目の前の幼女の話を聞き終わった後。『鏡像』の魔術師・・・・・・セーリエンは今しがた聞かされた話を反芻し、思考を巡らせていた。
目の前の存在は、一見して普通の女の子のように見える。羊の亜人というのは珍しいと言えば珍しいが、驚く程のことではない。しかし、実は元傭兵、『縄かけ屋』のグロムだと言う。到底信じられないが、しかし彼女の語りには妙な説得力があった。
さらには、隠れ里を守る為に共和国と交渉しに来た、と。次から次へと明かされた情報に、セーリエンは頭が痛くなるような思いだった。しかし、それでも考えなくてはいけない。薬物関係のことや、シャドウガストが何故グロムを狙ったのか。溜め息を堪えつつ、セーリエンは呟く。
「・・・・・・うーん。どうにも衝撃的な話だねぇ。正直疑っているよ。色々と盛りすぎだろう、その話」
「そりゃまぁ、俺もそう思ってますが。一介の傭兵が巻き込まれるにしちゃ、随分と大事だ。他人から聞いたとしたら、すぐに信じるってのは無理でしょうね」
飄々とした態度のグロムはそう言って肩をすくめた。見た目に似合わぬ振る舞いは、しかしさっきの話の信頼性を補強している。その様子に、セーリエンは苦笑しようとして失敗したような歪んだ表情を受かべた。こめかみを指で叩きつつ、一度飲み込んだ溜め息を吐いてしまう。
「はぁ~・・・・・・私も『鏡像』の二つ名を貰ってからそれなりに経つがな。同意を得ていない同族化の術が成功することも、同族化の際に性別や年齢が変わることも聞いたことが無い。ホラ話じゃないとしたら、尊敬すべき先人たちは何をしてたんだって話だよ」
「俺は魔術のことは詳しくないんですが、そこまでのことなんですかい?いや、そりゃ俺も最初は驚きましたけど」
「驚くどころの騒ぎじゃないよ。分かりやすく言えばだな、弓に矢をつがえて放ったと思ったら、矢が剣に変化して回転しながらあらぬ方向に飛んでいったみたいなものさ」
微妙な例えをするセーリエンだが、言っていることは間違いではない。本来魔術とは、繊細な術式によって行使されるものだ。同意という前提からして為されていないし、同族化以外の効果が出力されることもおかしい。セーリエンにとっては、生涯を賭して学んできた論理が急に狂ってしまったような感覚だったのだ。
「あぁもう、分からん分からん!探求こそ魔術師の喜びだが、こんな世迷い言を信じられるか!それなのに、目の前の幼子は嘘をついているようには見えないと来てる!やってられないなぁ、全く!」
ざっくばらんな態度で嘆き、ずっしりと安楽椅子にもたれかかるセーリエン。天井を見上げながら、さらに愚痴を吐いていく。
「挙句、国境付近に隠れ里だと?どう考えても戦の火種じゃないか!知らなければよかったよ、本当に!知ってしまったらどうにかする為に動くしかない!不幸の女神か何かかい、あんたらは!?」
「・・・・・・。魔術師殿。貴女、人が好いんですねぇ。苦労人とも言いますけど」
「指摘するな、悲しくなってくる・・・・・・」
グロムの言葉に、彼女はぐったりとしたように言葉を零した。疲れ切ったような表情のまま、ゆっくり目をつぶる。その様は、安楽椅子も相まって、その様は老婆のようだ。
「あぁクソ、下手に事情を聞こうとするんじゃなかった・・・・・・これはアレだぞ、どうせシャドウガストの件も絡んで一層面倒になる奴だ。こき使われる未来が確定じゃないか、本当にやってられん!はぁぁぁぁぁ・・・・・・」
目尻に涙すら浮かべながら、セーリエンは己の運命を呪う。そんな彼女の有様を、グロム達は気の毒そうに眺めるしか出来ないのであった。
