「今から80年くらい前に、私達の隠れ里に来て。それから、周りの野生動物や密猟しようとする人を倒したり追い払ったりしてくれてるんですよ」
ミュリアちゃんは気軽に言う。尊敬はあるが、畏敬は感じられない口調だ。
神様、ねぇ。共和国では、各々が各々の神を信仰している。千差万別な神がいると信じられていて、教えの違いで争いになることも少なくない。対する王国は一神教だ。絶対神以外の神は存在しないという考え方。かくいう俺は、そこまで信心深いわけじゃない。
昔、神の声が聞こえるとのたまう神官が、その力を借りて傷を癒すのは何度か見たことがある。だが、神様そのものを見たことは今まで無い。俺の疑わしげな視線を煩わしいと思ったのか、「守り神様」は唸るような音を出しつつ口を開いた。
「違う。何度も、言っている。神では、ない。勝手に言ってくる、だけだ」
「そんなぁ。ずっと前にご先祖様たちとお話したんですよね?どう呼べばいいか分からないから、勇者様か、英雄様か、守り神様か。どんな呼び方がいいかって」
「うるさい。どれも、断った」
ふむ。どうやら本当の神ではないらしい。それに、ミュリアちゃんとの会話を聞く限り中々愛嬌のある奴のようだ。
「成程、分かった。羊の亜人達にとっては里を守ってくれる、まさに守り神ってわけだ。それで、俺はあんたをどう呼べばいい?神様呼ばわりが嫌なら、名前を教えてくれよ」
「・・・・・・名は、無い。忘れた」
俺の質問に、守り神は鬱陶しげに答える。嘘ではないように思えるが、いかんせん姿が人間とかけ離れ過ぎていて内心を読み切れない。と、
「あ、そうだ!あなたの名前、聞くの忘れてました!」
ミュリアちゃんがハッとしながら俺を指差す。しまった、寝ぼけてるな。
「悪い、悪い。命の恩人に、礼を欠いてたな。俺はグロム。流れの傭兵だよ」
「グロムさん。いい名前ですね!私、里の皆にグロムさんが起きたこと知らせてきます!」
言うが早いか、ミュリアちゃんはすぐさま小屋を飛び出していってしまった。残された俺、そして名無しの守り神。気まずいような沈黙の中、名無しの作業音がかちゃかちゃと響く。
「・・・・・・まぁ、名無し殿と呼ばせてもらうわ。それで、名無し殿は魔術師か何かかい?森の中に転がってた死体、全部あんたの仕業だろ?」
俺は、血生臭い話題を出して反応を見てみることにした。特段変わった様子も無く、名無し殿は頷く。
「それが、どうした?」
「いや、どうにも気になってね。魔術師なんて、戦場以外じゃ片手で足りるくらいしか会ったことが無い。それも、あんたが持っている杖は、魔術の触媒に使うには長すぎる」
そう、それが気になっていた。魔術師というのは、本来才能あるものが数十年の師事を経てなれるもの・・・・・・らしい。当然数は少なく、その大部分は国家が保護、管理している。見習いや落伍者など、魔術を極めるに至らなかった者は多いが、国に認められた魔術師は大陸全体で百人もいればいい方だろう。
「目の前で、兵士の頭を吹き飛ばされたから分かる。魔術だとしたら相当の腕前だ。弓や弩の線も考えたが、俺には矢が頭に当たったようには見えなかった。で、まぁ、気になってるってわけさ」
一度、殺されかかっている相手だ。探りを入れて見極めるに越したことはない。伺うような目つきで名無し殿の顔を眺めるが、感情を読み取ることは出来なかった。ややあって、名無し殿はぽつりと零す。
「杖では、無い。筒だ」
「筒?」
俺の疑問に答えるように、名無し殿は杖を持ち上げ、こちらへと向けた。確かに、中が空洞になっているようだ。
「魔力を、爆発させる。筒の中、鉄の弾を飛ばす。飛び筒、という」
その説明に、俺はふと思い出した。確か、今から20年かそこら前だったか。誰にでも使え、魔術を放てる杖の開発が王国内で進んでいるという噂があった気がする。あくまで噂で、戦場でお目見えすることはついぞ無かったけども。
「飛び筒、ねぇ。昔似たようなもの噂を聞いたけど、本当に存在してるとは。世界は広いのか狭いのか、分からんもんだね」
