き渡っている。その中で、俺はひたすら走り続けた。自分の命を惜しんでいるのだ。
結局。傭兵なんてこんなものだ。勝利しても僅かな金しか得られず、負ければ容赦無く切り捨てられる。それが嫌で、俺はすぐに戦場から逃げ出す。助けられたかもしれない者達の、断末魔を聞きながら。
『縄かけ屋』。気付けば呼ばれるようになった俺の二つ名は、決して誇れるものじゃない。戦場の死を他人に押し付けて、将校を奇襲し身柄を確保する。友軍を囮に戦場を離脱し、捕虜交換で金を稼いだ。恥も外聞も無いやり方に、「あいつは人殺しが嫌いな傭兵なんだ」と、陰口を叩かれることも多かった。当たり前だろ。人殺しなんぞ、好んでするもんじゃない。俺と似たようなやり方をする傭兵はいたが、そいつは金の為だと嘯き完全に割り切っていた。俺と違って。
だから。俺が今立っている所は、死体で塗り固められている。彼らが死んだからこそ、俺はここまで生き延びることが出来た。俺には死者の声は聞こえない。ただ、口の奥の苦みを飲み込むだけだ。
そうだ。所詮俺は、血塗られた一傭兵に過ぎない。そんな俺が隠れ里を守ろうとするのは、贖罪の為なのか、安穏と生きられる場所が欲しいだけなのか。恐らくは、両方だろう。だけど、俺の心はまだ割り切れていない。押し寄せる運命に、ただ対抗策を持ち出しているだけだ。割り切れぬままに、ここまで来た。来て、しまった。
「たまらんな」
呟いて、後ろを振り返る。戦場はもう見えず、悲鳴も蛮声も聞こえない。暗闇の中で一人、孤独に立ち尽くしている。あぁ、まったくどうにも。半端者にはお似合いの最後だ。自嘲気味に苦笑したところで、脳裏にミュリアちゃんの笑顔がよぎる。屈託の無い、優しい微笑みを。
「───ははっ。まだ、終わりには出来んよなぁ」
彼女と、彼女の生まれ育った里を守らないといけない。割り切れていようと割り切れていまいと、俺の事情など彼女たちには関係が無いんだから。贖罪でも保身でもなんでもいいんだよ。俺が守りたいと思ったのは、紛れも無い事実だ。さっきまでの陰気な考えは、ずぅっと心の奥底で思っていたことだが。それで足を止めてはいられないってわけだ。ま、いつも通りさ。やれるだけ、やってやる。
「さて、と」
徐々に明るくなる世界の中で、俺は上を見上げて呟く。やるべきことが残っているんだ、こんな所で呆けてはいられない。さぁ、悪夢から目覚める時だ。
「・・・・・・ごほっ」
自分が咳き込む衝撃で、目を覚ました。夜だろうか、既に暗くなっている部屋の中で、俺はベッドに寝かされているようだ。
何か、夢を見ていたような気がするが思い出せない。いや、それよりもシャドウガストは・・・・・・。
「あー、いや、俺の命があるんだからどうにかなったはなったのか」
あの状況から生き残るには、一撃で仕留めるしかなかった。ということは、どうにか上手くいったんだろう。流石俺だ、悪運に関しちゃあ自慢出来るな。と、
「ん、んん・・・・・・」
微かな寝息。視線を下にやると、そこにはなんとミュリアちゃんがいた。毛布に上半身を預けながら、すやすやと眠っている。こりゃまた・・・・・・俺は随分と長く寝こけていたらしい。彼女を起こさないように動くのをやめて、天井を見上げた。
俺がシャドウガストに襲われた日から考えると、二日以上は眠っていたことになる。その間に、ミュリアちゃんはエリンドに到着したのだろう。瘴気にやられていたんだろうが、やはり、前に比べて色々と体が弱くなっているんだろうな。まぁ、命があるだけ儲けものだ。
「ふぅ・・・・・・」
息を潜めて息を吐く。それにしても、警備の厳しい城塞都市に魔物が入り込むことなど滅多に無いはず。宿の一階で騒動が起きていたこといい、どこか陰謀めいた匂いを感じる。まさか俺を狙ってきたわけでは無いだろうが、何か目的があったのは間違い無いだろう。ったく、巻き込まれたくないねぇ。せめて隠れ里の安全を確保出来るまで、他のことに首を突っ込める余裕は無いんだし。
今考えていてもどうにもならん。とりあえず明日にでもカロロや他の人から事情を聞いて、改めて考えるとしよう。と、
「ん・・・・・・」
もぞもぞと身じろぎしたミュリアちゃんが、うっすらと目を開けた。それを見ていた俺と目が合うと、ぼんやりとしていた目つきがみるみる内にはっきりしていく。
「ぐ、グロムさん・・・・・・!?目が覚めたんですね!」
「うぉっ!?」
ミュリアちゃんは、まるで獲物を見つけた肉食獣のように俺に跳びかかってきた。そのままキツく抱き締められ、身動きが取れなくなる。く、苦しい・・・・・・。
「よかった・・・・・・!もう目覚めないかと・・・・・・!」
「ぎ、ぎぶ」
「心配したんですよ!?私達がこの大きな街に到着したと思ったら、グロムさんが意識を失って寝込んでるってカロロさんから聞いて!大丈夫ですか、どこか痛かったり辛かったりしませんか!?」
「ぐぇ」
強く強く俺を抱きながら、ミュリアちゃんがまくし立てる。随分心配させてしまったみたいだ。夫失格だな、俺は。ところで熱烈な抱擁に意識が遠のいてきたんだが、そろそろ解放してほしい。いや、マジで不味い。
「き、きゅう・・・・・・」
「グロムさん!?グロムさーーーーん!!!」
ミュリアちゃんの腕の中、俺は再び意識を失った。ミュリアちゃん、やっぱり見た目以上に力が強いな・・・・・・。
亜人は一部を除いて普通の人間よりも身体能力が高めです。しかし気性が人間よりも分かりやすく騙されやすかった為、長い間奴隷の待遇に押し込められたりされてしまいました。ニンゲン、ジャアク・・・・・・。