「ここが、隠れ里か」
馬車に揺られること六日程。『鏡像』の魔術師は、隠れ里の風景を見ながら呟いた。羊の亜人や視察団の人間が忙しなく動いている様は、しかし彼女にしてみればのどかに見えるのだろう。馬車から降りながら、ゆっくりと伸びをする。
「んーっ・・・・・・。あぁ、二人とも、護衛お疲れ様。私は馬車を繰ることは出来ないからね、助かったよ」
「そりゃ、どうも。私らとしても助かりました、まさか『鏡像』の魔術師と旅路を共に出来るとは」
「うんうん!それに、『鏡像』さん凄い美人さんなんだもん!可愛い系とはちょっと外れるけど、私的には全然アリですよ!」
御者台に座っている二人は、オーギスとイニマ。飛んで先行したチャロの後を追いつつ、ニェーク伯爵の依頼で『鏡像』の護衛を任されていたのだ。彼らは馬車が邪魔にならないよう、別の場所に停める為に移動していく。
「では、また後で」
「あぁ。・・・・・・さて、と」
ぐるりと辺りを見渡した『鏡像』は、駆け寄ってくる人物に気付いた。見知った顔。ニェーク伯爵の懐刀、ラソンだ。
「よくぞおいでくださいました、『鏡像』の魔術師様。早速ですが、こちらです」
「久しぶりだね。獲物はまだ、生きてるかい?」
「かなり衰弱しておりますが、なんとか。あと数日も持たないでしょうが」
「構わない、それだけあれば十分さ。それと、私以外の魔術師が二人いるようだが、そいつらの見解は?」
『鏡像』の質問に、ラソンは早足で歩きながら彼女に羊皮紙を渡す。
「彼らが纏めた資料があります。ですが、彼らも原因を掴み切れていないようです。魔力の質が妙だとか」
「確認しよう」
ラソンの歩調にやや駆け足になりながらも、『鏡像』は羊皮紙に目を通す。対象はマッドサーペント。この地域での目撃情報はここ80年無し。通常よりも大型かつ狂暴。内臓器官に異常は見られないが、体内に魔石は生成されていない。彼女は様々な情報を頭に叩き込み、思考を高速で組み上げていった。
「現場に魔術師たちは呼んでいるかな?」
「『鏡像』殿の到着と同時に呼びましたので、現場で合流出来るはずです。別件に当たっている最中なので、少々遅れるかもしれませんが」
ラソンの返答に頷きを返し、再び羊皮紙に目を走らせていく。ここを攻め入った本人である『水禍』に、里の守り神と言われる異形の存在。ニェーク伯爵から聞いていた話の割には、その資料は理路整然とした纏め方をしているように感じた。相応に、優秀な魔術師なのだろう。会えば分かることだ。そう割り切って、『鏡像』は殆ど駆けるようにラソンについていった。
里の一角。かつて『水禍』が閉じ込められていた小屋の中に、異様な光景が広がっている。
「ぎ、ぁ、しゃぁぁぁぁぁぁ」
か細い鳴き声を上げているそれは、ざらざらした鱗を幾重にも身に纏った、蛇のような魔物。マッドサーペントだ。体の至る所に鎖が巻き付けられ、身動きすることもままならない。
「これか・・・・・・先に始めさせてもらおう」
小屋に入った『鏡像』は特に驚く様子も無く、淡々と呟いて杖で床を叩いた。半透明の魔法陣が浮かび上がり、マッドサーペントを包み込んでいく。
「・・・・・・ふぅむ・・・・・・あぁ、あの記載はこの魔力の性質か。となると・・・・・・」
ラソンは外で待機している為、小屋の中には彼女一人とマッドサーペント一匹だけだ。時折聞こえる鳴き声と『鏡像』の呟きが小屋の中に響き、魔法陣の光に照らされたマッドサーペントが苦しげに身を捩る。と、
「遅れたようだな。『鏡像』の魔術師よ、首尾はどうだ?」
小屋の扉が開き、禿頭の男が入ってきた。屈強な体躯に、杖と服に飾り付けられた水晶。厳めしい顔立ちに、不敵な表情が浮かんでいる。
「あぁ、初めましてだね。君は私を知っているようだが、礼儀として名乗ろう。『鏡像』の魔術師だ。君は、どちら様かな?」
