翌朝。平謝りしてくるミュリアちゃんといつも以上に騒がしいカロロから、俺が眠っている間の事情を聞いた。
「えっと・・・・・・私達の方は、特に問題ありませんでした。ちょっと歩き詰めで疲れたくらいで。それと、街ってこんなに広いんですね。びっくりしちゃいました」
「チチチッ!こっちも問題ありませんとも!暴れていた青年は通りすがりの魔術師が無力化!さらに、倒れていたグロムの瘴気散らしまでしてくれたのです!渡りに船とはこのことですな!」
「ん、んん?いや、ちょっと待った。あー・・・・・・とりあえず、ミュリアちゃんの方は何も無かったみたいで何よりだ。お疲れ。今度街の散策でもしようや」
優しい手つきで頭を撫でると、ミュリアちゃんは嬉しそうに目を細める。手のひらに伝わってくるふわふわの触感は、里での暮らしを思い起こさせた。まだ大して経ってもいないのに郷愁を感じつつ、横にいるカロロに目を向ける。
「で、だ。えぇと、魔術師がどうしたって?」
「言葉通りの意味ですが?いやぁ助かりました、これもグロムの天運の賜物ですとも!」
能天気に言うカロロだが、どうにも腑に落ちない。魔術師っていうのは、この広大な大陸に僅か百人前後しかいないはず。偶然通りかかるなんてことがあるのだろうか。しかも、彼らは自らが魔術師であることに誇りを持っている。揉め事程度で顔を出すなんて、正直信じられん。シャドウガストが街中にいたことも併せて、きな臭いったらありゃしないな。
「あぁ、そういえば!目を覚ましたらここに来るといいと言伝を預かっていました!この紙片も!チチチチッ!」
間違いない、こりゃ面倒事だ。いやいや受け取った紙片には、エリンド内の住所が書かれていた。い、行きたくねぇ~・・・・・・。俺がげっそりとした表情をしていると、ミュリアちゃんが何かを思い出したかのように立ち上がった。
「あ、そうだ!グロムさん、二日間何も食べてないんですよね?消化にいいスープを、宿のキッチンを借りて作ったんです。いかがですか?」
「あー・・・・・・そうだな、頂くよ」
言われて気付いたが、酷く空腹だ。二日間飲まず食わずだったんだし当然だろう。一応目が覚めてから水を飲ませてもらったが、それで足りるわけも無い。ミュリアちゃんの好意をありがたく受け取ることにしよう。
「分かりました、すぐに持ってきます!」
パッと表情を輝かせて、ミュリアちゃんが部屋を出ていく。階段を降りる足音が遠ざかった辺りで、カロロが神妙な面持ちで口を開いた。
「それで、グロム。どうします?ワタクシ一人で向かうことも出来ますが」
どうやら、カロロは面倒事の気配を察していたようだ。ミュリアちゃんに心配をかけないよう、いつも通りに振る舞っていたらしい。気遣いに気付けないとは、まだ俺の頭は寝ぼけてるみたいだな。
「いや。危険かもしれんが、直接事情は知っておきたい。体力次第だが、今日明日にでも向かうとしようや」
「ふむ・・・・・・首を突っ込む癖は相変わらずですなぁ。ですが、今のグロムは幼き少女。無理はせずとも、誰も責めはしますまい」
「性分だからな。体が変わったところで心までは変えられん。ま、すまんが付き合ってくれや」
苦笑しながら言うと、カロロは目を丸くした後笑い声を上げた。
「チチチチチッ!グロムがそうなのは昔から知っていますとも!よろしい、こうなれば天上の果てまでもお付き合い致しましょう!」
「そいつはありがたい。これからも頼りにさせてもらうぜ、カロロ」
「お任せあれ!青空の騎士が混迷極まる運命をも切り裂き、グロムとミュリア殿達の安穏たる日常を取り戻しますとも!」
胸を張るカロロを、俺は眩しそうに見つめる。まったく、お前は本当に得難い友だよ、カロロ。
ミュリアちゃんが持ってきた野菜スープを啜りながら、俺たちは今後のことを話し合った。共和国側からの返答が返ってきていない今、エリンドを離れることは出来ない。となると、やれることと言えば魔術師の元を訪ねるくらいだ。カロロ曰く『鏡像』の二つ名を持つ女性らしいが・・・・・・間違いなく、ろくでもないことに巻き込まれるだろう。だが、どうせ巻き込まれるなら自分から首を突っ込んで事情を把握しておきたい。そういうわけで、今日一日は体を休めつつ、明日にでも向かってみることにした。と、
「あの、私もついていっていいですか?グロムさんを助けてくれたお礼をしたいんです」
「構わんよ。ただ、カロロの傍を離れないように。俺が襲われた件じゃないが、大きな街ってのはそれだけでトラブルの種がそこかしこに転がってるもんだからね」
