監禁されて十数日。『水禍』の魔術師は暇を持て余していた。
「美味いな」
色とりどりの野菜が入った粥を啜りつつ、呟く。足枷は変わらず付いているが、食事は三食しっかりと出ている。それも、ちゃんとした料理をおかわり自由だ。待遇が良すぎる。
元々、『水禍』は捕らえられた時点で過酷な拷問を覚悟していた。自分が残酷なことをしてきた以上、それが返ってくるのは当然だと。それがこの待遇だ。衣服を含んだ全ての装備は取り上げられたが、代わりに着せられた服は肌触りが良く快適。閉じ込められている部屋は歩き回れる程度の広さがあり、毛布も高品質。暇を持て余すことが出来る平穏な日々に、『水禍』は訝しんでいた。
さては、こちらを懐柔するための手段なのだろうか?しかし、それにしては説得はされていない。あのグロムという妙な亜人が、約束を守ったということなのだろうが・・・・・・。
コンコン
悩んでいる所で、部屋の扉がノックされた。捕虜相手に大層なことだと思いながら声を上げる。
「どなたかな」
返事は返ってこず、扉の鍵が開く音がした。のそりと入ってきたのは、八本腕の異形。窮屈そうに体を丸め、扉を潜ってくる。続いて、幼い羊人であるグロムも入ってきた。
「ほぅ。貴様らか」
『水禍』はリラックスした様子で二人を迎え入れる。どうせ抵抗は出来ないと考え、逆に気持ちに余裕が出来ているようだ。皮肉げに微笑みながら、目の前にどかりと腰を下ろした異形に問う。
「何の用だ。処刑の日取りでも決まったか?」
「殺しはしない。グロムに話したのだろう。約束は、守る」
「ふむ。確かな理性があるようだな。貴様、何者だ?何故、私と戦った?目的は」
「待った。質問尽くしじゃテンポが悪い。ここはまず、俺らの話を聞いちゃあくれないかい?」
立ち位置から、異形の陰に姿が隠れていたグロムが言うと、異形も大きく頷いた。
「あんた、先日言ってただろ。俺と、旦那の話を聞きたいって。そのご要望に答えに来たってわけだ。ま、こっち側の誠意と受け取ってくれや」
「ふ、くくく・・・・・・囚われの身に随分とお優しいことだ。これは、解き放つという言葉にも期待が持てる」
「優しくしときゃ、あんたの心証もよくなるだろう?もう二度と、敵に回したくはないもんでね」
あけすけな会話を交わしつつ、グロムは異形の横に座り込んだ。『水禍』から視線を逸らさず、語り始める。
「ってわけで、だ。こっちも話せる限りの事情は話そう。流石に全部は明かせんが、そこは勘弁してくれ」
その言葉に頷き、『水禍』は先を促す。どこか面白みを覚えつつ、彼らの話に耳を傾けるのだった。
「・・・・・・成程。貴様は元傭兵であり、同族化の秘術によりその姿になった、と。そちらの異形は、数十年以上前からここを守り続けている。ふぅむ・・・・・・」
あらかた話を聞き終わった『水禍』は、内心首を捻っていた。同族化の秘術というのは知っている。しかし、グロムが語ったように性別や年齢が変化することはありえない。異形に関しては、そもそも何者なのかという説明も為されていない。さらに、魔石を材料に鉛の玉を飛ばす魔道具については、『水禍』にとっても初耳だった。
「結局貴様らは何者なのだ。魔術師でもあるまいに、幻想的な話に過ぎるぞ」
「話した通り、俺はただの傭兵だ。偶然羊人達に助けられただけのね。同族化うんぬんのおかしさは分かってるが、原因はこれっぽっちも分からん。今からでも戻れるなら戻りたいもんさ。このナリじゃあまともに身を守ることも出来んからな」
グロムの言葉に顔をしかめた『水禍』は、続いて異形の顔に目を向ける。異相の怪物は、岩の擦れるような声を上げた。
「俺の素性は、話せん。そういう呪いだ。『水禍』よ、もし解呪が出来るならば頭を下げて頼みたいのだが、どうだ?」
「解呪、か。悪いがそれは私では不可能だ。そもそも魔術の系統が違う。特別な魔道具が無ければ、私では呪いの気配すら感じ取れんよ」
嘘である。専門ではないにしろ、『水禍』には呪術の心得もあった。異形の心身に染み付いた呪いの気配にも気付いてはいる。それが、自分の手に負えない程強力、かつ複数の呪いが混ざり合っているということも。しかし、それを目の前の二人に話す義理は無い。手札は隠せるだけ、隠しておくものだ。
「それより、貴様は魔術を扱えるのだろう?森の中に張り巡らされていた探知結界、無骨だが見事なものだった」
「60年以上かけて、構築したものだ。俺は、魔術は齧った程度だ。魔術師とは到底名乗れん」
