TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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ラオ要塞攻略戦・後

「敵は少数だ、圧殺しろ!」

 

シリュートの檄に、兵士たちは一糸乱れぬ動きで答えた。幅広の剣と盾を構え、陣形を崩すこと無く突撃する。対するは、『鏡像』に『水禍』。光弾と水球を放って迎撃しつつ、弾幕を超えてきた者を杖で打ち据えていた。

 

「ええい、キリが無い!」

 

「数が多すぎてシリュートを狙えないねぇこれは!しかも兵士は精強ときた!」

 

背中合わせになりながら会話を交わす魔術師二人。奇襲で仕留められなかった以上、状況は甚だ悪い。こうなった時の為の策は一応あるが、かなりの博打になるのは間違い無かった。

 

「これならどうだ!!」

 

『水禍』はシリュートの上空に水球を生成するが、それを察知した彼は陣形の散開させつつ着弾点から離れてしまった。ここまで冷静かつ的確に指揮されては、司令官であるシリュートを直接狙うことは不可能に近い。

 

「すり潰されるぞ!?何か名案は浮かばんのか『鏡像』!!」

 

「そんなのある訳無いだろう!?クソ、年貢の納め時って奴かねぇ!」

 

窮地に追い詰められている様子の魔術師達を見ながら、シリュートは警戒を解かぬままに息を整えた。このままならば、犠牲が出るものの押し潰すことが出来るだろう。魔術師に対する基本戦術は、圧倒的物量で圧倒することだ。兵数しかり、弓や弩による遠距離攻撃しかり。魔術には詠唱が必要であり、強力な魔術程詠唱が長くなる。その余裕を与えないように波状攻撃を仕掛け、詠唱の間を縫って白兵戦で打ち取るのが正攻法だ。

 

奮戦している二人は、魔術師にしては近接戦闘に長けているようだ。しかし、このまま攻勢をかけ続ければ魔力が枯渇し、体力も消耗しいずれ耐えきれなくなるだろう。

 

問題は要塞に攻め入っている存在だが、仮に差し向けた第三師団が撃退されても籠城という選択肢がある。ラオ要塞が落とされることはありえない。多少安心しつつも、傍にいる兵士に声をかけた。

 

「補給隊の鎮圧はどうなってる!?」

 

「そ、それが馬車も含めて影も形も無く消えてしまいまして・・・・・・!要塞内のどこにも見当たらないのです!」

 

その返答に、シリュートは不安を覚えつつも面には出さなかった。恐らく、『水禍』ではないもう一人の魔術師が小細工をしているに違い無い。彼女の魔術は光を操るものに見える。つまり、姿を兵士に偽ったように馬車及び他の侵入者を隠すか擬態しているのだろう。ならば、目の前の魔術師を制圧すれば魔術は解け、万事が解決するはずだ。

 

「よろしい、弓兵隊は部隊が揃わずとも矢を放て!魔術師だとしても防ぎきれぬ程の矢の数で圧倒するのだ!」

 

この混沌とした状況の中でも、シリュートは冷静だった。自身の安全とラオ要塞の安全、双方を考えながら兵士達に命令を下す。油断も隙も、彼には存在しない。全周を兵士に守らせつつ、確実に侵入者を殺せるように指示を飛ばしていた。

 

 

 

 

「リーダー!大丈夫だったんですか!?」

 

「はぁっ、はぁっ、魔術師様達が逃がしてくれた!クソッ、声で気付かれるよなぁやっぱ・・・・・・!」

 

遡ること少し前。閃光に乗じて包囲を抜けたオーギスは、全力疾走で馬車まで戻った。兵士の姿のイニマの声に、荒い息を吐きながら答える。

 

「とにかく、『鏡像』様から貰ったアレを使ってくれ!私達が侵入者だとバレたら終わりだ!お前がいくら強かろうが数で潰される!」

 

「りょ、了解!えっと・・・・・・」

 

イニマは馬車内を漁り、魔石で形作られた水晶玉のようなものを取り出した。彼女がそれを思い切り地面に叩き付けると、淡い粒子のようなものが噴き出し馬車と二人を包む。瞬く間に馬車に二頭の馬、オーギスとイニマの姿が消え去った。

 

「こ、これ本当に消えてるんですか!?内側だと分からないんですけど!」

 