本当は宿にいてほしいが、似たようなことが起きないとも限らない。俺たち、というかカロロと一緒にいるのが一番安全なはずだ。
「ありがとうございます!あっ、でもお礼の品はどうしよう・・・・・・その、魔術師の方ってどういうものを好むとか知っていますか?」
「いや、生憎そっち方面は詳しくないなぁ・・・・・・カロロはどうだい?」
「魔術師の知り合いは二人ほどいますが、どちらも癖の強い者でしてなぁ。魔術師だからこうだ!という好みは無いのでは?」
「そうですかー・・・・・・どうしよう、編み物でもいいかな」
首を傾げて考えているミュリアちゃんを微笑ましげに見つめながら、俺はこれからの展望を思案した。さて、『鏡像』サマは俺たちに何を求めているのだろうか。出来りゃあ、大したことない問題だといいんだがな。
「わぁ~~~・・・・・・!」
ミュリアちゃんは感嘆の溜め息を漏らしながら、街中をキョロキョロと見回していた。ずっと里で暮らしてきた彼女にとって、目に映るもの全てが新鮮に映るんだろう。
「ぐ、グロムさんあれはなんですか!?いっぱい人が並んでいますけど!」
「あれは確か、なんかの料理店だったか?なんでも、冷やした果物で氷菓とかいう甘味を提供する・・・・・・とかなんとか聞いたことがある」
「ワタクシ、一度食べたことがあるのですが摩訶不思議な味でしたよ!砕いた氷のような食感と冷たさにミルクと砂糖の柔らかい甘さ、そして果汁の芳醇な風味!チチチッ、氷菓はとはまさしく名の通りだと思いましたとも!」
「氷菓・・・・・・!凄い、私の知らないことばかりだ」
目をキラキラさせて、楽しそうに観光しているミュリアちゃん。見ているこっちもほっこりしてしまうが、それはそれとして俺たち一行は随分と目立っていた。中身はともかく見た目は幼子な俺に、美少女と言っても過言ではないミュリアちゃん。さらに高名な冒険者であるカロロという組み合わせは、周囲の目を惹くに十分だったようだ。好奇の視線が突き刺さり結構居心地が悪いんだが、ミュリアちゃんが視線に気付いていないのが救いだな。
「っと、この路地の裏手だな」
紙片の住所を確認しつつ、周囲の視線を振り切って目的地に到着する。大通りからやや離れた、寂れた路地。そこには、ひっそりと建物が存在していた。一見すると民家のようだが、それにしては人が住んでいるような雰囲気が感じられない。
「おや、これはまた随分と落ち着いた雰囲気で。本当にここで正しいのですか、グロム?」
「そのはずだけども・・・・・・ふぅむ、とりあえず確認してみるか」
コンコン。入り口と思われる古めかしいドアをノックすると、ややあって返事が返ってきた。ありゃ、人はいないと感じていたんだが、どうやら外れだったらしい。
「あぁ、開いてるよ。どうぞお入り」
澄んだ、若々しい声。若干引っかかるものを感じつつドアを開けると、お香のような微かな匂いが漂ってくる。中に入ろうとした俺を手で制し、先にカロロが入っていった。
建物の中は随分閑散としている。というより、殆ど物が無い。棚やテーブル、ベッドといった家具も無く、部屋を区切る仕切りすら無かった。がらんとした空間の中央、杖を抱えた女性が安楽椅子をきぃきぃ鳴らしながら座っている。
「ようこそ、歓迎するよお三方。あぁ、君はもう歩けるまで回復したのか。喜ばしいことだね」
泰然とした雰囲気で、女性・・・・・・『鏡像』の魔術師は言ってきた。どこか不敵な笑みを浮かべ、こちらを見つめている。小柄で幼げな顔立ちだというのに、その印象をかき消す程の落ち着いた表情と気配だ。自分が今まで会ってきた魔術師の中でも、誰にも当てはまらないタイプだな、こりゃ。
「チチチチチッ、その節はありがとうございます!貴女がいなければどうなっていたことか、改めて感謝を!」
「大したことはしてないさ。ただ、そうさね・・・・・・感謝を覚えているのなら、ちょいといいかい?こっちの質問に答えてくれるだけでいいんだが」
キラリ。妖しげに瞳を煌めかせ、魔術師の視線が俺の方を向く。
「さて。話せることなら話しますが、魔術師殿のお眼鏡に適うかどうか」
魔術師相手に下手な隠し事は命取りだ。見た目通りに幼く振る舞うことはせず、そのまま言葉を紡ぐ。皮肉げな口調に少々驚いた様子の魔術師だったが、すぐに平静を取り戻したようだ。
「ふぅん、面白そうじゃないか。ま、そっちは後回しだ。まず、君が襲われたのはなんだったんだい?」
