TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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千客万来

「ふぅーむ・・・・・・」

 

目の前に広がった地図を眺めながら、俺は悩んでいた。地図に描かれているのは、『水禍』から聞き出したラオ要塞の見取り図だ。全てが詳細に記されているわけではないが、全体を把握するには丁度いい。が、しかし。

 

「こいつは、どうにも堅牢だな」

 

今までもいくつか要塞を見たことはあるし、なんなら攻略したり防衛した経験もある。その俺から見て、ラオ要塞は相当巧みに建設されていることが分かった。

 

まず、ラオ要塞は小高い丘陵に沿って建てられている。丘陵を避けるように街道が繋がっていることから、大軍を迎撃するには最適だ。さらに複数の支城を備えつつも、ラオ要塞には二重の防壁が築かれている。いわば要塞自体が二重丸に囲まれているようなものだ。本来、これほど規模が大きな要塞は、エリンドのように城塞都市として機能してもおかしくない。だが、『水禍』の話では内部の造りも戦闘用に特化している、とのこと。

 

都市としての営みが無いということは、それだけ物資の輸送や兵士の士気を維持するのが難しいはず。しかし、建設以来危機に陥ったことは一度も無く、都合4度共和国の侵攻を撃退しているそうだ。考えれば考える程隙が無い。正攻法は、大軍で包囲し干上がらせることだとは思うが。そんなことをすれば後方からの増援とラオ要塞に挟み撃ちにされるし、そもそも大軍など動員したくても出来ない。必然、兵法の常道から外れた奇策を思いつくしかないわけだ。

 

「そういうのは、後方の参謀殿の役割じゃないのかねぇ」

 

長年戦場で生き延びてきた自負はあるが、まともな軍学を学んだことは無い。付け焼刃、にわか仕込みの生兵法。まぁ、生き永らえることにかけちゃあそれなりの自信はあるけども、今回の場合役には立たんよな。だからといって、今の俺じゃあ自分で戦うことも出来ない。さぁて、再びの正念場だぞこいつぁ。

 

まず、思いつくのは『水禍』のあの魔術で、要塞ごと一撃で粉砕することだ。しかし、その希望は先日否定されてしまった。

 

「私の大魔術・・・・・・水天球は、雨が降っている時にしか使えん。そして、そのことをシリュートは知っている。空模様が怪しくなった時点で、充分に警戒されるだろう。そうでなくとも、霧を発生させる魔術などで視界を遮らねば準備段階でバレてしまうのだ。霧が出た時点で、空模様と一緒に警戒される。私の魔術、その要旨が筒抜けの時点で要塞攻めに使うのは難しいと言わざるを得ない。・・・・・・すまん。これに関しては、間違い無く私の実力不足だ」

 

わざわざ手の内を晒してまで謝る『水禍』に、流石に責めることは出来なかった。となると、選択肢は二つ。『水禍』の大魔術を無理にでも通す為に、なんらかの策を講じるか。あるいは、それ以外の策を練るか。まずは、それを決めた方がいいだろう。

 

「・・・・・・いや、違うな」

 

そもそもの話、隠れ里の脅威として立ち塞がっているのはラオ要塞ではない。いや、いずれ脅威になるかもしれないが、喫緊の問題はシリュートという司令官だ。暗殺。その方法が、頭に思い浮かぶ。

 

何らかの方法で以て司令官であるシリュートのみを捕獲、あるいは殺害する。これも困難だとは思うが、ラオ要塞を攻略するよりは可能性がある気がした。まぁ、外道の方法ではあるんだが。

 

しかし、どうする?ラオ要請へ潜入しての暗殺は無理筋だ。さりとて要塞から引きずり出そうとしても、その方法が思い至らない。『水禍』から聞く限り、用心深い男のようだからな。下手な策は逆効果になるだろう。

 

「滅多なことじゃあ、外壁に来ることすら無さそうだ。飛び筒での狙い撃ちは難しい、か」

 