「謙遜する必要は無い。あの結界が無ければ、いくらでもやりようがあったからな。結局、強引に突破する手段を取らざるを得なかった。全く、貴様が魔術を使えなければ私がここにいることも無かっただろうに。師は誰だ?生きているのか?」
「おっと、そこまでだ。褒め上手は結構だがね、ずけずけと訊ね過ぎだぜ『水禍』殿。俺だって知らないことなんだ、嫉妬しちまうよ」
『水禍』の言葉を遮り、おどけたように言うグロム。しかし、その視線は鋭かった。『水禍』は肩を竦め、軽く首を左右に振る。追求し過ぎを戒めつつ、足枷を撫でた。
「申し訳ない。今の私は虜囚の身、分を弁えねばな。これで話は終わりか?」
「いや。もう一つある。あんたの処遇・・・・・・というよりは、アレだ。俺たちに雇われちゃくれないかい?」
ほぅ、と息を吐き驚いた様子の『水禍』は、目の前の幼子を意識的に睨みつける。
「裏切れ、と?」
「あぁ、その通りだ。あんたに明かされた情報を元に、色々と調べてみたんだがね。ラオ要塞の司令官に忠誠を誓ってるわけでもないんだろう?それに、その司令官殿は失敗した者には厳しいときている。どうせ王国にゃあ戻れないんだ、こっちに寝返るのが賢明じゃないか?」
軽薄な口調で言葉を紡ぐグロムは、『水禍』の心を見透かしているかのようだ。元より、彼は寝返りを考えていた。今更王国には戻れず、もし自分が生きていると知ったらシリュート司令官は確実に消そうとしてくるだろう。共和国で生きていくにも、先立つものは必要だ。魔術を以て金を稼げば、多かれ少なかれシリュートの耳に入ってしまう。つまり、これから先、共和国で生きていくのならば後ろ盾が必要なのだ。例えば、都市から離れ安全が担保されている隠れ里、とか。
「仮にそうだとしても、今、この場所は危険に満ちているだろう。羊の亜人の隠れ里・・・・・・ふん、王国が見逃すはずも無い。私が還らなかった時点で、シリュートは次の策を練っている。奴はそういう男だ」
「強がらんでもいいさ。あんただって、他に道が無いことは分かってるんだから。俺の提案に、乗るしかない。ここは確かに危険だが、その危険に対抗出来るだけのものは揃っている。それとも、一人当ても無く放浪するかい?昼夜休まることなく、刺客を気にしながら」
幼い見た目に似合わぬ凄み。そして、こちらの事情を知り尽くした言葉に、『水禍』は両手を上げて降参の態度を示した。見た目と中身の違い、その歪さで気圧されてしまったのかもしれない。
「分かった。乗らせてもらおう。それにしても・・・・・・全く。厄介だな貴様は」
「ま、年の功さ。それじゃあ、さっき話した貴族の協力者に話を通してみるとするかね。上手くいけば、10日程で足枷も外せるはずだよ」
がらりと雰囲気を変え、飄々と話すグロム。とんとん拍子な状況に、『水禍』は思わず声を上げた。
「そうすぐに信用してもいいのか?周辺の森に甚大な被害を出した敵だったのだぞ、私は」
「それはまぁ、そうなんだが。あんたからは、昔の知り合いによく似た雰囲気を感じてね」
「なんだと?」
懐かしむように目を細めるグロムは、その瞳のまま『水禍』を見つめる。
「依頼者が正当であれば、決して裏切らない。そういう傭兵がいたのさ。あんたが今裏切りを決めたのは、依頼者である司令官が悪辣だからだ。というよりは、冷酷か。失敗を認めず、裏切りを許さない。いやまぁ、裏切りを許さないのは当たり前の話だけどな」
「過去を懐かしむのは構わんが、私は記憶の中の傭兵とやらでは無い。何をするか、知れたものではないぞ」
「そいつはそうだ。だから、あんたは俺の傍に置く。目の届く所なら、あんたの企みを察知出来る可能性が高い。ま、そういうわけさ」
その返事に、『水禍』は喉の奥から唸るような音を出した。同族化によって幼女になった、などという戯言は到底信じられなかったが、目の前の存在は確かに見た目と中身がかけ離れている。しかも、かなりの手練れのようだ。中身が歴戦の傭兵だとするならば、納得がいく。
「・・・・・・いいだろう。貴様が正当で信用に足る存在の限り、協力してやろうではないか」
意趣返しに言い放つが、幼女にしか見えないグロムはにっこりと笑って頷いた。毒気が抜かれた『水禍』は、行き場の無い視線を下に落とし、古びた足枷を撫でる。ひんやりとした感触が、何故だか妙に遠くに感じた。
「こいつは・・・・・・」
洞窟に足を踏み入れた途端、『鏡像』の魔術師は眉を顰めた。むせ返るような濃い瘴気が沈殿するように溜まっている。どうやら、結界によって外に漏れないようになっていたようだ。
「それにしては、探知の術式は感じられなかったが・・・・・・」