「恐らくは、シャドウガストかと。瘴気を振り撒く黒い影だったので。素人の見立てですが」
「君の体に残っていた瘴気を吸い出し、解析した。それが、ただの瘴気にしては妙でね。君の意見から推測するに、シャドウガストの変異種とでも言うべきものだったんだろうな。それで、どうやって倒したんだい?見たところ、君には難しいと思ったんだが」
興味深げな表情で聞いてくる魔術師に、俺は僅かに躊躇った。起きたことを話すのは簡単だが、相手の立ち位置も分からないままに飛び筒の情報を伝えるのは危険過ぎる。しかし、隠し通すのも難しい。仕方ない、答えるかは分からないがはっきりさせておこう。
「その前に。魔術師殿は、一体全体何故あのようなところに?わざわざ俺たちを呼び出して質問までするということは、何か事情がおありなので?」
「守秘義務があるから答えられないよ、それは。ただまぁ、国に認められた働きではある。そうさねぇ、少なくとも冒険者や幼い亜人よりは信頼されている立ち位置さ」
沈黙が部屋に流れた。ピリッと痺れるような、不穏な空気。こちらを試しているのか、不敵な笑みを崩さない魔術師殿は俺をじっとりと見つめてきた。明らかな挑発だ。互いの間合いを測るかのように、俺たちは沈黙を続ける。必死に喋るのを我慢しているカロロはともかく、気まずい空気の中で声を上げたのは俺でも魔術師殿でもなかった。
「あ、あの!お話の途中ごめんなさい!これ、グロムさんを助けてくれたお礼です!」
駆け寄るように魔術師に近付き、提げていたカバンから取り出したものを差し出すミュリアちゃん。彼女自身の毛で編みこまれた、小さな人形を見た魔術師が目を丸くする。
「これは?」
「え、えっと、お守りです!」
「・・・・・・成程」
ミュリアちゃんから人形を受け取った魔術師は、まじまじと眺めながら杖を振った。先端に付いている鏡が反射し、キラキラした粒子のようなものが人形を包み込む。しばらくそうしていた魔術師は、やがて笑いを堪えるように口元を隠した。
「あ、あの・・・・・・気に入りませんでしたか?」
「い、いや、そういうわけじゃあないさ。うん、こっちの考え過ぎだったみたいだね。ありがとう、お嬢さん。大切にするよ」
ぱぁっと表情が明るくなったミュリアちゃんに、魔術師は苦笑して頷いた。なんだろう、妙に親しみが持てるような感じになった気がするな。どことなく魔術師殿の人柄が伺える。
「は、話を戻そう。実際の所、私は違法薬物の取り締まりをしているんだよ。上司は世直しと言って憚らないが、やってることはいたってまともなものさ」
慌てて威厳を取り戻し、話し始める魔術師殿。ミュリアちゃんのおかげで張り詰めた空気が元に戻ったからか、彼女の雰囲気も和らいでいる。こういう真似は俺にゃあ出来ないからな。意図的なものじゃないとはいえ、ミュリアちゃんには感謝しなければ。
「宿で暴れていた青年がいただろう?彼、軍人崩れのゴロツキ共と付き合いがあったみたいでね。前々からマークしていた奴らなんだが、そいつらが青年に薬を渡したらしいと報告が来た。で、泳がせていたらあの宿に乗り込んでいったって訳だ。実際はただの恋愛関係のもつれらしくて、思っていたような裏は無かったんだけどさ」
聞く限り、変な部分は無いように感じる。いや、わざわざ魔術師の出る幕ではないとは思うが、そこは彼女にも事情があるのだろう。
「さぁ、こちらの事情は話したよ。今度はそっちの番だ」
恥ずかしさを誤魔化すように、こちらを急かしてくる魔術師殿。最初のミステリアスな雰囲気は影も形も無くなっているが、こっちとしてはその方がありがたい。覚悟も決まったしな。
「えぇ。シャドウガストを倒した方法でしたね。端的に言って、こいつを使いました」
懐から飛び筒を取り出し、魔術師殿に見せつける。訝しげな表情を浮かべているところに、軽く説明した。
「原理は俺も詳しくは分かりませんが、魔石を爆発させた力で鉛の玉を飛ばす代物です。こいつでシャドウガストの核を吹き飛ばしたんですよ」
「・・・・・・ほぅ。それはまた、物騒なものを持っているようだ。君、何者だい?」
またしても雰囲気が変わる魔術師殿。鋭い目つきで俺を見つめ、厳しい口調で訊ねてきた。そりゃまぁ、そうなるか。
「その話は長くなるんで・・・・・・時間は、ありますかい?」
自身の羊毛で編みこんだ人形は、隠れ里ではお守りとして伝わっています。グロム&ミュリアの家の枕元にも二人を模した人形が並んでいたり。一歩間違えばホラーですね。