「今更考えても仕方ないから移動するぞ!とにかく人気の無い場所へ行く!ぶつかったりして怪しまれたら露見しちまう!しっかり捕まっててくれよ!」

 

「その後どうするんですか!?このままじゃ・・・・・・」

 

「分かってる!グロムさんが説明してたろ、潜入後の第4プランでいくぞ!」

 

彼らから見れば、淡く輝くヴェールのようなものが周囲を包んでいるように見えている。中からでは本当に見えなくなっているか分からないが、『鏡像』を信じて行動するしかない。オーギスは御者台に飛び乗って手綱を振るい、馬車を進め始めた。

 

 

 

 

異形は木の洞のような目を細め、城壁の様子を伺っていた。最も大きな飛び筒の攻撃を受けて、それでも崩れそうな様子は無い。なんらかの魔術的構造を有しているのか、あるいは異形の知らぬ素材を使っているのか。想定している程のダメージは与えられていないようだ。しかも。

 

「早いな」

 

門が開き、一糸乱れぬ動きで兵士達が出撃してくるのが見える。槍を装備した兵士を全面に出し、後方に歩兵と弓兵。最後尾には少数ながら騎兵もいた。あっという間に陣形を整え、異形側に向かって前進してくる。どうやら精兵のようだ。

 

行動が速い。これでは思っている以上の時間は稼げないかもしれない。そう思いながらも、異形は大飛び筒の装填を急ぐ。以前に斥候隊に使ったものと、数日前に新造したもの。大木に張り付くような体勢の異形は、背中の六本腕で二本の大飛び筒を構えた。

 

狙うのは前衛か、後衛か。遠目で確認しても、指揮している者の位置は見抜けない。前衛と後衛に一発ずつ放ち、反応を見るしかないだろう。

 

雷鳴の如き発射音が重なって轟き、放たれた大玉が着弾すると同時に爆発する。一撃で数十名の兵士を吹き飛ばすが、崩れかけた陣形は僅かな時間で修復され、前進もまた止まらない。それどころか、発射音と煙で正確に異形の位置を把握したようだ。速度を増した軍隊は、突撃陣形に移行し地鳴りと共に突っ込んでくる。後方の騎兵は集団を離れ、林を突っ切って異形の後方に迂回するような動きを見せていた。

 

潮時か。ここで撤退しなければ完全に補足され、大軍に蹂躙されてしまう。自分に出来ることはここまでだ。異形は惜しみつつもその場を離れ、素早く撤退に入った。要塞内の、皆の安全を願いながら。

 

 

 

 

「よし、いいぞ!矢を射かけろ!」

 

シリュートは指揮刀を振り、弓兵に射撃を命じる。数百の矢が一斉に放たれ、『鏡像』と『水禍』に降り注いだ。

 

「させんぞぉ!」

 

『水禍』は水の幕を張り矢を防ごうとするが、魔石込みとはいえ魔力の枯渇しかかった状態では分が悪い。数本が水の幕を突き抜け、『水禍』に迫る。

 

「ちぃっ!」

 

『鏡像』が何本かを叩き落とすが、その内の一本が彼女の腕を掠めた。刺さることは無かったものの、切り裂かれたように血が噴き出す。

 

「無事か、『鏡像』!!」

 

「ヤワじゃないさ、問題無い!」

 

気丈に叫ぶ『鏡像』だが、腕はだらりと垂れていた。そうしている内にも矢は次々に降り注ぎ、押し留めている水の幕が薄く、小さくなっていく。絶体絶命。誰が見てもそう見える状況だ。

 

ここで、殆ど同時に二つのことが起きた。それは彼らが示し合わせたのではなく、それぞれが懸命に、あるいは作戦通りに動いた結果の産物。

 

一つは、矢を射かけている弓兵隊の陣形が乱れたこと。まるで透明な何かが突撃してきたかのように、弓兵たちが蹴散らされ押し込まれていく。シリュートは異常に気付いたが、理由までは思い至れない。

 

「何が起こっている!?クソ、陣形の穴を塞げ!後方の歩兵隊は」

 

二つ目は、空より二つの影がシリュートに向かって突っ込んできたこと。彼が言葉を言い切るよりも早く、二つの影・・・・・・カロロとチャロが細剣を携え襲撃した。

 

