「ふぅぅぅぅぅ・・・・・・」
疲労の極みに達している俺は、久方振りの自宅のベッドに大の字になりながら盛大に息を吐いた。
あの後。魔術師らしき奴の応急処置に周辺に倒れている兵士達を拘束をし、さらにはいつの間にか意識を失っていた名無し殿にも応急処置。里の人らを連れてきたカロロと合流した後、すぐに彼らを隠れ里に搬送、及び逃げ出さないように監禁。さらにミュリアちゃんと視察団に状況を伝える為、再びカロロと共に来た道を舞い戻った。・・・・・・こうして思い返すと、カロロは現役の冒険者だけあってタフだな。今の俺は見た目相応の体力しか無いから、羨ましい限りだ。
ミュリアちゃん達と合流したら、カロロは捕虜となった魔術師たちを監視する為再び飛び立ち、俺は皆に説明をしつつ大きく迂回して里を目指した。泥濘が広範囲に広がっており、馬車が進めなかったからである。結局隠れ里に到着したのは深夜であり、移動中も気を張っていた為倒れるようにベッドに横になった。
「本当、お疲れ様でした。すぐに休んでください、後のことは私がやっておきますから」
「いや、ミュリアちゃんだって相当疲れただろうに。すまんね、独断専行しちまって」
慈しむような表情のミュリアちゃんに、へろへろと手を合わせ謝る。
「いいんですよ、グロムさんが頑張っているのは里の為だって分かってますから。だから、私に出来ることは任せてください」
優しい言葉が沁みるなぁ・・・・・・。いい子だよ、本当に。俺にゃあ勿体ないくらいだ。
「うむぅ・・・・・・すまん。じゃあ、お言葉に・・・・・・甘えて・・・・・・」
返事もままならない程の眠気に、俺はこれ以上抗えない。最後に見えたのは、苦笑するようなミュリアちゃんの表情。撫でられて、髪が梳かれる感覚と共に、俺は眠りへと落ちていった。
「・・・・・・ふむ」
目を覚ました異形は、自身の状況を即座に理解した。軋んで動かない体に、ポーションの鼻をつく匂い。高い天井は、自身が普段住んでいる小屋だということを示している。うつ伏せに寝ている状態で、背中の腕は折れているものが吊り上げられ固定されているようだ。
「目を覚ましましたか」
声のした方に目をやると、見知らぬ亜人が座っていた。頭のたれ耳から察するに、犬の亜人だろうか。
「誰、だ」
「初めまして、私はラソン・ペリリス。グロム殿の嘆願を受けた主様が派遣した視察団を率いる者です」
慇懃に頭を下げる彼に、異形は内心驚いていた。グロムが目的の一段階目を達成していたことと、目の前のラソンが自分相手に微塵も怯えていないことに。
「さて、貴方のことは先ほどグロム殿から聞きました。数十年以上、この里を守護していたと。称賛されてしかるべき行いでしょう」
「何が、言いたい」
言葉とは裏腹に、ラソンは何かを探るような表情をしている。隠す気が無いのだろう彼に、異形は岩が擦れるような声を漏らした。
「言え。本心、を」
「・・・・・・成程。失礼をしました。私が訊ねたいことは一つ。貴方の過去を、聞かせていただけませんか」
「何故だ」
「貴方のその見た目。似通った事例を見たことがあります。昇魂薬というものを、知っていますか?」
聞き覚えは無い。しかし、その前の言葉は聞き流せないものだった。
「いや。だが、似た、事例?どういう、ことだ」
「よろしい、説明させていただきます。ただ、他言無用でお願いします。一応、機密扱いですから」
そうして、ラソンは知る限りのことを語り始める。夜も深まる外からは、梟か何かの鳥の鳴き声が聞こえていた。
「・・・・・・む、ぅ」
ラソンが語り終えた後、異形は黙り込み憮然としていた。
「こちらの事情は、今の通り。だからこそ、貴方の過去を知りたいのですよ。あるいは、真相の鍵があるかもしれない」
「・・・・・・話す、のは、構わん。だが、この、声だ。文を、書こう」
「ありがとうございます。我々はしばらく里に逗留させてもらえるようなので、その間に用意していただければ」
あくまでも慇懃に振る舞うラソンに、彼は苦虫を噛んだような表情で答えた。本当ならば、過去を明かすのには酷く抵抗がある。が、自分の勝手な振る舞いで、里の者達の未来を決めてしまうわけにはいかない。過去を明かしたとて、それで不利益を被るとしても自分自身だけだ。ならば、いい。
「重傷だというのに、無理をさせて申し訳ありませんでした。では、私はこれで。ゆっくり養生してください。身の世話は、里の方がするとのことです」
「待て」
立ち上がったラソンに声をかける。常人なら怯えかねない異音めいた声に、たれ耳の男は平然と返事をした。
「なんでしょう?」
「グロムに、伝えろ。来い。話が、ある、と」
「・・・・・・分かりました。朝になったら伝えましょう。それでは」
一礼して小屋を出ていくラソン。異形は深く息を吐き、天井に視線を戻した。随分と急激に、大きな変化が連続している。代わり映えしない日々に浸かっていたいた彼からしてみれば、正直目が回りそうだ。だが。
「ふん。いいぞ。来い、いくらでも」
呟き、異形は目をつぶる。今、眠れないことは分かっている。思考の海に沈みながら、異形の口元には笑みが浮かんでた。