皮肉を込めた挨拶に、男・・・・・・『水禍』は、マッドサーペントに近付きながら口角を吊り上げ答えた。
「『水禍』の魔術師だ。噂はかねがね、『鏡像』殿。よもや、貴族の飼い犬となっていたとは想像もしていなかったが」
「それはこちらの台詞さね。金銭の為だけに動く浅ましい魔術師など、聞いたことも無い。まぁ、いいさ。君にとっては金銭が首輪なんだろう?金貨を投げれば尻尾を振って追いかけるのか、試してみてもいいかい?」
煽り合いながらも、互いに視線は合わせない。マッドサーペントを注視したままだというのに、二人の間に火花が飛んでいるかのようだ。
「はした金だな。そも、金銭による契約はあくまで対等だ。貴様のように飼い慣らされる程、落ちぶれてはおらんよ」
「ははは、走狗と気付かないままに吠えているのか。滑稽を通り越して哀れだね。魔術師の面汚しにも程がある」
「飼い犬からの忠言、痛み入る。成程確かに、飼い主に尻尾を振って褒美を貰う生活は快適そうだ。憧れてしまうな、『鏡像』殿」
罵りに近い言葉の応酬。その激しさに似合わず、『鏡像』と『水禍』の二人は妙に楽しげな表情を浮かべている。やがて言葉が途切れた後、どちらからともなく笑い声が漏れた。
「く、くくく・・・・・・存外に話が分かるじゃあないか、『水禍』殿。初対面の相手にこうまで噛みつくとは、面白い御仁だ」
「ふはっ、それは重畳。最近どうにも気が抜けていたが、やはりこうでなくてはな。改めて、歓迎しよう、『鏡像』殿」
どうやら、先ほどの口喧嘩で何かを理解し合ったようだ。納得したように頷きながら、二人してマッドサーペントを観察している。
「さて、それで本題だけど。こいつらが現れた時の状況に経過を詳しく説明してくれないかい?資料には目を通したが、直接聞けば新しい何かに気付くかもしれない」
「いいだろう。だが、暫し待て。もう一人揃ってからの方が、都合がよいからな」
「あぁ、話には聞いてるよ。なんでも、魔物紛いの身なりをした奴だって。世界は広いものだね」
『鏡像』の言葉に、『水禍』は首を横に振る。否定の意味合いか、そのまま囁くように告げた。
「腕は立つが、厳密には魔術師ではない。二つ名も持ち合わせてはいないようだ」
「へぇ・・・・・・まぁ、最近そういう輩は多いが。この里を守り続けて数十年、里の羊人達からは守り神と呼ばれている、か。てっきり、隠棲した訳ありの魔術師かと思っていたよ」
「見た目こそ奇怪だが、内面はそれほど複雑な奴ではないだろう。我々と違ってな」
『水禍』が目を細めて言った言葉には理由がある。魔術師という存在は多かれ少なかれ、魔道の探求の果てに精神が捻じ曲がった者が非常に多いのだ。元より、魔術以外の全てを切り捨てねば辿り着けぬ茨の道。さらに、余程特別なことが無い限り、魔術師の二つ名とは師事している人物から一子相伝で継承されるものなのだ。つまり、滅多なことでは魔術師の総数は増えず、落伍者や追放者の魔術師もどきだけが増えていく。魔術師を名乗るというのには、それ程の意味が込められているのだ。
「気になるね。魔術師崩れが数十年、この里で何をしていたのか。直接会って・・・・・・おっと」
小屋に近付いてくる重い足音を聞き付け、『鏡像』は口をつぐむ。噂をすれば、もう一人がやってきたようだ。さほど時間はかからず、小屋の扉が開かれる。
「すまん。遅れた。・・・・・・これは、いかんな。中に入れん」
そこに立っていたのは、『鏡像』が想像していた姿に近いおぞましき存在だった。木の洞のような両目に、枯れた巨木のような四肢。胴体は骨格こそ立派なものの瘦せ細り、肋骨が浮き出ている。身をかがめているからか、背中から生える骨張った六本の腕も見えた。異形。まさしくその言葉に相応しい。