「お覚悟ぉ!!」

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

叫びと共に繰り出される二連の斬撃。それでも迅速に対応したシリュートは、指揮刀でカロロからの斬撃を弾いた。が、チャロのものまでは防ぎきれない。肩口を細剣が切り裂き、血が零れ出す。

 

「ぐぅっ!?」

 

苦悶の声を上げるシリュートだが、致命傷には至っていなかった。彼は指揮刀を取り落としながらも命令を下す。

 

「この羽根付き共を殺せ!魔術師は後で構わん、牽制は忘れるな!」

 

兵士達は素早くシリュートを囲み、カロロ達に対する壁となった。上空からの奇襲も、一度見せた時点で対策されてしまう。カロロとチャロは取り囲まれる前に空へと飛び立ち、矢が届かない程度の距離で機を伺った。しかし、隙は見当たらない。痛みを堪えながらも、シリュートは笑みを浮かべる。凌ぎ切った。その瞬間、

 

パァン

 

何かが破裂するような音。それが、ラオ要塞の司令官、シリュートが聞いた最後の音だった。

 

 

 

 

「さて、と」

 

『水禍』達が補給隊と合流しているであろう時間。俺は魔法陣の真ん中で胡坐をかいていた。

 

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

「まぁ、『鏡像』殿の実力を信じようや。本当は、この手を使わないのが一番なんだがな」

 

不安そうなミュリアちゃんに微笑みながら、俺は全身に『鏡像』殿の血で描かれた紋様を眺める。複雑に見えるそれは、地肌に直接書き込まれていた。

 

今、俺はミュリアちゃんと一緒に自分たちの家に籠っている。特に、俺は引きこもってから既に五日になるが、背に腹は代えられない。テーブルがどけられて作られた空間に魔法陣が描かれ、全裸の俺が中心に座っている。訳の分からない状況だが、当然これには理由がある。

 

『鏡像』殿の魔術の一つに、質量を持った自身の幻影を作り出すものがある。それは、遠く離れていても意識を憑依させることが出来、特殊な術式を用いれば他人の幻影にその人物の意識を憑依させることも出来る。一度に行使出来るのは一人分だが、非常に便利な大魔術だ。

 

今、俺が全裸でいるのはそれが理由である。俺は『鏡像』殿からこの魔術の話をされた時、効果的に使う方法を模索した。しかし、この魔術は対象になっている人物が幻影を操っている間、気絶しているような状態になってしまう。つまり、突入組や異形殿、いざという時の遊撃役であるカロロとチャロではあまり意味が無い。そこで考えたのは、俺にかけてもらった上で、要所で魔術を発動してもらうことだった。

 

最初、俺は足手まといになるのを避けるため、ミュリアちゃんと一緒に隠れ里で待機する予定だった。なので、意識を失ったとしても問題は無い。そして、この魔術は準備さえ整えておけばいつでも発動出来る、とのこと。なので、いざという時の一押しの為に俺にかけてもらうことにしたのだ。

 

昇魂薬が積まれた荷車の一部、木箱に俺の幻影をスタンバイしておく。その上で、全ての作戦が通じず、シリュートを殺せないという状況になった時。魔術を発動してもらい、俺が飛び筒でシリュートを狙う、と。まぁ、あくまで保険だ。そうはならずシリュートを暗殺出来るのが最善ではある。しかし、戦場では何が起こるか分からない。打てる手は、全て打っておかないとな。

 

「とりあえず、ミュリアちゃんは料理の仕込みを続けてくれ。何もかもが上手くいったら、あいつらが帰ってくるのは三日後だ。色々時間のかかる料理をするつもりなんだろう?俺も含めて、今頑張ってる奴らの為に出来ることはそれだけさ」

 

「は、はい。正直、すっごく心配ですけど・・・・・・きっと、皆無事で帰ってきますもんね」

 

その言葉に俺は自信たっぷりに頷くが、内心ではそこまで楽観はしていなかった。戦場でそれなりに生き永らえてきた身だ、想定外のことなんざいくらでも起きることは知っている。最悪、作戦が失敗して全員が死ぬことすら思い浮かんでしまった。

 

いや。だからこそ、俺がここで控えている。わざわざ、五日間も全身『鏡像』殿の血に塗れて待ち続けていたのは、全ては犠牲を出さないように最善を積み上げる為だ。今の俺は吹けば飛ぶような幼子だが、それでもやらないよりはマシなはず。そう信じてゆっくりと息を整える。頼むぜ、カロロ達。