「・・・・・・・・・ふぅぅ。グロムと言ったね。時間がある時でいい、今度私の雇い主と会ってくれないかい?私の一存じゃあどうしようもない、上に判断してもらわないと」
ひとしきり悶えていた魔術師殿は気持ちを切り替えたのか、真面目な態度で言ってくる。なんだろうな。彼女、今まででもかなり苦労していそうだ。
「ふむ。そいつは構いませんが、雇い主はジエッタ将軍ではない、ということですよね?立場ある人間達の軋轢で苦しむのは御免被りたいんですけども」
「そこは心配しなくていいよ。隠れ里を守る為の交渉に関して、こっちはノータッチさ。まぁ、私達への協力次第では後押ししてあげてもいいけどね」
脅迫めいた言い方だが、俺は頷いてニッコリと笑う。流石に、さっきまでの悲しき吐露が演技とは思えない。魔術師殿は信用してもいい人物だと、俺は信じることにした。
「ありがたいことです。では、雇い主サマにお会いするのはいつにしますかい?こっちとしては、共和国側からの返事が無いことにはどうにも動けないので、いつでも構いませんが」
「んん・・・・・・それはまだ決められんが、数日以内には。あの宿に泊まったままなんだろう?使いを出すよ」
「了解です」
俺が答えると、話は終わったとばかりに魔術師殿が手をひらひら振る。羽虫を追い払うような仕草だ。
「今日の話はこれで終わりにしよう。こっちも考えることが多すぎるからね。そっちのお嬢さんも、青空の騎士もご苦労様。すまないが、帰ってくれるとありがたい」
ぞんざいな態度で疲れたように告げる魔術師殿。言われた通りに立ち去ろうとした所で、我慢の限界を迎えたカロロが堰を切ったように言葉を吐き出した。
「いやぁ、無事に終わったようで何よりです!ワタクシにはよく分かりませんが、水面下の駆け引きに息を呑みましたとも!しかしグロム、相変わらず交渉事が上手いですなぁ!ミュリア殿もそうは思いませんか?」
「えっと・・・・・・ごめんなさい。グロムさんや魔術師さんが、色々考えて話してるというのは分かるんですけど・・・・・・その、駆け引きとかはちょっと難しくて。あっでも、魔術師さんがいい人だってのは分かりました」
突然話を振られ、小首を傾げながらミュリアちゃんは答える。隠れ里で生まれ育った彼女にとって、本心をボカしつつ会話をする俺たちは奇妙に映ったのだろう。
「ははは。だそうだよ魔術師殿。良かったじゃないか」
「いいからとっとと出ていけ。私は忙しい・・・・・・というよりさっきから忙しくなったんだ。お前たちのせいだぞ」
苦虫を噛み潰したような表情で言い放ち、魔術師殿はそっぽを向く。見た目相応の子供っぽい仕草に笑みを堪えつつ、俺たちは彼女の元を後にした。
「グロムちゃぁぁぁんっ!!ふわふわもふもふぅ!」
「おい、我慢しろってイニマ!あぁクソやっぱ力強ぇ!?」
「・・・・・・」
宿に帰った俺たちを待っていたのは、例の冒険者三人組だった。俺の姿を見た途端に跳びかかり抱き締めてきたイニマに、彼女を止めようとして止めきれないオーギス。もう一人のチャロは無言で、こちらを静かに見据えている。
「く、くるしい」
なんだろう、この体だと強く抱き締められるのが普通なのか?イニマの胸元でじたばたしていると、しばらくしてようやく解放された。深呼吸をしつつ宿の中を見ると、何やら宴会の準備のようなものがしてある。と、イニマを落ち着かせたオーギスがにやりと笑って口を開いた。
「とりあえず、あんたたちの言っていることが事実だっていう裏は取れた。わざわざ城塞指揮官にまで確認したから数日時間がかかったが。っていうわけで、こっちの任務達成祝いとそっちの交渉が上手くいくようにと願いを込めての宴会だ」
