TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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エリンドの主

「ようこそ、私の屋敷へ。さぁさぁ座ってくれ、美味しいお茶菓子も用意してあるからね」

 

宴会から二日後。俺、ミュリアちゃん、カロロの三人は『鏡像』の魔術師殿の手引きで、お貴族様の屋敷へと案内された。といっても、特段豪奢なことも無い。相応の調度品は並んでいたものの、比較的落ち着いた雰囲気の内装だ。通された応接間には、ひょろりとした糸目の男が待っており、にこやかに俺たちに語りかけてくる。どうやら、彼が魔術師殿の上司らしい。

 

「それでは遠慮無く。このように歓迎され、ありがたいことです」

 

「ははは、謙遜しないでくれ。グロムと言えば歴戦の傭兵の名だ。こんな可愛らしいお嬢さんになっているとは思ってなかったけれど、ね」

 

柔和な表情を浮かべる貴族の青年だが、言葉から察するに全てを知っているらしい。彼が魔術師殿の上司だというのなら当然だが、どうにも居心地が悪いな。

 

「そんな大したもんじゃないですがね。まぁ、事情を知っているようなら何よりです。それで、お話があるとのことでしたが」

 

「そう警戒しないでほしいな。何も取って喰ったり言いふらしたりはしないからさ。私の屋敷へと呼んだのはね、単に確認したかっただけなんだよ」

 

「確認、とは?」

 

「私が今取り組んでいるのは、共和国内で禁止されている昇魂薬の取り締まりなんだ。もしも君たちがそちらの事情を知っているのなら、どうか教えてほしい」

 

その言葉に、俺はどうしたものかと思案する。昇魂薬という名には聞き覚えが無いし、事情なんてもってのほかだ。ここはやはり、素直に答えるべきか。

 

「すみませんが、その昇魂薬というのはどういった薬なんで?なにせ聞き覚えがないものでして」

 

「あぁ、そうだね。簡単に言うならドーピング薬だよ。体内の魔力を強制的に活性化させて、肉体を強化する。魔術師でなくとも、我々生き物には多かれ少なかれ魔力が宿っているからね。ただまぁ、その分副作用も酷い。消耗し切ってそのまま命を落とすことすらある劇薬さ」

 

「そいつは・・・・・・面倒ですな」

 

「うん。しかも、それだけじゃない。純度の高い昇魂薬や、相性のいい存在・・・・・・適合者が服用すると、肉体の強化を超えて魔物への変質が始まるんだ。魔力そのものが著しく上昇し、大半が理性を失う。そうなったらもう手が付けられない。二度と元の姿には戻れず、所構わず暴れ続けるからね。私達はこの現象を、「昇る」と表現している」

 

こりゃ、随分とけったいな話だ。嘘なら嬉しいが、そういう様子でもない。俺は溜め息交じりに首を振り、貴族様に向かって苦笑した。

 

「どうにも恐ろしい話で。しかし、すみません。私らはその、昇魂薬の存在は今初めて知りました。ですので、お役には立てないかと」

 

「ふぅむ。ま、そんなことだろうとは思っていたけど。君たちのせいじゃない。ただ、こっちもそれなりの対応をしないといけなかったからね。わざわざ呼びたてたのは、いわば貴族の面子のようなものだ。ごめんね」

 

おどけながらも頭を下げる貴族様。これは驚いたな。平民の俺たちに、貴族が頭を下げるとは。王国程では無いにしろ、共和国にも身分の格差というものはある。特に、幼少から特別な存在だと教育される貴族たちは、身分が下の者を人として扱わないような態度が多い。どうやら、目の前の貴族様は違うようだ。

 

「頭を下げないでください、どうすりゃいいか分からなくなる。」

 

「その通り、下げる必要などないですとも!それにしてもお茶菓子が美味しい!おかわりいただけますかな?」

 

話の間ずっと黙り込んでいたカロロが、いつの間にかお茶菓子を全て平らげていたようで発言する。いや、凄い胆力だなお前。相手次第じゃ刑罰ものだぞ?

