TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

29 / 112
日常と備えは混じり合う

「これは、また。面倒なことになったなぁ」

 

彼の執務室。貴族にしては質素なそこで、ニェークは呑気な声を上げた。

読んでいたのは、『鏡像』の魔術師からの書簡。びっしりと書き込まれた文章を、嫌そうに眺めている。

 

「『暗礁』の魔術師、リグ・フォーセルか・・・・・・魔術師が二つ名以外の名前を明かすのは珍しいし、何より『暗礁』は死んだはず。それで、えぇと・・・・・・ふぅむ、肉体に別の魂が入っている可能性、ね」

 

故に、リグ・フォーセルという人物を過去を遡って探してくれ。書簡にはそういった旨のことが書いてあった。しかし、ニェークは別のことを気にしている。文章の端々から伝わってくる、『鏡像』の魔術師の怒りだ。

 

「よくないなぁ、これはよくない。感情に振り回されると、碌な結末にならないんだよ。彼女も、自覚しているはずだけど」

 

ニェークにとって、『鏡像』は有用な駒であると同時に戦友に近い感覚を覚えている。怒りに任せて進めば、待っているのは破滅。彼女に、そんな終わりをしてほしくはなかった。

 

「・・・・・・しょうがない。適当に危急の用事をでっちあげて、戻ってきてもらおう。憎まれてこその貴族ってね」

 

肩をすくめて羽ペンを取り、ニェークは慣れた手つきで文字を書いていく。スムーズな動きと軽薄な雰囲気とは裏腹に、彼の思考は迅速に回っていた。

 

「さて、後は隠れ里の件か。軍隊は動かせないし、傭兵や冒険者じゃあ信用に欠ける。うーん、悩ましい話だなぁ」

 

ぼやきつつも、ペンの動きは一切緩まない。流麗に『鏡像』への帰還要請、しかも内容は大嘘なそれを書き上げながら、独り言を呟き続ける。

 

「『水禍』の魔術師も怪しげだけど、ふぅーむ・・・・・・まぁ、私に出来ることは少ないけど、打てる手は打っておかないとね。ラソン君の要請を受け入れつつ、あぁそうだ、一応連絡しておこうかな」

 

彼は頷き、あっという間に書き上げた書簡を乾かす間に、別の書類に手を出した。その表情は、どこか楽しげにさえ見える。

 

「うねり始めた状況で、私の使命はなんなのか。ふふ、本当に面倒なことになってきたぞぅ」

 

 

 

 

 

 

「すんません、こっちにもお願いします!」

 

朴訥な声に、『水禍』は頷き無造作に杖を振るった。放たれた水の刃によって、倒れている大木が真っ二つに切り裂かれる。

 

「ありがとうございます!んじゃ、後は俺らで運んでくんで!」

 

「うむ」

 

軽く頷き、大木を担いで運んでいく羊人達を見送る。周囲には多くの木々が転がっており、まるで伐採場のようだ。

 

現在、『水禍』がやっていることは里の周辺の片付けである。彼が行使した大魔術、水天球の被害はとてつもない。特に、流された木々が固まっている場所は結界を張ることが難しいのだ。

 

そう。再び結界を張る前準備として、『水禍』は木々の撤去を行っていた。魔術で木々を切り取り、手伝っている羊人達が木材として里へ運んでいく。酷く地道で、過酷な作業だ。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

馬車に木材を積み、粗雑な道を進んでいく羊人達を見つつ溜め息を吐く。と、残っていた羊人の内の一人が、竹を加工した水筒を差し出してきた。

 

「どうぞ、『水禍』さん。いやぁ、本当に助かってます。魔術ってのは凄いんですねぇ」

 

「当然だ。この程度ならば、どの魔術師でも出来るだろうよ」

 

「はぁ~、そりゃ凄いこって。同族化以外のそういうのを知らんもんで、ありがたい限りでさぁ」

 

周囲は未だに水浸しだが、泥水しかない。わざわざ分離させて飲み水を作る為に魔力を使うのは馬鹿馬鹿しいので、『水禍』は竹の水筒を受け取り、一気に呷る。少々ぬるいが、果汁を混ぜているであろうそれは美味なものだ。

 

「美味いな。何を混ぜてある?」

 