よく見れば、小屋の壁には似たような杖・・・・・・飛び筒が、沢山立てかけられていた。短いものは鍋をかき混ぜる匙程度のものから、大きいものは丸太の如きものまで。多種多様な飛び筒が並んでいる。
「・・・・・・グロム、だったか。あまり、聞くな。呪われるぞ」
部屋を見回していた俺に対し、不意に名無し殿が言ってくる。随分と不吉な言い回しだ。呪われる、と来たか。何やら事情を隠しているようだが、不況を買ってまで詮索するつもりは無い。これくらいにしておこう。
「そう言われちゃあ、引き下がるしか無いなぁ。それに、こんな姿になっちまったからには傭兵稼業に戻るのも難しいだろうし。しばらくは、ここで厄介になりたいんだが、どうかな?」
そう訊ねると、名無し殿は露骨に嫌そうな顔をした。異相だというのに感情が伝わってくるということは、相当嫌なのだろう。
「ミュリアに、聞け。ここには、泊められん」
「そうかい、残念だ。まぁ、そのミュリアちゃんが戻ってくるまではのんびりさせてもらうよ」
さらりと返事を返し、俺は再びベッドに寝転がる。亜人達の羊毛を使っているのか、やはりもこもこでふわふわだ。彼女が戻ってくるまで、俺はこの心地いい感触に包まれていることにした。
それから。ミュリアちゃん及び隠れ里の人達は、俺がしばらく厄介になることを歓迎してくれた。というか、大歓迎だった。
「いやぁ、めでたいですなぁ。この数百年、秘術によって迎え入れられる者はとんとおりませんでした。それがまさか、このように可愛らしくなってしまうとは!」
「いや、まぁ・・・・・・ははは」
里長らしき長角の老人は、そう言って俺に酌をしてくる。今の見た目が見た目なので、酒では無く果実のジュースだ。ちらりと横に座っているミュリアを見ると、彼女は曖昧に笑っていた。
同族化の秘術をかけるということは、夫婦の契りを交わすことと同義らしい。最初、ミュリアちゃんが隠れ里に瀕死の俺を運んできた時は大層驚いたそうだが、名無し殿のとりなしもあって受け入れた、とのこと。ちなみにミュリアちゃんも名無し殿も、古い慣習である「同族化=夫婦の契り」のことは知らなかったそうな。
「さぁさぁ!幼き姿になったとはいえ、貴方はミュリアの婿様です!たんとお召し上がりください!」
これは、不味いことになった。里長や他の人々にも、俺が同族化の際に幼女になってしまった理由は分からないそうだが、そんなことはお構いなしに婚約をゴリ押ししてくる。いや、彼らにとってはゴリ押ししているという感覚は無いのだろう。純粋に、祝福してくれているだけなのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・!私、おばあちゃんの話を聞いてるといつも眠くなっちゃって・・・・・・多分、それで聞き逃してたんだと思います」
周りに気付かれぬよう耳打ちしてくるミュリアちゃん。心底申し訳なさそうな顔を見てしまえば、怒るに怒れない。
「まぁ・・・・・・うむ。幸い俺は独り身だからね、問題は無いんだが。ミュリアちゃんこそ、大丈夫かい?今はこんなとはいえ、元はむさくるしいおじさんだよ?」
「それは、えっと。私、恋とか愛とか、よく分からないんです。グロムさんのことは好きですよ?私を助けようとしてくれましたし。守り神様や、里の皆も好きです。でも、お父さんとお母さんの間にあるものとは、ちょっと違う気がして」
戸惑ったような返事に、俺は優しくミュリアちゃんの頭を撫でる。聡くて、誠実な子だ。相変わらずふわふわの髪の毛の感触を味わいながら、俺はにこりと微笑んだ。
「うん、そうか。なら、今は友達ってことでどうだい?俺も所帯を持ったことが無いから、夫婦ってのはよう分からん。ミュリアちゃんがよけりゃあ、友達から始めようや」
「は、はい!」
つられたように笑うミュリアちゃんを見つめながら、思う。死にかけて、羊の亜人、それも幼女になってしまったと思ったら今度は嫁取りか。戦場での大敗からまだ数日だというのに、あまりにも目まぐるしい。俺たちを祝う喧騒の中、ミュリアちゃんの羊毛の感触を楽しみつつ、俺は気付かれぬように苦笑した。こりゃ、別の意味で年貢の納め時かもな。
結婚させたのは趣味です。