 

「あはは!いいとも、沢山食べてくれ。そちらのお嬢さんは如何かな?口に合わなかったかい?」

 

頭を上げて笑いながら、貴族様はミュリアちゃんの方に目を向ける。彼女は俯き考え込んでいるような様子だったが、視線に気付くと慌てて返事をした。

 

「あっごっごめんなさい、考え事をしてて」

 

「構わない構わない、何か、話の中で気になることでも?」

 

「え、えぇと・・・・・・。しょうこん、やく?のことなんですけど。昔、似たような話を聞いた気がして」

 

その言葉に驚いたのは、貴族様だけでは無かった。俺も目を見開いてミュリアちゃんを見る。

 

「確か、ひいおじいちゃんの昔話で聞いたんだと思います。森の中で、妖しく輝く木の実を食べた亜人が、化け物に変身してしまう話。白い羽根がいっぱい生えた姿をしているって聞かされたのが印象的で、ふと思い出したんです。でも、関係無いですよね?」

 

「・・・・・・んー。惜しいというか、類似点はあるかなぁ。ここだけの話、昇魂薬はとある果実を原材料に造られるんだ。ちょっと、その話は気になるね」

 

俺も初めて聞く話だ。こりゃまた、厄介な方向に転がっていきそうだぞ・・・・・・。

 

「そうだなぁ、ふーむ。是非とも聞き取りに行きたいところだけど、ひいおじいさんはご存命かな?」

 

「いえ、私がもっと小さい頃に亡くなりました。眠るような最後だったみたいです」

 

「ふむふむ・・・・・・他の人がその話を知っている可能性は?」

 

「うぅーん・・・・・・わかりません。ひいおじいちゃん以外から聞いたことがないので」

 

難しそうな顔をしながら言うミュリアちゃんに、貴族様は笑みを崩さないまま軽く頷いた。

 

「なるほどね。うん、分かったよ。ありがとう、お嬢さん。っとと、そろそろかな」

 

「そろそろ、とは?」

 

立ち上がり、控えている従者に視線を向けた貴族様に訊ねると、彼は茶目っ気のある表情で片目をつぶる。フランクな態度そのままに、俺たちにさらりと告げた。

 

「実はもう一人、ここに呼んでいてね。そろそろ着くはずなんだけど・・・・・・」

 

「・・・・・・どなたです?」

 

「そう警戒しないでくれって。別に衛兵を呼んだりしてるわけじゃない。君たちにとっても、有益な相手だよ。あぁ、もう一度会ってるんだったっけ?」

 

掴みどころの無い様子に、一抹の不安がよぎる。しかし、ここまで来た時点でどうしようもない。相手に悪意があった場合の対抗策を考えようとしたところで、応接間の扉が開いた。

 

「ジエッタ・グーズム、参りました」

 

入ってきた人物は、確かに一度会った顔だった。しかし、想定外だ。彼はエリンドの総指揮官のはず。貴族とはいえ、気軽に呼び付けることの出来る相手ではない。

 

「うん、いらっしゃい。・・・・・・あぁ、そういえば。君たちにはまだ自己紹介をしていなかったね。私の名前はニェーク。ニェーク・ラグロ・フィズ・エリンドだ。この城塞都市を領土とする領主にして、共和国議会のメンバーさ」

 

小憎らしい程の笑顔で、お貴族様・・・・・・ニェークは朗々と告げる。その事実に、俺は顔が引きつり、カロロは理解していないのかお茶菓子を頬張り、ミュリアちゃんは小首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

「さて。というわけで、状況は理解出来たかな?」

 

俺たち・・・・・・まぁ驚いていたのは俺だけだったが、見事に驚かすことが出来たニェーク殿はホクホク顔で言う。身分違いじゃ無ければ一発殴ってやりたいほどの清々しい表情だ。

 

彼曰く。既にジエッタ将軍から俺たちのことは伝えられており、議会の方にも議題として提出した、と。議会は現場の判断に任せるというおざなりな返事をしてきたので、自身の責任を以て視察団を結成、近日中には隠れ里へ向かわせることが出来るようになる、と。やっていることは非常に優秀なのだが、何故か解せない気分になってしまう。

 

「チチチチチッ!てっきりエリンドの支配者はジエッタ将軍だと思っていたのですが、まさか正式な領主が存在していたとは!都市に住んでいる民も知らないのでは?」

 

「ははははは。私は表舞台に立つのが苦手だからさ。家督を継いだのもほんの数年前なんだよ」

 

「このようなことを言っておりますが、エリンド家は代々裏で策謀するのが得意な家系でしてな。全く、幼い頃は純真な方だったというのに、どうしてこんな風に育ってしまったのか」

 

「それこそ教育の賜物かな。エリンド家のような最前線の領土かつ直接的な軍事力も持たない貴族は、どうしても小技に長ける必要があるからね。下々の者には注目される必要は無い。ま、それもあって税収が乏しいのは難点だけど」

