「・・・・・・これで、いけるか?」
練りに練った作戦。それを書き出した羊皮紙とにらめっこしながら、俺は小声で呟いた。
ミュリアちゃんと往来で抱き合い、里中の噂になってから10日以上が経過している。その間に得た情報と、ラオ要塞側の対応推測。そして、協力者達の実力。諸々を鑑みつつどうにか捻り出した作戦は、やはり危険性の高いものになってしまった。一応、不測の事態を想定して何段にも策を積み重ねてはみたのだが・・・・・・。
「こういうの、本職の人は戦の度にやってんのかね。俺としちゃあ、これっきりにしたいもんだ」
愚痴を吐きながら、羊皮紙をどかしてテーブルに突っ伏す。肉体的にはそんなに疲れちゃいないが、頭の疲労は想像以上だ。まぁ、ここ最近ずっと作戦を考えてたからな。それに、この体だときっちり睡眠取らないと眠気がえげつない。以前はろくに眠らず戦場で戦ってたこともあったというのに、弱くなったねぇ。
「お疲れ様です、グロムさん。牛乳を温めたんですが、どうですか?」
「っと、いただくよ。ありがとう、ミュリアちゃん」
湯気が立っているコップをありがたく受け取りつつ、ミルクに口を付ける。うん、まろやかで、ほのかに甘い。里で飼っている数頭の牛と、温めてくれたミュリアちゃんに感謝だな。
「作戦、決まったんですね」
「あぁ、まぁね。とりあえず、明日にでも主要の奴らには共有するが・・・・・・そうだな。他言無用だぜ、ミュリアちゃん」
羊皮紙を差し出されたミュリアちゃんは、きょとんとした顔をしている。少しして、驚いたように慌て出した。
「えっ、あの、私が見てもいいんですか?こういう大事な作戦は知る人が少なければ少ないほどいいって、守り神様が言ってましたけど」
「確かにそうなんだが、皆に共有する前に別の視点の意見も欲しくてね。ミュリアちゃんなら誰かに話すことも無いだろうし、何より聡明だ。俺じゃあ気付けなかった何かに気付けるかもしれない。頼めるかな」
実際、ミュリアちゃんはかなり地頭がいい。知識と経験さえ積めば、俺よりもよっぽど優秀な参謀になるだろう。彼女が参謀にならざるを得ないような未来は絶対にお断りだが。
「は、はい!が、頑張って読みます!」
「そんな気負わんでいいさ。気になった所があったら言ってくれるだけでいい。その間、俺はこのミルクをじっくり味わわせてもらうよ」
真剣な表情でかぶりつつように読み始めた彼女の横顔、それを肴にコップを傾ける。酒じゃあないが、中々乙なもんだ。
さて、俺に出来ることは一通りやった。後はまぁ、思いつく限りのあらゆる神様にでも祈っておこうかね。
「非正規の補給物資、ですか?」
いつもの司令官室で、副官は戸惑いのこもった声を上げた。
「あぁ。と言っても、大したものじゃない。効果切れ間近のポーションだよ。我々の仕事は生傷が絶えないからね、効果切れ間近だとしても問題は無い。それに、引き揚げてきた第三、第四連隊の兵士には後遺症が残りそうな怪我をしている者もいる。その為ならば、身銭を切ることも厭わないよ」
「それならば、通常通りに要塞内に運び込めばいいのでは・・・・・・?何故、要塞の外での引き渡しになったのですか?」
「ははは、何しろ格安で引き取る形だ、あまり帳簿には載せたくないのさ。あらぬ疑いがかかっても困る。無論、購入資金は全て私のポケットマネーだ。私的な買い物という扱いだから、要塞内に迎え入れるのも体裁が悪いのだよ」
「そう、ですか。了解しました。引き渡しの現場で確認をすればいいのですね?」
シリュート司令官の言葉に引っかかるものを感じている副官は、しかしそれを吞み込んで返事をする。彼女の心中を知ってか知らずか、シリュートは穏やかに頷いた。
「あぁ。正確には、臨時の小規模補給部隊に合流してくる隊商がいる。そこで物資の引き渡しを行い、通常の物資として要塞内に運び込むというわけだ。私が信頼出来て、かつ交渉事に向いているのは君くらいだ。よろしく頼むよ。・・・・・・あぁ、あと、もう一つ」
穏やかそうな表情のまま、彼は平然と言い放つ。
「決して、このことは口外しないように。君は真面目な人物だから大丈夫だとは思うが、一応念押ししておこう」
「・・・・・・はっ」
この件は、間違い無く違法な取引だ。今までの経験から直感するも、副官は何も言わずに敬礼した。念押しという言葉からは、詮索すればどうなるか分からないという恐ろしさを感じる。いつものように、粛々と従うのが最善だろう。