「ふぅぅぅぅぅ。吉兆か凶兆か、いまいち分からない感じ。どーしよっかなぁ」
鍾乳洞のような空間。人為的に作られた開けた場所に、一つの人影がゆらめいていた。燭台の明かりは到底全てを照らせず、辺りは非常に薄暗い。
「昔の忘れ形見・・・・・・いや、違うのかな。これならもっと聞いておくべきだった」
人影はぶつぶつと呟きながら、石造りのテーブルに配置された駒のようなものを動かしている。横には大鍋で何かが煮込まれており、焚き火が燭台よりも激しい光を発していた。
「問題は将軍、かな?どれにしても、ボク一人じゃ無理そうだ。早く帰ってきてくれるといいんだけど」
紡がれる言葉には脈絡が無い。独り言だからか、脳内で完結していることの欠片が零れるような呟きだ。
「あーもぅ、コサヤのフレッシュジュースが飲みたいよぉ。何もせずにただだらだらしたいぃ。でもなぁ、駄目だしなぁ。あ、そうだ」
何かを思いついたのか、駒を動かす手を止めて人影は立ち上がる。細身ながら肉感的な体に、地面に擦れる程の青い長髪。魔性の美貌を備えた顔立ちの女は、しかし幼げな表情で笑っていた。
「そうだ、そうだよ!ちょっとだけマガモタケを混ぜて、後は飛火蛇の血も!そうすれば本能の暴走に指向性を持たせることが出来るよね!?やっぱりボクって天才だ!」
床に散乱している小瓶の中から望みのものを手に取って、飛び跳ねるように大鍋に近付く。どろりとした緑色に煮立っている大鍋に小瓶の中身を投入し、巨大なおたまで鼻唄混じりにかき混ぜ始めた。女はとても楽しそうに笑う。無邪気な少年のように。
「あはははは!これでもっと簡単に出来る!指向性の実験もして、後は新しい流通ルートも確保しないと!にーちゃんが帰ってくる前に、全部全部やっておかなきゃ!あっはははははは!」
見た目に似合わない雰囲気を纏い、狂ったように女は笑い続ける。傍らに置かれている杖は歪に歪み、まるで鎌のような形状をしていた。
「よう。調子はどうだい、名無し殿」
翌日の昼頃。ぐっすりと休んで心身ともに回復した俺は、何やら用があるらしい名無し殿の小屋へと訪れていた。視察団の仕事を手伝うことも出来ないし、捕虜とした魔術師と兵士四人は未だに目覚めていない。端的に言えば、やることが無かったのだ。だから、ラソンに伝えられてすぐ小屋へと向かったのだが・・・・・・。
「おんや、グロムさん。どうしたんです?」
「あぁ、どうもジャンさん。いや、様子を見に来たんですがね。怪我の調子はどうですかい?」
小屋には、里の芋畑を担当しているジャンさんもいた。名無し殿は、無骨ながら羊毛でふわふわなベッドにうつ伏せで寝かされ、木のうろのような瞳だけがこっちを向いている。
「いやぁ、そりゃもうひんどい有様で。守り神様じゃなきゃあとっくに亡くなってまさぁ」
「ははぁ、成程」
実際、右腕と背中の六本腕の内四本は骨折、両足の骨にはひびが入り、脇腹にも槍で突かれた傷。その他大小の怪我が数えきれないほど。まさしく、生きているのが不思議な有様だった。
「しさつだん?の方々から外傷用のポーションを分けてもらって、それでどうにか無事だったみたいで。いやぁ、ありがたいことです」
「そいつはよかったですな。ところで、ちぃっと席を外してくれませんかい?少し、話したいことがあるので」
さっきから名無し殿の視線が伝えてくる。わざわざジャンさんに聞かせる話でも無さそうだ。俺の言葉にジャンさんは気軽に頷いて、小屋を出ていってくれた。
「・・・・・・さて。それで、話したいことってなんだい?生憎、魔術師たちはまだ目覚めてない。引き出した情報を知りたいってんなら」
「違う」
俺の言葉を遮るように言い、名無し殿はぎょろりと俺を見つめる。恐ろしい異相はしかし、随分と懐かしい感じがした。
「話は、お前の、ことだ」
「俺の?ふぅむ・・・・・・ま、聞こうか」
ジャンさんが座っていた椅子へちょこんと座り、名無し殿を真っすぐ見つめる。足がつかないのはご愛敬だ。
「あぁ。お前、羊、の、亜人。伝説を、知って、いるか」
「伝説?」
「『眠りの聖女』。伝説だ。数百年、に、一人。羊人の、中に、現れる」
本当に聞いたことが無い。というか、俺が伝承やら昔話に興味が無いのもあって、里の人達やミュリアちゃんに聞きこんだりしていないからな。俺が知らないだけで、そういう話が伝わっているのだろう。
「『眠りの聖女』、は、力を持つ。生き物に、穏やかな眠りを、与える力。俺は、それを求めて、ここに訪れたのだ」
徐々に、名無し殿の滑舌が良くなってきた。声に熱が籠り始め、瞳に光が灯っているようにも見える。
「俺は眠れぬ。そういう呪いだ。だから、眠りたかった。かつて得た安穏たる睡眠を、俺は再び手にしたかった」
「だが、いなかったんだろう?前にそう聞いたが」
「あぁ。ここで暮らし始めて、数十年。『眠りの聖女』は、現れていない。だが」
強い視線が俺を貫き、名無し殿は言い放った。
「お前だ。お前が、『眠りの聖女』なのだ」
「・・・・・・は、はぁ?」
突然の言葉に、俺は困惑してしまう。『眠りの聖女』?俺が?