呟いて、慎重に進んでいく。杖の先端にある手鏡が淡い光を放ち、どろりと濁った洞窟内の闇を照らしていた。
この洞窟の情報が入ってきたのは三日前だ。昇魂薬を売り捌いている売人、彼らに薬を卸していた商人、さらにその流通ルートを辿り・・・・・・と地道な情報収集をニェークの部下と共に続け、ようやくここを嗅ぎつけたのだ。兵士崩れの山賊が出入りしており、昇魂薬を持ち出しているらしい。ここが需要な拠点であることに違いは無さそうだ。
「っ、キツ・・・・・・」
あまりの瘴気の濃さに目を細め、魔力を通した布で口を覆う。常人ならば、数秒たりとも意識を保ってはいられないだろう。咳き込みそうになる感覚を堪えつつ、消音魔術で音を遮断し先を急ぐ。どんどん下っていく洞窟の道は、多少は整備されているのか通りやすかった。
やがて、明かりが微かに見えた。揺らめくようなそれは、火によるものだろう。『鏡像』は瘴気の影に目を凝らし、その先の何かを視界に捉えようとする。しかし、
「あれ、おねーちゃん誰?」
「っ!?」
艶やかながら幼げな調子の声が、洞窟内に響いた。音が反響し、どこから聞こえてくるのか分からない。
「おっかしいなぁ、この場所知ってる人はあんまいないんだけど。ボクになんか用?」
「・・・・・・さて。旅の途中、洞窟で休もうとしていたら迷い込んでしまってね。ここはどういう場所なんだい?よければ聞かせてもらえるかな」
無論、この問いかけに答えが返ってくるとは『鏡像』も思ってはいない。反応を見て相手を分析する考えだったが、響く声はあっさりと言った。
「ここ?ここはボクの秘密基地だよ。にーちゃんが用意してくれたんだ」
「秘密基地?」
「うん。にーちゃんは忙しいから、ここで待ってろって。その間の宿題を用意されたけど、ボクは天才だから楽勝だった!」
子供のような声色は、ペラペラと自身のことを話していく。警戒心がまるで感じられない。
「へぇ、天才か。君の名前は?」
「リグ。リグ・フォーセル。あ、でも、今のボクにはもう一つ名前があるんだ」
「もう一つの名前?」
「うん。それは」
迸るような殺気。『鏡像』は咄嗟に防御魔術を行使しようとするが、遅かった。照らし切れぬ闇の中で何かが蠢き、未知の攻撃が彼女を襲う。それは斬撃にも似て、瞬く間に『鏡像』の四肢を斬り落とした。
「なっ!?」
「『暗礁』の魔術師。それがボクの名前だよ、お姉さん」
地面に崩れ落ちながら、『鏡像』は痛みとは違う衝撃に目を見開いた。その名は知っている。かつての師の、友人の名だ。
「それにしても、随分不用意だったね。ボクたちの動きを探っている者達がいるって聞いていたけど、お姉さんのことかな?」
「『暗礁』はっ、死んだはずだ・・・・・・!」
「そうだよ?もう何十年も前にワタシは死んだ。でも、ボクが生きてる。にーちゃんのおかげでね」
訳の分からぬことを言いながら、『暗礁』が闇から姿を現した。長い長い青髪に、同性すら見惚れるであろう美貌。その顔に知性と幼さを浮かべて、リグ・・・・・・『暗礁』の魔術師が笑う。
「ワタシはね、ボクの為に体をくれたんだ。にーちゃんが全部、やってくれた。だからさ、ボクはまたにーちゃんと遊びたいんだよ。あぁでも、どうしようかな。お姉さん、誰の指図で動いているのか教えてよ。一人でここを嗅ぎ当てるなんて、不可能に近いからね。相応の組織が、後ろに付いているんでしょ?」
支離滅裂、そして明瞭。相反する奇妙な喋り方で、『暗礁』はゆっくりと『鏡像』に近付いていった。と、
「・・・・・・あれ。そういうことか。精度の高い身代わりだなぁ」
切断したはずの四肢が、輪郭が朧げになって消えていく。残された部分も、既に半透明になっていた。
「やるなぁ、全然分かんなかった。『鏡像』の魔術だね。ワタシは知っているけど、ボクは初めて目にしたよ」
無邪気に笑う『暗礁』。『鏡像』は受け入れがたい現実を噛み締め、彼女を睨み叫ぶ。
「覚えたぞっ!必ずや報いを受けさせてやる!」
「うん、楽しみにしてる。場所は変えちゃうけど、また遊びに来てね、おねーちゃん」
その言葉と共に、『暗礁』は『鏡像』の頭を踏み潰した。鏡が割れるような音が響き、『鏡像』の体が霧散していく。
「あぁ、やっと楽しくなってきた!ずっとつまんなかったから、これからいっぱい遊べるんだ!あはっ、あははははははははは!」
哄笑する『暗礁』が、心から楽しそうな表情で両手を広げ、闇の中をくるくると回転する。その様は、とても正気には見えなかった。
魔術師はヤベー奴しかいないわけではないですが『暗礁』はヤベー奴です。