「わ、私がですか!?しかし、これほどの失態を犯しておいて臨時司令官の任など、恐れ多いことです・・・・・・!」
ラオ要塞の一室。無骨な造りの要塞内で、副官は身を縮め頭を下げていた。
「うむ。こちらとしても、貴官になんらかの沙汰を下さねばならないと思っている。しかし、他に適任がいないのだよ」
穏やかに言うのは、50後半程に見えるふくよかな男性だった。軍属では無いのか、まるで舞踏会で見るような華やかな服装をしている。どうやら、相当に身分の高い存在らしい。
「ですが、シリュート司令官が殺害される原因となった私では、例え臨時でも不適格かと思われます」
「そう言うな。混乱極まったラオ要塞に統制を取り戻したのは、他ならぬ君だ。拘束されて尚抜け出し、罰を恐れずラオ要塞に戻り部隊を統率する。並の将校ではこうはいくまい」
「私は、副官としての務めを果たしただけであります」
「それだ。務めを果たす。殺されたシリュートも、君も、立派に務めを果たした。それでも敵わぬことを、必要以上に責めるわけにはいかん。そうだろう?」
馬鹿にされている。あるいは、挑発か。亡くなった司令官まで貶すとは、許されない。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、彼女は感情を抑えた声で言う。
「・・・・・・了解しました。臨時として、司令官の任を引き受けます。ですが、後任の決定はどうかお早くお願い致します」
「勿論だとも。ところで、一ついいかね?」
「なんでしょう」
「うむ。兵士の間に流れている、噂のことなのだが。貴官、何か知っていることは?」
先日の襲撃後、ラオ要塞の兵士達の間に妙な噂が広がっている。そのこと自体は、副官も知っていた。
「それは・・・・・・司令官を殺害したのは光り輝く天からの使徒である、というものですか?」
「あぁ。人の形をしながらも、人非ざる幼き羊の魔物。魔術の如き力を以て司令官に誅罰を与え、影も形も無く消え去った、と」
「現場にいた兵士達に聞き込みを行いましたが・・・・・・確かに、羊人の少女を見たという報告はいくつもありますが、魔術師だとしても幼過ぎます。ですが、あの状況で場にいた以上、なんらかの理由があったのは明白です。裏切った『水禍』に、もう一人の魔術師が関連しているものかと」
いたって真面目に返答する副官に、ふくよかな男性はゆっくりと首を横に振った。微笑みを浮かべながら、笑っていない瞳で彼女を見据える。
「あぁ、違う違う。そういうしっかりした話ではない。いわばこれは、おとぎ話の類だ。事実とはかけ離れた、ありもしない空想の産物。それが軍に蔓延するのはよくない。分かるだろう?」
「それは、はい。士気や規律に関わることですから」
「うむ。噂は噂を生み、羽根も角も牙も生えて我々の心に痕を残していく。それに気を付けてくれと、伝えたかったのだよ」
嘘だ。王都からの使者である彼は、何かを隠している。妙に噛み合わない態度から副官は直感したが、それを口に出すことはしなかった。これ以上、自分から厄介事に首を突っ込む余裕は無い。
「了解、気に留めておきます。ところで、補修用の物資ですが」
副官は自分から話を逸らす。それを相手も理解しているようで、会話はつつがなく続いていった。だが、彼女の心にはべったりと不穏な想いが張り付いていた。───これで終わりとは思えない、と。
「というわけで、ラオ要塞はシリュート司令官の副官が臨時で指揮を執るそうだ。下手に好戦的な者が派遣されてこなくて良かったよ」
「・・・・・・それは、何よりなことです」
以前グロムやオーギス達も通された応接間。そこには二人の人間がテーブル越しに向かい合って言葉を交わしていた。
「うーん。ねぇ、将軍。いい加減機嫌を治してくれないかな?しっかり連絡しなかったことは謝るからさ」
一人はニェーク伯爵。いつも通りの糸目をやや垂れ下がらせ、情けないような表情を浮かべている。
「・・・・・・であれば、言わせていただきますが。王国と共和国の戦争は、共和国の設立から延々と続いております。今は小康状態とはいえ、これからも延々と続いていくでしょう」
一人はジエッタ将軍。しかめしい作りの顔には静かな怒りが浮かんでいるようにも見える。彼は朗々と、ニェークを睨んだまま語り始めた。
「いつ、何が起きるか分からない。戦場とは、最前線とはそういうものです。下手なことをすれば、再び国を挙げての全面戦争すら勃発しかねなかったのですぞ。それを、貴方という人は」
「ごめん。それは本当にごめん。でも、上手くいったみたいだから」
「為政者たるもの、結果論で語ってはなりません!」
「ひぃっ」
ジエッタの一喝に身を竦めるニェーク。その様はまるで、厳格な父と放蕩息子のようだ。
「確かに、妙案ではあったかもしれません。しかし、それはあくまで局所的なもの。俯瞰的な視点で物事を見なければ、取り返しのつかない事になり得るのです。まったく、ラオ要塞の司令官を暗殺するなど・・・・・・」