「待ってくれ。俺は『眠りの聖女』がどういうもんなのか詳しく知らないが、同族化の術で羊人になった元爺さんだぞ?それに、穏やかな眠りを与える力、だったか?そんな力、俺にゃあ使えんぞ」
「かもしれん。だから呼んだ。試したいことがあってな」
「いや、だから・・・・・・」
否定しようとする俺に、名無し殿は無事な方の腕を差し出してきた。骨太な、しかし枯れ木のような腕。
「握ってくれ。知っているだろう。お前たちが来た後、俺は意識を失った。眠ったのだ。お前はあの時、俺の腕を握った。それが、条件だったのかもしれん」
「だからまた握れって?それで眠れりゃあ、俺が『眠りの聖女』だと?にわかには信じられんな」
「お前が信じようと信じまいと、結果は出る。頼む」
こんな態度の名無し殿は初めてだ。何やらいつもの話し方とも違うし、一概に突っぱねることも出来ない。まぁ、手を握るだけだから別に構わないんだが、うぅむ。
「・・・・・・そうかい、分かったよ。もし眠れなくても文句は言わんでくれ」
「あぁ」
両手を伸ばし、名無し殿の手に触れた。今の俺の手と比べて、三倍以上大きいように見える。節くれだった指はかつての俺に似ていたが、純粋にスケールが違うな。
「どうだ?俺としちゃあ、別に何かの力を送ってるって感覚は無いけども」
「すぐに効果が出るのかも分からん。だが、うむ。悪くはない。温もりを、感じる」
そろりと、重ねていた手が握られる。こちらを怪我させないような、慎重な手つきで。
「は。他人の手を握るなど、百年以上無かったことだ。全く、人生とは、何が起こるか知れたものではないな」
異音でありながら穏やかな声色で、懐かしむように名無し殿が言う。その瞳には、何かを思い返しているような、郷愁のような感情が浮かんでいるように見えた。
「今だから言うが。名無し殿、あんた意識して里の者らと距離取ってるだろう?それに、喋り方も。人嫌いなんだと思っていたよ」
「俺は呪いだらけだ。伝染するかも分からん故、距離を取っていた。喋り方は、意識しているわけでは無い。ずっと、こうだったからな。まともな喋り方を、ようやく思い出せたのかもしれんん」
話しながら、名無し殿の瞳は少しずつ閉じていく。
「するってぇと、俺には呪いが移るかもと知っていながらこういったことを?酷い御仁だねぇ」
「すまん。俺のエゴを優先させてしまった。結局は、呪いを解きたいだけだからな。もし巻き込んだとしたら、謝る。それに、呪いは不眠一つだけではない。重ね重ね、すまん」
「ははっ。最初会った時はどんな奴かと警戒したが、案外親しみやすい奴だったんだなぁ。ま、気にせんでいいさ。巻き込まれるのには慣れっこだ」
くつくつと笑いながら、俺は名無し殿の手の温もりを感じていた。当然だ、見た目はどうあれ名無し殿も生きている。それに、俺たちと同じような感性を持っているというのも分かった。そして、命を賭してでも里を守ろうとしている、ということも。
「すまんな、本当に。・・・・・・俺はお前に何も返せん。里を守る為の交渉も・・・・・・押し付けてしまった・・・・・・」
微睡み始めたのか、名無し殿の言葉が間延びし始める。彼が夢の世界に旅立つ前に、どうしても聞いておきたいことを訊ねた。
「なぁ、名無し殿。ここまで来たら関係無いだろうし、あんたの名前を教えてくれよ。いつまでも名無し殿呼ばわりってのも座りが悪くてね」
「そう、か・・・・・・俺の、名は・・・・・・」
彼が眠りに落ちる直前、俺はその名前を聞いた。名無し殿の、本当の名前を。
「・・・・・・ま、ゆっくり休んでくれ。『眠りの聖女』がどうのは、起きてから聞かせてもらうよ」
両手を彼の手に包まれたまま苦笑する。まるで赤ん坊のような寝顔を眺めながら、俺はそっと手を握り返した。
眠りの聖女・・・・・・一体何者なんだ・・・・・・。