「そいつは構わないが・・・・・・随分豪勢に用意したもんだ」
「へへへ、分かってしまうか?別れる前に渡してくれた織物がすごい値段で売れてなぁ、こっちとしてはもうほくほくだ」
紅潮した頬ににやけ面を浮かべ、オーギスは俺の背中を軽く叩いた。気持ちは分からなくもない。それに、色んな物事が積み重なってきたからって気分を暗くする必要も無いからな。折角だし楽しむとしようか。
「それじゃあ、ありがたく相伴に預かろうか」
「おぅ!」
そうして、俺たちと冒険者たち6人での宴会が始まった。
「チッチチチッ!いいですねぇいいですねぇ!やはり皆で共に楽しむのが最高ですとも!さぁさぁチャロ殿も一杯どうぞ!」
「あ、ありがとうございます、カロロ様」
「うわー、チャロがガッチガチに緊張してる。似合わないなぁ」
「う、うるさい!この可愛いもの狂い!」
「はーい、可愛いもの狂いでーす!だからグロムちゃんとミュリアちゃんを侍らせたいでーす!」
「は、はべ・・・・・・?どういう意味でしょう、グロムさん?」
「気にしないでいいよ。そら、ラミの実のパイだ。里付近じゃ取れない果実だし、たんとお食べ」
「ミュリアのお嬢ちゃん、深魚の揚げ焼きも絶品だぞ!この腹の部分が特に最高だ!」
「あ、ありがとうございます!」
カロロの話を姿勢を正して聞くチャロに、俺たちの髪の毛に埋もれるようにして恍惚の笑みを浮かべているイニマ。ミュリアちゃんは俺やオーギスに薦められた料理に舌鼓を打ち、幸せそうに笑っている。悪くないな。賑やかな様子を眺めながら、俺は果実水を飲み干した。と、
「そういえば、グロムさん。私がいない間、ちゃんと髪の毛の手入れしてました?」
「あー、まぁ出来る限りは。でもなぁ、やっぱりミュリアちゃんのように上手くは出来んねぇ。今度、整えてくれるかい?」
「はい、喜んで!」
にっこりと笑うミュリアちゃんに釣られて、俺も微笑む。なんだかんだ、彼女の傍が一番落ち着く。出会って一月程しか経っていないというのに、不思議なもんだ。夫婦ではあるが、そういう感情は今のところ無い。なら、何故こんなにも親しみと安心感を覚えるんだろう。
「ウッ、二人とも尊い・・・・・・!可愛い、撫で繰り回したい・・・・・・!」
後ろから声が聞こえ、髪の毛に埋もれていたイニマが肩越しに顔を出す。とろんとした表情に目が爛々と光り、正直怖いんだが。
「そうだ、イニマさんもどうですか?羊人以外の髪の毛には慣れていないので、上手くいかないかもしれませんが」
「えっ、ちょ、本当ミュリアちゃん!?」
「はい。イニマさん達にはお世話になりましたから」
「はぅっ・・・・・・!」
胸を押さえ、苦しそうな、しかし幸せそうな表情で悶えるイニマ。なんとも珍妙な生物だなぁ、うん。
「おーい、イニマいい加減にしときな。んで、チャロはどこいった?姿が見えないけど」
「あぁ、チャロ殿なら飛んでいきました。ワタクシが今日の話をしたら何か思う所があったらしく。愉快な方ですなぁ、チチチッ!」
「???いや、どういうことだ?」
頭を掻きながら疑問を浮かべるオーギスに、俺も同調するように頷いた。翼持ちの亜人は突拍子も無い奴が多いらしいが、あながち間違ってもいないのかもしれない。
その後。苦しそうにしているイニマにミュリアちゃんが膝枕をしたら鼻血を噴き出したり、オーギスとカロロが酒の飲み比べをして二人とも酔いつぶれたりした。はっきりと意識があるのは俺とミュリアちゃんだけ。死屍累々の様相を呈してきた辺りで、チャロが戻ってきた。ぜぇぜぇと息を切らし、手元には何かを抱えている。