「ラソンから報告を受けた時は、将軍は警備強化の手続きで忙しそうだったから・・・・・・こういうのは時間との勝負だと教えてくれたのは将軍じゃないか」
「限度があります。元より貴方の為ならば、いつでも時間は取るというのに。上手くいったからいいものの、今後は絶対に慎んでいただきたい」
「は、はい・・・・・・」
厳粛な態度に怒気を滲ませたジエッタに、ニェークは涙目になりながら頷いた。その様子を険しい瞳で見つめていたが、不意に怒気を緩めて口を開く。
「とはいえ、状況が好転したのは事実。現場の者は、労ってやりませんとな」
「そ、そうだね。定例の議会まで後少しだ。そこさえ超えれば、彼らにも十分な報酬が与えられると思うけど・・・・・・なんか私の時と態度違くない?」
「当たり前です。成果は部下のものであり、責任は上司のもの。ずっと教えてきたでしょう」
「まぁ、それはそうだけど。はぁ・・・・・・」
明らかに褒めてほしそうなニェークの雰囲気に気付いているのかいないのか、ジエッタは立ち上がり慇懃な敬礼をした。
「では、私は軍務に戻ります。伯爵も、どうか務めを果たしてください」
「あぁ。何か分かったら、今度はすぐに呼ぶよ」
その声には振り向かず、ジエッタは応接間を出ていく。残されたニェークは不満そうな顔付きで、しかし少しだけ嬉しそうに口の端を上げるのだった。
「これは・・・・・・なんということだ」
立派な体格の軍馬を駆り、同じく軍馬を駆る兵士を数百連れている騎兵隊長は呟いた。目の前には、見るも無残な光景が広がっている。
「生存者を探せ!」
命じるも、彼自身望み薄だということは分かっていた。それ程、ここは死臭が濃い。
周辺都市とラオ要塞を繋ぐ大規模な街道。そこには、100を超える数の死体が転がっていた。死体だけでは無い。輜重隊の荷車は嵐にでもあったかのように全てが壊れ、中身も漏れなくズタズタにされている。災害の如き有様はしかし、嵐も雷も起きていないという報告から別の何かによるものらしい。
「一体何が起きている、これも共和国の仕業か?」
呟くが、真相は騎兵隊長には分からない。とにかく、今は生存者を見つけ事情を聞かなければ。と、
「な、何者だ!」
騎兵の一人が叫び、隊長はそちらに視線を向けた。荷車の残骸の陰、そこに誰かがいる。鞘に入った剣を抱えながら、片膝を立てて座っていた。眠っているのか、僅かに胸が上下する以外は動かない。
生存者か?いや、違う。隊長は歴戦の経験から、その者から漂うおぞましい気配に気付いた。まさか。この惨状を起こした者が、逃げも隠れもせずここで一眠りしているとでも言うのか。
「第一、第二小隊、突撃陣形。残りは奴を半包囲せよ」
「りょ、了解!」
部下の騎兵達は戸惑いながらも、命令を忠実に遂行する。ただ一人に、隊長は何を警戒しているのだろう。その理由は、他ならぬその一人に証明されてしまう。
「っが、あ」
どさりどさり。突撃準備が整う前に、不用意にそれに近付いた騎兵達が崩れ落ち、落馬していく。座ったままのそれ片腕と頭を刎ね飛ばされ、あるいは胴体を横薙ぎに真っ二つにされ。突然のことに暴れる軍馬の首も容易く斬り落としながら、その男は立ち上がった。
「存外に、早いな。もう少し休めるものと思っていたが」
ボロボロの着流しを着た男は、鞘から引き抜いた剣を無造作に構える。妙に細く、しかし長大な刀身は隊長が初めて見る部類の剣だった。
「貴様、何者だ!」
「見れば分かるだろう。王国軍に楯突いているんだ、共和国の手先だよ」
眠気が取れないのか生あくびをしながら言う男。どこまでもこちらの気を逆撫でするような態度に、隊長はしかし冷静に状況を判断する。
「近隣都市全てに伝令を送れ。共和国軍が王国内に侵入しているようだ、と」
「はっ!」
駆け去っていく何騎かの騎兵を気にも留めず、男は間延びした声で隊長に声をかける。知り合いの様な気安さだ。
「それで、かかってこないのか?この輜重隊は歯応えが無かったものだから、そちらさんは楽しませてくれると思ってるんだが」
「舐めおって・・・・・・!第一、第二小隊突撃!残りの小隊は我らの援護に回れ!」
地響きが辺りに響く。人馬一体となった、破壊の権化の如き騎馬突撃。いかに男が剣の達人だったとしても、凌げるはずも無い。隊長は勝利を確信し、空まで響く雄叫びを上げた。
「まぁ、うん。それなりだな。思っていたよりも、王国軍は弱体化していないみたいだ」
人に軍馬、あらゆる死体が折り重なり血の匂いを放つ空間の中心で、男は剣を払い血を飛ばした。鞘に収めた後、首の辺りをぽんぽんと叩く。
「さて、やることはやったしあいつに会いに行かねばな。拗ねてなけりゃいいが」
戦場ですら見ることの出来ないような惨状の中、男はのんびりと歩き始めた。時折り、欠伸を噛み殺しながら。
騎兵は戦争という枠組みにおいてとてつもなく強いんですが、そのせいで新キャラの噛ませになる風潮があります。許せねえよ・・・・・・!