用心深い司令官を、こちらが狙える場所まで引きずり出す。もしくは、ラオ要塞への潜入からの暗殺という無理筋を通す。いやぁ、こりゃ面倒だ。考えれば考える程ドツボにハマっている気がしちまう。一人でうんうん唸ってても大した策は出ないってのも当然か。

 

気分転換をしよう。こういう時は、飛び筒の修練に励むのが丁度いい。最近は地図を前にうんうん唸り、結果上手い策が思いつかずに飛び筒の習熟に逃げる毎日だ。ええい、己の才無しが恨めしいな。と、どこかの手伝いに出かけていたミュリアちゃんが慌てた様子で駆け込んできた。

 

「ぐ、グロムさん!大変です!ま、魔物が出たみたいで!」

 

・・・・・・千客万来だな。勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

俺が外で作業中だった羊人に案内され現場に駆け付けた時には、既に『水禍』とカロロが全ての魔物を撃退していた。蛇のような魔物の死体が10匹以上転がっていることから、結構な規模だったようだ。

 

「二人とも助かった。状況は?」

 

「おぉグロム!数日振りですなぁ、無論問題ありませんでしたとも!」

 

「恐らく種類はマッドサーペントだが断定は出来ん。12匹いたようだが、後方の二匹はあえて逃がした。今、探知と追尾の魔術で追っている」

 

エリンドから帰ってきたばかりのはずのカロロは元気そうにこちらに手を振り、『水禍』は的確な状況分析をしている。水と油のような二人だが、戦闘に問題は無かったようだ。

 

「マッドサーペント?生息地とは随分離れてるはずだが・・・・・・いや、間違いねぇな」

 

転がっている死体を確認すると、ざらざらとした特徴的な鱗があるのが分かる。雨季と乾季の差が激しい場所に生息するマッドサーペントは、この鱗で保水性を上げているらしい。実際に戦ったことは無いが、素材としての知識はあった。

 

「しかし、随分と太いな・・・・・・かなりの大物だぞ、これは」

 

「作りかけの結界に反応したのは僥倖だった。作業中の羊人を守りつつの乱戦では、最悪死者が出ていただろう」

 

「チチチッ!しかし驚きましたぞ『水禍』殿!碌な索敵もせず自ら突っ込むとは!まぁワタクシの性には合っていますが!」

 

「・・・・・・危急だったからな、当然の判断だろう」

 

そっぽを向く『水禍』をからかいつつ、カロロはくるりとこちらを向いて俺を見据えた。

 

「それで、出来れば守り神殿に伺いたいのです!この辺りに出没する魔物の種類や数、特徴などを!今、どこにおられますか?」

 

「あー、そうだな・・・・・・。多分、今日も鍛冶場にいるはずだ。頼めるか?」

 

「お任せあれ!」

 

カロロはすぐさま飛び立ち、あっという間に姿が小さくなっていく。異形の旦那への報告は任せるとして、俺はマッドサーペントの死体を慎重に観察した。何か、違和感があるような・・・・・・。

 

「『水禍』殿。何か、引っかかるような気がするんだが・・・・・・そっちは何か感じたかい?」

 

「・・・・・・ふむ。所感だが、襲い掛かってくる時の動きが妙だったな」

 

「動き?」

 

「あぁ。マッドサーペントは群れで狩りをすることもある。その際は巧みな連携を発揮するとされているが・・・・・・そのようなものは、特に感じられなかった。なんと言えばいいのか、酷く直情的な感覚を覚えたな」

 

「直情的、か・・・・・・」

 

その返答に、俺は何かが閃きかけた感じがした。本来ならこの地域に存在しない魔物が、今になって現れた。直情的な、合理的ではない動き。本来とは違う魔物?クソ、喉の辺りまで出てる気がするんだが・・・・・・!と、

 

「・・・・・・これは。ちっ」

 

舌打ちを一つして、『水禍』は杖を一振りした。苦々しげな表情を浮かべながら呟く。

 