「里の北に、ヒビザクロの木が群生しとりまして。収穫した後乾燥させて、粉状にしちまうんですわ。飯にも飲み物にも便利に使えるもんでして、はい」

 

「成程な」

 

里の羊人達は、『水禍』が思っているより愚鈍ではなかった。しかし、あまりにも警戒心が無さ過ぎる。仮に異形の男がいなかった場合、なんの苦労も無く制圧出来ていただろう。敵であれば容易いが、味方となると不安しかない。戦力としては数えられないだろう。

 

「『水禍』さーん、こっちも頼んます!」

 

声の方に目を向けると、土砂と木々が折り重なる場所が見えた。これは少々厄介だと思いつつ、『水禍』は声を上げる。

 

「いいだろう。お前たち、しばらく下がっていろ」

 

魔力を練り込み、術式を組み上げる。今まで幾度もやってきた魔術行使をしながら、彼は妙な気分になっていた。無知故に、羊人達は自分を頼り、慕っている。もし、自分が過去にやってきたことを知れば、震えあがり逃げ出すだろう。嗜虐的な思考すら思い浮かぶ程に、隠れ里の住人は純朴だった。

 

「ふん」

 

鼻を鳴らす。恐れられないことに対する安堵と不安。そして、彼らに対する苛立ちに似た感情。湧き上がる感情を冷静に受け止め、『水禍』は微かに頷いて呟く。

 

「無知なるは、罪か否か。私の知ったことでは無いがな」

 

水の鎖を巧みに操り、土砂と木々を丁寧に分けながら。彼は、隠れ里の善悪に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

「チ、チチチチチッ・・・・・」

 

力無く笑い声を上げたカロロは、テーブルに突っ伏しプルプルと震えていた。普段の快活さが感じられない疲れ切った様子に、オーギスが心配そうに訊ねる。

 

「おい、大丈夫かカロロさん。なんか随分疲弊してるが」

 

「も、問題ありませんとも・・・・・・!ワタクシは青空の騎士、この程度では・・・・・・ヂヂィ・・・・・・」

 

「まーまー、とりあえずは飲みましょ!あとミュリアちゃんグロムちゃんは元気です?」

 

へたってるカロロが呻く横で、イニマがエールのジョッキを差し出した。受け取る気力も無い彼の様子に、チャロはそっとマントをかける。

 

「今は休んでください、カロロ様。眠ったら寝室に連れていくので」

 

───カロロがここまで消耗しているのには理由がある。隠れ里と城塞都市エリンドの間で情報をやり取りするには、本来徒歩で10日以上かかる道を踏破しなければならない。しかし、カロロであれば往復しても5日以内で事足りる。そこで、書簡の運び手として立候補したのだが・・・・・・。

 

「ぢ、ヂヂヂッ・・・・・・大空を駆けることこそ雀人の喜び・・・・・・だというのにこの体たらくとは、情けない限りですとも・・・・・・」

 

連日連夜飛び続けるのは、いかに歴戦の冒険者であるカロロでも過酷な日々だった。都市側の書簡が準備される間、彼は以前泊まった宿屋で休息を取ることにする。そこでたまたまオーギス達三人組の冒険者と出会い、そして。

 

「ヂスピー・・・・・・ヂスピー・・・・・・」

 

独特な寝息をしながら、カロロはベッドで爆睡していた。あの後、気合と根性でエールを飲み干し、軽食を腹に収めた途端力尽きるように眠りについたのだ。彼をベッドまで運んだ三人の冒険者は、その様子を心配そうに眺めている。

 

「・・・・・・大丈夫かな、カロロ様。あんなに疲れ切ってるのは、初めて見る」

 

部屋を出た後、ぽつりとチャロが呟いた。

 

「まぁ、そうさなぁ。つっても、私達に出来ることも無いだろうからな。カロロさんがここまで無理してるのは、アレだ。羊の亜人の隠れ里の件だろうし」

 

「えー?リーダー、私達も手伝いましょうよ!あんなふわふわな娘達が大変なことになってるんですし、手を差し伸べるのが義務ですって!」

 

「いや、待てイニマ。依頼も何も出てないのにわざわざ里に向かったら、確実に疑われる。いくら知り合いだとしても、損得無視した善意なんぞ滅多に信用されないもんだ」

 