 

ジエッタ将軍の言葉に、肩をすくめながら微笑むニェーク殿。喰えない人物だ。だが、優秀な人物でもあるのだろう。

 

「感謝しなくてはなりませんな、ニェーク殿。まさか、もう視察団を準備していただけてるとは。もっと時間がかかるものかと思ってました」

 

「ま、議会が私に丸投げしてきたからね。権限の範囲内で力を尽くした結果だよ。それに、話が本当かつ上手く交流を持てれば、交易で相当利益が出せる。こっちとしても願ったり叶ったりさ」

 

おどけたように言うニェーク殿だが、実際やってくれたことはとてもありがたい。問題は困難で、そもそも解決出来るのかも分からなかった。だけど、関わる人物には恵まれているな。どいつもこいつもまともというか、優秀な奴らばかりだ。傭兵稼業をこなしてた頃はカスみたいな性格の奴らに会ってばかりだったが、この体になってようやく運が巡ってきたのかねぇ。感慨深げにそう思っていると、ミュリアちゃんがおずおずと手を上げた。

 

「あ、あの。質問してもいいですか?視察団というのは、どういうものなんでしょう?」

 

「おっと。そうだね、説明しよう。簡単に言えば、君たちが伝えてくれた通りに隠れ里があるのか、どういう暮らしをしているのか確かめる為の人達さ。今回の場合だと、大体15名くらいかな。君たち羊人のことをしっかりと調べて、その情報を国に報告する。それが視察団の仕事だね」

 

「私達のことを・・・・・・?」

 

「うん。安心してくれ、決して危害は加えない。双方にとって不利益、つまり仲良く出来なくなってしまうから。共和国は王国よりはまともな国家だからね。君たちの身の安全と、生活を脅かさないことは保障しよう」

 

その言葉に安心したような様子を見せるミュリアちゃんだが、俺はニェーク殿の言葉は少し気になった。ただのふりかもしれないが、存外共和国に忠誠を誓っているわけでもないのか・・・・・・?

 

「まぁ、そういうわけだから。数日中にはまた連絡するよ。ジエッタ将軍も、それで構わないよね?」

 

「えぇ。元より決定権はニェーク伯爵にございますので。提言をお聞き入れ頂き、ありがとうございます」

 

軍隊式の礼をするジエッタ将軍に、ニェーク殿・・・・・・伯爵位だったらしい男は笑いながら頷く。

 

「私は双方にとって正しい判断をしただけさ。それに、昇魂薬の件は未だに解決していない。嫌で嫌でたまらないけど、しばらくエリンドが騒がしくなりそうだ。治安の維持は頼んだよ、将軍」

 

「この身に代えましても」

 

二人は深い信頼関係で繋がっているのだろう。俺が常々思っていたよりも、共和国は人材に恵まれているのかもしれないな。と、使用人に用意してもらった袋にお茶菓子を詰め込んでいたカロロが不意に声を上げた。

 

「そういえば、王国側はエリンドには攻め入らなかったようですな。先日の大敗北の勢いで攻め寄せてくるものと思っていましたが、チチッ」

 

「そこはそれ、ジエッタ将軍は堅守してくれていたからね。付け入る隙が無ければ無理攻めしても仕方がないと判断したんだろう。ここ最近の王国軍は随分賢い、何かしらの智謀の徒が加わったのかもしれないが、情報は掴めていないんだよな」

 

「伯爵」

 

僅かに顔をしかめたジエッタ将軍が呟くと、うっかりしていたという様子でニェーク伯爵は口を閉じる。彼は服装を整えながら、俺たちに目配せをしてきた。

 

「うん、忘れてくれ。一応は機密扱いの話だった。ごめんね」

 

「さて、なんの話なのかさっぱり。見た目はこうでも中身は老人ですからなぁ、最近は物忘れも激しいもんで」

 

おどけて言うと、ニェーク伯爵は目を丸くした後苦笑した。どこか満足そうに頷いているので、ジョークの意図は伝わったようだ。

 

「えっ、そうなんですかグロムさん!だ、大丈夫ですか・・・・・・?」

 

・・・・・・どうやら、純真なミュリアちゃんには伝わらなかったらしい。そりゃそうか。なんだかおかしくなって、俺は微笑みながら彼女の頭を撫でた。




糸目貴族の善人率は低めだと思いますがニェークは善人です。きっと多分メイビー。
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