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ・・・・・・」
「大丈夫かい、そんなに息を切らして。そら、果実水だ」
俺が差し出したコップを受け取ると、チャロは一気にそれを飲み干して一息ついた。手元の箱をテーブルに置き、ちらりとこちらを見やる。初めて会った時とは違う、どこか不安げな目つきだ。
「・・・・・・」
無言。チャロと俺たちが見つめ合う中、カロロのいびきが響く。しばらくして、チャロはおずおずと頭を下げた。
「すまなかった。僕は、お前たちを疑いキツく当たっていた」
「いや、謝る必要な無いよ。冒険者として当然の判断だ」
「そ、そうですよ。それに、チャロさんも色々と気を遣ってくれていたじゃないですか。旅に不慣れな私をフォローしてくれたこと、覚えてるんですから」
「むぅ・・・・・・」
俺たちの言葉に、どこか納得いかないような様子で俯くチャロ。が、すぐに思い直したのかテーブルの箱を開け、中身を取り出した。大きめの容器からは、冷気のようなものが漂ってる。これは・・・・・・。
「詫びだ。カロロ様から聞いた。氷菓、気になっていたんだろ?」
「こ、これが・・・・・・!?」
ミュリアちゃんが息を呑み、しげしげと氷菓を観察する。白い何かに色とりどりの果物が盛られ、さらに甘酸っぱい香りのするソースがかかっていた。しかも、それが氷のように冷たい。いや、話には聞いていたが初めて見た。けったいな代物だな。
「た、食べてみてもいいですか?」
「その為に買ってきた。口に合うかは、分からないけど」
輝かんばかりの表情で、ミュリアちゃんはそっとスプーンで氷菓をすくう。おそるおそる口に含んだ瞬間、彼女の目がくわっと見開かれた。
「っ、美味しい・・・・・・!甘くて、ひんやりしてて、果実も甘酸っぱくて!こんな食べ物がこの世にあったなんて・・・・・・!」
飛び跳ねそうな勢いで喜ぶミュリアちゃん。その勢いそのままに、氷菓を掬ったスプーンを俺の口元に持ってくる。
「ほら、グロムさんも食べてみてください!とっても美味しいですよ!」
「いや、俺は・・・・・・」
喜色満面な彼女に見つめられると、断ろうとしても断れない。されるがままに口を開いてスプーンに乗った氷菓を食べてみると、確かにこれは美味いと頷いた。氷のような冷たさと滑らかさ、果実の食感が綺麗にマッチしている。
「こりゃ、美味いな。ミュリアちゃんが気に入るわけだ」
「ですよね、美味しいですよね!?ありがとうございますチャロさん!よければ貴方もいかがですか?」
「いや、僕は別に。君たちの為に買ってきたものだし」
「そんなこと言わずに!すっごく美味しいんですから!」
強引に押し切られ、チャロもスプーンを口に突っ込まれた。目を白黒させていた彼だが、咀嚼して氷菓を味わうと驚いたようで翼がばさりと広がる。氷菓を飲み込んだ後、呆けたように呟いた。
「お、美味しい・・・・・・」
「でしょう!?他の皆さんは眠っているみたいですし、氷菓って時間が経つと溶けてしまうんですよね?だったら、私達三人でこっそり食べちゃいましょう!」
ウインクしながら言うミュリアちゃんは、いつもよりだいぶテンションが高い。氷菓の美味しさで舞い上がっているみたいだ。こうして見ると、年相応に子供なんだなと分かって少し安心するな。早く、里に帰らせてあげたい。
その後、俺たちは三人で氷菓を平らげ、潰れている奴らを寝室に運んだりした後眠りについた。ミュリアちゃんとの久しぶりの同衾は、心地良くて暖かい。こんな平穏を守れるよう、明日からも気張っていかなきゃな。
酒呑んで夜通し語り合えば人は分かり合えるんだよ(酒臭い息を吐きながら)