 

 

 

 

「っ」

 

それなりの時間が過ぎた後、魔法陣に魔力が通り輝き始めた。同時に、意識が遠のき始める。

 

「ぐ、グロムさん!」

 

「大丈夫だ、やるべきことをやってくるさ。ミュリアちゃんも、料理頑張り、な・・・・・・」

 

ミュリアちゃんに答えつつも、急速に視界が暗くなっていった。彼女の返事も聞けぬまま、俺の意識は闇に溶けていく。そして。

 

「っぐ、うぉぉ・・・・・・!」

 

全身に走る痛み、そして窮屈さ。さらには振動と、周囲から聞こえる怒号。どうやら上手くいったようだが、感慨に浸る時間すら惜しい。俺は頭上の木板を強引に外して外に飛び出た。周囲には似たような木箱が並んでいるが、瘴気は感じられない。予定通り、昇魂薬はダミーにすり替えたらしい。周囲には瘴気が漏れているように思える優れものだと『鏡像』殿が言っていた。

 

「よっ、と!」

 

荷車を降り、馬車の外を確認する。ラオ要塞の兵士達が混乱しつつも陣形を整えようとしているのが見え、姿隠しのヴェールを超えてこちらが攻めかかってくる兵士はイニマが踊るような動きで蹴散らしていた。乱戦の真っただ中、ということは近くに司令官がいるはずだ。懐から飛び筒を取り出して放つ準備を整える。魔石の粉を引き金近くの小皿に盛り終わり、俺は馬車の天井へと這い上がった。

 

いた。30歩程先、兵士に守られている司令官らしき人物が見える。肩口から血を流しながらも、気丈に声を張り上げていた。聞いている人柄とは随分違うな。脳裏をよぎる無駄な思考。しかし、体は修練の通りに動く。両手で飛び筒をしっかりと握り締め、司令官の上半身、胸元の部分に狙いを合わせる。時間を見つけては修練に励んだが、この距離だと当てられるかは微妙だ。それでも、ここは当てるしかないぞ、俺。

 

「すぅ、はぁぁ・・・・・・」

 

息を整え、揺れる馬車の天井。時間が無い。恐らく皆が引き起こしてくれた敵陣の混乱が、徐々に収まりかけている。今だ。今しか無いが、しかし狙いが馬車の揺れでブレてしまう。落ち着け。大丈夫だ。・・・・・・・・・・・・今。

 

パァン

 

気が付けば、引き金は引かれていた。司令官は弾かれたように倒れ込み、動かなくなっている。兵士達が騒然となり、混乱と動揺が波のように広がっていった。

 

「やったの!?一体誰が、ってグロムちゃんだ!!」

 

「話は後だイニマ!ヴェール解くぞ、いいな!」

 

イニマとオーギスの声が続けて聞こえ、馬車周囲の姿隠しのヴェールが解除される。その直後、上空のカロロが矢のように突っ込んできた。オーギスとイニマの手を握り、そのまま飛び立っていく。

 

「チチチチチチッ!グロムよくやりました!信じていましたとも!」

 

「いいから早く行け!無事で帰れよ!」

 

統率が乱れ、まばらに射かけられる矢を避けながらカロロ達は上昇していった。『水禍』に『鏡像』殿の方にも、チャロが駆け付け飛び立っていく。司令官がやられた混乱で効果的な射撃が行われず、どうやら二組とも無事に離脱が出来そうだ。

 

「ふぅぅぅ・・・・・・」

 

一息ついて、馬車の天井にどっかりと座り込む。ひとまず、作戦は成功だ。後は俺だが、この幻影の体がやられても元の体に戻ることが出来るので問題無い。怒りを滲ませた兵士が大挙して押し寄せてくるのには、身が凍る思いだけどな。と、

 

「おっと」

 

俺の体が淡い光を放ち、末端からさらさらと崩れていく。妙な感覚だ。まぁ、敵兵の剣やら槍やらでやられるよりはマシか。押し寄せ、馬車をよじ登ってくる兵士達を見ながら少しずつ意識が遠のいていく。後は、里で全員無事に合流するのを祈るばかりだ。光の粒子となって消えていく感覚を味わいながら、俺はそんなことを思った。




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