しかし。その態度は、なんというか牧歌的なものだった。身をかがめても扉をくぐることが出来ず、困惑した表情を浮かべている。体を横にして入ろうとするが、大きな体躯では小屋に入ることすらままならないようだ。
「・・・・・・。一度、現場を確認するべきだったな。ここに運ばれる前に、マッドサーペント自体の調査はしていたのだが」
言い訳のような言葉に、微妙な沈黙が三人の間に流れる。扉の前で立ち尽くしている異形の姿は、どこか間が抜けていた。
「・・・・・・うむ。いいだろう、そのままでも会話は出来る。『鏡像』殿、彼がもう一人の魔術知識を有する者。里の者からは守り神と称されているが、私は単に異形と呼んでいる」
「ふぅん。まぁ、真の名を明かせないのは魔術師の常、か。『鏡像』の魔術師だ。以後よろしく、異形殿」
「よろしく頼む。このような状況ですまんが、『鏡像』の意見を聞きたい。そこの魔物・・・・・・マッドサーペントが、人間だった可能性はあるのか?」
早速核心を突いてくる異形に、『鏡像』はかぶりを振って答える。
「断定は出来ないな。確かにこの魔物は、肉体の組成からして妙だ。おおよそまともな生まれではない、そのことは確かだよ。だけどね、だからといって人間だという証明にはならない。昇魂薬によって「昇った」奴の可能性は高いが、あくまで高いだけだ。確証を得るには、多少時間がかかる」
「そうか。ならば、そちらは頼む。俺と『水禍』は、他にやるべきことが多い。状況が状況だ、時間が惜しくてな」
そう言って、来たばかりだというのに立ち去ろうとする異形。六本腕の生えた背中を向けたところで、その背に『鏡像』が声をかける。
「待った。時間が惜しいのはその通りだろうけど、その前に確認しておきたいことがある。君、魔術の師はいるのかい?」
その言葉に、異形はぴたりと動きを止めた。
「・・・・・・話す必要が、あるのか?」
「勿論。ここだけの話、昇魂薬を流通させている魔術師の情報を掴んでいてね。あるいは、君の師の関係者かもしれない。だから、教えてくれないか?」
沈黙。背を向けたまま、彫像のように異形は動かない。夕焼け空を飛ぶ鳥が鳴き、それを合図に異形は振り返った。
「ならば、話そう。俺に、師はいない」
「ほぅ。だというのに、結界魔術に魔道具の作成は随分手慣れたものではないか。独学で、あぁはいかんだろう」
『水禍』が口角を上げて訊ねると、異形はじろりと彼を睨みつつも口を開く。
「だが、事実だ。百年以上前、魔術師と戦った。名は確か・・・・・・『無尽』だったか。奴を打ち倒した後、身ぐるみを剥いだ。魔道具に、魔導書、杖も含めてな。俺の魔術は、そこから学んだものだ」
「『無尽』・・・・・・あぁ、古い文献に名が載っているのは見たことがある。確か、王国側の魔術師だったはずだけど。君、過去に何があったんだい?」
「それは言えん。後で俺の小屋に来い。殆ど擦り切れているが、『無尽』の遺品を見せよう」
その言葉を最後に、異形は今度こそ去っていく。露骨に、これ以上話したくない雰囲気を漂わせながら。
「成程ね。確かに、内面が複雑というわけでは無さそうだ。抱えているものは随分と複雑そうだけどね」
「しかし、丁度良かった。私は奴に警戒されていてな、こちらから聞いても答えてくれなかっただろう。『鏡像』殿のおかげで、戦友についてまた一つ知ることが出来たわけだ」
「ふてぶてしいことだ。さて、それじゃあ私達もやるべきことをしようか。こっちの情報が纏まったら連絡させてもらうよ、『水禍』殿」
「あぁ。では、私も失礼させてもらうとしよう」
異形の背中を見送りながら、一人で軍隊を相手に出来ると称される魔術師達は、それぞれに動き出す。夕焼け空が彼らを照らし、まるで血に染まったかのようだった。
魔術師に率直な性格の奴は少ないです。幼少の頃より、師から英才教育という名の地獄のシゴキを受けることが殆どなので、基本人格が歪んでるんですね。