副官は司令官室を後にし、離れた後で溜め息を吐く。絶えない気苦労から、彼女は軽い不眠症に陥っていた。と言っても、業務に支障をきたす程ではない。ただでさえ通常の兵士よりも遥かに待遇がいいのだ。割り切らないと。副官は自分に言い聞かせ、第三連隊の宿舎へと向かった。
「チッチチチチ!成程こう来ましたか!流石はグロム、面白い策ではありますなぁ!」
「茶化さんでくれよ、カロロ。というわけで、どうだいお歴々。何か質問があるなら、今の内に言ってくれ」
里から少し離れた森の中。日が沈んだ中俺たちは再び集合し、作戦会議と洒落込んでいた。前回と違うのは、オーギス達三人の冒険者と『鏡像』の魔術師殿がいることだ。皆は切り株を椅子代わりに、ぐるりと円卓のように座っている。
「・・・・・・ふむ。やはり、肝は私と『鏡像』殿か」
「そりゃ、腕利きの魔術師様を遊ばせとく余裕は無いもんでね。存分に活躍してもらうとも」
「はっ、いいだろう。この『水禍』の業、好きに使うがいい」
思っているよりノリノリな『水禍』に続いて、もう一人の魔術師である『鏡像』が口を開いた。
「私も構わないけど、魔力が持つかは少し不安だな。作戦が長時間になると魔術が解けるかもしれない」
「魔石はたっぷりと用意してある。まぁ、『水禍』殿が攻めてきた時の残り物だが。必要な分だけ持ってってくれ」
「なら、問題は無いよ。『鏡像』の名を王国に知らしめてやろうじゃないか」
この手のことに慣れているんだろう、魔術師の二人は心配する必要が無さそうだ。となると、問題は・・・・・・。
「わ、私らがこんな役目でいいんですか!?こいつは、大仕事になるな・・・・・・」
「グロムちゃんに頼まれたんだし頑張るよー!大丈夫、なんだかんだで私達も歴戦の冒険者パーティーですから!」
「僕だけは別行動か。分かってる、全力を尽くして務めを果たす」
冒険者三人組は、ちと不安だ。とはいえ、わざわざ協力してくれる人を逃す程余裕は無い。どうにか、ボロを出さないよう祈っておこう。
「私と視察団は待機、ですか」
「あぁ。里を空にするわけにもいかんし、ラソン殿達も里に随分馴染んでくれてるからな。もし何かあった時は、里の者達の避難を頼む」
「・・・・・・分かりました。誰かがしなければならないことですからね」
最悪、こちらの動きが読まれて里が襲われる可能性もある。保険として、ラソン達視察団は里に待機してもらうことにした。人員的には勿体ないが、今回の作戦は数で押すわけじゃあない。彼らには後方を警戒してもらおう。と、
「グロム。俺は構わんが、お前たちが危険過ぎる。どうにかならんか」
異相を歪めて言う異形の旦那。まぁ、確かに危険ではある。しかし。
「それを言うなら全員が危険だよ。旦那も、俺たちも。だけどさ、ここでビビッて安全策を取って、失敗したら目も当てられない。ずっと一人で守り続けてきたあんたには辛いことだろうが、今回は俺たちにも頼ってくれんか」
「む、ぅ・・・・・・」
旦那は俯いて黙り込んでしまう。が、すぐに顔を上げ俺を見つめてきた。圧の強い視線。
「ならば、俺は俺の役目を全うしよう。それでいいんだな、グロム」
「あぁ。というか、一番危険なのは多分旦那だぜ?だからこそ、あんたに頼むんだが」
少々驚いたが、頷いて返事をする。もう少し説得が必要と思っていたが、旦那にも何か思う所があったようだ。
「任せろ、慣れている。飛び筒も直せたからな」
「頼んだ。今回の作戦の鍵だからな、そこが。さて、相手の出方次第だが、隠れ里から出陣するのはおよそ二日後、移動含めて作戦開始は五日後だ。それまでに作戦で気になることや、欠陥を見つけたりしたら教えてくれや」
全員を見回して、そう告げる。とはいえ、大きな作戦変更は不可能に近い。やれることは、ぶっつけ本番の出たとこ勝負だ。と、今までずっと黙っていたミュリアちゃんが、意を決したように声を上げた。
「あ、あの!皆さん!」
立ち上がりかけていた皆の視線が、ミュリアちゃん一人に集まる。多数の視線に晒されて気圧されたような様子を見せるも、彼女はぐっとこらえて口を開いた。
「み、みんな無事で帰ってきてくださいね!私、ご馳走をいっぱい作って待ってますから!」
その言葉に、緊張していた空気が弛緩した。微笑む者に苦笑する者、ミュリアちゃんに抱き着く者。なんにせよ、いい意味で気の抜けた程よい雰囲気になったな。俺にゃあこういうことをするのは難しいから、ミュリアちゃん様々だ。
その後、俺たちは解散し休息することにした。夕飯後、いつものように俺、ミュリアちゃん、異形の旦那の三人で就寝しつつ思う。作戦まで後二日、万事整えておかないとな。誰一人欠けず、目的を達成する為に。
次回、作戦開始。