「追跡していたマッドサーペント・・・・・・真っすぐに王国との国境線に向かっている。明らかになんらかの意思を持った動きだ。通常の魔物では考えられん」

 

その言葉に、気付いた。もしかすると、これは・・・・・・。

 

「昇魂薬、か?」

 

違ってほしい。ただでさえ現状で手一杯だというのに、さらに昇魂薬だのが絡んできたらもう手に負えん。しかし、可能性としてはあり得る。・・・・・・こりゃ、確かめるしかないか。

 

「『水禍』殿、一つ可能性が出てきた。この場は頼む。出来りゃあ、王国に向かってるっつうマッドサーペントを生け捕りにしといてくれ」

 

「ほぅ・・・・・・。いいだろう、やれるだけはやってみせよう」

 

『水禍』を置いて、俺は里に戻ろうと急ぐ。素早く走れない今の体を恨みながら、懸念を振り払おうと必死に走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの・・・・・・こんなナリで入ってもいいんですか?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ。ささ、こちらへ」

 

年配のメイドに先導されながら、オーギスは怯えたような様子で周囲を見回していた。彼にとっては荘厳とさえ思える廊下には、品のいい調度品が並んでいる。飾られている絵画は、教会の祭壇絵くらいしか見たことの無いオーギスには、何が描いてあるかさえよく分からない。

 

「緊張し過ぎですって、リーダー!私達は呼ばれた側、言っちゃえばお客さんなんですから!堂々としてましょう!」

 

「いや、そうは言ってもだな・・・・・・」

 

「イニマ、少し静かにしろって。この中で一番無礼を働きそうなのはお前なんだから」

 

そう言うチャロも緊張しているようで、背中の羽根がもぞもぞと動いている。普段通りなのはイニマだけだ。

 

オーギス達冒険者三人は、現在とある貴族の屋敷に招待されていた。カロロに協力を申し出た後、彼は話を通してみると言って飛び立っていった。その数日後、格式高い招待状が届いてしまったのである。内容は、実力や信用出来るかを確認出来るかを知りたいので屋敷内で会ってほしい、というもの。

 

「な、なんでこんなことに」

 

弱音を吐くオーギスだが、招待状に従ってこの屋敷を訊ねることを決めたのは彼自身だ。グロム達に恩を返したいという気持ちと同時に、貴族とパイプが持てればという浅ましい考えもあったのだが・・・・・・実際に屋敷を訪れたところで、怖気づいてしまったらしい。

 

「こちら、応接間となります。どうぞお入りください」

 

メイドに通された部屋は、そこもオーギスにとっては豪奢な場所だった。他の貴族の屋敷に比べれば落ち着いた内装のはずだが、貧乏暮らしが続いていたオーギスには刺激的過ぎるようだ。

 

「はぁぁぁ・・・・・・!」

 

「リーダーにこんな弱点があるなんて初めて知ったよ。あ、このクッキーおいしー!」

 

「頼むから正気に戻ってくれリーダー。僕やイニマじゃ、貴族相手に交渉なんて出来ないんだから。リーダーだけが頼りなんだ」

 

「ぐ・・・・・・そんなこと言ったってなぁ、お貴族様と面向かって交渉なんて私にも経験無いんだぞ?」

 

「じゃあ、僕かイニマに任せる?」

 

その言葉に、オーギスは口ごもってしまう。チャロは口下手で、イニマはいい意味でも悪い意味でも奔放だ。となれば、貴族相手に穏当に会話するには自分しかいない。すなわち、三人の生命線は自分が担っているのだ。

 

「・・・・・・いや。曲がりなりにもお前たちのリーダー張ってるんだ、ここで踏ん張らないとな」

 

オーギスは覚悟を決める。自身とて百戦錬磨の冒険者だ、仲間を守る為なら渾身の力を振り絞ろう。大仰な思考をしながらも己を奮い立たせた彼は、その内応接間に来るであろう相手を待ち構えていたのだが・・・・・・。