噛み締めるように言うオーギスに、イニマを頬を膨らませて階段を降りる。明らかに不満そうな様子に、残った二人追いかけながらは溜め息を吐いた。

 

「僕としても、カロロ様の助けになりたいけど・・・・・・クソッ、依頼が出てないってことは秘密裏に進めてるってことだしな」

 

「だなぁ。何か、大っぴらにしたくない事情があるんだろう。一介の冒険者には荷が重い案件だ」

 

彼らがグロム達に好意的なのには、それぞれの理由がある。イニマは可愛いものに目が無く、純粋にミュリアやグロムを守りたい為。チャロは憧れの鳥人であるカロロの助けになりたい為。そしてオーギスは、

 

「だが、うぅむ・・・・・・。これだけの大金貰っておいて、はいそうですかと苦境を見逃すってのもなぁ・・・・・・」

 

金貨15枚で売れた織物を貰った負い目の為だった。元々零細冒険者だったオーギスは、イニマやチャロと組む前は明日の飯にも困る有様で、自身の実力の無さもあって薬草採取やドブさらいでなんとか生計を立てていたのである。今でこそ経験を生かして三人の内のリーダ格として振る舞っているが、底辺の貧しさを知る者として、大金の恩は忘れがたいものだ。

 

テーブルに戻った三人は、これからどうするかを話し合う。それ程長くない議論の末、カロロ本人に協力したいと申し出ると決まった。そこで断られたら、別の手段を考えればいい。

 

「私は断られても向かいますよ!お金自体はいっぱい貰ったし、しばらくは働かなくても生きてけるし!だったらやりたいことをやらなきゃ!」

 

「イニマ、お前な・・・・・・いや、いいか」

 

これほど単純に生きられたら、どれほど気楽だろう。仲間のことを眩しそうに見つめながら、オーギスは気付かれぬように溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

カン、カン、カン。鉄を打つ音が鍛冶場に響き渡る。灼熱の暑さの中、異形は全身から汗を噴き出しながら飛び筒造りに励んでいた。

 

鍛冶場の中には、他に誰もいない。鍛冶場の主であるマノルギに頼み、人払いをしてもらっているからだ。飛び筒の製法は、誰にも知られたくない。

 

「・・・・・・ふぅ」

 

顔面が灼けるような熱気に、たまらず異形は作業を区切る。元より、新たな飛び筒を造るのは数十年振りだ。感覚を取り戻す為には、数をこなすしかないだろう。幸い、小屋の地下から引っ張り出してきた鍛冶道具の状態は良好だ。しかし、精神的には決して良好とは言えない。

 

本来、これ以上飛び筒を造る気は無かった。だが、先日の戦闘で手持ちの飛び筒が、半分以上修理すら出来ない状態になってしまったのも事実。そして、里を守る為には可能な限り多くの飛び筒が必要だという意見も正論だ。異形もそれは分かっている。

 

「どこに、比重を置くべきか」

 

もこもこのタオルで体を拭きつつ呟いた。里を守る為には飛び筒を増やしたいが、王国や共和国に目を付けられない為には出来るだけ少数にしたい。あるいは、共和国の貴族にバレている時点で手遅れなのかもしれないが。だからといって、死者を減らす努力を怠りたくはなかった。

 

異形は知っている。飛び筒のようなものが広まれば、確実に戦争が激化すると。魔術師も災厄のような存在だが、あれは個人の能力によるものだ。才無き者でも戦力にし得る飛び筒は、国民の多くを兵隊に変えてしまう。戦線へ向かう人数は増え、死傷率も跳ね上がってしまう。実際にそうなるとは限らないが、異形はそう信じ込んでいた。

 

もはや強迫観念に近いその思想は、心の奥底にこびりついている。何故か。それは、異形の出生が特殊だからに他ならない。ずっと前、百年以上昔のことを、彼は未だに覚えている。焦げ付いて霞みがかった、古い古い記憶。

 

「・・・・・・いや」

 

過去を思い返し、郷愁に浸る時間は無い。異形はもこもこのタオルで強く顔を拭き、前を見据えた。煌々と照っている炉は、彼を待ち構えているかのようだ。

 

「やるべきことを、やる。それしかないんだ」

 

決意を秘めた呟きを漏らし、異形は作業を再開する。隣人と、可能な限りの命を守る為に。




生存戦略、しましょうか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。