 

「やぁやぁ初めまして、冒険者さん達!私はニェーク。ニェーク・ラグロ・フィズ・エリンドだ。カロロ君たちに協力したいんだって?大歓迎だとも!」

 

「あ、っす・・・・・・」

 

やってきたのは、酷く気さくな人間だった。身なりこそ整っているものの、態度がやけに軽い。どう返事をすればいいか分からず、声が出ないオーギス。イニマとチャロに肘でつつかれ、どうにか我に返った。

 

「こ、こちらこそありがとうございます。このような機会をお与えいただいて。私はオーギス、こちらはイニマとチャロ。しがない冒険者です」

 

「そう固くならないで構わないよ。僕と君たちは、あくまで依頼人と冒険者の関係だ。権力を振りかざすのは嫌いじゃないけど、今はそういう場面でもないしね」

 

にこやかな表情で語るニェークは、慣れた動きでソファへと腰を落とす。未だに立ったままの三人を見つめながら、楽しそうに言い放った。

 

「さて。それじゃあ、お仕事の話をしようか」

 

「は、はい。あーっと、カロロさんに協力・・・・・・というか、恩を返したいんですな、俺は。こっちの二人もそれぞれに理由があって、あの亜人の嬢ちゃんの協力したいってことでして」

 

「はいはーい!私はグロムちゃんとミュリアちゃんが大好きだから!あんな可愛い娘達が困ってたら助けるのはジョーシキですよね!」

 

「僕は、カロロ様にずっと憧れていて。あの人のお役に立てるなら、なんでもする」

 

「成程、成程。まぁ、安心してくれ。君たちのことは少し調べたけど、怪しい経歴は見当たらなかった。こっちとしても人手不足でねぇ、信用出来る人材は大歓迎なんだよ」

 

上機嫌で言いつつ、ニェークはメイドから紙束を受け取り、オーギス達に差し出す。慇懃な文章で書かれたそれは、どうやら誓約書のようだ。

 

「あくまで儀礼的なものだけど、これにサインしてくれるかな?そうすれば、詳細をお話ししよう。彼らがどんな状況にいるのかをね」

 

「はーい!えっと・・・・・・」

 

「ちょ、待て待てイニマ。目も通さずにサインする奴があるか。すみません、確認させてもらっても?」

 

「うん、当然の判断だね。しっかり目を通してくれ」

 

オーギスは目を皿のようにして文章を確認する。書いてあることは、よくある他言無用の約束事のようだ。依頼中に知ったことを決して他人に漏らしてはならない。そういった類のことが仰々しく書かれている。

 

「・・・・・・特に、変な所は無いか。サインは一括でも?」

 

「いや、それぞれ一人ずつで頼むよ。君たちのことを疑うわけではないけどね」

 

「分かりました。イニマ、チャロ。一応私が確認した限りでは変な様子は無いが、それでもこの件に首を突っ込むのは自己判断だ。もし嫌なら」

 

「ぞれを言うならここに来る前だろ。僕はとっくに覚悟を決めてる」

 

「そーですよリーダー!理由は違っても私達仲間じゃないですか!今回も一緒に頑張りましょう!」

 

「お前たち・・・・・・」

 

こんな状況でも普段の態度を崩さない二人に、オーギスは少し驚いた後で苦笑を浮かべた。そうだ、今まで窮地を共に乗り越えていた仲間はこういう者達だった。杞憂だったと頷きながら、ニェークの方に目を向ける。

 

「それじゃあ、サインさせてもらいます」

 

「うん。よろしく頼むよ、オーギス」

 

こうして、オーギス達三人の冒険者は誓約書にサインをした。これがグロム達の状況にどう影響するのか、今はまだ、誰にも分からない。




マッドサーペントは魔物ですが、丁寧に処理すれば中々に美味しいので珍味として流通しています。瘴気やエグみ、灰汁を取る為に十時間以上煮込まないといけないので根気がいりますね。残念ながら里では食べません。
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